立憲民政党・幹部人事


総裁 濱口雄幸 1927-1931
若槻礼次郎 1931-1934
総裁欠員、町田忠治総務会長・総務委員時代(1934-1935)
町田忠治 1935-1940

 

総務
1927年6月1日選出 原脩次郎 冨田幸次郎 町田忠治 八木逸郎 松田源治 小泉又次郎 小橋一太 安達謙蔵 榊田清兵衛 斎藤隆夫
1928年1月20日選出 原脩次郎 中村啓次郎 町田忠治 桜内幸雄 松田源治 俵 孫一 小橋一太 安達謙蔵 降旗元太郎 小山松寿
1929年1月20日選出 藤沢幾之輔 頼母木桂吉 冨田幸次郎 森田 茂 紫安新九郎 田中隆三 本田恒之 永井柳太郎 小川郷太郎 川崎 克
1929年7月2日、濱口雄幸民政党総裁に大命降下。組閣に伴う党内人事で左三名欠員に対し7月16日四名補充す 牧山耕蔵 桜井兵五郎 戸井嘉作 西村丹治郎
1930年1月20日選出 原脩次郎 武内作平 鵜沢宇八 八木逸郎 牧山耕蔵 増田義一 小西 和 桜内幸雄 黒金泰蔵 横山金太郎
黒金は8月辞任?、横山は同年3月に追加補充された。
1931年1月20日選出 本多恒之 戸井嘉作 頼母木桂吉 添田敬一郎 村松恒一郎 中野正剛 田 昌 古屋慶隆 小池仁郎 紫安新九郎
4月16日四名改選、12月12日安達謙蔵、中野正剛以下脱党(→国民同盟) 川崎 克 一柳仲次郎 原夫次郎 永井柳太郎
1932年1月20日選出 井上準之助 小川郷太郎 川崎卓吉 山本厚三 小西 和 小坂順造 木檜三四郎 広瀬徳蔵 吉田磯吉 堤康次郎
5月左二名改選、二名補充で四名総務就任。 牧山耕蔵 原夫次郎 町田忠治 松田源治
1933年1月20日選出 片岡直温 俵 孫一 田中隆三 原脩次郎 頼母木桂吉 川崎卓吉 鈴木冨士彌 八木逸郎 桜井兵五郎
1934年1月21日選出 冨田幸次郎 高田耘平 山本厚三 前田房之助 桜内幸雄 平川松太郎 添田敬一郎 町田忠治 松田源治
総裁欠員、総務委員制での運営。町田、松田は7月総務を辞す。
1935年1月20日選出 太田政弘 大麻唯男 藤田永吉 武富 斉 田中武雄 鵜沢宇八 内ヶ崎作三郎 小川郷太郎 頼母木桂吉 中島彌団次
改選に先立って、小川、頼母木、中島があいつぎ辞職。
1936年4月28日選出 桜内幸雄 一宮房次郎 加藤鯛一 工藤鉄男 松村謙三 木檜三四郎 小坂順造 斎藤隆夫 一松定吉 八並武治
1937年5月7日選出 小川郷太郎 大麻唯男 川崎 克 高田耘平 田中武雄 永井柳太郎 内ヶ崎作三郎 松本忠雄
永井が1937年6月4日、内ヶ崎、松本が同年同月24日辞職。
1938年4月18日選出 頼母木桂吉 小泉又次郎 漢那憲和 堤康次郎 手代木隆吉 桜井兵五郎 作田高太郎 平野光雄
1939年4月27日選出 中島彌団次 松田正一 田中武雄 小川郷太郎 太田政弘 多田満長 永井柳太郎 勝 正憲
太田、多田、永井、勝ら辞職。二人ずつ欠員補充。 添田敬一郎 土屋清三郎 中野邦一 岡本実太郎
1940年4月26日選出 中島彌団次 松田正一 田中武雄 小川郷太郎 大麻唯男 高橋守平 松本忠雄 内ヶ崎作三郎 松村謙三 平野光雄 堤康次郎 原夫次郎
同年8月15日解党

 

幹事長
1927年6月1日 桜内幸雄
1928年1月20日 小泉又次郎
1929年1月20日 俵 孫一
1930年1月19日 冨田幸次郎
1931年1月20日 桜内幸雄
1931年4月15日 山道襄一
1931年12月14日 永井柳太郎
1932年5月26日 小山松寿
1933年1月20日 松田源治
1934年1月21日 大麻唯男
1935年1月20日 川崎卓吉
1936年4月28日 永井柳太郎
1937年5月7日 小泉又次郎
1938年4月18日 勝 正憲
1939年4月27日 内ヶ崎作三郎
1940年4月27日 桜井兵五郎
同年8月15日解党

 

政務調査会長
1927年6月1日 小川郷太郎
1929年1月20日 鈴木冨士彌
1929年7月9日 小山松寿
1930年1月20日 田 昌
1931年1月20日 増田義一
1932年1月20日 添田敬一郎
1933年1月20日 川崎 克
1934年1月21日 俵 孫一
1935年1月20日 永井柳太郎
1936年4月28日 山道襄一
1937年5月7日 桜井兵五郎
1938年4月18日 松村謙三
1939年4月27日 前田房之助
1940年4月26日 川崎 克

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