龍伝説

龍になった甲賀三郎


龍・龍神にまつわる  伝説・昔話・民話

信濃の民話から

 

龍伝説をたずねて諏訪にやってきました。 聞く所によれば、諏訪の明神さまは「大きな大きな龍神さま」だとか。

だからでしょうか。信濃の国にはたくさんの龍伝説があります。

それらのお話しからさまざまなことが伝わってきて興味はつきません。

諏訪信仰には、龍神信仰のみならず日本における神道の原点があると言われています。

それが明神さまの住まう諏訪を中心に、信濃の国に伝わる龍伝説や土着神(ミシ ャグチ神) 信仰に生きていました。

 

 

むかし、立科山のふもとに、太郎、二郎、三郎の兄弟がすんでいた。

年ごろになると三人は嫁さんをもらったが、中でも末の三郎は、この里では見かけぬ美し い人を妻にすることができた。

太郎と二郎は、三郎の幸せがねたましくもあり、美しいその妻をほしくもあり、ある日、 悪い考えをおこして三郎を山の狩に誘いだした。

立科山の奥には、人穴という大きな穴があった。

石をなげこむと、ごーんと音がして底しれぬ深さの穴である。

その穴の前までくると、太郎と二郎は三郎にむかっていった。

「三郎。この穴はどのくれえふけえだべ。」

「三郎。おめえ、この穴さへえってみな。」

気のいい三郎は、兄たちのはかりごととは知らず、藤蔓につかまって穴の奥へおり ていった。

「それ、うまくいった。つなあきれ。三郎を落とせ!」

二人の兄は、さっそく山刀で藤蔓をきりおとし、とんとん山をかけくだっていく のだった・・・。

 

その日から、美しい妻の三郎をよぶ声が山々をわたるようになった。 二人の兄は三郎の妻をひきとめ、わざとやさしい声でこんなことをいった。

「へえ(もう)、三郎は熊にでもくわれてしまったべよ。三郎のことはあきらめ て、 おらたちのとこさくるがええ・・・・・・。」

「たまげることはねえ。生きてるもんなら、そのうちけえってくるずら・・・・ ・。」

しかし、三郎の妻はきちがいのように山へかけだして、そのまま見えなくなって しまった。

「三郎やーい。三郎やーい。」 とよぶ悲しい声だけが、昼も夜も遠い山の向こうから聞こえてきたが、それも三日、四日とたつと、だんだん細く小さくなって、しまいには聞こえなくなってしまった。

ふかい人穴へおちた三郎は、ふしぎに命が助かった。 はじめて兄たちにだまされたことを知ると、なつかしい妻のことが思われて胸が はりさ けそうになった。

けんめいに穴から出ようと、暗い地の底をはいずりまわっていると、急に目の前が明るくなって一人の老婆が現れた。

「地の上のお方よ。さあ、この餅を食べていきなされ。」

老婆は左手に粟餅をさしだし、右手で一筋の道をゆびさした。

まず三郎がその餅を食べると、今まであれほど思いつめていた美しい妻のことも忘れてしま った。

三郎は老婆のいわれるままに、とぼとぼと一筋の道を歩いていった・・・ ・・。 長い時が流れて、やがてひろびろとした地下の村里にでた。

みわたすと、遠い山のすそ野には雪が降り、村人は正月を祝っていたが、近くの 村には梅が咲き、うぐいすがないていた。

むこうの村では田植えをやり、田の草をとっていると思うと、こちらの村では稲をかり、 栗をひろい、子どもたちは鹿を追ってもみじの山をかけめぐっていた。

三郎が村に入ると、大人も子どもも集まってきた。

「お武家さまが来た。りっぱなお武家さまがきた。」

と、口々にさけんで、村人たちは三郎を美しいお姫さまの御殿へつれていくのだった。

三郎はお姫さまと一緒にくらすことになった。 かわいい子どもが生まれて、いつか、9年の年月がすぎていった・・・。

ある日、一人静かに本を見ていた三郎は、この地の下の国の他に、地の上の国の あることを知った。

いろいろと思いをめぐらすと、ふと、遠い昔に忘れさった美しい妻の顔 がよみがえってきた。

獲物をおってかけめぐった立科山のことも、ありありと目の前にうかんできた。三郎 は急に悲しくなって、はらはらと涙をこぼした。

するとお姫さまがそれを見つけ、おどろいて三郎のそばへやってきた。

「三郎!なぜ泣いているの。なにがそんなに悲しいですか・・・・・。」

そこで三郎は、今までのことをのこらずうちあけ、手を合わせて頼むのだった。

「一日でも良いから地の上へ返しておくれ。どうか、地の上へかえる道を教えて おくれ・・・。」

お姫さまはしばらくもの思いにしずんでいたが・・・

「お前の気持ちはよくわかります。地の上へいくまでには長い年月がかかるけど 、 それでは九つのおむすびを持ってでかけて下さい。」

と、自分でおむすびを作っ て三郎にもたせてくれた。

そのおむすびは一つ食べると、長い間何も食べないですむというふ しぎなおむすびであった。

お姫さまは泣きながら、三郎を村はずれまで送っていった・・・。

どれほどの年月が流れたのか・・・。 美しい妻の名を呼びながら、三郎は夢中でくらい穴の中からかけていった。

眠りもせず、休みもせず、それでも不思議なおむすびを食べたせいか、すこしも 疲れずに走 っていった・・・。

長い長いたびを続けて、三郎はやっと地の上に出た。 浅間山のすそ野、真楽寺の大沼の池の中から三郎は姿を現した。

すると、通りかかった子どもたちが、わーっと叫んでにげだした。

「蛇だ。蛇だーっ。」 「おっかねいよう。とてつもねえでっけえ龍がでたよう。」

その声におどろいて、自分の姿を水にうつすと、いつのまにか三郎の体はおおき な龍にかわっていた。 変わり果てた姿を悲しみ、三郎はしばらくその池のほとりで泣いていたが、それでもなつか しい妻を一目見ようと立科の山をさして池をはい出していった。

ちかずの森まできて後をふりかえると、自分の尾はまだ大沼の池の中にあった。

立科の双子の池にたどりついて、また後ろをふりかえると、自分の尾ははるか遠 い前山の村 里の高い松の木にかかっていた。

しかし、美しい妻の姿ももと居た家も里も見つからず、三郎はおーおー泣きなが ら、妻の名をよんで立科の山をめぐった。

しまいには狂ったようにあらあらしく山から山を走ったので、 山の木はばさばさと砕けて四方にちり、おそろしい地鳴りが立科山から八ヶ岳までひびきわたった。

三郎の泣き叫ぶ声は黒雲をよび、山も谷も深いキリで包んでしまった。

ただ、西の諏訪湖のあたりに一筋の光りがさして、そこだけがまぶしいほどに明 るく見えた。

三郎は我にかえって高く高く首をもたげた。

「おお、あれこそなつかしい妻の声だ。」

三郎はたちまち黒雲のうずを巻き起こし、どどーっと空をとんで一息に諏訪湖をさして飛び去っていくのだった・・・。

かつて、三郎を失った美しい妻は、悲しみのあまり諏訪湖へ身をなげ、そのまま 龍の姿にな って湖の底にすんでいたという。

今瀬も冬がきて諏訪湖に氷がはりつめると、上の宮のある中州村の湖畔から下諏 訪の下の宮の浜へかけて、一夜のうちに氷の山脈ができるのは、美しい妻のところで1年、 そして地下の お姫さまのところへ1年とかよっていく三郎の通る路だともいわれている。

「信濃の民話」より  ― 信濃の民話編集委員会編 ―

 

 

この「甲賀三郎伝説」は民話として取り上げられていますが、口伝民話というよりは、 南北朝時代の説話集「神道集」におさめられた諏訪明神の蛇体の由来の物語です 。

その神道集 の「諏訪縁起の事」によると、甲賀三郎は安寧天皇から五代の孫で、近江国は甲賀郡の地頭をしていた甲賀権守諏胤(こうがごんのかみよりたね)の三男で、その名を甲賀三郎諏方(こうがさぶろうよりかた)といい、その妻は、大和の春日郡にある三笠山明神の春日権守の孫の春 日姫のことだということです。

本文は大変長くて、民話の方ではかなりカットされています。 三郎が人穴に落ちてから再び地上に出てくるまでに、どれだけの地底の諸国を行脚したかというと、好賞国から草微国、草底国をはじめなんと73の国にも及んでいます。

その中で、民話に出てくるお姫さまは73番目の維まん国(ゆいまんこく)の維摩姫のことです。また9つのおにぎりと民話では語られてますが、説話の方では、維摩姫の父親が鹿の生肝でつくった餅を千枚もらって、恋しい春日姫に会うためにひすら地上の日本を目指しやっとの思いで浅間の嶽に出た。

しかしその姿は人間ではなく龍蛇だった。だが不思議なことに、僧侶たちが人間の姿に戻れる呪文を教えてくれたので人間の姿に戻ることが出来、 無事春日姫に会うことができた。

この時の僧侶たちは、実は三郎を守護する白山権現、富士浅間大菩薩、熊 野権現、日吉(ひえ)大明神、山王大明神、松尾大明神、稲荷大明神、梅田大明 神、広田大明 神、王城鎮守の大明神、そして三郎の氏神である近江国の鎮守の兵主(ひょうず )大明神だったそうです。

その後二人は、中国の平城国にわたり、早那起梨の天子にあって神道の法を授けられた。 「高天ガ原に神とどまり、神々の末孫神ろぎ神ろみの命をもって」と受けて虚空 を飛べる身となった。

また「国内の荒ぶる神たちを神払えに払う」と受けて、悪魔・外道たち を他へ退ける神通力を会得した。また「科戸の風の天の八重雲を吹き払うごとく」と受けて、いながらにして三千世界を見通す徳を得た。「焼釜の利釜をもって生い茂った木の根元を打ち 払うごとく」 と受けて一切世間の有情非情が心の内に思うことを空でさとれる徳を得た。

「大津のほとりに いる大船の舳(へさき)の綱を解き放し、艫(とも)の綱を解き放して、大海の底に押し放すごとく」と受けて、賞罰覿面に有効な、衆生を育てる徳を得た。

その後、氏神である兵主大明神の使者が来て、三郎は諏訪大明神という名で上の宮として現れ、 春日姫は下の宮として現れたということです。

また、維摩姫もこの国に渡ってきて浅間大明神となり、三郎を陥れた次郎は若狹の田中明神となり、太郎は下野の国の示現太郎大明神になり、父甲賀権守は赤山大明神、母は日光権現となっ たと書かれています。

 

私の勝手な推察ですが、 この地底の国のことを「竜宮」と考えると、「え〜竜宮は水の中だろう」と言う 声が聞こえて きそうです。

実は中国では山の中にも竜宮があると考えられています。

松居友さん著の「昔話の死と誕生」を読むと、昔話などで地底に行くという行為は、それは死を意味し、再び地上に帰るということは、それは復活を意味しているのではないかと仰ってます。

地底は地上から見ると異界です。あえて竜宮の名前を出したのは、諏訪大明神が龍神だからです。

浦島太郎は、助けたカメに連れられて行った竜宮で乙姫に会いますが、 その話しと、三郎が地底の国を行脚して、73番目の維まん国(ゆいまんこく)の維摩姫に会って13年間を過ごし、その後故国を懐かしく思って帰るところなどは良く似ていますね・・ ・(^^;

現在の上社の御祭神は「建御名方神(たけみなかたのかみ)」で、下社の御祭神はその妃神の「八坂刀売神(「やさかとめのかみ)」です。 しかし、諏訪の町を歩いてみると、何故か「建御名方神」の姿はあまり感じられず、 不思議に御柱と至る所にへびの姿ばかりが目に付きます。

いったい「建御名方神」はどんな神さまだったのか? 何故こんなに蛇が飾られているのか?

次回はそこに焦点を当てて考えてみたいと思います。