山下正樹さんの結願を応援する

♪ リアルタイム 逆打ち遍路日記 ♪

インターネットエクスプローラをご使用の方は、「フォントを小」にしてご覧下さい。

徳島県 発心の道場〜高野山
  ★ お遍路日記(山下さんの携帯メールFAX/電話・メーリングリストより)
12月10日(金) ・ 遍路第36日目 歩行距離 28km
              遊遊NASAふれあいの宿ーへんろ小屋壱号ー番外霊場鯖大師ー
              牟岐へんろ休憩所ーあずま旅館ー23薬王寺ー薬師会館 
お遍路日記(42)
今日も晴れ、いろんな所へ寄りながら薬王寺を目指して歩きだす。
あずま旅館のおかみさんからお菓子とミカンのお接待していただき、歩きながら食べたら、
牟岐の駅を通り過ぎたあたりで歩道のすぐ側の家から突然子供が飛び出してきた。
私はバランスを崩して車道側へ倒れた。左足くびが痛い。捻挫みたいだがなんとか歩けそうだ。
23薬王寺までの14キロは足を引きずりながら歩いたが、、、、、  今夜は痛そうだ。

≪遊遊NASAふれあいの宿≫
宿泊料金は歩きへんろは特別料金7,350円でした。
朝、出発の時、フロントで「お接待です。」とおにぎりパックをいただいた。
この料金でお接待まで気を遣っていただくとは本当にうれしい限りだ。
昨夜わざわざ挨拶に来られた水田副支配人は「一人でも多くの歩きへんろさんに
くつろいでいただきたい。ぜひ、皆さん、ご利用ください!」と話された。
へんろ民宿、旅館もそれぞれの味があって楽しいけど、時にはホテルに泊まった気分で
ゆったりと手足を伸ばして風呂を楽しむのも必要だ。

≪へんろ小屋1号・海南町≫
23番札所薬王寺の手前、海南町に歌先生が建てているへんろ小屋1号棟がある。
海南町の野村さんが土地を提供し、建築したへんろ小屋で、多くの歩きへんろがお世話になっている。
野村さんは現在、体調が悪く、高知の病院へ通っておられますが、出来るだけお接待をしたいと
話していらっしゃいました。
歌先生のへんろ小屋構想はお四国八十八ヶ所にへんろ小屋を建てる予定で、土地、建築資材などは
地元の方々がボランティアで提供し、管理、お接待も地元の皆さんがしておられます。
私がいた大月町にも今年8月、へんろ小屋9号を建てました。

≪番外札所鯖大師≫
本堂手前の休憩所で一人のおへんろさんを囲んで、10人位の団体バスで来たお年寄りの
おへんろさんグループが、金色の遍路札を「お接待です」と順番にもらってはお接待のお金を渡していた。
渡しているおへんろさんは立派なあごひげに白衣、大きな飾りのついた杖に、大きめの念珠3本、
その他、見るからに遍路札を商売するおへんろさんの見本(金ピカのハデハデ)こういう姿の
おへんろさんの差し出す金色の遍路札はご利益があると思い込む人もたくさんいるんですね。
通りがかった私にも金ピカ遍路札をいただいたので、お返しに白札の納め札を渡したらイヤな顔を
していた。たぶん、お接待のお金がもらえると思ったんだろう。
世の中甘くないですぞ!

≪旅館「あずま」牟岐町駅前≫
「あずま」のおかみさんはおへんろさんには特に親切だ。
竜馬16さんは特に親しくしているとの事。
38番札所金剛福寺へ行く途中の下ノ加江に、今年11月から開いた善根宿「一心庵」の庵主さんは、
「あずま」のおかみさんの宿で1年ほど共に生活し、お世話をされていたそうです。
私のお杖のカバーはその一心庵でお接待としていただいた毛糸の手編み。
それと同じものをおかみさんも持っていて、一目で一心庵のお接待とわかったそうです。
縁があるんですね!

≪牟岐町・牟岐警察署のおへんろ休憩所≫
牟岐警察署の横ににおへんろさんの無料休憩所がある。
地元の方々がお世話をしていただいているお接待所で、皆で当番表を作って、
交代でお接待をしている。
通りかかった時は丁度昼で、どなたも不在だったが、メモがあり、
「お茶、珈琲、どうぞ召し上がれ!」と書いてあった。
おいしいお茶をいただき、「へんろ札」を置いてきた。
ごちそうさまでした。

≪23番薬王寺≫
本堂への石段の登り口に石碑が建っていた。
「石段を厄年の男女が織るように上下しており、登る者は一段のぼるごとに一枚づつ、
一円アルミ硬貨をおとしてゆく。」  「司馬遼太郎著・空海の風景より」

発心の道場・阿波一国23ヶ所の入り口仁王門を入ると33段の女厄坂、
本堂までは42段の男厄坂となる。さらに本堂から61段の本卦還り坂がある。
薬王寺は厄除けの寺として知られているだけに、年間、百万人の人が参拝する寺という。
 


マコ   :  山下さんの毎日の歩き遍路はまるで時空間を超えているように感じます。すごいね!

竜馬16:  今晩は竜馬16です。
        山下さんから昨日頂いていた4枚のファクス通信。先ほど全部完了しました。
        2日間に跨ったため、お嬢さんが送られた10日(今日)の分と、後先になり
                 すみませんでした。
        
  

12月11日(土) ・ 遍路第37日目 歩行距離 21km
               薬師会館ー日和佐市民病院診察ー日和佐海岸ー山座峠ー田井ノ浜ー
              22平等寺ー民宿山茶花
お遍路日記(43)
昨夜は捻挫した左足首が疼き眠れなかったが腫れはひいてきた。
日和佐市民病院で応急手当てをしてもらい、一休みして昼前からソロリソロリと歩きだす。
焦ってはいけないが休んでもいられない。
永年に渡り身体に染み付いたサラリーマンの生真面目根性が裏目に出てくる。
民宿山茶花に辿り着くまでに何回休憩したのか覚えていない。
???  どうしてへんろ旅を急ぐのか?自分でも判らない。

≪日和佐市民病院≫
昨夜来、左足首捻挫の痛みがとれないので、休日診療なしの市民病院へ急患として
行って、特別に診察してもらった。
当直の先生と看護婦さんが「おへんろさんには特に親切にさせてもらっています」と
急いで処置していただいた。
「骨には異常はないものの、無理せず半日くらい、足を休めていたわってあげなさい!」と
アドバイスまで頂いた。
湿布してきつくテーピングしていただいた上に痛みどめ薬と胃薬も出て、「あと10日も
あれば結願です。」と見送っていただいた。感謝!感謝!です。

≪日和佐海岸≫
毎年、「海がめ」が産卵に上陸する日和佐海岸に出てみた。
地元の方々が「海がめ」の保護のため、砂漠を大切に管理して、地元の子供達と共に
自然環境保護にとりくんでいる地区だ。
きれいな広くて長い砂浜と青い海を見ていると、人間が守るべき財産だとつくづく思った。
一度失った自然環境は元に戻らない事を子供の心に強く教え続けていただきたいものだ。

≪生活へんろさんの話≫
平等寺の山門前で会った生活へんろさんの話では、
「世の中不景気で各札所で托鉢をしてもほとんどお金を入れていただけない」と言う。
昨日も大型バス3台が参拝に来たので、托鉢の準備をして待っていたが、
結局130人で10円硬貨を3枚だけだったそうです。
う〜ん・・・。不景気・・・。
もっとも、ご本人の様子を見ていると、門前で頭を下げて正座して、下を向いて座っているだけだった。
こりゃ〜無理も無い。
入れて下さるおへんろさんだって88ヶ所も回るのに「努力せずに金を下さい」では虫が良すぎるので、
よく見てます。

≪民宿「山茶花」≫
22番札所平等寺の山門横にある民宿「山茶花」のおかみさんは、地元でも評判の働き者だ。
今日のおへんろさんは2人で私と、京都から来た区切りへんろさんだ。
食堂は地元のお客さんで満員、2人のへんろは店の一番上等席にゆったり席をつくっていただき、
盛りだくさんの料理を出してもらった。
さりげない心遣いの中に、おへんろさんへの愛情を十分盛り込んだ仕事ぶりはお見事だ。
22番札所平等寺は控えめな札所の印象だが、民宿「山茶花」のおかみさんは、札所の気持ちを
十分に感じさせる宿をきちんと守って、おへんろさんを迎えている。

≪柚子風呂≫
民宿「山茶花」のお風呂は柚子がたくさん浮かべてあり、いい香りがする大きな風呂だった。
徳島は全体に柚子、スダチ等、柑橘類が豊富で食べ物がおいしい!!
柚子がいっぱい浮かんでいる風呂に入りながら、黒い大きなかぼちゃが1個、場違いに浮いていると
思うと自分で自分を笑ってしまった。
おかみさんにその話をしたら腹を抱えて笑い転げていた。
う〜ん。納得じゃ!


権田  :  山下さん、捻挫では無理しないで、明日は坂口屋か龍山荘までにしてはいかがですか。
        お大師様も、急ぐことないよと言われることでしょう。
       平等寺から阿瀬比までの遍路道はとても良い道だったと記憶しています。
       捻挫で太龍寺の上り下りはきついと思います。
 

12月12日() ・ 遍路第38日目 歩行距離 21km
                          民宿山茶花ー阿瀬比へんろ小屋二号ー21太龍寺ー20鶴林寺ー民宿金子や泊お遍路日記(44)
昨夜は民宿山茶花のおかみさんに、いただいた特大の湿布薬を捻挫した左足に貼って寝たので、
捻挫の状態は良くなってきた。
今朝の歩き始めは恐る恐る慎重に歩いた。
太龍寺の登りと下りもゆっくりながら無難に通過できたので鶴林寺に登りなんとか金子やへ辿り着いた。ご心配をかけて申し訳ありません。明日にはもとの調子に戻れると思います。

≪21〜20への道≫
21番札所太龍寺へ登り、さらに20番札所鶴林寺へ登るへんろみちは、
88ヶ所へんろ旅の中でも最も印象的な歩きです。
両札所とも500mの高さがあり、500mの登り下りを2回もこなすことになる。
へんろみちは地元の方々の協力できれいに整備されており、道しるべもきっちりと
あるので歩きやすい。
各地でいろんな方々の協力をいただいて保存されている。
昔の遍路道を何とか残したいものだ。

≪夫婦先達≫
20番札所鶴林寺で夫婦先達にお会いした。
二人とも四国霊場会公認先達の朱色のお杖を持っておられたので、すぐ目についた。

お話をうかがったところ、尾道市在住のご夫婦で四国参りは13回目。
まだ50代ですが、体調が悪く、長く歩けないので車で巡拝しているそうだ。
ご夫婦で揃って3回、歩きへんろをした頃がなつかしいと笑っておられたが・・・。

今は歩きへんろが出来なくてさみしいとポツリともらされた。
今、歩いている私は幸せなのだ。

≪左足首の捻挫≫
民宿「山茶花」のおかみさんのおかげで捻挫もかなり良くなってきた。
五体満足のありがたさをつくづく感じた。
普通に歩く事がどれだけうれしい事か思い知った。
正直なところ、薬王寺宿坊で痛くて眠れない時は、これで今回の歩きへんろは
打ち止めになるかも知れないと思った。
36日間も頑張ってくれた両足をさすりながら「ありがとう!!」と何回もつぶやいていた。
今、何とか歩き続けることが出来たことを幸せに思い、結願するまで慎重に両足と付き合いたい。

≪遍路で感じた事:タマネギの里≫ Sun, 12 Dec 2004 21:43
11月23日、66番雲辺寺からの遍路道を下り、民宿青空近くに来た。
周辺の休耕田のあちこちに、大きなタマネギが球根にほとんど土を被せずに植えてある。
関東では見たこととのない植え方なので、畑にいた人に聞いてみた。
京都の種苗会社の大手、タキイと契約して、タマネギの種を採るのだという。収穫は7月とか。
冬季もこのままで大丈夫だという。放置したままで雑草や木が伸び放題の休耕田が目につく中、
米に変わる収益源として、このような活用の仕方もあるのかと感心した

12月13日(月) ・ 遍路第39日目 歩行距離 31km
              民宿金子やー19番立江寺ー18番恩山寺ー徳島駅前ー井戸寺前 松本屋泊 
お遍路日記(45)
左足くびの捻挫はテーピングして歩いているときは気にならないくらいに回復してきた。
これこそお大師さまのおかげだと感謝しています。
雨上がりの今日は快晴、昨日の大雨が嘘のようだ。

≪出会うおへんろさん≫
12月に入ってから出会う歩きおへんろさんが減ってきた。
12月9、10日は両日とも出会った人はなし。
へんろのシーズンオフになりつつあるのか、宿でも私一人の日が5日間もあった。
その分、風呂は何回でも自由で、大きな部屋で大の字になって寝ることが出来る。
しかし、何か物足りない。一期一会のおへんろさん同士が色んな話をしあうのも
歩きへんろの楽しみの一つなのだ。

≪おんやど「松本屋」≫
17番札所井戸寺仁王門のすぐそばにある「松本屋」は、2年前から営業を再開した
農家の方が経営するきれいな民宿だ。
おじいさんの代には営業していたが、戦後、おへんろさんが急減したので閉店したが、
2年前からおへんろさんの要望が多くなって営業を再開したそうです。
部屋は3つで、4人位のおへんろさんしか泊めていないそうですが、おかみさんと
おばあさんの応待が親切で、心のこもったもてなしが印象に残りました。
現在、オフシーズンなので、お客さんが少ないので、夕食は出せないそうですが・・

≪ある民宿の話≫
この民宿はおへんろさんが良く利用する民宿で、今年7月には『民主党の管さんが
泊まった宿』として知られている。しかし、私はガッカリした。
大雨の中、宿に着いたが、出迎えもありませんでした。(必要もありませんが・・・)
「雨がっぱはどこに干すのですか?」と聞いたら「適当に」との事。
建物横のガレージへ干す羽目になったが、同宿者は部屋に持って行き干していた。
「寒いので部屋にお茶を下さい」と言うと、「当宿はお茶は出していませんので
自販機で買ってください」と言われた。靴の乾燥機、洗濯機など全てコイン式。
「食事ができました」と言われて食堂へ下りたら、味噌汁はぬるすぎる上にご飯は
ベタベタで冷めかけていた。
「管さんが泊まった宿です」とエラそうに言うおかみさんを睨み付けたら、
下を向いてしまいました。


竜馬16: 山下さん お疲れ様。
       結願前に最後の試練を頂いているみたいですね。
       捻挫の方も少し良くなって来ているみたいで、一安心しました。
       暗い気分ならないで、最後まで明るく豪快な気分で進んでください。
       焼山寺まで行くと明日の泊まりが心配ですね。
       宿坊はやられていないのでしょう?
       無理せず手前の神山温泉にでも泊まって足休めしてから、
       翌日焼山越えで11番藤井寺へいかれたほうが無難ですね。

≪遍路で感じた事:「道」≫ 権田 Mon, 13 Dec 2004 22:51
11/26 77番道隆寺で見つけた「道」という詩
「道」
夢を持って 歩いていこう  
無理せず平凡に 歩いていこう

自分をたいせつに みんなをたいせつに、
支えあって 歩いていこう

つかれた時には音楽を楽しんで、
いいリズムで 歩いていこう

12月14日(火) ・ 遍路第40日目 歩行距離 26km
              おんやど松本屋〜17番井戸寺〜16番観音寺〜15番国分寺〜
              14番常楽寺〜13番大日寺〜鏡大師〜なべいわ荘泊            
お遍路日記(46)
今日は徳島県の徳徳コースで一日で5つの札所を打つことが出来た。
お天気も快晴、朝は冷たくて、手がしびれる。
午前7時に井戸寺の納経を終えて出てくると、車へんろさんが10人も入ってきた。
聞くと今日一日で17〜1まで車で回って結願するそうだ。(私と同じで逆打ち)
88ヶ所巡拝の旅は今日で結願。8日目。
明日、高野山へお礼参りして名古屋へ帰るそうです。
それにしても、車で8日かかるお四国を歩いて45日位かかるのは当たり前かもしれない。

≪国分寺仁王門前≫
15番札所国分寺を打ち終えて、14番札所常薬寺へ歩き出したところの農家の前で
車椅子の60歳位の男性に呼び止められた。
今年8月末頃、逆打ち歩きへんろ途中に高知で交通事故に遭い、そのまま2ヶ月も入院し、
11月にようやく退院して家に帰ったが、車椅子の生活になってしまったそうです。
逆打ちの私を見つけて、あわてて家の中から出てきたとの事。
お接待にと5千円もいただいた。
あまりに高額なので、受け取れず辞退したが、「自分が歩けなくなった分、私に頑張って
結願をして欲しい!」と涙ながらに渡されました。
14番札所常楽寺の納経寺で事情を話して、お金を寄付して、ご住職に特別にお務めを
していただく様、お願いした。
それにしても不運としか言い様のない気の毒な話ですが、元気に歩いている自分を
大事にしたいと思う。

≪お接待≫
12番札所焼山寺へ登る道中、玉ヶ峠にある大師堂で地元の60歳位の女性の方々が
お大師様にお供え物をしていた。
通りがかりに挨拶すると、お接待ですと、そのお供物の果物をたくさんいただいた。

「お大師様が召し上がった後ですから、おへんろさんがお接待を受けるのが一番良い
ことです」と言われた。
山村の方々が毎日交代で、お供物を持ってくるそうです。
地元で代々伝わった行事で、信仰の厚さが伺えます。

≪「なべいわ荘」≫
12番札所焼山寺の手前「なべいわ荘」にて
この宿は大阪にお本社がある住友産業保養所兼宿泊施設ですが(住友グループとは関係ありません
との事です)、一般の方も利用できて、おへんろさんの宿泊場所として知られています。
12番札所焼山寺を打って、下り3kmの場所にあり、築後5年で本格的な木造建築で、
ヒノキ風呂まであり、今日は柚子が一杯浮かべてあり、温泉気分が味わえるすばらしい宿です。
これだけの設備(11室)で料金は1泊2食付\6,825-とおへんろさん価格です。
今夜の料理は川魚の塩焼きと野菜の天ぷら中心で、山の中の宿として申し分ない静かな宿です。

≪同宿のへんろさん≫
今日の「なべいわ荘」の宿泊は福岡から来た初へんろ順打ちの男性(60歳位)と私。
その人のガイドブックは市販の本で、お寺の紹介が多くて、歩きへんろが一番必要な
へんろみちの情報が少なく、かなり困っている様だ。
私の使っている「へんろみち保存協会編」の地図でこれからのコースを説明してあげた。
また、今からのコースでオススメの宿も紹介しておきました。
当然、イヤな気分を味わった『管さんが泊まった民宿』は話題にしなかった。
私も2年前の初めてのへんろ旅の不安だった事を思い出し、
出来るだけのアドバイスをさせていただいた。

≪12番札所焼山寺「へんころがし」≫
いよいよ明日は焼山寺の「へんころがし」を逆打ちで歩くことになる。
標高700mの焼山寺から大山4つの峠を通って11番札所藤井寺まで下りてくる最大の難所だ。
約13kmのへんろみちは途中に柳水庵、長戸庵もあり、一番、楽しみなへんろみちです。


竜馬16: 山下さん、おつかれさん。
       捻挫もよくなり、少しペースがもどったようですね。
       明日は下りの方が多くなりますので、足首、膝に負担がかかりますので、
       杖でしっかりフォローをしてください。

       長戸庵では、春美さんの平成遍路石の写真を忘れずにお願いします。
       いよいよ結願が見え出しましたね。
       楽しんで歩いて来てください。
 河西  : 山下さん、河西です。
       いよいよ結願間近かですね!
       私も今年5月に、山下さんから「へんろころがし」を「これぞ遍路道だから、
       楽しみながら歩くように」とアドバイスをもらい、キツイ山道も森の鳥や木々と
       触れ合いながら楽しんで歩いたことを昨日のことのように思い出します。
       アドバイスをそのままお返ししますから、残り少ない結願までの道のり、
       ぜひゆっくり楽しみながら歩いて下さい。

≪遍路で感じた事:「道」≫ 権田 Tue, 14 Dec 2004 21:41
棚田は、耕耘機などの入らぬ小さな田んぼが多いが、地形を巧みに生かしたカーブを見せるあぜと
田んぼの景観は、日本の原風景といわれ、私の好きな風景だ。
今回、44番大宝寺に向かう途中の小田町や、65番三角寺から民宿岡田に向かう道、椿堂から
徳島県境の境目峠に向かう辺りの棚田が、印象に残っている。
過日の新潟中越地震で被災した、山古志村、長岡市、十日町などの棚田歩きもしたことがあり、
あの辺りの素晴らしい棚田がかなり崩壊したと知り、悲しい。

12月15日(水) ・ 遍路第41日目 歩行距離 26km
              なべいわ荘ー12番焼山寺ーへんろころがしー柳水庵ー長戸庵ー11番藤井寺              ー民宿坂本屋 泊 
お遍路日記(47)    
12〜11の遍路道はへんろころがしと言われるほどキツイ坂道が続く。
並足五時間以上かかる。ゆっくり楽しみながら七時間かけて歩いた。
柳水庵は庵主さまが病気の為に入院中で雨戸が閉まったままでした。
長戸庵で春美さんが建てた平成遍路石と記念写真を撮り、休憩してきました。
ただこの遍路道は大きな倒木が多く草木の刈り込みや手入れが必要だ。
四国遍路道の中でも代表的遍路道なのでへんろみち保存協力会の宮崎建樹さんの出番がきたようだ。

≪柳水庵≫
現在、柳水庵の庵主様が入院のため、宿泊は出来ない状態です。
柳水庵から50m下った県道を上ったところに、無人のおへんろ休憩所が建てられています。
この地区の人々が建てたへんろ小屋で、「阿川ボランティア」がおへんろさんのために宿泊所を
建築したそうです。
12番札所焼山寺のご住職の話では、柳小庵は現在閉鎖中ですが、いろんな思いの人からの
問い合わせが多くて困っているそうです。
庵を管理してくれるしっかりした人を探している様ですが、皆、いろいろと勘違いをしている人が
多いと嘆いておられました。(金儲けを企んでいる人が多いかも・・・・)

≪恋人へんろさん≫
柳水庵で若いカップルのおへんろさんと出会った。
恋人同士で同棲しているが、結婚する気はないと言っていた。娘さんの方がしっかり者みたいだ。
今回、四国八十八ヶ所巡拝をして、お互いに相手が必要と感じたら結婚すると言っていた。
「う〜ん??」うらやましい?どうなるのか?これでいいのか? 自分の娘だったらどうする?

≪おむすび≫
昨夜泊まった「なべいわ荘」の奥さんから、朝、出発の時にお接待のおむすびをいただいた。
「12番札所焼山寺から11番札所藤井寺までは山中なので、お昼に食べてください」との心遣い。
長戸庵で春美さんの平成遍路石のそばで食らいついた。  おいしかった!!
うめぼしとたくあんとご飯だけのおむすびがこんなに美味しいと思ったのも久しぶりだ。
おかみさんの気持ちを思うと柄にもなく涙が出てきた。
「塩味のするおむすび・・・」ごちそうさまでした。

12月16日(木) ・ 遍路第42日目 歩行距離 28km
              民宿坂本屋ー10番切幡寺ー9番法輪寺ー8番熊谷寺ー7番十楽寺ー
             6番安楽寺ー5番地蔵寺ー4番大日寺ー番外愛染院ー3番金泉寺ー
             2番極楽寺ー1番霊山寺にて結願ーかどや椿荘泊
お遍路日記(48)
平成16年11月5日、1番札所霊山寺を旅立ってから今日で42日目。
12月16日、午後4時30分。無事に結願することができました。
皆様のご支援に感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。
四国八十八ヶ所巡拝を楽しく心豊かに歩きとおすことが出来ました。
心から御礼申し上げます。

≪感謝!≫
10番札所切幡寺を打ち、HGF・・と打ち終える度に、身体と背中のリュックが軽くなってきた。
今日で結願できると思うと自然に足が速く歩き出し、ねんざのアクシデントなど忘れてしまった様だ。
何はともあれ、42日間、頑張ってくれた足と手と口と耳など自分自身の体全部と、嫁と娘、そして、
応援してくださった皆様にお礼を申し上げたい。
ありがとう!

≪結願≫
午後4時30分、42日間のへんろ旅が無事、結願となった。
JR板東駅に近い旅館かどや椿荘に入って、一人でお祝いのビールを飲んだら(1本だけですが・・・)
しばらく寝てしまった。
「明日からもう歩かなくてもいい」という安心とともに「明日から歩けない」という寂しさが入り混じった
ややこしい気持ちだ。

≪結願の御礼≫
逆打ち歩き遍路巡拝を無事に結願することが出来ました。
叶さん、竜馬16さん、西野さん、権田さん、関谷さんはじめ多くの皆さんのお世話になり、
心から御礼申し上げます。 
四国遍路道巡拝で学んだことを、何らかの形で社会の為に活かしたいと考えています。
皆様、ご支援、ご協力誠にありがとうございました。

≪結願後の予定≫Fri, 17 Dec 2004 12:57
12/17 (金)今日は松山でへんろみち保存協力会代表の宮崎建樹さんにお会いして、
逆打ち歩き遍路の様子や今後の対応などをお話してきます。
12/18(土)はへんろ札の研究者にお会いして高知県大月町の旧善根宿に残されている
江戸時代からの遍路札約一万枚について相談してきます。
12/19(日)に呉の実家へ墓参りに行き12/20(月)夜に奈良へ帰宅。
12/21(火)高野山へ歩いてお礼参りし、逆打ち歩き遍路巡拝の旅を締め括ります。
12/22から社会復帰する予定です。今後ともよろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。


松末  : 山下さん、もうすぐですね。一層精悍な顔つきになっていることでしょう。見たいわ〜。
       素敵な年末とお正月が迎えられそうですね、最後まで頑張ってください。
           応援していますよ。  関谷(松末)真由美 Thu, 16 Dec 2004 09:53:

権田  :  山下さん、42日間のお遍路を終えられ、結願おめでとうございます。
       途中で私も、大変お世話になりました。今夜はゆっくりとお休み下さい。

山下三貴子: みなさまのおかげで無事に父が結願できました。
         これもひとえにみなさんのご支援、ご声援のおかげだと思っています。
         本当にありがとうございます。
         これからも末永く父とお付き合いをお願いします。
         母からも皆様へよろしくとの事です。
         本当にありがとうございました。

稲垣  :  山下さん、結願おめでとうございます。
        前回の時とは又違った日々の「歩き」を楽しみながら読ませていただきました。
        まずは、お体を休めてくだいさい。おつかれさまでした♪

河西  :  山下さん、結願おめでとうございます。
        一人で乾杯されたようですが、MLを通じて多くの仲間が乾杯していますよ。
        今晩はゆっくりと42日間がんばった身体に、休養のご褒美をあげてください。
        山下さんのことだから、明日も歩き始めてしまうのでは。。。(^^;

西野  :  ついに逆うち到達されましたね
        本当にお疲れさまでした
        確かに《「明日から歩けない」という寂しさが》ありますが、
        一つ終わりますが、これは次への始まりですよ
        山下さんのことですから、次の歩きを始められるんでしょうね

西野  :  三貴子さん、本当にお疲れさまでした
        お蔭様で山下さんの状況よく分かりました。
        でも本当にfaxで送られた文章のメール化大変でしたでしょう
                  今回は本当にすごいボリュームでした
        本当にご苦労様でした
        私は歩いている山下さんと同じように大変だったろうと思います
        お疲れさまでした

叶    :  山下さん、結願おめでとうございます! 三貴子様、お疲れ様でした。
        ご家族の応援で成せた事ですね。素晴らしい。
        今度は1月15日(土)「大阪防災Sウオーク」にご協力をお願いします。
        って、厚かましい私。

佐藤  :  ひわだ峠でお会いした佐藤です。
        山下様、結願おめでとうございます。
        そしてフォローされたスタッフの皆様、ご苦労様でした。
        心からお祝いを申し上げます。
        まずは、ゆっくりと体をお休めになってください。
        その上で次の別の歩きを期待しております。

        MLは山下様と一緒になって歩いているようで、とても楽しく拝見いたしました。
        有難うございました。

吉尾  :  ご苦労さまでした  高野山で 三宝院というお寺を訊ねて下さい  
        奥の院に行く道中の左手に面しています  
        本堂に入って 聖天さんが有りますので 拝んで下さい


竜馬16:Thu, 16 Dec 2004 22:55
みなさん、こんばんは竜馬16です。 
さきほど、山下さんとお電話でお話ししました。 
結願できた喜びがバンバン伝わってきました。 
徳島に入り捻挫をされ、思わぬ苦行をしいられたので、 
その痛みと歩行への不安が大きかっただけに、 
結願された喜びもひとしをだったと思われます。 
ほんとうにおめでとうございます。 
皆様の応援メールありがとうございました。 

山下さんの今後の予定は、明日松山へ行かれて 
へんろ保存協力会の宮崎建樹さんと会談されて、 
呉のご実家に2日ほど帰えられるそうです。 
奈良には20日頃にお戻られになる予定です。 
高野山へは、日程を調整してお礼参りに行かれるとの事。 

最後に三貴子さん、 
連日の遍路代行メールありがとうございました。 
おかげさまで、ほぼリアルタイムにアップできました。 
これを機会に、お遍路にも興味を持っていただけたら 
嬉しゅうございます。ほんとうにご苦労さまでした。

山下です。
12月21日(火)高野山金剛峰寺へお礼参りし、奥の院で納経を済ませました。
皆様のご支援のお陰で、四国霊場八十八ヶ所逆打ち歩き遍路は無事に満願となりました。
本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます。

高野山奥の院へは麓の慈尊院から高野山町石道(ちょういしみち)を歩いて上ります。
高野山根本大塔を経て奥の院までの約24キロの祈りの道,信仰の道で、
歩いて約7時間かかりました。


みなさま、こんばんわ。山下三貴子です。
父が本日20:40頃、無事に帰宅してまいりました。
ワタクシ的には帰ってこない方が静かだったのですが・・・(苦笑)
2ヶ月近くの歩きへんろの旅で痩せて帰ってくるかと思っていたのですが、
連日連夜の酒盛りがたたったのか、少しふっくらとして帰って来ました。
ほんとに歩いてまわったのか??と少しだけ疑問(笑)
しかし、頭皮の方は正直で、苦労を物語ってくれています。
やや薄くなり、やや白くなり・・・。
あ!!すいません。『やや』ではなく『かなり』です。
しかし、体調不良もなく、とっても元気です。
相変わらずの親父ギャグをかっとばしてくれてます(^。^)
近々、皆様に父から直接お礼を申し上げると思います。
その際には、ふっくらした顔と、さみしくなった頭をご覧下さいませ。
本人は寂しくなった頭皮を気にしてるかもしれませんので、ジロジロ見ずにチラチラ
見てやってください(爆笑)

最後になりましたが、皆様には本当にお世話になりました。
ありがとうございました。


叶桂子です。

山下さんへ。
髪の毛が薄くなっても、白髪が増えても貴方様の笑顔にはお変わりないでしょう。
これからの人生に毛はそんなにイランよ。気にしない気にしない。
新たな人生が、更に輝きを増しますよう願っています。

しかし、よう歩かれましたね。 
そして、たくさんのお便りでした。
三貴子様お疲れ様でした。



高橋栄策です。

>At 9:53 PM +0900 04.12.20, 山下 三貴子 wrote:
>ワタクシ的には帰ってこない方が静かだったのですが・・・(苦笑)

あはは、わかるな?っ

>しかし、頭皮の方は正直で、苦労を物語ってくれています。
>やや薄くなり、やや白くなり・・・。
>あ!!すいません。『やや』ではなく『かなり』です。
>しかし、体調不良もなく、とっても元気です。
>相変わらずの親父ギャグをかっとばしてくれてます(^。^)

山下(親父)さん、巡礼うらやましい限りです、お疲れ様でした。
山下(三貴子)さん、レポート楽しかったです。

また、お会い出来る時を楽しみにしています。


山下さん、おめでとうございました。お疲れ様でした。
いい経験ができてよかったですね、私もちょこっと疑似体験ができてうれしかったです。
美貴子さんはじめまして。楽しく読ませていただきました。
山下さんは来年はますますはじけた一年になるよ・か・ん!?
よいお年を☆関谷真由美



権田です。
山下さん、高野山奥の院までの満願おめでとうございます。
私も、来春にでも高野山へ参りたいと思っています。
その際は、やはり町石道を歩いて行くつもりでおります。
関谷さん、先日久しぶりに月岡さんの「遍路組曲」のCDを聞きました(春の遍路の
帰宅後、月岡音楽事務所に注文して取り寄せたもの)。
でも、3月、内海村のDEあい21のホールと、柏坂の上で聞いたナマ演奏の方が迫力が違いますね。
ありがとうございました。