報道関係とNHK受信料の巻

 約60年前、私が小学四年生の頃、報道関係の仕事をしておりました。
 「報道関係」と申しましても「新聞配達」なのですが、仕事の内容が単純すぎて、あまり楽しい仕事ではなかったですね。

 まだ子供と言うことでもあり、配達するのは1日、50~60軒と少なかったのですが、雨降りと大型犬には参りましたね。
 特に大型犬に吠えられるのが怖いので、その家をスキップした事もありました。その都度、新聞販売店に「未配」の苦情が来たようですが、私は「犬を何とかしろ」と言いたかったですね。

 月給は500円くらいだったように記憶しています。
 当時、ラーメン1杯が50円の時代でしたので、良い小遣い稼ぎにはなりました。私の両親も多少は助かったと思います。

 しかし、そのうち飽きが来て、新聞配達をサボり、放課後、小学校のグラウンドで同級生とソフトボールをしていたら、新聞販売店の店主がバイクで迎えに来るのです。30分くらい待たせて配達を行いましたが、私を迎えに来る時間があるのなら「店主が配達すれば良いのに」と思ったりもしました。

 そして小学五年生の秋、中央区から北区に引っ越すことになり、自動的に「新聞配達」をやめることになりました。

 報道関係と言えば、先日、2017年12月6日 「NHKの受信料の仕組み」について、合憲の判決がありました。
 以前、職場の新年会のとき聞いた話ですが、まだNHKの受信料を白黒料金(現在は白黒契約はありません)しか払っていないのに、カラーで見ている視聴者がいましたね。また、BSを見ているのにBS受信料金を支払っていない視聴者も結構いるようですね。

 まじめに、カラー受信料金やBS受信料金を払っている人は、払っていない人達の分も、余分に払わされていたことになります。


<NHK受信料> 徴収の「お墨付き」 同時に重い責任も
12/7(木) 6:09配信 毎日新聞

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171207-00000002-mai-soci

◇最高裁判決 「受信料義務」追い風
 判決は、放送法や受信料制度の成り立ちが表現の自由を掲げる憲法理念と合致すると指摘。放送法がNHKを「民主的・多元的な基盤に基づいて自律的に運営される事業体で、公共の福祉のための放送を行わせる」と位置づけていると解釈し、受信料制度は「公共的性格を財源面から特徴づける」とした。
 一方で、憲法が同様に保障する「契約の自由」を制限するか否かは明確には触れなかった。


『NHK国内唯一の公共放送』

 1926年に社団法人日本放送協会として設立。放送法施行に伴い50年、特殊法人となった。外部の有識者らでつくる最高意思決定機関の経営委員会が、会長人事など重要事項を決定。日常業務は会長や理事が執行する。

 予算は国会の承認が必要。主な財源は受信料で、平成28年度予算の事業収入約7073億円のうち約6769億円を占める。職員数は約1万303人 内(男性)8572人(女性)1731人。
 また、NHKは法人税法上の公共法人とされているため、法人税の納税義務が免除されている。



 私の知人(NHK関係者)の話では、北海道の場合も、NHK受信料の不払い者が多いそうです。
 いっそのこと、NHKもスクランブル放送(音声・映像放送を特定の受信者しか受信できないように電波信号を変調させること。)にしたらいかがでしょう。
 これですと、お金を払っている視聴者だけが、NHKを受信することが出来ます。地震や津波などの緊急放送時のみスクランブルを解除すればよいのです。

 あるいは、NHKだけ映らないテレビを販売するのです。
 昔のテレビは、ターレットチューナーの場合、NHK3番(総合)と12番(教育)のコイルを抜けば、NHKを受信できませんでしたが、現在のように「複合デバイス化」されたテレビでは、不可能になりました。

 我が家のような、年金受給者にとっては、年間25,320 円(衛星契約)の出費は大きいですから、いま直ぐにでも解約したいですね。
 また、安倍政権と同様に、NHKもスキャンダルの固まりで、公共放送ではなく、政府の広報機関に成り下がっています。
 受信料を払うのが馬鹿馬鹿しくなります。

戯け話とむかし話「報道関係とNHK受信料の巻」おわり
2017/12/08 11:37 石川栄一


■「関連資料」

<「NHKの不祥事」一覧(最新版)> 

NHKの不祥事 
(ウィキペディア)


<NHK職員のベラボーな給料にはあらためて驚かされた>

  “みなさまの受信料”で運営されるNHKだって国民の税金で生活する公務員と似たような立場だ。
 「昨年度のNHKの収支予算を見ると、『給与』として約1255億円が計上されています。
 この数字を全職員1万人強で割ると、平均給与が1185万円になります。ところが『給与』とは別に、『退職手当・厚生費』という支出があり、約615億円が計上されている。ここから退職金のほかに諸手当、残業代、福利厚生費などが支払われます。
 つまり、NHKには『本給』のほかに、もうひとつ財布があるようなもの。2つを合算した金額がNHK職員の本当の年収といえます」
(元NHK職員でジャーナリストの立花孝志氏)


<NHK『豪華社宅に保養所、諸手当…』>

 そもそも、退職手当と福利厚生費をゴッチャにしていることが不可解なのだが、615億円の半分を厚生費として、全職員1万人で割ると308万円は裏給料。本給に合算すると年収1500万円になる計算だ。
 この“裏給料”で手当てされる福利厚生の代表格が豪華社宅だ。条件によっては、月額3万円程度の家賃で住めるという。周辺の相場は、同じ条件で30万円というから、超破格だ。
 立派な保養所も多い。JR京都駅からタクシーで15分の「洛風荘」は素泊まりで約3000円。近隣のホテルは1泊1万円以上というから、やはり格安だ。こんな保養所が日光、箱根、熱海などにワンサカあるという。NHKは人件費削減と並行して、福利厚生を減らして受信料を下げる努力をすべきじゃないか。
(ゲンダイネット)


<最高裁が受信料「合憲」 金満NHKの超厚遇に拍車がかかる>

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/219040
(日刊ゲンダイ 2017年12月8日)


<★コネ天国★ NHKへ身内を就職させた政治家(当時の役職)>

 ・片山元総務相の息子:社会部記者皇室担当
 ・久間総務会長の娘:PD
 ・松岡利勝の息子:アナ
 ・高村正彦の娘:経理
 ・村田防災相の娘:PD
 ・上杉元自治相の息子:PD
 ・田野瀬良太郎の息子:元PD
 ・石川要三の息子:PD
 ・故:原田昇左右の息子:元衛星番組部長(現国会議員)
 ・柿沢弘治の長男:元記者(現都議会議員)
 ・羽田孜の弟:報道
 ・竹下登元総理の弟:元記者
 ・猪瀬直樹の娘:PD(クローズアップ現代)
 ・NHK橋本会長の娘、会長が就任後に入社

■ PDとは
 PDというと一般的にはプログラム・ディレクターの略で、スタジオのサブにいます。演出担当責任者。


相撲暴力問題と冬将軍の巻

  現在、世間では相撲暴力が話題になっており、毎日のようにテレビのワイドショウなどで放送されています。
 一方、沖縄でおきたアメリカ人軍属による女性殺人事件は、今はすっかり隠蔽されてしまっており、日米地位協定と、どちらが最も深刻な問題か、普通ならわかるはずです。

 しかし、日本のマスメディアは、この日米地位協定問題を完全に消し去るが如く、相撲暴力を全てのテレビ局で集中して報道しております。
 さすがに日本のマスメディアは、欧米から、まともなマスメディアとしては認められず、最近では安倍政権の広報機関、つまり「大本営広報部」として扱われるようになっています。

 相撲暴力という暴力は、格闘技を目的にしている集団では、いつどこでも起こり得る問題であり、普通なら、暴力をふるわれそうになったら、その場から逃げれば良かったのです。
 なぜ逃げられなかったのか、殴られ癖でもついていたのでしょうか。相手に何と言われようと「逃げるが勝ち」「君子危うきに近寄らず」でいきましょう。

 相撲といえば「横綱 北の湖」の時代を思いだします。
 写真は、私の母が知人に頼んで、横綱 北の湖に甥っ子を抱いて頂いた記念写真です。お相撲さんに子供を抱いてもらうと健康で元気に育つという迷信があります。(横綱 北の湖、 太刀持ち 増位山、露払い 吉王山)
 しかし、北の湖自身は、62歳で没しており、苦労したようですね。

 母の知人は、北の湖を相撲界に入れた人物で、北の湖の恩師に当たります。一般的には、お相撲さんに子供を抱いてもらった場合、ご祝儀として数万円差し上げるそうですが、何も知らない母は、ビール券1ダース程度をお礼として渡したようです。

 さて、暴力問題に戻りますが、私が小学校低学年の頃、自宅向かいの市場で、ボヤ騒ぎがあったのですが、その時、野次馬の中に中学生くらいで、ちょっと大きい子供が「ニヤニヤ」と笑っておりました。

 それを見た消防士が怒って「何が可笑しい!」とその中学生にビンタを張ったのです。それでもその中学生は「ニヤニヤ」と笑っておりました。
 それを見た私は、ビックリしましたね。それ以来、消防士って殴るから怖いんだ!、という認識を強く持ちました。
 そのビンタを張られた子供は知恵遅れみたいでしたね。昭和20年代はまだ施設が少なく、そういう子供が周囲に何人かいましたね。

 近年になって、2000年に起きた自宅近くのガス爆発火災では、今度は、消防士が「ニヤニヤ」と笑いながら消火活動をしていました。これは許されますか。
 このガス爆発火災では、住民のご夫婦が爆死しましたが、原因は不明とのことでした。
 しかし、数日前から、住宅周辺にガスの臭いが漂っていたそうです。また、近所の奥さんの話では、最初の消防車が、なんと「梯子」を忘れてきて、周辺の住宅に、梯子を借りにまわっていたそうです。梯子を積んで来ない消防車もあるのですね。
 その後、そのガス爆発火災現場は更地になり、建て売り住宅が建てられましたが、住民夫婦が亡くなった現場であるせいか、事故物件で数年間は買い手が付きませんでした。

 私も殴られた経験は数多く、その殆どは元皇軍兵士の父親からなのですが、父親とは議論の余地は無かったですね。弁解をしようとしても直ぐに殴るのです。まあ、善悪を決する時間の短縮にはなったかも知れません。

 小学校の時は、担任の女性教師からビンタを張られたことがあります。それは昼休み運動場で、駈けっこに入れと貰おうとしましたが、それが叶わなかったので、相手を足で蹴る真似をしたら、運悪く、女の子に当たってしまいました。
 授業開始の時、担任から「女子を蹴ったでしょ」と言われた途端、ビンタを張られたわけです。「駈けっこにいれてくれなかったから」と弁解をしても、ダメでしたね。

 担任から言わせれば、男が女を蹴る「寛一お宮」の寛一は、問答無用でビンタでしょうね。その貫一は、復讐のため高利貸となり成功したようですが、あまり褒められた生き方ではないですね。

 さて、寒い日が続いており、冬将軍も大活躍ですね。
 北海道の冬の暖房は、昔は石炭でしたが、現在は石油ストーブが主流です。 札幌では、FF式(強制給排気式)の石油ストーブを据え付ける家が多いようです。またマンションでは集中暖房よりも、FF式の個別暖房を採用する家屋が多くなっています。
 その理由として、設備費用が安いことと、燃焼に必要な空気を屋外から取り込み、排気ガスは、屋外に排出するので、酸欠事故が起こりにくく、また室内の空気が汚れないという長所があるからです。

 しかし、室内が乾燥しやすいので、加湿を十分に行い、風邪をひかぬよう注意しなければなりません。FF式の石油ストーブが増えた結果、昔のように集合煙突のある家が少なくなっています。屋根の形も、スノーダクト方式が増えているため、三角屋根は少なくなり、外見は陸屋根のように見えます。北海道の家の形は、本州の家と、それほど変わりはありません。

 しかし、まだ煙突のある家が多いですね。ちなみに私の自宅には集合煙突が2本も建っていますし、2階のベランダから住宅街を見渡すと煙突がニョキニョキ建っているのが見えます。FF式の石油ストーブに交換しても、集合煙突の撤去が出来ないからでしょう。

 昔は、カマダ貯炭式ストーブやキングストーブ、ルンペンストーブなどの石炭ストーブを使っていましたが、定期的に煙突掃除をしなければなりません。
 質の悪い石炭を使うと、煙突が詰まりやすく1週間に1度くらいは、煙突掃除をしなければ燃えなくなります。
 煙突掃除と簡単に言いましても、ススで室内や衣服などが汚れるため、難しい作業です。むかし煙突掃除屋という専門業者がいたくらいです。

 そういえば、石炭ストーブの焚き付けも面倒でしたね。やりかたは、焚き付けと新聞紙に、石炭をかぶせてマッチで火を付けるのですが、これがなかなかうまくいきません。新聞紙だけ燃えて、焚き付けと石炭が残ってしまう場合が多かったですね。

 冬将軍の犠牲者は数知れないですね。スリップ事故、一酸化炭素中毒、凍死など、冬将軍は、寒冷地にとって最大の暴力集団ですね。
 皆様も、風邪など引かぬよう注意しましょう。
 高齢者が風邪をこじらすと肺炎にかかり、もう治らないそうです。お大事に。

戯け話とむかし話「暴力問題と冬将軍の巻」おわり
2017/12/04 15:25 石川栄一


■スノーダクト■ スノーダクト方式の屋根は三角屋根ではなく、なだらかな逆三角のような形の屋根ですが、外見は平らな陸屋根のように見えます。屋根のほぼ中央にダクトの排水溝があり、雪が融けて下水に流れるように配管されています。
 スノーダクト方式は、雪下ろしの必要がないため、隣接する家に、雪害で迷惑をかけることがないのが大きな特長です。また、三角屋根と比べて、部屋数が多くとれることや、敷地の有効利用ができることも特長です。


寄生虫(回虫)と虫下しの巻

 最近、北朝鮮からの脱走兵が話題になりましたが、軍事境界線から韓国側に逃走する際に、銃弾に撃たれ瀕死の重傷を負い、韓国側の2度の手術で銃弾を取り除く際、体内からは寄生虫数十匹が見つかったといいます。
 撃たれた兵士もお気の毒ですが、残された家族は一体どうなるのでしょうね。

 前代未聞の脱走といいますが、そもそも、一つの国(朝鮮)が、思想信条が異なる理由から、二つ(韓国と北朝鮮)に分かれ争っている事態が異常なのであって、一般国民からみれば、平和で自由であれば、資本主義でも共産主義でもどうでも良いことに思います。

 国民の立場を考えれば、米軍など外国の軍隊を撤退させ、軍事境界線など取っ払ってしまうべきなのです。あとは選挙で、これからの国家体制を決めれば良いのです。やろうと思えば、一ヶ月もあればできます。こんな簡単なことが何故出来ないのか。
 それは、韓国と北朝鮮の利害が絡んでいるのでしょうね。更に、その背後にいる米国と日本、中国とロシアの利害関係もあるのでしょう。

<南北統一に関する動き>

■ 「連邦制統一案(1960年8月)」を 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金日成(キムイルソン)首相が提唱したが、韓国(大韓民国)では、翌1961年の5・16軍事クーデターが起き、朴正煕少将が実権を握ったためボツ。以降、韓国は、朴正煕が暗殺されるまで軍事独裁政権が続く。

■ 「高麗民主連邦共和国(1980年10月)」 も、北朝鮮の最高指導者であった金日成主席が提唱したが、大韓民国では「ソウルの春」と呼ばれる民主化ムードが高まったものの、1980年5・17非常戒厳令の「拡大措置」で、軍人出身の全斗煥が実権を掌握したためボツ。


 このような状態では、いつまでたっても南北統一は無理でしょうね。

 さて、本題の「寄生虫(回虫)と虫下し」の話ですが、私が5歳くらいの頃(昭和20年代、1952年頃)、母に連れられ、札幌から普通列車で6時間くらいかけて、北海道黒松内村(現在は黒松内町)の母の実家に行ったときの事です。
 私は、母の実家の農耕馬に乗って遊ぶのが楽しみでした。馬には鞍が付いていなかったため、手綱をしっかり握っていなければ落馬してしまいます。
 また走る度に、馬の背骨が股に当たるためゴツゴツして、乗り心地は決して良いとはいえませんでした。

 そのとき、家の玄関のほうから、母が弟を抱いて出てきたのです。何を始めるのか馬に乗りながらじっと見ていたら、弟を抱きかかえながらウンチをさせているのです。私は、トイレでさせれば良いのに~、と思ったとき、母はキャーと悲鳴を上げたのです。

 私は、何が起きたのだろうと近くに寄ったとき、弟の尻からウドンのようなものが出ているのです。母が場所を変えたら、またウドンのようなものが出てきたのです。
 そして、そのウドンのような物をよーく見たら、なんとニョロニョロと動いていたのです。それは回虫でした。
 私が子供の頃は、腹の中に虫が住んでいるものと思っておりました。

 それから数年後、小学校に入学。私が給食当番をしていたときの話です。
 給食室から教室に、給食のけんちん汁を運んでいるとき、ワイワイガヤガヤと、何だか階段付近が騒がしいのです。
 同級生に「何が起こったの?」と聞いたら「同級生が回虫を吐いた」と言うのです。私の隣で、その話を聞いていた給食当番の女の子は、キャー!と叫んで逃げていきました。

 そこで私は、事の真相を究明するために、階段を上がって行きました。そして、踊り場まで来たとき、あっ!と驚きました。それは、長さ10センチくらいの白っぽい回虫が、ぐったりと横たわっているのです。
 私は、黒松内の母の実家で見た時のことを思い出し、回虫は、尻から出る物と思っていましたが、口から吐いたと聞いたのは初めてです。

 寄生虫の話をする度に「検便」のことを思いだします。
 近年は、O-157に関して、よく検便という言葉が出てきましたが、私が子供の頃は、少なくとも1年に1回は、検便がありました。

 いまは、細い棒に検体(便)を付けて、容器に入れるだけですが、当時は、小さいマッチ箱に便を入れて、学校に持っていき、担任の先生に渡しました。
 自宅のトイレは、まだ水洗化されていなかったため、便を採取するときは、一苦労でした。
 そこで、トイレで便(検体)を取るのが難しいので、そとで便を取ったことがあるのですが、飼い犬が寄ってきて、尻を舐められたことがあります。

 私はようやく採取した便(検体)を、マッチ箱に、ギッシリ詰めて持って行き、担任の女性教師に渡したら、突き返された経験があります。
 その検便の箱を家に帰って母親に見せたら、いきなり「そとに捨ててきなさい!」と怒られました。私は、何が何だか分からず、家のそとに捨てました。

 しばらくして、父親が、勤めから帰ってきて「おい、こんな物が落ちていたぞ」と言って、包み紙に包まれた検便の箱を見せるのです。
 それは、さっき、私が母に叱られて捨てた便が入った箱だったのです。
 それを見た母親は、呆れてトイレに捨てに行きました。 私は、初めからトイレに捨てれば良かったのに~、と思いながら笑いました。

 当時、鉄道公安官だった父親は、職業柄のためか、あるいは、単なる貧乏だったためか、よく分かりませんが、落ちている物は、何でも拾ってきたものです。

 次は、1974年7月「日高芽室岳山行」の時の話です。
 山行数日前から胃腸の調子が悪いため、虫下し(市販の駆虫薬)を飲んで、出発しました。
 当時、私が代表を務める北大工学部の山岳会である「秀岳会」では、文明の利器、自家用車で登山口まで行くことが多くなり、今回の芽室岳山行にもマイカーを利用しました。
 すると、クルマを運転中、周りが黄色っぽく見えるのです。信号機も「青」が黄緑になったり、非常に運転しずらかったですね。
 私のクルマには他に3人乗っていたので、途中で交代してもらいました。

 山行中も、まだ秋でもないのに景色が「紅葉」しているように見えてしまいます。また、山行メンバーの顔が皆、黄疸で、肝臓が悪いように見えてしまいます。芽室岳山行では「虫下し」を飲んできたのが失敗だったと思うのでした。
 山行や旅行に限らず、クルマの運転の際には「虫下し」は要注意ですね。

戯け話とむかし話「寄生虫(回虫)と虫下しの巻」おわり

2017/12/02 9:46 石川栄一

1974年7月「日高芽室岳山行」の映像
http://shugakukai.yp2e-iskw.waterblue.ws/ShugakukaiMEMURO.html
(ブラウザはInternet Explorerで視聴して下さい。)
Top
次回もお楽しみに!
 

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