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香南市塩の道  香美市塩の道
 赤岡(高知県香南市)・・・日本には『塩道』ばれる、らしに密着したっている。高知県香南市から山村おいてもんだ生活道があった。香南市海岸には400年ほど昔100前後製塩場があり、山間集落には赤岡市場必需品であったそのころ利用された往還広範用途をもって存在していたが、人々運搬物資でもんじられた『塩』文字、『塩の道』んだまた塩の道馬頭観音、当時人・家族集落とのわりを物語っている

塩市の背景赤岡の昔馬頭観音塩の道・花源太坂連ればり古老の思い出落葉であい
塩峯神社蛇神様大栃の蔓橋臼杵店屋跡由来文代峠娘さん峠の老人公文保存会・会

▲動画 土佐漆喰西川を行く 馬頭観音■ ■民家

動画・風景 ■・・・mail・・・■■■■■■■■

ページ・・・もくじ・・・(取材中・制作中です)

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塩市の背景

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旧西川村役場跡

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蛇渕の風景

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赤岡の昔

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信清神社

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佐敷見渡し地蔵

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大栃の昔

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有宮神社

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平家の森

4
中の村

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馬止め跡

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久保川見渡し地蔵

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山北

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休場坂

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久保川

6
口西川

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文代店屋跡

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井戸

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あぐりのさと

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文代峠の馬頭観音

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見返り平

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中西川

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文代宿場跡

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金比羅跡

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中西川の馬頭観音

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お大師岩

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吉野お大師様

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君子方神社(くしかた)

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千萱(ちがや)

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黒見店屋跡

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黒見休憩所

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拓丁石(つぶせちょういし)

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大比馬頭観音

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西川黒見丁石

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拓店屋跡

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大栃馬頭観音

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馬宿跡

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日浦往還

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大栃

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追い剥ぎ峠

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拓金比羅様

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塩が峰神社

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源太坂の風景

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拓馬頭観音

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塩峯公士方神社

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庄谷相馬頭観音

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中谷川馬頭観音

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庄谷相屋敷丁石

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七浦往還

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庄谷相地蔵堂

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臼杵店屋跡

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白髪神社

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中谷川登り口

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庄谷相(しょうだにあい)

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和紙加工用大釜

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道・花

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昔話古老

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■番外編・であい■

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昔話塩の道由来

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▲文代峠の老人

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昔話源太坂

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▲ウララの弟

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昔話連ればり

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▲娘さんモデル

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昔話蛇渕(蛇神様)

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▲公文保存会・会長

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昔話大栃の蔓橋

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昔話

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昔話

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昔話

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昔話

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sionomiti・・メール・・sionomiti
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駄賃持と馬 (合成画です)・・・・・・・
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 平成の時代に『塩の道』を歩くと、地域の昔を物語る馬頭観音に出会う。当時・塩を運んだ馬は、集落の人々にとって多大な労力を提供した。その存在価値は筆者などの想像を遥かに超えたものであった。地域の人々は馬の安全を願った・・・馬の安全が日常生活に不可欠な『塩』や、生活物資の安定供給を約束してくれたのである。物資運搬が盛んになると『塩の道』周辺の店や宿屋も栄えた。

 平成20年5月9日(金曜)、香美市大栃から赤岡まで、塩の道を歩くという行事が実施された。40人程が大栃から出発した。途中休憩所では、保存会の皆さんから茶やミカン等の心遣いがあった。
 歴史の道を歩くと、新緑の中で落ち葉を踏みしめる一歩一歩から、昔の人々の温もりを感じるようであった。ホームページ(HP)は、これから取材を行い本格的に制作することになる。とりあえず数枚の画像を配置して、5月9日・塩の道を歩いた一部の風景等を紹介する。


たんぼと夕日 小さな花  



塩の道・10貫:37kg程度の歩荷(ぼっか)・体験用荷物

 昔・担ぐ用具も入れ物も、荷物を縛る縄も、そこにある素材で作り利用している。荷台は曲線の木や、木の枝を上手く活用している。
 不要になれば、安全に土にかえる素材ばかりである。どこかの工場で作った製品ではなく、各家庭で作っている。昔の人々は一般的にその程度の技能を、手の内に備えていた。当時の基準では、専門と言うほどの事ではなかった造りである。

 しかし、10貫は重い・・・。担ぐ(歩荷:ぼっか)という仕事が消えた現今、肩に重量をかける事が消えている。そんな時代だから、よけいに昔の人の鋼鉄のような体と、山道を一歩一歩踏みしめる根気には、想像を超えたエネルギーを感じる。

 






民家の外壁に塩の道の案内

 塩の道には・・・立て札や看板・方向指示など、多くの案内がある。民家の外壁には、手造りのボックスに案内が置かれている。ボックスの屋根は、自然の曲面が残った板状の木を取り付けている。




山の風  山道



新緑の中 爽やかな風を受けて歩く

 塩の道は、集落に下りると平坦な道になる。やっぱり楽だ。・・・周辺には小さな田圃があり水をむかえ、これから田植えが始まるようだ。ときおり小鳥の鳴き声も聞える。








やまあいの清流を眺める保存会の皆さん

 木の橋も珍しい。橋桁は丸木を使っている。山には間伐をした木がそのまま放置されている。こうして活かす事もできるのだが・・・運搬・施工に要する人件費が加算されると高価になる。それでも地域にある素材を使って昔の橋を造っている。塩の道から集落の心を感じる。




木漏れ日  娘さん




稲藁を積み重ね『わらぐろ』  今では少なくなった風景

 ここでも、ふるさとの風景をみつける。稲の収穫が終わると、ワラは牛の資料であったり菜園の堆肥として保存した・・・昔の絵をみているようだ。昔・民家では縄もワラで綯っていた。わらぐろに近付くと、醗酵したような独特の匂いに包まれる。



農 村


アザミがいっぱい

塩の道に四葉のクローバー


アザミ・・・自然の中でみる花は独特の輝きがある・・・。葉の縁にとげがある。沖縄の八重山では、とげを「あざ」と呼ぶことから、 「あざぎ」(とげの多い木)と呼ばれ、しだいに「あざみ」になったとか・・・。ほかにも説のあるようだ・・・。塩の道は花との出会いも楽しみである。

四葉のクローバー・・・塩の道で発見・同行の1人がみつけた。新緑のなかで雑草の花も多く見かけた。また、集落の民家の庭先には美しい花がいっぱいであった。







優しい温もりの伝わる石造

 文代(ぶんしろ)峠の石造・・・顔の表情が穏やかである。乗用車が通るほどの道があり、その傍らに祀っている。

 馬頭観音をみて、ふと・・・塩を運んだ頃の馬と人の関わりにこんについて考えてみた。こんにち犬や猫などを動物病院に連れて行くと、獣医たちは『・・・ちゃん』とか『このこは・・・』などという。言葉から動物を家族のように扱っていることが分かる。

 塩を運んだ時代、言葉の持つ意味は少し違うように思えるが、馬は家畜というよりも、家族の一員であり労力の要として、一家の大黒柱かその次に匹敵する存在ではなかったか・・・


             
・・・・・・

 余談だが・・・筆者も幼い頃、我家の牛を大切にする家族をみて育った。夕方は牛を散歩に連れて行き、新鮮な草を食べさせるのが筆者の日課のひとつであった。こんにち、犬の散歩はみかけるが牛の散歩は完全に消えてしまった風景である。

 労力を提供してくれる『家畜・馬』は『家族』のように、大切な存在であったともいえよう。馬に関わる人々の感謝のひとつが、馬頭観音という形の文化として、平成の時代にまで大切に残されている。峠の馬頭観音には、いまも花が供えられている。









塩の道には若葉の季節に落ち葉がいっぱい・・・優しい風も心地よい

 曲がりくねった道。産業の道とはいえ、人々は農事や親戚・近所との関わりに利用した道でもあった。場所によっては子供の通学路でもあった。
 安全に歩行できるよう、協同で修理をしたそうである。現在の道も、保存会の皆さんの奉仕によって守られている。



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塩市の背景赤岡の昔馬頭観音塩の道・花源太坂連ればり古老の思い出落葉であい
塩峯神社蛇神様大栃の蔓橋臼杵店屋跡由来文代峠塩峯公士方神社文代峠老人