日本にはキリストの墓(青森県)、モーゼの墓(石川県)がある!

との情報((*´∀`*))は知っていても、まさか楊貴妃の墓まであるとは知らなかった。


山口県長門市に「それ」はあるのだという。


知ったきっかけは長門市の観光案内のホームページ(コンベンションセンターの)

そこには「楊貴妃の里」なるスポットの紹介((*´∀`*))があり・・・・

−−−−−−−−−−−−−−−−−以下引用

楊貴妃伝説が伝わる地に整備された中国風の庭園。

異国情緒にあふれる園内に入ると、美しい楊貴妃像が迎えてくれます。

この像は、純白の大理石でできており、楊貴妃の没年齢38歳にあやかり3.8mの高さになっています。

唐の都・長安(現在の西安)近郊の楊貴妃最期の地、馬嵬坡(ばかいは)に立つ像と同じもので、西安の地を向いてやさしく微笑んでいます。

園内にはこの他に、ミニ華清池(かせいち)や中国風あずまや、散策園路、桜の広場、休憩所などがあり、古代中国ロマンに満ちています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−引用終了


よく読むと「楊貴妃の墓がある」とは書いてないのだけれど、何かア・ヤ・シ・イ

へぇ〜、これも(たぶん)「そっち系」っぽいので、自分の目で確かめてみることにしました。


長門市北西部、日本海に突き出た川尻岬(向津具(むかつく)半島)への途中に、その場所はあります。

R191から県道へ。

最寄りの駅といっても山陰本線「いがみ」駅or「ひとまる」駅から10km以上も離れており、公共交通機関で行くことは難しそうです(田舎はクルマが必需品)

「楊貴妃の里」は楊貴妃伝説にちなんで、その墓があるということになっている二尊院に隣接しています。


因みにその伝説とは・・・・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−以下パンフレットから引用


 →これです。


時は、天平勝宝八年(七五六年)七月、唐の玄宗皇帝の愛妃楊貴妃が小舟に乗って向津具(むかつく)半島の唐渡口(とうどぐち)という入り江に漂着しました。

話によれば安禄山の乱により処刑されるところを、玄宗皇帝があまりに嘆き悲しむので、近衛隊長の陳元礼が心を打たれ仏堂で首を絞め殺したと見せかけ、実は部下に命じて空櫓舟(うつろぶね)を作り、これに一緒に侍女を乗せ、数日の食料を入れて逃がされた。」との事でした。

しかし、まもなく亡くなったのて、里人たちが寄り合い、当寺院の境内に埋葬したそうです。

一方、玄宗皇帝は楊貴妃への恋慕が断ち切れないでいましたが、楊貴妃の霊魂が長安まで往来し、幾夜も続けて夢に現れ「日本に漂着して生涯を閉じた。」と告げたので、愛情が溢れ出し、追善供養のため、唐朝でも秘蔵の霊仏、阿弥陀・釈迦の二尊像と十三重の大宝塔を届けるように命じました。

使者として白馬将軍陳安が日本に渡海したものの、いずれの地に漂着したかも分からないので、京都のお寺にしばらく二尊仏を預けることにしました。

すると、日本に二つと無い霊仏なので、大衆が一目拝もうと集まり、霊験あらたかなことから参る人も増えるうちに、楊貴妃の墓が当寺院にある事が明らかになり、朝廷より二尊仏を当寺院に移すよう勅命が出ましたが、京都のお寺も霊仏を長門国に送るのがあまりに心残りなので、朝廷に嘆願し、名仏師に命じて同じ二尊仏を彫刻し、阿弥陀・釈迦の一体ずつを分け合い、それぞれの寺院で安置する事になりました。

このときお墓も再建され中央にある大きな五輪塔が楊貴妃、その両脇にあるのが侍女のお墓と伝えられています。

阿弥陀如来・釈迦如来を通称二尊仏(宝物館公開)と呼び本尊としたので、朝廷より『二尊院』という寺名を賜り、「皇城鎮護・天下泰平・国家安全・五穀豊穣の祈願怠慢なく修行すべし。」と勅命を受けたと伝えられ、いつともなく二尊院にお参りすると、女人を守護し、安産・子宝・縁結びのご利益があり美人になると信仰を集めています。


−−−−−−−−−−−−−−−−−引用終了


この最後の一文が気になりますね。

二尊院にお参りすると「女人を守護し安産・子宝・縁結びのご利益があり美人になる」と信仰・・・。

ここで「もしや!」と思ってはいけません。

なんせ祀られているのは楊貴妃ですからね。


駐車場に車を止めて坂を下っていくと、そこには周囲の日本的景観とは全く馴染んでいない唐風の東屋(中国にもアヅマヤという発想、あるの?)と広場。

そしてそれを見下ろすように楊貴妃の像が建っています。


 →台座も高いし、それに+3.8m!(でかいです)


全体(↑)。

そしてお顔のアップ(↓)。大陸系(日本史的にいうと弥生系のお顔立ち


 →どうやらパンフレットとは「モデル」が違うようです。


う〜む、絶世の美女を、これを設計した人はどういうふうにイメージしたのだろう????

それはパンフレットに描かれた楊貴妃についても言えることで・・・・。

「楊貴妃のイラストをパンフレットに描いてくれ。」

との注文に、これを描いたイラストレーター(!?)の人は、中国風でありかつ日本人の目から見ても「美人」のイメージを損なわない女性を想像して描いたものなのでしょうね(なんか、戦後期の日本映画全盛期女優ポスターっぽくないですか?)


案内標識に従って、お墓を目指します。


 →ここ一帯が「楊貴妃の里」


到着。


 →どうやらこの塀の中側らしい。


 →パンフレットとほぼ同じことが書かれています。





(ここ、県指定有形文化財って、書かれてますぜ。ということは、山口県の文化財審議委員会みたいなところで、「この楊貴妃の墓((*´∀`*))にはそれだけの価値がある」と認定したっていうことなのかぁ??)

キリストの墓やモーゼの墓とは「えれえちがい」じゃないの?

さて、ちゃんと100円をBOXへ入れて、いざ対面へ。


 →ただではみられない。













もうちょっと、下(↓)。

























 →ご対面〜〜


五輪塔
じゃん。


解説板にも、ほら(↓)。


 →あくまで「五輪塔」としての価値を評価して、「県指定有形文化財」ということらしい。


この価値を評価して山口県は「県指定有形文化財」に指定したのですね。

だから「先に」楊貴妃の墓ありきではなく、鎌倉時代(1185年〜:最近は「いい国つくろう1192年鎌倉幕府ではないんです〜1333年)末期のこの五輪塔の様式を「純粋に」文化財として認定。


時代が合わない(玄宗は685生〜762年没・楊貴妃は719生〜756年没)のはご愛敬として。

わかってはいたけれど、要するに・楊貴妃の墓」ですね(「・○○○」タイプのものは日本各地にけっこう多い)


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基礎データ

名称:楊貴妃の里(楊貴妃の墓:真言宗龍伏山二尊院)

場所:山口県長門市油谷向津具下3539

電話番号:0837−34−1065(二尊院)

公式ホームページ:http://www.k5.dion.ne.jp/~nisonin/