雀神社の由来(少彦名命・雀部)
 以前、「前橋周辺の史跡散歩」で前橋市青柳町の雀(すずめ)神社(神明宮と相殿)に行った(「47 雀神社」)。このとき、「雀」という珍しい名の由来がわからず、今も気になっている。
 「雀」の名をもつ神社は全国的に見ても少ないという。群馬県内に3社ほどあるが、全国的にはどうなのだろう。ネットで検索してみると、7社ほど見つかった。丁寧に調べればもっとあると思うが、少ないことは間違いないようだ。県内の3社を含めて10社を並べて見た。
 
1 雀神社(前橋市青柳町字神明)  祭神:少名毘古那神
2 雀神社(太田市植木野字雀之宮) 祭神:少名毘古那神・大穴牟遅神
3 雀宮神社(高崎市芝塚町) 祭神:少名毘古那神・菅原道真公
4 雀宮神社(栃木県宇都宮市) 祭神:御諸別王・素盞嗚命・大山祇命
5 雀神社(茨城県古河市宮前町) 祭神:少彦名命・大己貴命・事代主命
6 雀神社(埼玉県熊谷市柿沼) 祭神:天鈿女命
7 雀神社(岩手県盛岡市湯沢) 祭神:少彦名命・宇迦之御魂命
8 雀神社(栃木県佐野市高橋町) 祭神:豊城入彦命(崇神天皇の御子)
9 小泊瀬稚雀神社(奈良県高市郡明日香村大字野口) 祭神:武烈天皇
10 雀神社(浜松市神田町) 祭神:大雀之命(仁徳天皇)
 
 サンプル数が少ないが、この10社から「雀」の由来を探ってみたい。

雀神社と少彦名命
雀宮神社(高崎市芝塚町)
雀宮神社(高崎市芝塚町)
 まず、神社名の「雀」に注目してみると、その由来を説くものが6社あり、内4社は雀に関わる伝承がある。前橋市青柳町の雀様(雀神社)は、おさご(米)を供えたら雀がきたので、この名にしたと言う。
 太田市植木野の雀神社は雀数千羽が群がっているのを見て、不思議に思い覡(かんなぎ)の託宣の地に社を創建したと伝わる。
 栃木県宇都宮市の雀宮神社は藤原実方の霊魂が雀となってこの地に飛来したことから実方と妻の綾女を祀った伝わる。
 岩手県盛岡市湯沢は、昔温泉町であったが、村人に怨みをもった巫女が雀の卵の殻で湯を山の向こうへ運んでしまった。巫女が亡くなると片眼の雀の大群となって、以後村を毎年襲うようになった。村人は巫女を慰霊するため、「雀神社」を建て祀ったという。
 これら4社の伝承には雀以外に共通点がない。神社名の「雀」から発想した後講釈であろう。
 茨城県古河市宮前町の雀神社は崇神天皇の御代に豊城入彦命が東国鎮護のために勧請した「鎮社(しずめのやしろ)」に始まるとされる。熊谷市柿沼の雀神社は祭神の天鈿女命(ウズメ)が転じて雀(スズメ)となったという。この二社の神社名の由来は附会と思う。
 いずれにしても、神社名の「雀」は鳥のスズメではないようだ。
 では、祭神はどうであろう。10社中、少彦名命(少名毘古那神)を祭神としているものが5社ある。明治時代に多くの神社で神社名や祭神が替えるられている中、「雀」という特異な名前の神社10社の内、少彦名命を祭神とするものが半数の5社あるというのは偶然とは思えない。高崎市江木町の江木神社は元雀の宮と号した。雀の宮の祭神は少彦名命である。神社名の「雀」は祭神の少彦名命と関係がありそうだ。
 少彦名命(すくなびこなのみこと)は『記紀』の日本神話の神で、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)の子とされる。体が小さくて敏捷、忍耐力に富み、大己貴神(おおあなむちのかみ)と協力して国土の経営に当たった。医薬神、温泉神、禁厭(まじない)の神、知恵の神、穀物神、酒造の神、石の神、常世の神など多様な性質を持つ。
 神仏習合時代、古くは少彦名命の本地仏は文殊菩薩であったようだが、近世の縁起では薬師如来としている。温泉神、酒造の神とされるのも、医薬神から派生した性質と考えられる。温泉には病や傷を治す効能があり、酒は百薬の長ともいう。近世では少彦名命の信仰は現実的な御利益のある医薬神としての信仰が中心だったのではないだろうか。おもしろい伝承がある。
雀宮神社(高崎市芝塚町)
雀宮神社(高崎市芝塚町)
 栃木県宇都宮市の雀宮神社は藤原実方の伝説を伝えるが、柳田國男の『山島民譚集』に「下野雀宮ノ由来ニ、曾テ針ヲ包ミタル饅頭ヲ人ニ欺カレテ丸呑ミニシ大ニ苦シミ居タル男、庭前ノ雀ガ草ヲ口ニシテ弱リタル友雀ニ食ハスヲ見ル。ヤガテ其雀尻ヨリ光レル物ヲ出シ元気快復ス。光ル物ハ針ニシテ草ハ即チ韮ナリ。男モ之ニ習ヒテ韮ヲ食ヒテ針ヲ出シ雀ノ恩ヲ謝シテ神ニ祀ルトアリ[東国旅行談]。」とある。呑み込んでしまった針を出す効能のある薬草(韮)の由来を説いた伝承のようだ。
 前橋市青柳町の雀神社は昔、ハシカにかかった子供を連れた旅人が青柳の雀様にわずかばかりの炒り豆を供えて拝んだところ、たちまちハシカが全快したと伝えられる。今でも青柳の雀神社は子供のハシカや疱瘡の神様して崇敬されているという。
 ラン科の常緑多年草のセッコクは古くは少名彦薬根(すくなびこのくすね)と言い、煎薬として強壮・鎮痛・健胃剤に用いられた。医薬神である少彦名命に由来する名前と思う。
雀宮神社(高崎市芝塚町)
祭神少彦命(高崎市芝塚町)
 少彦名命の故事は『日本書紀』に見える。大己貴神が出雲の五十狭狭の小汀にいたとき、海上から白斂(やまかがみ、薬草の一種)の皮で作った舟に乗り鷦鷯(さざき)の羽を以て衣とした小男の神が到来したとあり、それが少彦名命だとされる。鷦鷯はミソサザイのことで、スズメ目ミソサザイ科の小さな鳥である。古代、鷦鷯に「雀」の漢字を当てたらしい。仁徳天皇は名を大鷦鷯(おおさざき)という。『古事記』では大雀(おほさざき)の命としている。 
 奈良県高市郡明日香村大字野口の小泊瀬稚雀神社(おはつせわかさざき)と浜松市神田町の雀神社(さざきじんじゃ)は両社とも「雀」を「さざき」と読んでいる。浜松市神田町の雀神社は大雀之命(仁徳天皇)を祭神としている。
雀大神(前橋市青柳町)
雀大神(前橋市青柳町)
 また、滋賀県近江八幡市安土町常楽寺の沙沙貴(ささき)神社は少彦名命を祭神としている。
 鷦鷯は「さざき」、「ささき」、「さざい」などと訓じていた。鷦鷯に「雀」の文字を当てたことで「すずめ」になったのだと思う。浜松市神田町の雀神社(さざきじんじゃ)などは古い訓を残しているのだろう。
 この「鷦鷯(雀)」が『日本書紀』の故事から少彦名命と結び付き、少彦名命を祀る神社を雀神社としたものと思う。
 前橋市青柳町の雀神社は少彦名命を「雀大神」として祀ったと伝わる。社殿に「雀大神」の額が掲げられている。「雀」は単なる神社名ではなく、祭神である少彦名命の別名ではなかったか。

雀部と雀神社
 雀神社の由来を調べていて「雀部」という地名を見つけた。現在もあるということではないが、『和名抄』に上野国佐位郡雀部郷が見える。「雀部」に「佐々伊倍」の訓が付いていることから、「ささいべ」といったのだろう。
雀橋(前橋市青柳町)
雀橋(前橋市青柳町)
 この雀部郷について「日本地理志料」は旧境町を遺名とし、郷域もこの地に比定する。境町は現伊勢崎市境である。
 「部」というのは大和朝廷時代に、人民を居住地や職業によって集団に編成し支配する方式で、その集団を部民といった。朝廷全体に隷属するするものを品部(しなべ)、天皇が皇族のために設定したものを子代(こしろ)・名代(なしろ)といい、豪族に隷属するものを部曲(かきべ)といった。大化改新で廃止されたが、一部はその後も残ったようである。
 「雀」はスズメではなく、元は鷦鷯(みそさざい、スズメ目ミソサザイ科の鳥)ではないかと思う。古代、鷦鷯に「雀」という漢字で当てた。仁徳天皇の名は大鷦鷯(おおさざき)であるが、「古事記」では大雀(おほさざき)の命としている。仁徳天皇の御名代部である大鷦鷯部(おおささぎべ)は「大雀部」とも書かれる。
 上野国佐位郡の雀部郷は部民の居住地であり、その部民は土地の豪族に隷属する職業集団ではなかったか。伊勢崎市堺伊与久の十三宝塚遺跡から「雀」とみられる刻字瓦が出土している。遺跡は奈良・平安時代の寺院跡で、「雀」の他に「佐位」「佐」「渕」「反」など、佐位郡の郷名を表すと考えられる文字瓦も出土している。
雀神社(前橋市青柳町)
雀神社(前橋市青柳町)
 前橋市青柳町の雀神社について、佐藤忠重氏は、雀部(ささいべ)から出ているのではないかという。都丸十九一氏著『続・地名のはなし』の中で見ただけなので佐藤氏の説の詳細は知らない。「雀部」の地名は三河国や摂津国などにもあったようである。雀部が雀神社と関係があるかはわからないが、雀神社の由来を探る上で、一つの切り口にはなると思う。そこで、前項で挙げた雀神社10社をもう一度見直してみたい。
 鎮座地に注目して見ると、偏りが見られる。群馬県に3社、栃木県に2社、茨城県に1社、さらに埼玉県熊谷市の1社を加えると、北関東に7社となり、明らかに偏在している。何かこの地域に共通の文化でもあるのだろうか。
 部が置かれた時代とすれば、古墳時代であろう。この地域の古墳から鈴鏡と呼ばれる特殊な鏡が出土している。鏡の縁に鈴をつけたもので、古墳時代後期を中心に製作されたものという。出土範囲は上野・下野・常陸・武蔵に及び、一つの政治的権力範囲か文化的勢力範囲だったと思われる。特に上毛野国(後の上野国)とその隣接地域に多いことから、その中心は上毛野国であったようだ。
 上毛野国を支配していたのは上毛野君という豪族で、鈴鏡の分布範囲は上毛野君の影響の及ぶ範囲であったのかも知れない。
雀神社(前橋市青柳町)
雀神社(前橋市青柳町)
 上毛野君の祖は第十代崇神天皇の皇子である豊城入彦命で、勅命によって東国を治めたと『日本書紀』に書かれている。10社の雀神社の中に豊城入彦命に関わるものが3社ある。
 茨城県古河市宮前町の雀神社は、崇神天皇の御代に豊城入彦命が東国鎮護のために勧請したと伝わる。栃木県佐野市高橋町の雀神社は豊城入彦命を祭神としている。栃木県宇都宮市の雀宮神社は御諸別王(みもろわけのみこ)を祭神している。御諸別王は豊城入彦命の三世の孫である。雀神社は毛野氏(上毛野氏・下毛野氏)と無縁ではなさそうだ。雀部は毛野氏一族に隷属した部曲だったのかも知れない。
 雀神社と雀部の関係はわからない。前項「雀神社と少彦名命」で雀神社の「雀」は祭神の医薬神である少彦名命に由来するのではないかとした。雀部が職業集団として、薬草の採取や栽培に携わっていた部民であったとすれば、雀神社と雀部の関係が説明できるような気がする。

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