戒 名 は 怪 妙





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戒名の怪
布施
葬送


免罪符に匹敵する日本仏教の堕落、腐敗が戒名です。 涙無しには送れない大切な人とのお別れは、 どうあるべきかをまじめに考えましょう。 葬式仏教と言われる、 堕落し腐敗し切った日本仏教を、 正しいお釈迦様の教えに回帰させ、 お釈迦様の思いを深く推し量り、 清浄な仏教徒の世界に楽しく生きたいと望み、 そのために何が出来るか、考えましょう。 善い行いが罪悪を帳消しにする という考えがあり、悪い事をしても、 多額の お布施や寄付をしたり、慈善( 偽善 ちゃうよ )を行えば、罪は許される というのです。 悪い人こそ救われる、という宗派もあります。 親鸞は、戒律を守ることが出来なかった破戒僧で、女を犯し、 その事を正当化した偉い( エロい ちゃうよ )お坊さんです。 1513年、教皇レオ 十世がサン・ピエトロ大聖堂再建の資金集めに、 免罪符を発行し、これを買えば罪の償いが免除されることになりました。 免罪符よりもひどい、宗教の堕落、腐敗が戒名で、日本仏教の この悪習( 悪臭 ちゃうけどね )は、 信仰では魂は救われず、カネ、しかも 金額に応じて 極楽浄土(天国)での上位階級が与えられる、死後褒賞なのです。 罪をまぬかれる印しのお札、免罪符で、カネ取って( 盗って ちゃうよ ) 大儲けしたキリスト教は、1517年、ドイツで、 マルチン・ルターにより改革が始まりました。 免罪符批判、ルターは一語否(いな)(1517)、 カルビンの改革、以後強(し)い(1541)られる勤労の美徳。 不思議なことに文明開化されたはずの今現在のこの日本国においては、何故か、 葬式仏教の戒名制度に疑問を抱く改革者は、未だ現われず、 戒名料は お寺様の最大の資金源( 暴力団 ちゃうけどね )になっています。 臭いも、悪も、もと から断たねばなりません( 私 もう 立ちません? ちゃうちゃう ) が、この悪は、人間の心の奥底には何かしらの罪の意識、罪悪感が有る という精神的弱みに付け込むものです。 大切な母親、愛しい恋人、永年の連れ合い etc 、 その人が死んだ、正に その時、という どん底の悲しみの さなかに、 どさくさに紛れて高額の戒名を売りつける 死の商人、悪徳葬儀屋、葬式坊主、、、 こいつらこそ、死んで地獄に落ちるべきです。 しかし、こやつらに資金提供しているのは、 誰あろう、あなた自身、自分自身なのだ、ということを肝に銘ずべきでしょう・・


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