Counter 偽旅団シナリオ

<アクセサリーハウス『幻想曲』> 偽旅団シナリオ

●勤労感謝は温泉で

「あーダリぃ……」。
 若干ふらつきながらもベッドを出ると、闇緋鷹・アゲハ(a13505)は普段よりも心もとない足取りで、屋根裏部屋から階段を下る。先週ひいた風邪が未だに治りきらず、昨夜もろくに食べていない。しかし多少は回復したのか目覚めたての身体は空腹を訴えていたため、喫茶店フロアで遅めの朝食を食べることにしたのだった。すでに開店時刻を過ぎているが、客に混じってひっそりと食べれば大丈夫だろう。
 そんなことを考えながら一階へ下りるも、普段ならば客の姿もそれなりに見られるはずの喫茶店が、本日に限っては閑散としていた。客どころか店員すらもおらず、そこにいるのは下りてきたアゲハただ一人。怪訝に思い店内を見渡すとカウンターの上に置かれた置手紙を見つけ、アゲハは苦笑しつつひとりごちる。
「そういや温泉旅行に行くって言ってたか」
 今日は11月23日、勤労感謝の日。
 つまり、今日が旅行の出発日なのである。
 置手紙には旅行へ行けないアゲハに対する謝罪の言葉と、先日誕生日を迎えた祝いの言葉が書き寄せられていた。隣を見れば大き目の箱が三つ置かれており、それぞれの箱に「アゲハ様へ」「ヴィーナ様へ」「イズミ様へ」という宛名が書かれている。筆跡から見るに、どうやら凍てつく心を隠す仮初めの微笑・アシュタルテ(a16003)からの贈り物のようである。
 口元を綻ばせつつ、アゲハは早速開けることにした。本人はすでにいないため、遠慮することもない。
 箱を開ける。
 中から出てきたのは、ワインレッド色のドレスだった。すべすべで手触りのよいオーガンジー生地で作られており、大人の魅力漂う妖艶なワンショルダーネックのマーメイドラインドレス。
 どこから見ても女性の服だった。
「……マジでか」
 アゲハは頬を引きつらせ、次いで脱力、膝をついてうな垂れた。
 どうやら、彼の風邪は悪化したようだった。

「まぁ、温泉旅行。わたくしのためにあるものかしら? デュラシアもアホだけど、たまにはいいことするのね。褒めて差し上げてよ、おーっほっほっほっほ!!」
 木の生い茂る林道に、超お嬢様革命・アカリナ(a10950)の高らかな笑い声が響き渡る。ゆったりと進むノソリンへ優雅に腰掛け、上機嫌に景色を楽しんでいる。
「ま、まぁたまにゃあいいよねぇ、こうやって皆で旅行っつーのも」
「デュラシアさんと温泉〜♪ 背中お流ししたいですー♪」
 そのノソリンの手綱を引きつつ、微妙に引きつった笑顔を浮かべる徹夜明け紅茶王子・デュラシア(a09224)へ、隣を歩く全ての愛と抱擁を司る天使・アヤ(a10024)が微笑みかける。途端に機嫌を良くしたデュラシアはまんざらでもないらしく、アヤの手を取ると開いている腕を組み付かせた。
「アシュ、やけに嬉しそうだね」
「ええ、それはもうっ! アゲハ様へのプレゼント、喜んでいただけたかしら♪」
「……そうだねー」
 にこやかに微笑むアシュタルテを横目で見つつ、黒衣・シキ(a15122)は虚ろな表情で曖昧に同意した。贈り物の中身を知っているだけに、心の中でアゲハへと黙祷を捧げておく。明日は我が身であるため、他人事とは思えなかったのだ。
 ふと女装という言葉で思い出し、シキが顔を向けると、そこには憮然とした表情の穿夜・リェレョノ(a12785)が歩いていた。
「……私だって四六時中ゴスロリ着てるわけじゃないですよ」
 そう言う彼はタキシードを着ており、魅惑のふりふりゴスロリメイド服は持参していないらしい。どうやら今日は新たな伝説を作る気はないようである。
 隣を寄り添うように歩いていた神殺しの魔狼・フェリン(a11412)が、ぼそりと呟く。
「似合ってたのに、リェレョノくん」
「何かおっしゃいましたか団長」
 ぎろり。
「……何も言ってないです」
 無言の圧力が怖かった。

 そして最後尾を歩く銀翠の月に舞う戦士・サギリ(a16201)は一人、考え込むようにぽつりと呟く。
「……ところで、『きんろうかんしゃ』とは何だ?」
 あまり勤めて労したことのない彼は、勤労感謝を知らなかった。


●森の中の蛍舞う温泉旅館

 人里を遠く離れた森の中、辺りを囲う木々の葉は紅く色付き、晩秋の艶気を漂わせる。目を瞑り、耳を澄ませばそよ風に揺れる葉の音と共に、近くを流れる川のせせらぎも聞こえてくる。人の集まる場所では味わえない、天然の澄んだ清らかな空気はやや肌寒くもあったが、それは決して不快なものではなかった。
 のんびりとした速度で歩む一行の先に目的地が見えてくると、全景は木々に遮られて見えないながらも次第にその入り口が姿を現しはじめる。貫禄のある木製の建物は堂々と佇み、独特の暖かくも澄んだ雰囲気で、一行を出迎えていた。
 待ちきれなくなったかのように天衣無縫箱入狐・ネフィリム(a15256)とストライダーの忍び・フェル(a15509)、隣を歩く片翼を探す輝姫・キャロル(a15178)の少女3人組が駆け出していく。
「きゃあー、エキゾチックです!」
「わッ温泉ー♪ 早く早くッ!!」
「素敵です……!」
 それを闇夜に羽ばたく白き鴉・シルヴァ(a13552)は微笑ましく見送り、やがてたどり着いた入り口を見上げ、感慨深げに呟く。
「はー、凄いなこりゃー……」
 その手に持った《シャルク・マドンナ》も、にっこりと微笑んだようだった。
 静かに流れる小川を見下ろすように、その温泉旅館はひっそりと佇んでいた。

「こちらがお客様がたのお部屋になります」
「うっはー、でっけぇ部屋だなあ」
 旅館の女将に従い、一行が連れてこられたのは一つの巨大な大部屋だった。二面を白塗りの壁が挟み、残る二面が襖という東洋式の引き戸によって区切られている。その内の、廊下と繋がる側の襖から大部屋へと足を踏み入れ、一行はランドアース大陸では珍しいその内装に感嘆の声を上げた。敷き詰められた畳独特の香りが、鼻をくすぐる。
「大浴場はあちらになりますので……ごゆるりとおくつろぎくださいませ。それでは、失礼いたします」
 思い思いに感嘆の声を上げる一行の姿へ満足したのか、微笑みながら女将は退室していった。
「え、ちょっと待って! もしかしてこの一室だけなん!?」
 ふと我に返ったデュラシアが静止の声を上げるも、すでに女将は姿を消していた。
 大部屋一室。
 それはつまり、男女が一つの部屋に寝泊りするということに違いなかったのだ。
 デュラシアの声に察した不死蝶・サガ(a09499)は、ふと目についた部屋の中央へとしゃがみこむと、畳と畳の間に作られた木の溝をなぞり、デュラシアを見上げた。
「なんか溝があるけど、ここ襖で区切れるんじゃないか? デュラシア」
「お、それなら安心だねぇ。サガっちナイス!」
「ということは、団長もアヤちゃんとは一緒に寝れないねー」
「…………」
 それはそれで、ちょっと残念かもしれない。
 ぼそりと呟かれたシキの言葉に、デュラシアは少しだけ肩を落とした。

 荷物を置くと即座に姿を翻したのは、漆黒の荒鷹・アーザス(a12102)。
「一番風呂は俺のもんだぜ! だりゃーー!!」
 着替えやタオルなどを引っ掴むと、彼は浴場へと駆けて行った。
「温泉温泉♪ 楽しみだにゃぁ〜」
「僕も行くよー♪」
 その後を、期待を隠せない満面の笑顔で猫にゃん・イオン(a02329)がぽてぽてと追いかけ、陽気なリンクス・レセル(a02111)が続く。
 きょとん、と目をぱちくりさせながら、思い出したようにサギリは呟く。
「露天風呂があるのか。……広いみたいだし、窮屈な思いをしなくてもすむだろうか」
 長身には長身の悩みがあるらしい。いそいそとカバンの中身を漁りだし、入浴の準備を始める。
「リェレョノくん……覗くなよ?」
「…………」
 リェレョノとフェリンも入浴道具一式を抱え、連れ立って大部屋を出て行った。
 到着後の一休みもあればこそ。
 我先にと浴場へ消えていく面々の中、銀翼の神子姫・イオ(a09181)は肩に乗せていた子猫ユミルを畳へと降ろし、頭を撫でる。気持ちよさそうに目を閉じて、ユミルはごろごろと喉を鳴らす。
「ユミル、温泉行ってくるよぉ。いい子にしててね?」
「うなー。……うな?」
 イオの隣に立つサガの蝶が目に入り、頷きかけていたユミルは目を輝かせた。
 そして跳躍。
 間一髪で赫は回避し、宙へ逃れる。
「赫ーー!!」
「……行くぞ」
「じゃあユミル、赫と仲よく待っててね♪」
 サガは泣き叫ぶも、折れた紅翼・マオ(a10509)の手により、ずりずりと引きずられるように連行されていった。その後を続くようにイオも退室し、大部屋には2匹、オレンジ子猫のユミルと赫だけが残される。
 しばしの間。
 そして開戦。
「うなー♪」
「……ッ、……ッ……!」
 赫は生き残ることが出来るか。


●露天風呂と言う名の戦場 〜そしてサガは投げられた〜

「ん? タオル持ち込み禁止なのかよ。じゃ仕方ねぇな」
 言うが早いか何の未練もなくタオルを放り投げ、アーザスは露天風呂へと踊り出た。雄たけびを上げながら湯船へと突撃する。
「一番風呂だぜっ!! だーっはっはっはっ……うおぉ!?」
 こけた。
「おっきぃ……」
 浴場の入り口で、レセルはタオルを腰に巻いたまま脇に風呂桶を抱えて佇む。見慣れた風呂とのスケールの違いに戸惑いつつも徐々に瞳が輝き始め、風呂桶の中の黄色いアヒルを模した遊具が満足げに首を揺らす。丁度そこへ入ってきたデュラシア達を尊敬の眼差しで見つめ、不思議そうに首をかしげられるが気にしない。こんな大きな風呂にも動じないとは、なんと偉大な温泉の先輩なのだろう。
 そんなレセルの横を駆け抜け、サガは湯船へと飛び込む。
「いやっほー! 風呂だー!」
「……子供め」
 盛大にお湯飛沫が上がり、後から入ってきたマオが呆れ顔でそれを眺めて嘆息。しかしなんだかんだ言いつつも温泉は好きなようで、マオは密かにご機嫌のようだった。口元が緩んでいる。
 そして温泉に浸かりながらも、目の前に立ちはだかる巨大な壁を見つめる男がいた。シルヴァである。一心に壁を凝視しながら、呟く。
「この壁の向こうが女湯……いや、俺は女の裸なんかに興味はないぜ?」
 シルヴァ・オーキッド、18歳男子。彼女募集中。
 思春期の男の子は、色々と複雑なのである。
 そこへ壁の向こうから聞こえてくる話し声や水音が、否が応でも彼の想像力をかきたてる。
『タオルを湯船につけるなんて邪道はいけません! この『正しい温泉旅館作法』に書いてありましたから間違いないです!』
『ちょっとアシュさんッ!? タオル取らないでよッ!?』
『あらフェル様、こんなに可愛いですのに隠すなんて勿体無いじゃありませんか……ウフフフ』
『んッ……!? アダムさん、飲んでるッ!? た、助けてェーーッ!』
「……一体、この向こうでは何が起こってるんだ……?」
 言うと、顔を赤らめながらも固まってしまうシルヴァ。
 彼には少し、刺激が強すぎたらしい。

「肌がスベスベになるお湯ですって? まったくわたくしには必要のないものね。なぜならわたくし、元から美しい肌をしているもの。ホホホホ」
「やはり温泉にはこれがつきものですわよね♪」
 優雅に気品溢れる仕草で身体に張り付いた髪をかきあげ、アカリナは微笑んだ。
 そんなアカリナの隣で岩場に腰掛け、死へ誘う幻想曲・アダム(a13154)は持ち込んだヒョウタン状の器から小さな器へと酒を注ぎ、飲み始める。上気した肌はほんのりと赤味を増し、濡れた髪が身体に張り付く。微妙に力の緩んだ瞳と口元が、色香の漂う艶を醸し出していた。
「あらアダムさん、それはお酒かしら。わたくしにもいただけまして?」
「どうぞお飲みくださいまし♪」
 アダムは用意しておいた予備の器をアカリナへ渡し、お酒を注ぐ。二人は共に岩場へ腰掛け、ささやかに杯を交わした。
「……ったくもーぉ邪魔さんはこりごりだよ」
 飲み始めてしまった二人からやや離れた場所、湯船の隅で岩にもたれながら、フェルはグッタリとしていた。アシュタルテ、アダムの両名から辛うじてタオルを死守することはできたものの、疲れてしまったらしい。
 その隣では少女たちが集まり、おしゃべりに花を咲かせている。
「あ……アダム様が胸にお酒をこぼして……谷間にたまりました……」
「あぅ……いいなぁ……」
「大丈夫ですわよ、まだまだこれからですもの」
 キャロルの言葉に、思わずアカリナやアダムと自分の胸と比べてしまい、しゅんとなるネフィリム。ほんわかとした笑みを浮かべたアシュタルテに慰められるが、豊満な者に言われてもいまいち納得できないネフィリムだった。
 同じく視線を向けて、イオがぼそりと呟く。
「サガも胸大きい方が好きなのかな……?」
「イオちゃんも興味あるんですか〜?」
 大きな声を出した覚えはなかったが、隣にいたアヤには聞こえてしまったようだった。アヤへと視線を向け、次いでその胸元へと落とすとそこにも小さな水溜りが出来上がっていた。
 恨めしげな目で見やるも、アヤは困った顔で微笑むだけだった。
「う〜、アヤさんも大きいよねぇ……ラシアも大きい方が好きなの?」
「……それは秘密ですよ♪」
 気になる人は本人へ聞いてください。
 そう応えて、アヤはにっこりと首をかしげた。
 ふとそこへ、壁の向こうからレセルの声が聞こえてくる。
『楽しそうだね♪ 湯加減はどう?』
 一人犬掻きで泳いでいたイオンが応えていた。

『ちょうどいいにゃんよ〜』
 女湯からイオンの声が返ってきて、レセルは満足げに頷いた。ふと隣を見れば静かに浸かっていたサギリも目を閉じ、気持ちよさそうに寝ている。万事幸せである。
 しかしこの時、すでに一部では戦の狼煙があがろうとしていたのだった。
「諸君、よう集まった」
 お茶の間に歌と笑いと混沌を・フォル(a06223)に召集されたデュラシア、アーザス、サガ、シキの4名は、湯船の中央へと立たされていた。各人の表情を見ながら、彼らの前に立つフォルが厳かな表情を浮かべる。
 握り締めた拳を高らかに振り上げ、フォルは冒険の依頼を提示した。
「露天風呂といえば覗きや! これをやらなあかんのや!!」
 『女湯へ忍び込み、女性陣1名の肩に触り生還すること』。それが唯一絶対のルールだという。賭ける物は、今夜の晩飯とそしてプライド。場合によっては命も賭ける必要があるだろう。
 興味深げに頷くと、アーザスは引きつった笑みを浮かべるデュラシアとげんなりした表情のサガの肩へと手を乗せ、捕縛した。これで彼らは逃げられない。
「面白ぇじゃねぇか。なっ、二人とも?」
「やるならお前らだけでやれよっ! 俺を巻き込むなー!」
「そうだぜアーザス、覗きなんて俺にゃぁ出来ねぇよ!?」
「ちなみに、拒否したやつは問答無用で向こうへ投げ込むで」
 沈黙。
「ふざけんなーー!!」
 キレるサガ。
「よぉしサガを放り込むんや〜」
「だーっはっはっはっ! 覚悟しろサガ!!」
「そうだぜサガ! 諦めは肝心なのよ!?」
「デュラシア、あっさりと裏切ってんじゃねぇぇぇ!!」
 あっさりと寝返ったデュラシアへ激昂するサガ。
「サガ悪ぃね、俺も自分の身が惜しいのよ」
 ほろりと一筋の涙を流しながらデュラシア。
「シキ! お前も何とかいえよ!!」
「悪いねー、オレは長いものには巻かれる主義なのだよー」
 ヒラヒラと手を振り、シキはサガを見送る。
 フォルは邪悪に目を輝かせ、のたもうた。
「総員、カタパルトの準備をせよ!」
『ラジャー!』
「お前ら本気で待てーーー!!」
 騎馬戦のように組んだ4人に掲げ上げられ、サガは身動きができなくなった。
「発射ァァァァ!」
「うわぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」
 舞い飛ぶサガは見事に放物線を描き、男たちの夢を阻む壁を越えていった。盛大な着水の音に数瞬遅れて、女性陣の悲鳴が聞こえてくる。
「潔く散ったサガに、敬礼!」
『敬礼ッ!!』
 こうして戦は始まった。

「な、なんでサガが……サガ大丈夫!? 死なないでーー!!」
 突然壁を飛び越え、頭から湯船に突っ込んできたサガに抱きつきガクガクと揺さぶりながら、イオが泣き叫ぶ。混乱のあまりに身体に巻いていたタオルはほどけ、感情の高まりを現すかのように周囲へと紅い薔薇が次々と召喚されていくが、薔薇風呂と化した湯船でも気絶しているサガは何も反応も返さない。
 一筋の汗をたらしながらフェリンは壁を見つめ、呟く。
「人間って空を飛べるんですね……」
 飛べません。
「それにしても、どうなさったのでしょうか。サガさんが突然飛んでくるなんて」
「一体、どういうことかしら……? ……ま、まさか」
 のったりと首をかしげるほろ酔いのアダムに、驚きのあまり酒をこぼしてしまったアカリナも要領を得ない顔をしていたが、やがて思い当たるものがあったのかプルプルと怒りに手を振るわせた。
「あんのアホアホデュラシアの仕業ですわね……! 今日という今日は許しませんことよ!!」
 そのアカリナの言葉に驚いたのか、女湯の四方を囲む木々の一角ががさりと揺れた。
「あ、アネキ……誤解だ……」
 サガに続く第二陣であるデュラシアは、ひっそりと露天風呂の柵を乗り越え外からの侵入を試みていた。紅葉で隠れるように太めの枝へと身を潜め、先ほどのアカリナの言葉にがくりとうな垂れる。熱くなる目頭を抑えられない。
 気を取り直して、女湯を見渡す。誰かの肩へと触れなければならないのだ。
(やっぱアヤちゃんっしょ)
 即行で目標決定。
 次いでアヤは何処にいるのかと目を配らせれば、都合のいいことに潜伏している木の、ほぼ真下にいた。それはつまり距離が近いということと同義で、非常によく観察できた。身体に張り付く濡れた髪も、タオルによって辛うじて先端が隠れている胸の谷間も、タオルの及ばないあらわになった背中も、目に焼きつくほどによく見えた。
「…………ぶふっ」
「ほえ? ……でゅっ、デュラシアさんー!?」
 あっさりと意識を手放し鼻血を噴き出しながら、デュラシアはアヤの胸へと飛び込んだ。

 アヤの悲鳴が聞こえ、フォルは拳を握り戦慄した。
「く、デュラシアは駄目やったか……!」
「あっはっはっはっ、所詮は団長ですとも」
 朗らかに、しかし目を邪悪に輝かせながらシキが笑う。
 そんなシキを見て、アーザスが怪訝な顔をする。
「なんか自信ありそうじゃねぇか」
「こそこそと行くからああなるんだよー。もっと男なら大胆にいかないとね」
「よくぞ言ったでシキ隊員! 次はお前に決めたっ!」
「御意!」
「最低……」
 ぼそりと呟かれたリェレョノの声をさらりと流し、シキは吠える。
「いざ行かんや、桃源郷! ていっ!」
 そのまま壁へと手をかけると、もぞもぞとよじ登りはじめる。どうやら外側のデュラシアに気を取られている隙をつこうという作戦らしいが、割と無謀な作戦ではないだろうか。
 そして身を乗り出し、いざ乗り越えようとした瞬間
『ハッ! 気配が……そこっっ!!』
「ふごっ!?」
 アシュタルテの放った風呂桶が飛来し、激突。
 そのままバランスを崩し、彼は塀の向こうへと消えていった。
『シキさん……覚悟はよろしくて?』
『あ、アカリナ様!? ごめんなさい! ごめんなさい! ぶぱぁッ!!』
『シキ様の遊び人ーー!!』
『ちょ、ちょっと待ってー! アシュ、それ岩だよね!? ……っごっふぉぁ!!』
 べきょり。
 静寂が広がる。
「…………」
「…………」
「…………」
「フッ」
 遠い目のまま、フォルはニヒルに微笑んだ。
「もう終わりにしようや」
 こうして得る物のない、虚しい戦いは終わりを告げた。


●誕生日祝いの大宴会

 頭をさすりながらシキがぼやき、アシュタルテがそれに応える。
「いたたた……酷い目にあったー……」
「覗きなんて真似をするシキ様がいけないのよ?」
「……まぁ、そうなんだけどねー」
 最後の辺りに浴場を出た二人は連れ添い、宴会場へと足を向けていた。
 しばらく歩いたのち、不意にアシュタルテが立ち止まった。
「……あ、忘れ物」
 ふと思い出したらしく、浴場へとトテトテと駆け足で戻るアシュタルテ。やがてその場で待つシキの元へとやってきた彼女の手には、2着の衣服が抱えられていた。
 深いスリットの入ったチャイナドレスと、
 孔雀柄の刺繍が施された、ベルベット地のアオザイ。
「はい、シキ様。っと、サギリ様」
「……………………」
「あ、アシュタルテ。なんだこれ、くれるのか?」
 通りかかったサギリを呼び止め、抱えていた2着を手渡そうとするアシュタルテ。
 これを着ろというのだろうか。
「ほら、サギリ様は大人しく着てくださっておりますわよ?」
 アシュタルテの指し示す方向へと視線を飛ばすと、もぞもぞと着替えを終えたサギリと目があった。
「……ん、着ないのか? シキ」
「さも当たり前のようにアッサリとーー!!」
 チャイナドレスに身を包んだサギリは、ごく自然体で平然と首をかしげた。
「オレか……? オレが間違ってるのか……?」
「ほら、シキ様……これを」
 純粋な疑問を浮かべた瞳に見つめられ、あたかも自分が間違っているかのような錯覚を覚え戸惑うシキの肩へ、やさしく手が乗せられる。
 差し出されたのは、優しく諭す言葉と明らかに女性向けのアオザイ。
 おずおずと、シキはそれを手にとった。

「オレが……オレが間違ってたよ……」
 大勢の集まる宴会場の隅でシキは女装したまま、膝を抱えて壁を見つめていた。何かが始って、そして終わったらしい。
 それはそれとして。
 11月生まれの店員たちの誕生日祝いを兼ねた、大宴会が始まろうとしていた。すでに何かが行われた後なのか、皆のテンションは非常に高い。一人を除いて。
「お誕生日、おめでとう……ございます……!」
 その只中で、大きめのクラッカーを構えるキャロルが祝いの言葉と共にヒモを引く。
 鳴らない。
 あれっ?、と焦り気味に何度も紐を引くがどうやら硬いらしく、なかなかクラッカーは発射されなかった。見かねたアーザスが苦笑しつつ、声をかける。
「おいおい、大丈夫か? ほれ貸してみなっ」
「あう……ごめんなさいです……」
 申し訳なさそうに謝るキャロルからクラッカーを受け取り、アーザスが紐を引く。
 クラッカーが鳴る。
『ハッピーバースデー、サガ&イオー!』
 それは宴会の始まりを告げ、盛大な祝い事が始まった瞬間だった。
「サガ、おめでとうなのぉ〜♪」
「ぅわっと。あはは、ありがとうなイオ」
 イオに抱きつかれ、サガが微笑む。結ばれて以来初めて過ごす誕生日に、二人とも例年以上の幸せに顔をほころばしている。
 と、そこへイオの双子の弟マオが姿を現し、無言でサガへ赤いブレスレットを手渡す。
「…………」
 殺気すら伴うマオの気配に、一瞬、場が静まり返る。
 サガが静かにそれを受け取り、苦笑する。
「……大事にするよ」
 それは、何に対する言葉だったのか。
 ふとそこで思い出したように、デュラシアが疑問を浮かべる。
「あれ? イオイオと双子ってことはマオもこないだが誕生日っつーことかい?」
「まぁ! 3人も誕生日なのね! おめでたいわ!」
 静まり返っていた場所へその言葉は響き、ならば一緒に祝おう、とイオの隣へと座らされるマオ。戸惑いつつも逆らう暇もなく、マオの席は確定してしまった。しばしの逡巡を見せたものの、マオも落ち着くことにしたらしい。
 近寄ってきたレセルがにっこり笑い、3人へとカラフルにラッピングされた色違いの小箱を差し出す。お菓子が入っているらしい。
「中身は忘れちゃったから早い者勝ちね☆」
「わたくしからは美しい美声をプレゼントさせていただくわ……と言いたいところだけど。わたくしが作ったケーキを差し上げるわ」
 レセルに続き、やや照れくさそうに手に持ったケーキを見せるアカリナ。所々に垣間見える原色が目に痛々しく、鼻を突く刺激臭を爛々と放っている。
 ユミルが倒れた。
 赫が墜落した。
 マオは目を背けた。
「何が入ってるんだよっ、これ……」
「あ、ありがとうだよリー姉っ」
 青ざめるサガと、気丈にも受け取るイオ。
「あ、あのっ……イチゴのタルトケーキです……」
「わたくしからはオリジナルブレンドの紅茶の葉と、それによく合うサブレを焼いてまいりましたわ♪」
 キャロルが慌てた様子でフォローに入り、苦笑しつつアダムが「どちらも日持ちするものだから」、と食べ物を渡す。
「ボクからはミサンガだよッ♪」
「私からは色違いの褞袍(どてら)を差し上げます。寒くなってまいりましたからね」
「うちの旅団で販売中の『猫神様』です。ふわふわでもこもこですよ」
 フェルはミサンガを手渡し、アシュタルテがふんわりと微笑みながらペアルックを差し出す。フェリンは抱えていた可愛らしい猫のぬいぐるみをにこりとプレゼントする。
「ふっふっふー、さぁデュラデュラからのプレゼントコーナー!」
 微妙に高いテンションで登場したのは、デュラシア。小さな包みをサガへ、手に抱えた包みをイオへと渡す。
「ありがとうデュラシア。開けてもいいのか?」
 頷くデュラシアを見て、包みを開けるサガとイオ。
 中から出てきた物を見て、デュラシアが解説を加える。
「サガには指輪。シンプルだけどカッコイイのを選んだつもりだよ。イオイオにはサガの人形! お腹を押すと『ハァイ俺サガ』って言うよ」
「ラシア、ありがとうだよぉー!」
 早速サガ人形のお腹を押すイオ。
『ハァイ、俺サガ』
「あ、ラシアの声なんだぁ」
「俺のお手製だからな、俺の声だけどそこは我慢しとけ」
 残念がるイオに、苦笑しつつデュラシアが言う。
 再び押す。
『ハァイ、俺サガ』
 さらに押す。
『ハァイ、俺サガ』
 ついでにもう一度。
『ハァイ、俺サガ』
「いやもういいから」
 サガが止めた。
「おーっし、俺からは漫才だー!」
 相棒のウサギのぬいぐるみ《シャルク・マドンナ》を手に、シルヴァが一段高くなっている舞台へと登る。片手で持ち上げ目線を揃え、《シャルク・マドンナ》との腹話術漫才を披露するらしい。
 大勢の注目の中、シルヴァが口を開く。
「行くぜシャルク! 分かったヨ!」
 もはや腹話術ではなかった。
 とりあえず《シャルク・マドンナ》の顔が揺れているものの、セリフが一組の「」で完結してしまっている。
 不慣れながらも吹っ切れた様子で、シルヴァ(と《シャルク・マドンナ》)は続ける。
「おうシャルク! 今日は皆で温泉旅館へ来てるんだぜ」
 どうやらボケ役はシルヴァで、ツッコミが《シャルク・マドンナ》らしい。
「そうだナ、シルヴァ。星も綺麗だナ」
 外を見れば、確かに満天に星空が輝いていた。
 街中の『幻想曲』では見られない、自然の輝きである。
「お! 流れ星だぜ! 俺のところへ降ってこい!」
 星が降ってこないかと言う願いは、切実な人も多いだろう。
「違うヨ、アレは降ってるんじゃないヨ! 空から落ちる……つまり無くなってるんだヨ!」
『減ってんのかよ!?』
 全員からツッコミが入った。
 笑えない冗談だった。
「このタコぉーー!!」
「うげっ!?」
 突如顔面にタコが飛来し、シルヴァが倒れた。うねうねと動くタコの足が顔面に絡みつき、蠢く。
 タコが飛んできた方向を見ると、両手と腰にタコを絡みつかせ、構えたフォルが仁王立ちしていた。注目が自分に集まったのを認め、にぃ、と不敵に笑う。
「っつーわけで、ワイからのプレゼントはこれやでぇ〜」
 これ、とタコを言い差すフォル。
「存分に受け取れやぁぁ! 大リーグボール4号ォォォォ!!」
「待てーー!!」
 それは伝説の消える魔球。
 充分な溜から放たれたタコは不意に姿を消し、標的へと襲い掛かる。
「へぼぉ!?」
 自滅球だった。
 背後から現れたタコが後頭部へと激突し倒れこんだフォルは、アシュタルテの指示を受けたサギリに引き摺られ、宴会場の外へと消えていった。
 しばしの静寂。
「ふに、皆さんご飯が冷めてしまいますよ〜。美味しくいただきましょうー」
 ぱんぱんと手を叩くアヤによって、食事が再開された。
「デュラシアさんにご飯を食べさしてあげますー」
 にっこりと告げるアヤに、同じく微笑みを返すデュラシアだった。

「ピーマンが入ってなくてよかったの♪」
 ほくほく顔で料理をかきこんでいくイオを見て、隣に座っていたマオがこっそりとため息をついた。慣れた手つきでイオのために料理を皿へと集め、次々と周りへ並べていく。
 とそこへ、ぽいっ、とイオの皿へとピーマンが放り込まれる。食べることに集中していたイオはそれに気付かず、口へと運んでしまう。
「〜〜〜〜っ!」
 涙目でジュースに手を伸ばすイオに、ピーマンを紛れ込ませた犯人、アーザスが快活な笑い声を上げる。
「だーっはっはっはっ! きちんと食べねえと大きくなれねぇぜ、イオ。……うおぉ!?」
 ジュースでピーマンを流し込み終えたイオに、据わった目つきで大量の唐辛子のワサビ漬けを口の中へ放り込まれ、アーザスは喉を抑え会場を離脱。どたどたと足音を響かせながら、駆け足で遠ざかっていく。
 アーザスに、合掌。
「むぅ、被害者はボクだよぅ」
 そのやり取りを見ていた者は皆、イオから無言で目を逸らした。

「とりあえず、食べよう!!」
 ワクワク、といった表情でテーブルの上を見渡すのはフェル。普段は強い、茶色の瞳も今ばかりは様々な料理に目を奪われ、そして輝かせていた。今回の幹事であるシキが無節操に頼んでおいたのか、魚の活き作りから野菜の天ぷらまで、色とりどりの料理が並んでいる。
 ふとそこで、どれから食べるかきょろきょろと首を巡らすフェルに、一組の男女が目に入った。
「にゃにゃぁ〜にゃぁん♪」
「にゃーにゃにゃーーん♪」
「ぉ酒飲んでるのッ!?」
 顔を赤くし、潰れ、猫と化したイオンとレセルだった。すでに近くには酒瓶が数本転がっており、近付くだけで酒の匂いが香る。
 顔面中の筋肉を弛緩させてごろごろと転がる二人を、指をくわえて眺めるフェル。
「ムー……飲みたいな。でもボク異様にお酒弱いから飲むと……。ぇーいッ! 飲んでやるから!!」
 半ばヤケ気味に酒瓶へと手を伸ばし、ぐいっと勢いよく飲み干す。
「にゃぁ〜にゃぁにゃぁ〜♪」
「にゃんにゃにゃなぁ〜♪」
「にゃにゃにゃにゃぁ〜♪」
 猫が増えた。
「はい、デュラシアさん、あ〜ん、っですよ♪」
「きゃっ! デュラデュラ恥ずかしい! ぁあ〜〜ん♪」
 見ている側が恥ずかしくなりそうなやり取りをしながら、お互いへと箸を差し出し食べさせ合うアヤとデュラシア。
 その光景を離れた席から見ながら、フェリンが思いついたようにリェレョノへと向き直り、問う。
「……リェレョノくんも、ああいうの羨ましいと思います?」
「え? ああ……いえ、私は特に思いませんね」
 何かに気を取られていたのか、上の空、といった様子のリェレョノが反応を返す。
 にぃ、と悪戯に口元を綻ばせ、フェリン。
「やってあげようか?」
「なっ、何を……!」
「冗談ですよ」
 顔を真っ赤にさせながらアタフタとするリェレョノを見て、そう言うのは好きな子にしてもらいなさい、とくすくすと笑う。からかわれたらしいと気付いたリェレョノが半眼になりながら睨むと、にこりと微笑みながらフェリンが席を立った。ちょっと外の空気を吸ってきます、と告げるフェリン。
 一瞬考え込んだように止まるリェレョノだったが、すぐにフェリンを見上げ、口を開く。
「私も行きます」
「ん。じゃあ少し散歩しようか」
 リェレョノも立ち上がり、二人は宴会場の外へと消えていった。
 その近く、タコから立ち直ったシルヴァはほんのりと顔を赤くしたアダムに絡まれていた。
「はい、あ〜ん、でございますわよ♪」
「アダムちゃん、酔ってねーか!?」
 先の入浴時から飲み続けているアダムはすでに、実はかなり出来上がっている。とろんとした目つきでシルヴァへとしな垂れかかるとシルヴァの頬についたご飯粒を発見し、首をかしげる。
「あらあら、おべんとついてますわよぉ……♪」
 体重をかけて抱きつき、ぺろりと舐め取った。
 豊満な胸が押し付けられ、その温もりを浴衣越しに感じる。器用に動く舌先に頬をなぞられ、シルヴァは固まった。
(蛇の生殺しかチクショーー!!)
 シルヴァ・オーキッド、18歳男子。彼女募集中。
 明らかに自分ではない、己の恋人の影を瞳に映すアダムに、心で涙する思春期のお年頃だった。

「っし、そろそろいっかな」
 徐々に酒が出回り始め、盛り上がりを見せる宴会場。その様を観察したサガが、ごそごそと浴衣の袖の下を探る。
 隣に座るイオがサガの動きに気付き、きょとんと首をかしげた。
「ぅん、サガどうしたの?」
「イオ、河原行かないか? 線香花火持ってきてんだ」
 ほら、と取り出した線香花火の束をイオの前にかざす。
「あんま数ないだろ? だから二人で行こうよ。皆でやるには足りないから」
「分かったよぉ、ボク行くのー♪」
 ぱぁ、と満面の笑みを浮かべるイオに頷き、サガが席を立つ。
 イオの手を引きながらこっそりと宴会場を抜け出し、外へと消えていく。
「泣かせたら潰すぞ……」
 残されたマオは一人、消えたサガの背中へとぼそりと呟いた。

「っしゃー、復活だぜっ」
 すぱぁん、と勢いよく襖を開け、アーザスが舞い戻ってきた。微妙に声がかすれていたりするが、ひとまずは危機を乗り越えたらしい。
 ふと気付いたように会場を見回し、首をかしげる。
「あん? なんか人数へってねぇか? サガとかの姿が見えねぇんだが」
『ハァイ、俺サガ』
「気のせいみてぇだな」
 頷くアーザス。
 サガ人形の腹を押したマオは、何とも言えない表情だ。
「お、良い曲だなぁネフィ」
「ありがとうございます、アーザスさん」
 ひっそりとリュートを奏でていたネフィリムは褒められ、顔を赤くしながら会釈した。
「おぅっし、俺も歌うぜ。これが俺からのプレゼントだっ!」
 声とは音波の一種であり、音波は波の一種である。目に見えないだけで波にも力はあり、強い波は時として物理的な影響を及ぼす。例えば、特殊な波長で神経に異常をきたさせる超音波というものがある。
 つまり音とは衝撃であり、アーザスの歌声は破砕音であった。
「行くぜ、『ヘヴン・エアロライト』!! ――――ッ!!」
 ズギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギュゥゥゥゥゥィィィィイイイイイイイイイイイイィィィゥルルルゥゥゥゥゥゥゥゥィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!
「―ッ、――、――――――! ―――ッッ――――――!!」
 ビリビリと身体が揺さぶられ、
 ガタガタと襖が震える。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
「頭が……割れそう、です……! ……はぅっ!?」
 妙に可愛らしい悲鳴を上げてアカリナが卒倒し、頭を押さえつけるように抱えたキャロルもそのまま気絶する。酔い潰れて眠っていたフェルの尻尾はビクンビクンと痙攣し、サギリは白目を剥いて壁に激突し、そのまま動かなくなった。猫×2(イオン、レセル)は互いに抱きしめあい、全身の体毛を逆立てたまま硬直、ぱたりと倒れた。
「いや、いやぁぁぁぁぁぁああああああ!?」
「うお、こいつぁ……やべぇな……ぉああ!? シャルクの綿が!! シャルクの綿が振動で……!?!」
 酔いが回っていたアダムは発狂したかのように取り乱し、隣で耳を抑えるシルヴァも苦々しい表情を浮かべて堪えるが、気絶組へと仲間入りをするのは時間の問題だった。
 目を瞑り大声で熱唱するアーザスには、まったく気付いた様子がない。
「ッ――――、――――、――! ―――――――――ッッ!!」
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
「ちょっ、アーザス!? 待ってそれは何か兵器っぽい……ごぶっはぁ!!」
「でゅ、デュラシアさん……今……命、の……抱擁、を…………駄目っ」
 酒の入った器にヒビが入り、
 襖が溝から外れて倒れる。
 やがて白塗りの壁にもヒビが入り塗装がパラパラと崩れ始めた頃、ようやくアーザスの祝辞の曲は終わりを告げた。満足げな表情で
「ふぅ……感想はどうだ? 命の抱擁を16ビートで歌ってみたんだが……あん? 何で皆寝てんだ?」
 そこには苦悶の表情を浮かべたまま、ピクリとも動かない死屍累々の惨状が晒されていた。
 死者の山にぽつりと一人、アーザスが頭をがしがしと掻く。
「子守唄を唄ったつもりはねぇんだけどな……」
 こうして宴会は幕を閉じた。


●伝えたい言葉/伝わらない言葉

「んー……空気が澄んでますね、ここは」
 背筋を伸ばしながら深呼吸をし、辺りを見回すフェリン。宵の帳が降り始めた河原はすでに薄暗く、ちらほらと舞い飛ぶ蛍がほのかな明かりを灯す。それは夜へと舞台が変わる一瞬の、変化の間際だった。昼から夜へ。見れば頭上には淡い月が昇り、優しくも儚げに、世界の全てを見守っていた。
 河原についた途端に無口になったリェレョノへと向き直り、フェリンが怪訝な表情を浮かべ、心配そうに顔を覗き込んでくる。至近距離に顔を近づけられ戸惑うも、それすらも心配なのかフェリンは眉をしかめる。
「……ねぇ、リェレョノくん。大丈夫? なんだか朝から様子がおかしいみたいですけど」
 無防備に顔を覗き込んでくるのは、信頼の証。
 でも、それだけでは。
 満足はできない。
「団長……――……フェリン」
「え?」
 名前を呼ばれたことに、きょとんとした表情を浮かべる、フェリン。
 決意を固め、リェレョノはフェリンへと真剣な表情を魅せる。
「何、どうしたのリェレョノくん?」
 問われるも、気にしない。
 聞いている余裕はないし、今更応える必要もない。
 瞳を見つめ、そっと告げる。
「フェリン、俺はフェリンが……」
「ほわぁぁーー!?」
 ばきゃり。
「…………………」
「あいたたた……木の上で一休みなんてするもんやないな……」
「……そんなところで、どうしたんですか、フォル様……」
 上からフォルが降ってきた。身体中に折れた木の枝や葉を絡みつかせ、腰をさすっている。
 わなわなと震える拳を抑え込みながら、尋ねる。
「い、いやな……覗いてたわけやないでリェレョノくん☆」
「いっぺん死んで来いやボケナスがぁぁぁぁ!!」
「ひでぶっ!!」
 ワイルドラッシュ奥義、発動。フォルは天高く弧を描き、川の中へと墜落していった。
 ちなみに、フェリンは終始驚きに目を丸くしていた。台無しである。
「……まぁ、フォーナ祭があるか……」
 ぼそりと、聞こえないように小声で呟く。
「ん? リェレョノくん、何か言った?」
「いえ、何も」
 さ、戻りましょう、と告げて、リェレョノは溜め息を吐くのだった。


●季節はずれの線香花火

「ほら、足下には気をつけて、イオ」
「もぅ、大丈夫だよぉ。ボクだってそこまで子供じゃないもん! って、わぁ!?」
 石にハイヒールが挟まり、バランスを崩すイオを優しく受け止めるサガ。
「だから言ったじゃん」
 むぅ、と頬を膨らませるイオの頭を撫で、優しく笑う。
 河原の石を円形に並べ、そこへ座り込むと持参した線香花火の束をほどき、それぞれ半々ずつに分けると一本ずつ取り出しあう。
 二人で顔を見合わせ、微笑む。
「じゃ、始めようか」
 二人でしゃがみこみながら、手元の線香花火へと火を付けた。ぱちぱちと小さく震える火種の先に互いの顔を認め、自然と頬が緩む。先ほどまでの宴会もいいが、たまにはこういった静かな二人の時間も悪くない。
 ぽつん、と落ちるサガの火種に揃って、イオの火種も後を追うように落ちた。次の線香花火を取り出し、火をつける。
「凄い騒ぎだったなー、宴会」
「そうだねぇ……でも楽しかったよ?」
 先ほどまでの会場を思い出し、苦笑するサガ。あれはちょっと、毎年はきついかもしれない。
 イオは火種が落ちるのも待たず、ごそごそと次の線香花火を取り出す。火をつけるとそれを今の線香花火の横へ垂らし、一つにまとめて大きな火種が出来上がった。
「こうするとおっきくなるのっ」
「でも、すぐになくなっちゃうよ」
「ん……気をつけるの」
 ゆったりとした時間の中で他愛のない話をしながら、それでもすべての線香花火がなくなるまで話し続ける二人だった。


●枕投げはお静かに

 先の気絶から立ち直った一行が寝泊りする大部屋へと帰還すると、そこは戦場と化していた。
 否、これから戦場へと変貌を遂げる運命だった。
「お、皆ようやく来たか」
 一人無事だったアーザスは先に大部屋へと戻り、床という床、壁という壁、襖という襖へと布団を敷き詰めていた。これならどこへ枕が飛んでも大丈夫だろっ、とアーザスが快活に笑う。
 枕投げ。
 それは団体での宿泊に付き物の、情熱と青春を賭けた熱き競技である。
 アーザスが笑い終えるのも待たず、誰の手によるものか枕の第一投が飛び、アーザスの後頭部に当たる。そしてそれはそのまま、開戦の合図となった。
「おっしゃー! 女の子は俺が守る!!」
 拳を握り高く掲げ、シルヴァは意気揚揚と宣言する。
「……ね、シルヴァさんッ☆」
 と、そこへフェルがにっこりと笑いながら近付いてくる。
 後ろ手には、枕。
「ん、フェルちゃんなんだい……おわっ!?」
 フェルに枕を投げつけられ、シルヴァは顔面を枕に埋めることになってしまった。してやったり、と笑うフェルにも横から枕が飛んでくる。
 もはや大部屋は誰が投げたかも分からない、混沌とした戦況を浮かべていた。
「あは、あははっ……楽しい、です……っ!」
「キャロルちゃん、やったねぇ? ボクも容赦しないんだよっ」
 部屋の一角で枕を投げ合うのは、キャロルとイオ。
 そして何故か枕が集中的に飛び交う部屋の中央で、デュラシアは我に策あり、と不敵に笑いを響かせる。
「フハハハハハ、俺を狙うなどけしからん!! カモーン、下僕チャン☆」
 デュラシアは土塊の下僕を唱えた!
 女将が現れた!
 女将の攻撃! デュラシアは14のダメージ!
「痛っ!?」
「屋内で泥遊びなんてなさらないでください! いくら冒険者の方といえどもお許しできませんわ!」
「ちょ、ちょっと待って……ごめんなさいー!」
「はわわわわ、デュラシアさんー!」
 デュラシア、女将に連れられ退場。それを追いかけ、アヤも戦場の外へと姿を消した。
 枕を抱えほくそえみつつ、きょろきょろと辺りを品定めしているのはイオン。
「誰に枕をぶつけようかにゃぁ〜? にゃふふふ。……ぐは!」
 流れ枕が後頭部へあたり、一撃で沈むイオン。
 完膚なきまでに雑魚キャラであった。
「初めに言っておきますけれど……」
 にっこりと微笑みながら、アダム。
「わたくしに投げつけたらどうなるか……」
 手元に五寸釘と藁人形を持ち、口元に邪悪な笑みを浮かべる。
「みなまで言わずとも、皆様ならおわかりになりますわよねぇ……?」
 湧き上がる黒い瘴気にあてられ、こっそりと枕を構えていたサガは冷や汗を浮かべて固まった。
 と、そこへアーザスの投げた枕が飛び込み、アダムの顔面にぶち当たる。
「だーーーっっはっはっははははっ!! 遂にこの時が来たぁ!!」
「ふふふ……いい度胸ですわ……覚悟はよろしくて!?」
 がこーん。
「おぐっ!? き、急に頭が……」
「うふふふふ……たっぷりと懺悔なさって?」
 がこーん。
「ぐぁっ!! いてぇ……!」
「うふ、ふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふ」
 ぐちゅ。
「ぐぁぁぁあああああ!!」
「おほほほほほほほほ!!」
 アーザス、倒れる。
 しかしアダムは無謀であった。芸人組の結束は固く、次なる挑戦者、芸人組の筆頭フォルが挑戦状を叩きつけてきた。
「アーザスのことかぁぁ!!」
 目は怒りに染まり、怒髪天をつく。髪も金色に輝き始め、神々しいオーラが足下から噴出する。
 畳へと拳を叩きつけるフォル。
「喰らえや、《畳乱れ返し》!!」
 叩きつけられた場所が打点になり、その周囲の畳が次々と連鎖的に吹き飛び宙に舞う。畳は上に乗る布団や冒険者たちを盛大に巻き込み、
 当然、自身も吹き飛ぶ。
「ぐはぁ! ふふ、この技は改良が必要やな……って、何や?」
 女将が現れた!
 女将の攻撃! フォルは77のダメージ!
「へべしっ!?」
「畳を飛ばすなんて何を考えているのですか! まったく冒険者の方々はもう……!」
「うぁー、堪忍やー!」
 女将にずるずると引き摺られ、フォル退場。
 一方、その様子を部屋の隅で寝転びながら見ていたサギリがぼそりと呟く。
「枕投げ? ……私はそんな幼稚なものには参加はしない」
 などと言いつつも、その手には枕。どうやらこっそりと誰かに投げつける気らしく、適当に部屋の中央へと投げつけた。ぱふっ、と飛んできた枕が頭にぶつかり、それまで静観していたアカリナがわなわなと肩を振るわせた。
 不運にもアカリナへと枕を当ててしまったサギリの顔が、しまった、と歪む。逃げようとするも、後ろからシルヴァに羽交い絞めにされてしまい身動きが取れなくなる。
「ふっふっふ」
「待て、何をするんだシルヴァ!?」
「女の子に枕をぶつけるような悪い奴ぁ、俺がゆるさね―ぜ? 今だぜアカリナちゃん!」
「ホホホホホ……」
 ゆらり、と枕を手に近付くアカリナ。
「アカリナ、す、すまなかっ……」
「とりあえず、わたくしに当てた奴は殺す!!!」
 身動きの取れないサギリへ向かいアカリナは枕を投げ……ずに、殴りかかった。
「ボコる! 投げずにボコる!! ボコりますわ!!」
「っ! っっ!!」
 それは枕を使ったリンチだったと、後にシルヴァは語る。
 見る間に枕(とそれに隠された拳)に殴られつづけ、サギリの意識は急速に遠のいていった。存分になぐ……叩き終え、肩で息をするアカリナは不意に我に返った。
「まぁ! わたくしとしたことがっ……! はしたなくってよ! ホホホホ」
 取り繕うように微笑むアカリナであった。
「優雅なお嬢様がそのようなことをするはずがございませんわ、おーっほほほ!」
 もう遅いです。
 そしてその近く、不参加を貫き安息な睡眠を求めようとする面々が集まる場所へも、枕は容赦なく飛び込んでいた。主にフェリンの手によって。
「ていっ。ていっ」
 室内の対極から放物線を描くように放たれた枕はピンポイントに、布団へと顔をうずめているリェレョノへと降り注ぐ。ぐっすりと眠る彼の頬がピクピクと動き、ゆっくりとその瞼が開かれる。
 次第に我慢の限界に達したのか、リェレョノがゆらりと立ち上がる。
「……るせぇ……逝くか、オラ…………!」
 鬼神、参戦。
 目を爛々と輝かせ枕を手に、リェレョノは跳躍した。

 その後リェレョノの活躍により、参加者たちは強制的に――物理的とも言う――眠らされることになるのだが、
「……え、私ですか? 普通にぐっすり寝てましたけど……」
 とは、翌朝のリェレョノの弁である。


●この道を何処までも

 その頃、女将の説教から解放されたデュラシアとアヤの二人は連れ添い、夜の森を散歩していた。ちなみにフォルは一人居残り、女将からの説教が続いている。
 静かに響く虫の音を聞きながら、月明かりに照らし出される紅葉の葉の下。そよそよと吹く風が二人の肌を撫で、暖めあうように腕を組む。空いた手で罰が悪そうに頭を掻きながら、デュラシアは苦笑する。
「いやー、悪ぃねアヤちゃんまで巻き込んじまって」
「気にしないでくださいー。辛い時は一緒ですよー♪」
 にっこりと微笑んで、アヤはぎゅぅ、と組んだ手を強める。その手を取り、デュラシアは肩へと手を回した。
 きょとん、とこちらを見上げるアヤに、デュラシアが微笑む。
「アヤちゃん、寒くない?」
「ん、大丈夫ですー。……でも、こうした方が」
「あ、アヤちゃん……?」
 手を放し、全身で抱きつくアヤ。一瞬驚きの表情を浮かべたデュラシアも立ち止まり、抱き寄せて手近な木へと寄りかかる。二人の距離が零になり、近い距離で見詰め合う体勢。自然と無言になり、互いの瞳に自分の姿が映りこむ。
 次第に顔が近付いていく、二人。
 と、間近まで近付いたところで動きが止まる。
「……あ、蛍です」
 見ればいつの間にか近付いていた蛍が一匹、アヤの肩に止まっていた。
 その一言に二人で顔を合わせ、微笑む。
「……ほら、アヤちゃん」
「……ん……」
 蛍に見守られながら、二人は静かに、口付けを交わした。


●今後に期待、のこの二人

「まったく……宴会でのお酒がまだ残ってたのね。これだから酔っ払いは……」
「……いや、アシュ? オレは飲んでないんだけどね?」
 スリッパの痕が残る頬をさすりながらシキが弁解するも、アシュタルテは聞く耳も持たずに先へと進んでいく。シキは置いていかれないように歩む速度を上げるが、逃げるようにすたすたと歩むアシュタルテには離されないようにするのが精一杯だった。
 寝静まった旅館を抜け出し、紅葉の茂る森の中を散歩している二人。
「だからって抱きつくことないでしょー! ……起こすんだったら、普通に起こしてよね」
「は、ははは……気をつけるよ」
 まさか寝顔が可愛かったから、とは言い難いシキだった。
 向かい合わずに二人の会話は続く。
「ねぇ、アシュー。どうせなんだから、もうちょっとゆっくり歩かない?」
「シキ様が悪戯するから、やっ!」
 何もしないのに、と言うシキのぼやきが聞こえるも、アシュタルテは内心それどころではなかった。信頼はしているし、信用もしているし、大切な人でもあるのだけれど。何故か分からないが、二人きりだと胸が苦しくなるのだ。抱き付かれるまでは平気だったのに。
 顔を赤くしたまま、ぎゅぅ、と胸元を抑える。
(なんでこんなに胸が苦しいの!? もしかしてこれが……心臓病!?)
 微妙にラブとは遠い二人だった。
「あ、蛍ー」
「……え?」
 不意に聞こえてきたシキの呟きに顔を上げると、ほら、と指差す先に小さな灯りが宙を横切っていた。
「綺麗……」
 いつの間にか河原に近付いていたようで、木々の向こう側に目を凝らせば無数の蛍の群れと月明かりを薄く反射する川面が見えた。
 思わず立ち止まったアシュタルテに、シキが並ぶ。
  「うん、綺麗だねー……って、アシュ顔赤いよ!?」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「風邪ひいたの? 大丈夫?」
「大丈夫だから!! 来ないでっ!!」
 咄嗟に差し出した手を払われシキが戸惑うように見るが、顔を見られないようにと背を向けたアシュタルテは逃げるように距離を取る。
「やっ…………先帰ってる……!」
「アシュ? ……あーぁー、行っちゃったー…………」
 ちらりと見えた顔は、真っ赤に染まっていて。
 期待をしててもいいのかな、と。
 そんなことを思ってしまう。

 嘆息を付きつつ追うことを諦めて空を見上げると、暗い紅葉の隙間から月明かりが差し込んでいた。
「……さて、明日はお店に帰らないとねー」
 呟きに応えるようにそよ風が吹き、シキは煙草を取り出すのだった。





  ◆冒険結果:成功!
  ◆重傷者:なし
  ◆死亡者:なし