Linuxプラットフォーム 最終更新日:平成30年9月7日みんな Linuxer になろう!


✪お詫び‥‥豪雨災害に関して
 7月上旬に発生した豪雨災害では当館も浸水し多大の被害を被りましたが、しばらくの間普通になっていた固定電話をようやく復旧させることができました。 また、メールの送受信もできるようになりました。 しかし、このたびの当館の被害は壮絶なもので、館内の展示を復旧させるにはまだまだ多大の時間と労力が必要かと思います。 復旧途中の展示でよろしければご来館ください。 しばらくの間、入館料は無料にしています。 御了承ください。

 ご覧になっているHP以外にも、別のサーバーに当館のHPがあります。 以前、当館の公式版としてアップしていたものです。 ご覧になりたい方は、イワミケーブルのサイトをクリックしてください。


●昨今のインターネットを用いた検索技術の向上のために個人の情報を他人が容易に入手できるようになった現状を懸念して、当館のホームページではなるべく個人や団体組織の実名を掲載することは控えさせていただいております。 御了承ください。


★当館のコンセプト…「知識は結果ではなく過程」
分け隔てなく多くの人たちがつどい、地域の自然の情報や資料を持ち寄って自主的に調べ答えを出していく、こういった探求的で発見的な学習活動の場を醸成していきたいものです。




郷土の自然をテーマにした探求的で発見的な学びの場を!
目 次
●手と足でつくる博物館 小さな自然館概要

●すべて手作り 展示の概要

●自然科学の追体験 野外発見学習

●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫 只今、作製中です 

●郷土の火山跡を歩こう 参加者募集ー桜江の火山

●鉱山の自然に科学の目を向けよう 参加者募集ー銅ヶ丸鉱山

●露頭状況抜群のフィールドみんな銅ヶ丸へ行こう 只今、作製中です

●手作り天文台 「桜江天体観測所」


ホームページはあくまで情報、実物ではありません
 ← 1980年代、将来のコンピュータの方向性を示した名著
    (コンピュータアーキテクチャ、TRONからの発想〔坂村 健著〕)

 身体的な事情で遠くへ出かけることが容易でない人は別ですが、歩いていくらでも出かけられる人でも、ホームページを見ただけで全てを知ったような気になられて全然やって来られる気を起こされないという方々が多いように思います。
 当館はトタン屋根の世界一粗末な建物ですが、一応のところ博物館なので、館内にはたくさんの展示物があります。 ホームページを見ただけでは、館の展示に関してほとんど何もわからないと思います。
 ホームページはあくまで情報であって展示物、実物ではないので、実際に足を運んでいただいて当館の本当の情報を観ていただきたいです。

 一般に個人・団体組織のホームページに載っている情報は、本人達に都合の良い情報ばかりで、世間に知られてはまずい情報などはほとんど隠蔽されているのが普通なので、しょせん偏った情報の発信源でしかないという気がします。
 当館に関してもホームページの情報だけで当館の状況や優劣を判断されることのないようにお願い致します。

インターネットには二つの顔がある
  いくら科学技術が進歩しても
人のモラルがついて行かなければ何にもならない

←「猿の惑星」(1968年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像

不時着した未知の惑星が、実は核戦争で荒廃した地球だったことを知り、愕然とするクライマックスの情景


「続・猿の惑星」(1970年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像 →

「全能なる爆弾よ」
最終爆弾を神として崇拝するミュータント化した人類の生き残り達

←暑い夏、踏査中に見つけたクワガタ虫

先日、館へ遊びにやってきた子供達の一人が、「インターネットをやらせてよ」というので、気安く「いいよ」といってやった。 ところが、筆者が館の裏で三時間ほど作業して準備室へもどってみると、その子はまだネットに接続していたのに驚き、何に夢中になっているのかと聞くと、なんとその子はチャットをずっとやっていたのである。
小学校五年生の子供が何時間もインターネットに夢中になっている様子を目撃して、筆者は愕然とする思いであった。

今の社会には、インターネットでのチャットやオンラインゲームなどの仮想世界の中に自分の生きがいを感じる者が多いという。 生きる喜びを仮想世界の中に感じるとは、実に情けないことである。
人というものは、人間同士の心の交流や緑豊かな自然との触れ合いの中に生きる喜びや心の安らぎを感じることができてこそ、人というものであろう。 生きる喜びや安らぎをインターネットの仮想世界の中に感じるようではどうしようもない。

今は家庭でもブロードバンドの常時接続が当り前になってきていて、仮想世界の中にのめり込んでいく子供や大人達がどんどん増えているような気がする。 また、同時に出会い系サイトなどの普及にともなって男女間の愛情が軽薄なものになってきていて、不倫や不道徳な行為が当り前になりつつあるような気もする。
はたしてインターネットは、人類に明るい未来をもたらしてくれるのだろうか。 一体、インターネットとどうつき合っていくべきか、考えさせられる思いである。

筆者としては、インターネットに過度に依存するようなことだけはしたくない。やはり、泥と汗にまみれた活動こそ人間の活動の原点・出発点であると思っている。 また、人と人との心の触れ合いや友情、愛情(愛欲はほどほどに)も大事にしたいものである。



UNIXライク(UNIXに似た)を目指そう!
世界中でマイクロソフトのWindowsやアップルのMacが家庭のすみずみまで浸透している時代にUNIX系OSのLinuxを厚く重んじている当館は、ちょっと変わった存在である。 しかし、オープンソースは、自己の利益を度外視して世界中に平等に貢献できるものであると確信している。
 正直のところ当館は、あまりインターネットを使っていない。 最近ではメールもほとんど使わなくなった。
正直のところ、インターネットというものに嫌気がさしている。 しばらく先端の技術というものから離れて、スタンドアローンでUNIXライクを目指してみようと思う。 難しいCのソースコードが出てきて、パソコンを使うよりも、なかなか読み進められない本をにらみつけている時間の方が多いのではあるが、やたらパソコンパチパチよりも、このような態度の方が情報科学や情報教育の基本として望ましいのではないかとつくづく感じている。

「個人立」は決して当館の造語ではない!
先日も当館へ来館された方が、当館の看板を見られて、「個人立」というのは大変ユニークだと驚いて言われた。
しかし、この「個人立」というのは、決して当館の造語ではないのである。 8年前に日本博物館協会が出版した「博物館研究5月号」の中に「個人立・日本玩具博物館ー22年の歩み」という題の記事が載っていたからである。

この「日本玩具博物館」は、個人が設立し運営しているもので、スタッフは館長、総務、学芸員、学芸員補、受け付けの5名である。

この記事の中で特に印象に残ったのは、「当館を設立した1974年、この姫路地方には兵庫県立博物館も姫路市立美術館も文学館もなかった。 私は失われていく日本の伝統的な玩具や人形を守り伝えていく砦としてこの地にささやかな施設をつくった。 私財を投じ、人生を賭け、世界的にも認められる内容の玩具博物館を築きあげた。」
筆者はこの記事を読んで大変感動する思いであった。 強い信念を持って、何もないところから形あるものを築き上げていった人間の人生を感じた。

この生き方に大変敬服し、当館もこの「個人立」という語を使わせていただくことにしたわけである。
父(故人)の名がつけられた星
✦小惑星(登録番号14535)
"Kazuyukihanda"

夜空を見上げると無数の星が見られますが、その中の一つに父の名がつけられた星があることを知っておられる方は、おそらく専門化筋の方々ぐらいだろうと思います。
小惑星の探索では、その名を世界に知られている安部裕史氏(島根県八束町大根島在住)が、1997年9月1日に発見された登録番号14535の小惑星を氏の御厚意によって2001年になって父の名を使って命名していただき、"Kazuyukihanda"としていただきました。
父と安部氏とは、同じ天文仲間として古くからの付き合いで、十数年前に美保関に隕石が落下した当時、隕石研究の専門家である村山定男先生等とともにいっしょになって民家の中を隕石の破片捜しに大奮闘したこともありました。
父は亡くなってしまいましたが、しかし、これからは天空の星となって、いつまでも我々の心の中に生き続けていくのだろうと思います。 あらためて安部氏には、この場をお借りして厚くお礼を申し上げる次第であります。

2001年6月号の月刊「天文ガイド」の記事 小惑星センター2001年3月1日発行の
「小惑星回報(MPC)」の記事




前回掲載した表紙ページ
H30年9月1日記載の表紙ページ へリンク
H30年6月1日記載の表紙ページ へリンク
H30年4月22日記載の表紙ページ へリンク
H30年3月21日記載の表紙ページ へリンク
H29年12月24日記載の表紙ページ へリンク
H29年10月31日記載の表紙ページ へリンク
H29年9月24日記載の表紙ページ へリンク
過去に掲載した表紙ページあれこれ
H29年5月4日記載の表紙ページ へリンク
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我が郷土の自然史の原点はここ! ↓
三郡変成岩と桜江層群が接する断層境界

江津市松川町長良 長良川流域

江津市桜江町勝地 勝地川流域


(平成30年9月7日記載)
今年の夏は‥‥

(平成30年8月26日午後8時ごろ、自然館の庭先)
 
 とにかく、今年の夏はスゴかった! このたびの集中豪雨で当館もムチャクチャになって復旧作業が大変だったですが、やっぱり子供達に少しでも科学心を育んでほしいので、7月下旬から8月下旬までの毎週土曜・日曜には体験・観察会をしました。
 上の画像は、開催期間中に当館の観察会と合わせて川本町内の公民会主催で行われた天体観察会の様子を写された写真を当館でスキャンして掲載したものです。

 「しぶとい思考力」と「代償を当てにしない学習意欲」を育む、、、というのを自然館活動の究極の目標にしてやってきているのですが、館を開設して21年も経って、全然成果が出てない、というのが現実です。 自分は21年間も一体何をやってきたのか、これまでに自分が費やした身銭と汗はすべて無駄だったのか、という深い自責の念と絶望感を感じています。

 先日、新聞に、元体操のオリンピック選手だった方が長年指導された浜田市内の子供達が、そろって全国中学総体へ出る、という記事が載っているのを見て、「さすがすごいのお〜」、「長年の苦労が実ってええのお〜」、とつくづく関心し、大変うらやましかったです。
 浜田市在住の元体操のオリンピック選手だった方については、二年前(H28年12月3日記載)に当館のHPに記載したことがありました。

 やっぱり、我が郷土には科学の芽を育む土壌がない、というのを以前からつくづく感じています。 なんとしても我が自然館を科学の芽を育む土壌にしたいです。 しょせん、学習指導要領など「絵に書いた餅」、学社融合も遠い理想になってしまったです。 頼れるものは、しょせん自分だけという気がします。


(H28年12月3日記載)

我が郷土には、科学の芽を育む土壌がない!?
(↓江津市波子町の大崎鼻海岸で踏査中の中学生)
 今年の夏も当館で科学作品になるようなちゃんとした自由研究をしたいという子供達は来なかった。 反面、当館の自作パソコンでゲームをしたいという子供達は大勢やって来た。 しかし、スマホ狂いになるよりもましか、と思って容認してやった。

 学校関係が夏休みに入った当初は、科学作品にするような自由研究をやりたい、と言って(これを口実にして)ゲームに熱中していた子供達も踏査を始めて三日目くらいでギブアップしてしまって、学校に出せる程度のものでいいと言い出す始末であった。 大変ガッカリした。
 さらにもっとガッカリというかガクゼンとしたのは、オーチャクして即席ラーメンのようにしてやってしまいやがった中学生の自由研究が市の科学作品展に出展されることになり、これほどまでにちゃんとした科学作品になるような自由研究をする中学生がいないのか、とびっくり仰天してしまった。

 こんなことでは我が郷土には科学の芽が育たない、と痛感します。 もう30年近くも前になりますが、ある高校で年間を通じて理科の実験を全然やらなかったという教員(講師)に会ったことがあった。 その理由はというと、授業中に生徒が騒いで危ないから、というものでした。 その教員は次の年には中学校の数学の正式な教員になりましたが、なんでこんないい加減な者が正式に採用されるのか、と強い怒りを感じました。 まこと昨今の子供達の理科離れは、こういったいい加減な教員の指導に原因があるのではないかと思うほどである。

 やはり、育てなければいけない、培っていかなければいけない、と痛感します。
 先日、新聞に懐かしい人の記事が出ていた。 十数年前に京都から浜田市の旭町にIターンした元体操のオリンピック代表選手のM氏の記事が出ていた。 M氏とは十年前に市内でいっしょにゴボウ畑の草取りや大麦若葉の刈り取り作業をしたことがあった。
 M氏はIターンされてから町内に体操教室を主宰され、今日までずっと子供達に体操を指導されてきた方ですが、最近少しずつその芽が開花し始めて来たそうである。 地元の競技会などで良い成績を出し、さらに大きな大会へ出場していく子供達が出ているようです。
 長年にわたるM氏の努力が少しずつ報われてきているといった感じです。

 我が郷土江津市には、どこの中学にも高校にも体操部など全然ないですが、筆者が中学校に入学したころ、学校に体操部があったのですぐに入部したけれど、ちゃんと指導してくれる先生がいなく、生徒同士で教則本を参考にしながら練習をしたものである。 自分達なりに一生懸命練習した。 しかし、二年生の春に数年後に学校が統廃合されるのを理由に突然廃部になってしまい、筆者はしかたなしに陸上部に再入部するはめになってしまった。 全く面白くない中学校生活になってしまいました。
 その後、ちゃんと人から指導を受けて体操ができるようになったのは、大学に入って都会生活をするようになってからで、体操と並行して町道場で空手の稽古もすることができるようになった。 まこと当時の我が郷土ではとうてい実現できないことだった。

 今の子供達は大変恵まれていると思う。 家庭に何台も車があって、ちょっと車を走らせれば町には体操教室や空手などの道場がある。 自分達のころから較べれば全然状況が違います。 いろいろな方面で子供達の能力を引き出し育ててくれる土壌ができているといった感じです。
 しかし、子供達に科学を育んでくれる土壌はあるか、というと、、、、、

 ← H16年夏 荒廃畑(耕作放棄地)の開墾作業(江津市桜江町田津)

 12年前、筆者のいとこのH君が桜江町内の耕作放棄地を使って有機農業をするということで、筆者は出雲方面の下請会社の従業員達と荒廃畑の開墾作業をやったことがあった。
 真夏の暑い時期、まるでジャングルのように茂った林の中での作業で、一日に一回は必ず蜂に刺された。 特に出雲の業者の中には重機のアームをスズメバチの巣に誤ってぶち当て、全身十数カ所を刺されるという大惨事になったこともあった。

 H君は、あの青森の「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則氏がやられたようなことを目指している人で、言うなれば「奇跡のゴボウ」を実現しようと頑張っている。
 害虫もつかない、腐ったりもしない野菜は肥料も農薬も全然使わない自然のままの土壌でなくてはできないもので、このような土にするためには大変長い年月がかかるそうである。 奇跡を起こすためには、長い年月をかけた根気のいる土壌づくりが肝心というわけです。
 筆者はあまり農業には関心がないけれども、今日までずっとH君に労力を惜しみなく提供し続けてきた。 ぜひとも、「奇跡のゴボウ」を実現してもらいたいものである。


「奇跡の自然館」を目指して二十年!・・・精神的なひもじさに耐えて20年

     「鉱物の科学展」の”蛍光鉱物コーナー”(H19年 市内の博物館施設) →

 来年の7月が来ると当館は満二十歳になります。 これまでに市内外の特に社会教育関係の施設などに展示などの奉仕活動をかなりやったけれど、正直申して腹の立つことが多かった。 「自然館のバカが、かってに身銭斬って汗流してやっていることだから、自分達には無関係」という感じだった。 筆者が、この施設でやっていることを少しでも支援してやろう、サポートしてやろう、といった姿勢が全然見られなかった。 
 要するに、「臭いものには蓋をせよ」ということであったのだろうか。 てめえ達がやることにしかヤル気が出ないのであろうか。

 先日、市内の博物館関係の施設の責任者の方に偶然会ったおり、この方に筆者は「おたくの施設を運営している組織の人も管理している組織の人も大変冷えた感じだ。 熱意も誠意もさっぱり感じられない。 自分の身銭を斬り、熱い汗流してまでして一生懸命やろうという気がもうしない。 親の介護もしなきゃならないので、今年限りでやめますよ。」と言うと、その方は「それじゃ仕方ない。 江津(旧江津市)に水の科学に興味のある人がいるので、一言口利きしてみよう。」と言われたのには、ちょっと唖然とした。 筆者がいなくなった後には、こんどは別の人に冷えた態度で接し、奉仕させようというのであろうか。

 旭町で体操教室をされている元体操のオリンピック代表選手だったM氏も市内で有機農業(自然栽培)を営むH君も、育て上げるための土壌づくりに懸命である。 筆者も科学の芽を育てる土壌づくりに励まなければならないです。 我が郷土は面白くないところだが、当館は郷土の自然をテーマにしているからどうしようもない。 筆者には風当たりの強い我が郷土ですが、「奇跡の自然館」を目指して頑張り抜きたいものです。




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