2.兵庫ウスイロヒョウモンモドキを守る会の活動

 守る会では、ウスイロヒョウモンモドキの生息状況を解明し、生息地を保全するために下記のような活動を実施してきました。

(1)幼虫を保全するため、県当局と協議し、生息地の草原でおこなわれていた、管理のための草刈りについて、実施時期や刈り取りの高さを調整する。

(2)生息地に気象観測装置を設置し、気温、湿度、地温、日射、風速等を、年間を通して測定する。

(3)ウスイロヒョウモンモドキ生息地の蝶相について、生息地でのルートセンサス調査を継続的におこなう。

(4)生息個体数確認のため、マーキング調査を実施(日本チョウ類保全協会事業として実施)。

(5)生息地草原の植生調査を実施。

(6)食草のオミナエシの増殖を図るため、種子の採取をおこない、地元地区有志に育苗を依頼。生長後の苗は生息地周辺に植栽。

(7)普及活動として、\虫の観察会、▲ミナエシの植栽会、パンフレットの作成・配布(『ハチ高原でよく見られるチョウ』、『ハチ高原を彩る花』、『みんなで守ろうウスイロヒョウモンモドキ』など)、っ聾犠中学校への出前授業・資料提供等を実施。

(8)地元が実施する「ラベンダー祭り」に参加し、「夏の蝶観察会」を実施2009年度観察会の案内はこちら)

ひょうごウスイロヒョウモンモドキを守る会の活動

1.主要な経過

 本会の活動は、それまでにも本種の衰退と、著しい採集圧に危機感を抱いていたメンバーの呼びかけで、2003年夏に始まりました。その翌年、本種の現状に危機感を抱くメンバーが結集して、「兵庫ウスイロヒョウモンモドキを守る会」として正式に発足しました。

当時、兵庫県下のウスイロヒョウモンモドキは急激に衰微しつつありました。すでに播磨地域北西部の産地は、環境

変化によって潰滅しており、但馬地域でも、かつての著名産地であった杉ヶ沢高原、鉢伏高原の葛畑、兎和野高原などの生息地が、環境変化や採集圧によって絶滅するなど、まさしく危機的状況だったと言えます。

 わずかに残された鉢伏高原の2か所の産地〜高丸山と東鉢伏スキー場〜でも、採集者の集中によって個体数の減少が顕著となり、20032004年当時には、一日あたり10頭も目撃できないといった惨状でした。
 
守る会では、こうした状況に即して、まず絶滅の回避を第一の目標に地元地区と協議をおこないました。そして「地権者の権利に基づいて採集を目的とした立ち入りを禁止する」という了解を得て、この旨を記載した看板を生息地に設置するとともに、採集自粛を呼びかける監視活動を開始しました。
 こうした活動については、いくつかの同好会誌上などでの呼びかけもおこないましたが、それにもかかわらず、その後も採集される例が散見されました。しかし、幸い、私たちの活動は、多くの愛好家の方々に賛同と支援をいただき、このような例は少しずつ減少してゆきました。

 2005年頃から、高丸山では個体数は目に見えて回復し、やがてその状況で安定するようになって、ひとまず絶滅は免れたと言える状況に至っています。また2006年には自然公園法の改正により、ウスイロヒョウモンモドキは「国定公園の特別地域内で捕獲を規制する種」の一つに指定され、法的に保護されるようになりました。現在の生息地で本種を採集することは、法令に違反する行為です。

(参考:自然公園法指定種

3.ウスイロヒョウモンモドキの現状とこれから

 2002年に絶滅の危機に直面していた鉢伏高原の生息地ですが、多くの方の尽力により、さしあたり絶滅は免れていると言って良いでしょう。しかし現状は、まだ「危機を脱した」と言えるものではありません。確かに、高丸山生息地は、ある程度個体数も安定しています。しかし東鉢伏生息地は、ここ数年、著しく衰微する傾向にあります。

安定生息地が1か所しかないという現状は、この生息地で山火事など不測の事態が発生したとき、一気に絶滅に追い込まれかねないということでもあります。実際2007年には、高丸山で、幼虫の巣が複数確認されていた地域で大規模な地滑りが発生しています。

今後は、現在の生息地において保全活動を継続するとともに、衰退傾向の強い東鉢伏生息地での増殖を図り、さらには、地元地区によって草原環境の改善が進められているかつての生息地に、ウスイロヒョウモンモドキを再導入してゆくことで、複数の安定生息地を確保してゆく必要があるでしょう。複数の安定生息地と、それを取り巻くサテライトの生息地。このような一連の保全と復元がおこなわれて初めて、ウスイロヒョウモンモドキは絶滅の危機から脱したと言えるでしょう。

多くの方のご賛同とご協力を、切にお願いします。

左:5月、ルートセンサス調査の基準杭を設置する。 右:11月、オミナエシの種子を採取して植え付けをおこなう。