手長神社・足長神社 

〜いちごの神社参拝物語・諏訪編〜

 

手長・足長とは変わったお名前の神様で、諏訪の神様のお名前はミシャグチ様といい

随分変わったお名前の神様が多い所ですね。

地元の方々は、諏訪の明神さまより古い神として、 足長さま、手長さまと称え祀り伝えています。

元は夫婦神なのですが、なぜか別々に祀られています。

 

手長神社

御祭神:手摩乳命(てなづちのみこと)諏訪大明神の曾祖母、奇稲田姫の母神

鎮座地:諏訪市上諏訪茶臼山JR上諏訪駅より徒歩10分

ご由緒:諏訪大社三十九摂末社の一つ高島城の鬼門に鎮座することから、諏訪藩家中の総鎮守として崇敬された。

 

「手長神社ご本殿」

「手長神社境内」

 

境内近傍で、旧石器時代および古墳時代の複合遺跡「手長丘遺跡」が発掘され

また境内上方からは、茶臼山古墳群が発見されている。

眼下に諏訪湖が開け、背後に霧が峰を擁し、湖と山の幸に恵まれた景勝の地は、

遠古より人の住まう 土地であり、古くから神が祀られており、今に手長神社と称する。

下桑原の鎮守さまです。(手長神社しおりより)

 

 

足長神社

御祭神:足摩乳命(あしなづちのみこと)  諏訪大明神の曾祖父、奇稲田姫の父神

鎮座地:諏訪市四賀普門寺     

真向かいに諏訪大社本宮が鎮まる守屋山がそびえます。

 

「足長神社」

「足長神社からの眺望」

手長神社から南に3キロ行った、山沿いの諏訪市街を一望できる桑原山に鎮座します。

境内は、道路より急な階段を登ると左手に舞屋のある広場があり、そこからまた 少し登った所に拝殿 がありました。

こちらは無人の神社でした。杉の御神木を鳥居代わりにしていました。

足長さまは、上桑原の鎮守様で足の神様でもあります。 桑原郷は、鎌倉時代に上桑原と下桑原にわかれ、それにより、夫婦神だった手長 ・足長さまも、手長さまは下桑原に、足長さまはそのまま上桑原に、それぞれの鎮守様として別々に 祀られる事になりま した。

この桑原郷は、第一代目の大祝である有員親王を御祀りする御衣木神社が 、すぐ近くにあります。

 

手長さま 足長さまってどんな神さま?

 

手長さまは異常に手が長く、足長さまはその反対に足がなが〜く・・・その姿はちょ っと変わっています。

その風貌とは反対に、奇稲田姫を手撫で足撫でしていつくしみ養育された優しい神様です。

足摩乳命・手摩乳命(足名椎命・手名椎命とも書きます)の父神は大山津見神で 、妹神としてイワナガヒメノミコト、コノハナサクヤヒメノミコトがいます。

手長さま足長さまは記紀において、八岐の大蛇に毎年一人づつ娘をさらわれてしまい、ただ一人残っ た奇稲田姫もさらわれる時になったので、悲しみにくれる親神として登場します 。

この時、スサノオに助けられた奇稲田姫はスサノオと結婚し、二人の間にできた子どもの一人が諏訪大明神です。

しかし、諏訪においての手長足長さまは、その古墳や遺跡が示すように、諏訪大明神が諏訪に入諏するよりもっと以前からこの諏訪の桑原郷に住み、足長神が手長神をおんぶして諏訪湖で魚や貝を採っていたとも伝えられています。

 

今回、諏訪の地を駆け足でまわって来ました。

その昔、諏訪湖の周りには、守矢神を初め、武居神、手長足長様、高照様等さま ざまな土地神がいたようです。

時間がなくて、今回は高照姫を祀る先宮神社には行けませんでしたが 、

この神様も、建御名方神の入諏に反抗したお一人です。

しかし、この神様もご自分の率いる民の安 寧を祈って自ら幽閉 の道を選ばれました。

このように、諏訪大明神を筆頭に、諏訪における「国譲り」に共通して言える のは、

平和的協調の精神ではないかと思います。

その精神はこの諏訪の人々に受 け継がれているのだ と思いました。

次回は先宮神社に必ず参拝したいと思います。