《霧山閑居綺談―泥手の生態》


 我が家に生息する生き物の種類は年々増え、いまや私が知っているだけでも数十種、名も知らぬ虫などをあわせると数百を超えるだろう。私が連れてきたり作成したものもあるが、勝手に庭に住み着いてしまったものもある。そのなかでも、泥手――マドハンド達はその代表格だ。
 彼らの生態については、あまりよく知られていない。
 分かっていることといえばまず、彼らには雌雄がないということだ。そのかわり、右手と左手がいる。生殖は泥の中に放出されたそれぞれの胞子を混ぜ合わせることで行われ、新しい個体は泥の中から生まれてくる。なので、我々にはあたかも何もないところから彼らが沸いて出るように見える。
 彼らは沼や湿地を好み、体長数十センチ、体色は実にさまざまで、極彩色のものや斑のものもいる。異なった体色どうしでも交配は可能で、これは人間の人種の違いのようなものなのだろう。
 食事は、手の平の中央部分にある穴のような口で、泥の中にいる虫や微生物などを泥ごとのみこんで取る。だからといって、小さい物しか食べないわけではない。口は手のひらいっぱいまで開けることができ、動物の死肉や、打ち上げられた魚、熟した果実など実に何でも食べる。油っこいものを好むようで、ためしにエビフライをやってみたら喜んで取り合いになった。

 我が家の泥手達は、庭の奥に広がる湖と岸との境目あたりの湿地あたりから沸いてきた。常に地下から温水が湧き出しているこの湖は冬でも凍らない。そのためか、最初は数匹だったコロニーはだんだん大きくなり、数十匹になったところでハーブ園の方まで侵食し始めた。それで私は少々もてあまし、シクナジュ達(体長7〜8pの人型妖精でこれも我が家の庭に住む)からも苦情を言われ、どうにか意思疎通をして引っ越してもらえないかと思い始めた。

 彼ら同士の意思疎通はどうやっているのかというと、低い「ゴエッ」、「ブエッ」、「グギョッ」などというげっぷともつかない鳴き声と、その他にはずばり手話である。
 手話の方はなんとなく分かるものもある。耳の聞こえない人同士が手話で会話するのを見たことがあるだろうか。彼らはかなりのスピードで両手をあれこれ動かし、それで全く我々と同じように、意思も感情も通じているようなのだ。あれを見ているのと似ている。かなり慣れてないとその動きをいちいち理解して普通の言葉に直すのは難しい。ただ、基本的な「こっちへこい」の手招きや、「あっちへいけ」「Yes」「No」等のしぐさは我々と同じのようだ。


 さて、私は彼らの「泥手語」を解読するかわりに少々ずるをしようかと考えた。つまり、彼らのうちの一匹に使い魔契約を施すのである。そうすれば意思の疎通が出来るし、その個体を通して他の泥手達に指示をあたえることができるのではないか。それなら、彼らのリーダー格に当たる個体を選ぶのがスムーズに群れを動かすコツであろう。彼らにリーダーが存在するのかは分らないが、個体の選出もかねて、しばらく観察し彼らの社会性を調べることにした。

 まず、群れの中に彼らが好む肉の脂身部分を与えてみる。餌の分配はどのように行われるのか、取得に優劣はあるのか、などをみるためである。
 これは2、3度に分けて試してみたが、ほぼたまたま近くにいて餌をキャッチできた個体が食べてしまった。また、食べかけで口からはみ出ている肉を他の個体がちぎって食べても、ほとんどの場合取られた固体は怒らなかった。驚いたことに、自らの食欲が満足した個体はわざと飲み込まずに口から餌をぶら下げて一旦その場から離れ、餌の取得競争にあぶれた個体に分け与えた。
 基本的には、無秩序になんでも取ったもの勝ちではあるが、余ったものを他の個体に分け与えるだけの社会性はあるようだ。ただ、まれに得たものを誰にも渡さない個体がいる。彼は攻撃的性格を持っているようで、他の個体を蹴散らしても餌をとりに行き、ほおばって全てを口に入れようとする。そして自らの食欲が満たされれば全く無関心になった。
 群れの中に数匹そういう乱暴な個体がおり、他の個体とは行動パターンが異なっている。彼らは喧嘩っ早く常に他の個体にちょっかいをかける。体の小さな個体が彼らに食べられてしまう場面も目撃した。彼らは群れの中で恐れられていて、威風をちらつかせて歩く(這う?)と他の個体が道を空ける。しかしその力も絶対ではなく、別の大きな個体には負けることもある。彼らは威張り散らしているだけで、群れを統率しているわけではないらしい。
 また、闘争心の多い個体群とは別に、全く違う行動様式をもった個体群も観察された。彼らはやたらに他の個体にからむ。からむのだが、攻撃しているわけではない。相手をそっとなぜたり、つついたりとまるで、人間が異性に相手にされたいがためにちょっかいをかけるのと似ている。ただしそれが成功しているのかはよくわからない。


 私はしばらく彼らに餌を与えて観察を続けていた。もともと人を恐れないので観察は容易だ。私が来ると餌をねだりに来るものも日々増えていたそんなある日、半数ほどの個体が一斉に湖の岸から移動し始めた。
 一匹がなんと私に手招きをするので、私も彼らについていってみると、湖から流れる川を越えて、険しい山の斜面に入っていく。彼らは後ろをついていく私の都合などお構い無しなので、散々藪の中や泥水の上を行かされ(もちろん私は浮遊していった)、人間が普通に歩くよりやや速いスピードのでその行軍は一時間ほど続いた。
 目的の場所は遠目からでも判った。



 そのあたり一帯が湯気の立つ湿地になっていて暖かく、おそらくここの固有種であろう奇妙に大きな花を咲かせた植物の蔦と根が沼の水の中で絡み合っていた。普通はこれほどまでに大きくならない種類の菌類が、ここでは10倍以上の大きさで湯気にぬれた木にびっしりとこびりついている。我が家の湖も多少その傾向はあるが、ここはそれをはるかにしのぐ。
 湿地の中心は半径数メートルの狭い沼か池になっていて、ここの水の温度は凍らないどころか、温泉というレベルで、ゴボゴボと泡が立っている。
 さらにその中心部は泥手達の背が立たないほど深いようで、彼らは縁に沿ってそろそろと沼に入って行き、やがておもいおもいの場所で散らばってくつろぎ始めた。泥手達は恍惚とした表情(?)でゆっくり湯につかったり、はしゃいで湯を掛け合ったり、口に飲み込んだりしている。
 ――どうやら私は泥手達の温泉旅行につき合わされたようだった。

 一匹の泥手が、また私を手招きしていた。
 私にこの沼に入れというのだろうか。人が入っても大丈夫なもののかは分析してみないとわからない。
 底のほうはぬるぬるしてそうだが、上澄みはそれほど濁っているというわけでもない。が、何が起こるかわからない場所で、泥手との混浴はやはりためらわれる。
 逡巡というより、どうやって断ったものかと考えていると、その泥手がふいに立ち止まった。
 池の縁にそった部分で、その場所だけ他と比べても異様に発育がよく、背の高い草が生い茂っている。地面が少し盛り上がっていて、長さ3m程の細い島となっているのだ。私を手招きした泥手はその前で立ち止まり、その島と私とを交互に見た。彼らには動物のような目は無いが、なんらかしらで視覚を得ているのは判る。それでどうも私を見あげているように思えた。この島がどうかしたのだろうか。

 私は浮遊の高度を上げて、上からその全体像を見た時に全てを理解した。
 ――何故、ここの植物はこんなに発育が良いのか。ここにはこれだけのよさそうな湿地があるのに、泥手が住み着いている様子がなく、彼らがわざわざ1時間もかけてこの温泉地にでかけた理由――。

 上から見たその島は、巨大な手の形をしていた。島は、死んだ巨大な泥手が倒れた上に植物が育ってできたものだったのだ。
 おそらく泥手は成長限界がない類の種なのだろう。人や普通の哺乳動物は、成体のサイズになった以降は、沢山食べたからといって太ることはあっても大きくはならない。だが泥手達は、生き続けている間中どんどん大きくなっていく。普通はそれほど巨大化する前に寿命がくる。しかし、周囲の植物等の異様な成長具合を見るに、ここの沼は極端に栄養が豊富で、ここに漬かっているだけで動く必要も無くどんどん栄養が取れる。そうしているうちに、この泥手は巨大になりすぎて動けなくなってしまったのだ――。

 私を案内した泥手は、私が島を確認したのを見ると、また群れの方へ戻っていった。彼はたぶん初めてここへ来た私に警告をしたのだ。初めてここへ来る者にはああやって「巨大な泥手のなれの果て」を見せて警告する決まりになっているのかもしれない。ここの水は彼らにとって甘い蜂蜜か食料の中に漬かっているようなもので、麻薬のように甘美な場所なはずだ。だからこそ、此処に居過ぎてはいけない――と。


 我が家の「節度ある(?)」泥手達はしばらくその湯を楽しんだ後、また列をなして帰っていった。
 注意してみれば、湿地の中には他にもこの甘美な誘惑に負けた、泥手のなれの果てと思える島がいくつかあった。
 私は確認のために水質のサンプルをいくつか持ち帰り、そして当初の目的をあきらめなくてはならなかった。つまり使い魔契約を施すということである。
 使い魔となったものは格段に寿命が延びる。私が主人ならそれはなおさらだ。生きている間大きくなり続けるというのなら、そのうち巨大な泥手ができてしまうではないか。そして動くことも出来ない哀れな末路をたどることになるのだから。

 結局ハーブ園の苦情の方は、別の方法であっさり解決することができた。
 彼らと一緒に歩いていて解ったのだが、泥手達は、乾いて尖った石灰質の砂利のある場所をひどく嫌がる。かなり遠回りしてもそこには絶対に入ろうとしなかったので、ハーブ園との境にそれを撒いてやったら、それだけで近寄らなくなった。
 その替わりといってはなんだが、反対側に彼らのために小さな池を掘り、そこに時々普通のお湯を入れてやることにした。
 我が家の泥手達は安心してそのお風呂を楽しんでいるようだ。