ドム系MS

 ジオン公国軍がMS-07グフに続き、地上侵攻用に新たに開発した重MS。熱核ジェット/ロケットエンジンを脚部に内蔵し、ホバリングによる移動を行うことで地上におけるMSの行動範囲を飛躍的に向上させた機体である。
 ホバリングの出力を得るために1000kwクラスの大出力ジェネレーターを搭載するが、今後のMS携行兵器として欠かせないビームライフルの装備はドムの時点では不可能だった。
 ジェネレーター出力の余力を転用した撹乱用拡散粒子砲を持ち、戦車砲、対MSミサイル対策として頑強なスカート式重装甲や、生産性を向上させるためのブロックビルド製法を本格的に採用するなど、新機軸が盛り込まれているのが大きな特徴と言える。

 MS-06J、MS-07シリーズなどの従来の陸戦機の行動範囲不足から生み出されたMS-09系列だったが、オデッサ戦後の地球上のミリタリーバランスの変動や、戦況の悪化によって高い移動能力と砲撃戦能力を生かすことはできなかった。

 その後、連邦系との融合が試されたRX-78GP02AMSA-099系列などのドム系の発展型が開発されたが、正当な後継機が登場するのは八年後の第一次ネオ・ジオン抗争における地球侵攻作戦であった。


 機種一覧

 MS-05C5グフ試作実験機
 YMS-09プロトタイプドム
 YMS-09Dドム・トロピカルテストタイプ
 MS-09Aドム先行量産型
 MS-09Bドム
 MS-09Cヤクト・ドム★
 MS-09Dデザート・ドム★
 MS-09Rリック・ドム
 MS-09RIIリック・ドムII
 MS-09Sドワス
 MS-09Eドワス陸戦テスト仕様
 MS-09Fドム・フュンフ
 MS-09F/Tropドム・トローペン
 MS-09F/Blidドム・ブリザード
 MS-09F/Gbドム・グロスバイン
 MS-09F/Bnドム・バインニヒツ 
 MS-10ドワッジ
 MS-09Gドワッジ
 MS-09Hドワッジ改
 AMX-009ドライセン


 MS-07C5グフ試作実験機

 MS-07グフシリーズを元にツイマッド社が次期主力機開発のために改造した実験機。グフはジオニック社で開発されたMSだが、軍からの指示によってツイマッド社でも委託生産が行われていた。そのうち一機が生産ラインから引き上げられ、実験機として改装が施された機体がC5型である。

 ツイマッド社ではすでに自社開発したMSM-03ゴッグがジオン公国軍にて制式採用されていたものの、その生産数は少なく、依然、陸上用MSのシェアはジオニック社に占められていた。
 次期陸上用MSの選定においても、ツイマッド社製YMS-08がジオニック社製のグフシリーズに敗れ、ツイマッド社にとってはグフに続く陸上用MS開発競争は失敗が許されない、言わば背水の陣であった。

 現行機であるグフやMS-06Jよりも高い行動範囲と陸上での機動性、将来的にはEキャップ式のビーム兵器の装備も視野に入れた次期陸戦用主力機として改修された実験機がC5型なのである。

 グフをベースにYMS-08からフィードバックされた形で脚部へのホバーエンジンの追加と、頭部モノアイレールの可動範囲の拡張が施された。ジェネレーターの強化も施されたが、ビーム兵器の装備は不可能で、ホバーエンジン出力用のための改良であった。

 完成した実験機はカリフォルニア・ベースに送られ、テストに供されたが、グフクラスのペイロードではホバリングによる移動が短時間しか行えず、ペイロード不足が露呈した。
 そして、グフベースではこれ以上の燃料搭載は不可能であり、機体の設計規模そのものを見直さなければならないことが判明した。

 ホバージェットとしては、すでにMS-07Hグフ飛行試験型が飛行用に採用した熱核ジェット・エンジンがすでにテストされており、そのノウハウを導入すればホバリングによる陸上移動は可能ではあった。
 しかし、唯一の問題はある程度の時間、一定の出力を維持させてホバリングさせるには多大な燃料と出力が必要であること、ザクやグフクラスのモノコックフレームでは改修による燃料搭載量の増強に限界があることがテストによって判明したのである。

 C5型から得られたデータはYMS-09開発に役立てられることになり、ツイマッド社にとって大きな前進になったと言えるだろう。

 ちなみにC5型は純粋な試験機であったため、実戦に投入された記録はなく、戦後、カリフォルニア・ベース内で発見され、連邦軍によって接収された。

 YMS-09プロトタイプドム

 ツイマッド社が社運をかけて開発した陸戦型重MS。YMS-08、MS-07C5のテストから得られたデータを元に、全面的な再設計を施した機体がYMS-09プロトタイプドムである。
 ホバリングによる地上走破を実現させるため、脚部は大型化され、熱核ロケット/ジェット双方のエンジンを併用することによって充分に推力を得ている。そのため、脚部装甲をフェアリングと兼用するため、スカート式と呼ばれる重厚な装甲が施されているのがドム系MS最大の特徴でもある。

 頭部は視界拡張のために上部にモノアイレールが延長された。これはC5型から受け継がれたもので、上空への視界強化に繋がった。後のB型において、さらに下部にレールが追加され、十字型のモノアイレールとして完成することになるが、YMS-09の時点ではまだ改良が施されておらず、首周りには動力パイプが露出している。

 また、対戦車用バズーカ「ジャイアント・バズーカ」の試作型を装備し、火力においてはMS-07グフシリーズを凌駕するに至った。背部には電熱式のヒートサーベルを装備し、これはMS-07Bグフから受け継がれた武装である。
 しかし、ドム用に開発されたヒートサーベルは細長く、ホバリング走行を利用した一撃必殺の武器として用いられる。ドム用ヒートサーベルは当初、対MS戦用を想定した武装として用意されたものだが、実際には61式戦車やビックトレーなどの陸上兵器の撃破に対して有効に働いたと言われている。

 プロトタイプドムはジオン軍の占領下にあった月面都市グラナダの軍工廠において二機がロールアウトし、カリフォルニア・ベースに移送後、同地の試射場においてジャイアント・バズーカの試射やホバリング走行のテストが行われた。プロトタイプドムは良好なテスト結果を残し、ついにはツイマッド社念願の制式採用となった。そして、プロトタイプドムと同仕様の初期生産型がカリフォルニアとグラナダ、サイド3本国の工場で生産されることになった。

 ドムはグフやザクにはない、陸上での行動範囲をホバリングによって大きく広げたことによって、ドムシリーズは在来機に対する大きなアドバンテージを得たのである。
 これまでのグフまでのMSは歩行用の脚を持ちながら、行動範囲が短いという欠点が地球侵攻作戦によって露呈していた。ダブテやギャロップ、ドダイ航空機などのサポートがなければ、MSは基本的に長い距離の移動は不可能であり、脚部のみでの移動はコクピットに耐えず振動させ、長距離移動の場合、パイロットに負担をかけていたことも歩行を補佐する移動システムの開発を発展させた一因とも言われている。

 しかし、ドムによるスムーズなホバリングは短時間での長距離走破も可能となり、作戦時間内での長距離移動やパイロットの負担が軽減されたことで、地球でのMS戦略を一変させるに至ったのだ。

 プロトタイプドムは生産された二機のうち、後に一機が熱帯戦仕様に改装され、アフリカ戦線へ送られている。

 YMS-09Dドム・トロピカルテストタイプ

 二機が試作されたYMS-09プロトタイプドムのうち、一機が砂漠対策の防塵改修や熱帯地用の装備が施され、試験的にアフリカ戦線へ送られた。それがYMS-09Dドム・トロピカルテストタイプである。

 アフリカ戦線ではすでにMS-06Dザク・デザートタイプが配備され、アフリカ戦線における主戦力となっていたが、次なるジオン軍の陸戦型MSとして制式採用されたドムシリーズを激戦区であるアフリカ戦線へ投入する計画が立てられた。
 その先鞭としてプロトタイプから一機を改修し、トロピカルテストタイプとしてアフリカ戦線に送られたのである。

 砂漠での過酷な環境はMSを不調にさせるには充分なもので、関節部やダクトに入り込んだ砂がMSを故障に陥られることが多かった。そのため、砂漠用のMSは関節部やダクトなどの可動部や開口部に防塵処置を施したデザート・タイプが多く投入されていた。
 陸戦型MSとして誕生したドムも、地球でもっとも過酷な環境の一つである砂漠地帯での運用には不安が残り、トロピカルテストタイプも同様の処置が施され、アフリカ大陸の過酷な環境下でもドムが有効かどうかテストされたのである。

 砂漠地帯でのドムの機動力は高く評価され、アフリカ戦線からの要望で、先行量産型のA型がトロピカルテイトタイプと同仕様に改修され、20機前後がアフリカに送られた。当初はエンジン周りのトラブルが頻発したが、整備班の研修も行われ、後にトラブルを克服。北アフリカにおける激戦地において活躍した。
 
 トロピカルテストタイプから得られたデータを元に、さらにB型を改修したMS-09Dデザート・ドムがYMS-09Dの増加分として生産され、アフリカ戦線に配置された。

 MS-09Aドム先行量産型

 YMS-09プロトタイプドムと同仕様の先行量産機がA型と呼ばれる機体である。地球上とサイド3本国工場で生産された機体で、当初、正式量産型への改設計を待って生産を開始する予定であったが、地球での戦況が逼迫したこともあり、急遽、プロトタイプ仕様のまま生産が開始された経緯を持つ。
 このうち、20機程がYMS-09Dドム・トロピカルテストタイプと同仕様に改修され、アフリカ戦線に配備された。

 先行量産と平行して、プロトタイプドムや初期生産型で得られたデータを元に、生産性を高めるために装甲形状に改良や、余剰出力を利用した拡散粒子砲の増設が施され、B型としてロールアウトする。

 オデッサ戦時には生産が開始されたばかりのB型と共に多数のA型が投入され、ジオン軍の主戦力の一環として活躍したが、物量で押し切る連邦軍の進撃を食い止めることはできなかった。

 MS-09Bドム

 制式採用され、プロトタイプに準じたA型の生産が行われたMS-09ドムであったが、その後期生産分は生産性を高めるために胸部装甲の形状を簡略化し、余剰出力を利用して胸部に拡散粒子砲を装備するなどの仕様変更が行われた。それがMS-09Bドムである。一般に知られている大戦時のドムの標準機はこのB型を指す。

 プロトタイプドムA型は陸戦において高いポテンシャルを示したが、熱核ジェット/ロケットエンジンやホバーシステムを内蔵した脚部のスカート式アーマーが短く、エンジンやプロペラントを内蔵した脚部へ対戦車砲が命中した場合の誘爆の危険性が指摘された。
 連邦軍歩兵による対MS砲による撃破も予想されたことから被弾率を下げ、防御率を向上させるために脚部アーマーを延長し、ホバーシステムや踵の関節部をアーマーで全て覆い隠すという設計変更を行った。
 この設計変更は防御力の向上と同時に、ホバリング効果を高めるという相乗効果を生み、すでに実戦配備されていたA型も順次、脚部アーマーがB型と同タイプの物に換装されていった。

 胸部装甲はプロトタイプ及びA型では廃熱ダクトが開口していたが、B型からは廃熱システムに改良が加えられたために閉鎖され、装甲形状の簡略化を施し、左胸に威嚇用の拡散粒子砲が備え付けられた。これはドムの余剰出力を転用したビーム兵器の一種だったが、敵機のモニターを焼き付ける程度の威力しか得られず、あくまで威嚇用でしかないが、一般歩兵用の威嚇用兵器としては充分なものであった。
 
 また、ジャイアント・バズーカを運用するために腕部にはバズーカ発射用の液体炸薬が内蔵され、マニュピレーターのコネクターを通じてジャイアント・バズーカ側へ供給が行われる。
 この処置はジャイアント・バズーカ本体のペイロードが低く、ドム側に炸薬を内蔵させるという処置で乗り切ったのだが、この場合、ジャイアント・バズーカを装備できる機種が限られ、MSの汎用性という利点から外れるため、後のMS-09RIIMS-09F/Tropなどではバズーカそのものが改良されたため、この方式は廃止されている。

 B型は0079年秋頃から生産が開始され、生産ラインもA型からB型へ切り替わった。このうち、キシリア・ザビ少将指揮の突撃機動軍所属の「黒い三連星」が最新鋭のB型を拝領し、オデッサ作戦の前哨戦に投入された。
 オデッサ作戦には前期型であるA型が多数投入されていたが、対するB型は生産ラインが稼動したばかりということもあり、黒い三連星の三機を加えてもごく小数しか投入されなかったようである。
 B型が本格投入されたのはオデッサ戦後の撤退戦、北米、アフリカ戦線やジャブロー侵攻作戦であった。

 B型はその生産数が600機程度と、他のザクやグフに比べると少ないものの、短期間の間にC型D型G型などの多くの派生機を生み出した。

 MS-09Cヤクト・ドム★

 MS-09Bドムのヨーロッパ戦線仕様。オデッサ戦後、後退が続いていたヨーロッパ戦線へ戦況の悪化を打開すべく投入された。この時、すでにヨーロッパ戦線ではRGM-79AジムRX-77Dガンキャノンなどの連邦軍MSが多数投入されており、地球上においてMS同士の戦闘がもっとも激化していた地域であった。
 オデッサ作戦での撤退後より、逼迫するヨーロッパ戦線への増援のために生産が行われていたB型の生産ラインで一定の割合でC型の生産が行われ、50機がヨーロッパへ送られた。

 C型は連邦軍MSに対して火力で圧倒すべく、腰にミサイル・ランチャーを装備させ、さらにバックパックにロケット砲を二門装着させるなどの重武装化が施された。前線のパイロットからは「ドムキャノン」と呼ばれていたのはこのためだが、全弾撃ち尽くした場合はロケット砲を排除して身軽になることも可能である。

 これらの増加火器を装備するために火器管制能力が強化され、C型の区分がなされたが、基本的な性能はB型と変わりはない。ヤクト・ドムはヨーロッパ戦線の主戦力であったMS-07C3グフ重装型と連携し、前線の突破や敵部隊に包囲された友軍部隊の救出に投入されたが、最前線での使用もあって損耗率も高く、物量で押し切る連邦軍の前では焼け石に水だったようである。

 MS-09Dデザート・ドム★

 YMS-09Dドム・トロピカルテストタイプから得られたデータを元に、B型ベースで熱帯戦仕様に改修された機体がMS-09Dである。YMS-09DはYMS-09プロトタイプドムからの改造が一機、A型からの改造も20機と、アフリカ戦線では少数派の機体であったが、現場からの要望によってトロピカルテストタイプの増強が図られることになった。

 すでに生産ラインがA型からB型に転換していたことから、より性能が向上したB型をベースとし、アフリカ戦線への投入が行われたのである。

 関節部の防塵処置というデザート・タイプMSとしての改修以外にB型との差異はほとんどなく、頭部にアンテナが設けられた程度の変更で済んだ。すでにトロピカルテストタイプの運用から、アフリカ戦線でのドムの運用データが蓄積されていたこともあり、B型の改修は比較的容易だったのである。

 アフリカ戦線へは100機近くのD型が投入され、アデン宇宙港撤退戦の支援や、北アフリカでの激戦地に投入された。また、ヨーロッパ戦線から撤退し、地中海を越えてアフリカ戦線に合流したジオン軍部隊に配属されていたB型C型も、改修キットを利用してD型に改装されたため、最終的な配備数は不明である。

 大戦末期より全面強化型であるG型への改装が開始され、戦後もゲリラ化した公国軍残党によって運用され、リニア・シート化と全周回モニター化改装が施されつつ、0088年の第一次ネオ・ジオン抗争時まで使用され続けた。

 MS-09Rリック・ドム

 MS-09ドムは陸戦型MSとして誕生したが、初期設計の段階から空間戦への投入も検討されていたようである。当初はあくまで予算獲得のためのプレゼンテーションの色付けとして、空間戦仕様のアピールがツイマッド社側から軍に対して行われていたが、MS-06FザクIIに代わるジオン公国軍次期主力MSの開発が遅れていた状況下で、次期主力機完成までの暫定案としてドムの空間戦仕様の開発が浮上し、実戦配備が急遽決定した。それがR型と呼ばれる機体である。

 MS-09Bドムのエンジンを純粋な熱核ロケット・エンジンに換装し、コクピットの気密強化、生命維持装置の増設などの小改修が施され、R型としてロールアウトした。
 外見上の変化はB型と変化はなく、生産ラインも共用していた。後に地球での戦況悪化からB型の生産が停止すると、グラナダやサイド3に置かれていたドムの生産ラインは全てR型に切り替わっている。

 空間戦用に改修されたR型はペイロードの高さもあって従来のザクに比べて高い推力を得るに至ったが、ビームライフルの装備はなく、武装もジャイアント・バズーカで弾装数が少ないため、他にザク・マシンガンやMMP80マシンガンなどを装備、携行する形をとる。

 主力武装であるジャイアント・バズーカのほかには、リック・ドム用の大型ビーム・バズーカも開発されていた。このビーム兵器は当時、ジオン軍が小型化に手間取っていたEキャップ方式を採用しているが、ビーム・バズーカ程度の規模であれば充分にEキャップの導入が可能だったため、主力装備の一環として開発されたものである。火力はムサイ級の主砲と同程度の威力を持つ。

 ビーム・バズーカはEキャップと、本体のジェネレーターから電力供給を受けて射撃する方式を取り、三発の発射が可能だ。生産数は少なく、エースパイロット用に用意されていた特別装備であった。ビーム・バズーカを装備したリック・ドムは主にソロモン攻防戦で多く見られた。

 こうして、空間戦用の改修が施されたR型はMS-14ゲルググのロールアウトまでの繋ぎとして、ジオン公国軍の主力MSとして配備されることになったが、ビーム兵器が装備ができず、連邦軍の主力機であるRGM-79ジムに対するアドバンテージは推力の高さのみであり、必ずしも推力の高いドムの空間戦仕様を投入することは有効な対抗策ではなく、ビーム・バズーカも生産数が少なかったことから、ジムにとって脅威とはなり得なかった。
 しかしながらも、生産が遅れていたゲルググシリーズを補佐する形でリック・ドム系列の生産も続行され、大戦末期におけるジオン公国軍の主戦力となっていた。また、地上から撤退した部隊が持ち出したB型D型などからもR型に急遽、改修され、ソロモン戦やア・バオア・クー戦に投入された機体もあった。

 R型は空間戦用に再設計されたRII型と合わせて1000機近くが生産され、ソロモン戦、ア・バオア・クー会戦において多数が投入されたが、どの機体もビーム兵器を標準装備する連邦軍MSに対しては火力不足であり、焼け石に水であったという。

 戦後、残存機が再編されたジオン共和国軍MSとして再配備され、リニア・シートと全周回モニターを装備させるなどの改修を施し、0087年頃までゼダン・ゲートの警備などに就いていたが、その後は性能不足から退役が進み、第一次ネオ・ジオン抗争終結後は教習用MSとして細々と共和国軍で使用されている。

 MS-09RIIリック・ドムII

 R型が陸戦仕様のMS-09Bドムからの装備追加による空間戦仕様であるのに対し、純粋に空間戦用として再設計を行った機体がMS-09RIIリック・ドムツヴァイである。
 元々、大気圏内での使用を主眼に置いたドムから、機器の追加で空間戦仕様のリック・ドムに改修することは比較的容易であり、グラナダ基地に置かれていたB型の生産ラインでは一定の割合でR型の生産を行っていた。パーツ共用を行うことでB型とR型の双方のコストを下げることに成功したわけである。

 だが、陸戦主体で設計が行われた機体をベースとしているため、空間戦で使用する際には不都合も生じてきた。ペイロードは在来機であるMS-06FやFZ型よりも高いものの、熱核ロケット・エンジンオンリーとなったため、ペイロード不足が指摘されていたのである。
 B型では地上で運用するため、熱核ジェット/ロケットの併用型で、ジェット・エンジンの場合はペイロードと推力の双方を空気を取り込むことで維持することができたのだが、宇宙空間ではロケットエンジンオンリーとなるため、必然的にペイロード不足となり、ベースとなったB型よりも早い時間で推進剤を使い切ってしまうという欠点があった。

 そこでペイロードを増強させ、なおかつペズン計画とセットで行われていた機種統合計画にリンクさせるべく、他機種との操縦システムの統合と装甲材質を従来の超高張力鋼からチタン合金・セラミック複合材に変更し、防御力の強化を施すために再設計を行った。それがRII型なのである。
 当時、連邦軍もMSを本格的に投入し、空間戦闘でも連邦軍MSとの遭遇戦も頻発していたこともあり、装甲材質の改良は急務であった。チタン合金・セラミック複合材製装甲はE型で試されていたもので、同機からのフィードバックの産物である。
 バックパックは大型化し、同時に外装式のプロペラント・タンクが二基追加され、これによって従来のR型よりも作戦行動範囲が大幅に広がった。このタンクは戦闘時には切り離しも可能で、重量の軽減にも繋がっている。

 武装はジャイアント・バズーカとMMP80式マシンガンと、R型と変わり映えのない装備だが、ジャイアント・バズーカは後期改良型で、機体側からの液体炸薬の供給無しでも射撃が可能となっている。
 このバズーカは強襲用MS、MS-18Eケンプファーも装備していることから、ジオン軍のほとんどのMSに携行・装備させることが可能である。

 戦況が悪化し、地球での撤退戦が開始されると、グラナダやサイド3本国のツイマッド本社工場でのドムB型の生産は中止され、代わりにR型の生産へと切り替わったが、このうちグラナダにある生産ラインは空間戦用に再設計されたRII型への修正が行われ、R型と平行して生産が行われた。

 ジオン軍は機種ごとに異なる操縦系統を採用しており、これが迅速な機種転換を阻害していた。コクピットの操縦パネルや各種システムなどの規格を統一することによって、少しでも早く、新型機や上位機種への転換が短期間で行えるようになったが、これは大戦末期のことである。

 本来であれば、これは開戦前から考慮されるべき事柄であったが、当初、短期決戦を目指したジオン軍にとってはグフやドム、ゲルググなどの新型機を次々と開発すること自体が予想外の出来事だったため、操縦システムやコクピットの規格が全て異なっていたのだ。
 コクピットの規格やシステムの違いは機種転換の妨げにもなり、現場を混乱させ、後の新鋭機であるMS-14ゲルググの性能をフルに活かせず、ジオン軍は敗北することになる。これらの反省から、ジオン軍でも教育型コンピュータなどのソフトウェア面での開発に力を入れ、ツイマッド社ではMS-17ガルバルディなどの教育型コンピュータ搭載型MSを開発したが、戦争に間に合わない機体となってしまった。

 12月中頃から部隊配備が開始されたものの、R型に比べて生産台数は少なく、サイド3本国の防空本隊やグラナダ基地の防空部隊に集中して配備されていた。サイド3防空本隊では、コロニー内戦用にRII型を多数配置し、連邦軍によるサイド3上陸作戦に備えていた。

 しかし、RII型はサイド6周辺でのリーア軍との小競り合いや、ア・バオア・クー会戦に少数が投入されたのみで、さしたる戦果を残すことなく、終戦を迎えた。

 RII型は0083年に発生したジオン軍残党一斉蜂起事件、いわゆるデラーズ紛争でも残党部隊が多数使用していたことが確認されており、また、戦後のジオン共和国軍でもリニア・シートや全周回式モニターを内装させるなどの延命工事を施して0087年頃まで使用され続けていた。
 そして、グリプス抗争時、エゥーゴ側について戦ったジオン共和国軍のダイクン派部隊「自由ジオン軍」も、当初はリック・ドムIIを主力機として配備し、MSA-002Bブッシが供給されるまで使用していたという。

 MS-09Sドワス

 MS-09ドムをベースに、完全な汎用機として再設計したMSがS型である。ドムは最初、陸戦型としてA/B/C/Dの各タイプが生まれたが、B型を母体に空間戦型のR型が開発されるに至り、ドム系は陸戦型MSから全領域での使用を目的とした全汎用型MSへの道を進むことになった。
 MS-14ゲルググロールアウトまでの暫定的な処置とはいえ、ドムの空間戦仕様がジオン軍の宇宙軍部隊の主力機としてのし上がったことは、開発元であるツイマッド社の開発陣にとって大きな自信となっていた。

 そして、ツイマッド社のドム開発チームをはじめとするMS開発陣はライバル社であるジオニック社が開発を続けているゲルググに勝る、ドム系の発展強化型の開発に着手した。
 ゲルググはツイマッド社製のYMS-15ハクジを下して採用されたこともあり、ツイマッド社にとってはジオニック社に対する意趣返しもあった。
 
 この発展強化型の開発計画は従来のドム系MSでは実現できなかったビームライフルの標準装備化を目指しており、ツイマッド社内では「ドワッジ」計画と呼ばれていた。MS-09Sドワスもその「ドワッジ」計画における、一種のドワッジタイプMSとして生み出された機体である。

 ドワスは空間戦能力を向上させるためにスラスターの強化を中心に行われ、同時にジェネレーターにも改修が加えられ、出力が向上した。Eキャップを使用すれば、ビームライフルの装備化も可能としていた。
 ツイマッド社ではYMS-15ハクジでの専用ビームライフルの開発に遅れており、次なるドワッジシリーズには念願のビームライフルの標準装備化を目指していたことがうかがえる。

 頭部ユニットには60mmバルカン砲が二門装備され、連邦軍MSを意識した固定武装となっている。後頭部にはサブ・カメラが位置し、こちらも連邦軍MSの映像から得られたノウハウを積極的に取り入れていることが分かる。

 だが、実際には高出力ジェネレーターや専用ビームライフルの開発に手間取り、S型の開発は遅れ、器となるモノコックフレームのみが先に完成し、ジェネレーターやエンジンをR型のものを仮搭載させ、先行テストを行っていた。
 そして、逼迫する地球の戦況を打開すべく、急遽、完成したフレームにB型のジェネレーターを内装させ、陸上用の装備を施した機体が地球に降ろされた。これがE型である。
 これは地球上でのSシリーズのテストが名目だったが、実際にはMS定数が不足しつつあったアフリカ戦線での戦況打開が優先されていたようである。このE型を元に、完全な陸戦型であるF型に発展した。言わば、ドワスはF型を始祖とするF/Trop型やF/Bn型などの上位機種系ドムの母体となった機体なのである。
 
 その後もS型の開発は続けられていたものの、戦況の悪化によって従来のR型RII型にバージョンアップさせる再設計案や、ペズン計画にリンクさせたMS-10ドワッジ計画に統廃合され、大戦中に完成することはなかった。
 完成途上にあった実機や設計図、データは戦後、AE社が入手したため、ガンダム開発計画でのRX-78GP02Aサイサリスや、Z計画におけるMSA-099リック・ディアスの設計に大きな影響を与えたと言われている。

 また、未確認だがジェネレーターやアビオニクスをR型と同型のものに内装させ、式典用MSとしてごく少数がザビ家縁の将官向けにS型が配備されたことがあり、エギーユ・デラーズ中将専用機としてグワジン級戦艦「グワデン」にも一機が配備されていたようだが、詳細は不明である。

 MS-09Eドワス陸戦テスト仕様

 地上でのテストを行うために本国のツイマッド社でテストが続行されていたS型のモノコックフレームをベースに、陸戦用装備を施した機体である。次世代型ドムのテストベッドとして、様々な新機軸が試された。

 ドワスはYMS-15ハクジで失敗したビームライフル装備化を目指して、開発が進められていたものの、新型ジェネレーターの開発や、Eキャップシステムの小型化が難航し、開発に遅れを来していた。
 S型開発の遅れに業を煮やしたジオン軍、特にツイマッド社とのコネクションを持っていた突撃機動軍のマ・クベ大佐の意向で、成果の出ないSシリーズの開発を中断させ、現用機であるR型の改良を行うことをツイマッド社に指示した。
 S型開発中断はツイマッド社の開発陣にとっては不本意であったが、悪化しつつある戦況がそれを許さなかった。ドワス計画はペズン基地に派遣されたスタッフが進めていたMS-10計画に統廃合され、B型とその後継機の開発と宇宙上の部隊で配備が進んでいたR型の改良にスタッフを振り向けることになった。

 その際、データ収集のための試験機が必要となり、開発が放棄されていたS型のモノコックフレームを再利用する形で試験機が製作された。それがE型、ドワス陸戦テスト仕様である。
 E型は新型熱核ジェット・エンジンと、R型の再設計仕様に導入する予定のチタン合金・セラミック複合材製装甲のテストベッドとして使用された。胸部装甲はS型の曲線的なものから、E型からは直線的なラインのものに換装されているが、これはチタン系合金の複合装甲を部分的に採用した結果である。

 先のB型では高い推力を得る関係から核熱ジェットだけではなく、ロケット式エンジンも併設したシステムとなっていたが、生産コストの高騰や整備上の煩雑化、システムそのものの複雑化などの弊害も持ち合わせており、次の改良型ではエンジンそのものを改良させ、ジェット・エンジンのみでホバリングを行う試みもこのE型でなされていた。新型熱核ジェット・エンジンの搭載はそのために行われたものである。
 ジェット・エンジンの空気取り入れ口には、粉塵や地表にある様々な異物をシャットアウトさせるためのフィルターを採用し、脚部ソール部外側に円形の取り入れ口とカセット式フィルターが設置された。これによってジェット・エンジンへの異物の混入を防ぎ、トラブル防止と性能向上に貢献した。後のF/Trop型やYMS-16ザメルにも同様のシステムが採用されており、陸戦タイプのドムのジェット・エンジン化に一役買った。

 これは同様にB型から改修されたR型が、熱核ロケット・エンジンオンリーとし、空間戦に対応させたのとまったくの逆進化であると言えるだろう。

 E型でテストされた新型エンジンは、後の核熱ジェット・エンジンオンリーの機体となったFシリーズで採用され、ドムの陸上での行動範囲を向上させただけではなく、生産コストを低く押さえ、整備の簡易化、通常歩行能力の向上などが図ることができた。

 武装はジャイアント・バズーカだが、E型がテストしたものは機体本体から液体炸薬を供給する初期型ではなく、独立したタイプで、後のRII型用ジャイアント・バスーカ改やF型のラテーケン・バズーカなどの武装にフィードバックされている。
 また、独自の武装として背部バックパックに四連装式ランチャーを装備する場合があった。

 完成したE型は、二機がオデッサ攻防戦での撤退作戦において投入された記録が残っており、ロシア方面へ退く友軍部隊を支援した。パーミル高原で連邦軍部隊との戦闘も記録されているが、その後の足取りは不明である。
 E型でのテスト後、F型がロールアウトし、さらに砂漠戦使用のF/Trop型がアフリカ戦線に投入されたことから、ある程度のデータはすでに確保されており、パーミル高原で連邦軍と交戦したE型はすでにテストが終了し、MS不足から急遽、前線に配備された機体だったと思われる。

 E型は試作のみで終わった機体だったが、テストされた技術がF型RII型へフィードバックされたという意味では、意義のある機体だったことが分かるだろう。

 MS-09Fドム・フュンフ

 ドムシリーズのアッパー・バージョンとしてツイマッド社内で開発が続けられた「ドワッジ計画」だが、戦況の悪化によってS型の開発が遅れ、ジオン軍上層部からは従来のR型の改修を優先させる命令が下り、S型の開発は縮小された。
 
 しかし、新型ジェネレーターやビームライフルの完成を前にフレーム(ドム系はモノコック式外骨格フレームだったため、ドムにおけるフレームとは機体外装そのものを指す)だけは若干ながらも先行して完成しており、ツイマッド社本社工場の倉庫で核となるはずの新型ジェネレーターの完成を待っていた。

 S型の開発が中断され、宙に浮いた形となったフレームだったが、開発チームではこの余剰機材を利用して試験機、MS-09Eドワス陸戦テスト仕様を開発し、新型熱核ジェット・エンジンやチタン合金製装甲のテストベッドとして後発機のために貴重なデータを残した。
 そして、E型のテストで得られたデータを元に地上用ドムの発展型として完成したのがF型、ドム・フュンフである。生産性を高め、整備性を向上させるために陸戦用ドムでは初めて熱核ジェット・エンジンオンリーの機体としてロールアウトした。

 当初、ジオン公国軍の地上部隊はオデッサ戦を前後して戦況は悪化するばかりで、本国に対して開発中の次期主力MS、MS-14ゲルググシリーズの地上配備を要望していたのだが、ゲルググは決戦用戦力として宇宙上の部隊優先的に配備され、温存されることが決定されていたため、ごく少数しか送り届けられず、その代替策としてドム系の改良型を地上部隊に配備することが決定した。E型のテストを経てロールアウトしたF型は言わば、地上での配備が滞っていたゲルググ系の代替機でもあったのだ。

 機体設計そのものはS/E型のものを流用し、ジェネレーター換装が容易となった。将来的にビーム兵器を稼働可能な強化型ジェネレーターに換装可能なように、機体設計そのものに余裕のあるS型のものを流用した点についてはF型はドワス計画の名残りであることが分かるだろう。

 しかし、装甲材質はE型でもテストされていたチタン合金・セラミック複合材ではなく、カリフォルニア・ベースでの生産性を考慮した結果、B型と同様の超高張力鋼を採用している。チタン系合金装甲は空間戦仕様であるRII型へ優先して使用されていたこともあり、F型系列では使用されなかったようだ。

 F型は脚部機構のユニット化が進んでおり、E型で試されたカセット式のフィルターを装着させ、砂漠地帯でのホバー能力を強化したバリエーションもあり、こちらはF/Trop型と呼ばれ、アフリカ戦線に送り届けられた。また、改修キットも用意され、F型からF/Trop型への換装、またその逆も可能である。
 頭部ユニットの頭頂部には、サブカメラが増設され、連邦軍MSの頭部ユニットに似た構成となっている。ツイマッド社は連邦軍MSの外見的特徴や技術を積極的に取り入れていることで知られており、F型にもそれが如実に表されている。

 F型はオデッサ作戦終了後に北米のカリフォルニア・ベース内の工廠において生産が開始され、B型の生産はこの時点で終了し、F型生産に切り替わっている。
 F型はB型のパーツ共用度が高かったことと、エンジンが熱核ジェット式のみとコストダウンと生産性向上を実現させることが可能だったため、ドム系MSの配備が遅れていた地上部隊にとってはまさに虎の子であったと言える。ジオン軍の地球侵攻部隊では順次、旧式化したMS-06J、MS-07系列をMS-09F系に代替させる予定であった。

 完成したF型はオデッサから撤退した部隊が多く存在し、連邦軍との追撃戦が勃発していた中央アジア戦線に送り届けられ、撤退する友軍支援に投入された記録が残っている他、北米戦線でもB型と共に多数が投入された。
 パイロットからの評価は高く、陸戦タイプのMSの中では最も成功した機体と評価された。

 しかし、F型の投入はオデッサ戦後の勝利で勢いづき、MSも多数投入した連邦軍の反抗作戦に対してはもはや焼け石で水でしかなく、0079年末にカリフォルニアが連邦軍によって奪回されるとF型の生産は中断され、ごく少数しか配備されただけで終わった。
 カリフォルニアを放棄したジオン軍はその後、地上における最後のジオン拠点となっていたアフリカ大陸へと撤退し、その時に多数のF型が砂漠戦用キットと共にアフリカへ持ち込まれた。

 MS-09F/Tropドム・トローペン

 MS-09Fドム・フュンフの砂漠戦仕様。脚部ソール部にエアフィルター・ユニットを装着させ、砂漠上でのホバリング性能を向上させたバリエーション機である。

 北米カリフォルニア・ベースでは0079年11月より、E型から得られたデータを元にF型の生産を開始した。S型と共通した設計を持つF型は陸戦型ドムの中では最も高いポテンシャルを示すに至り、大戦時での連邦とジオンの戦力が逆転するターニングポイントとなったオデッサ戦までにB型の改修型であるG型と共にある程度、戦力化が終了していれば連邦軍は敗北していたと言われる程である。

 そして、連邦軍の侵攻を前に、防衛戦のための新型機を欲していたアフリカ戦線からの要望を満たすべく、F型に砂漠戦用キットを装備させたバリエーション機を送った。それがF/Trop型である。
 元々、プロトタイプとなったE型にはジェット・エンジンの空気取り入れ口にはカセット式のエアフィルターが装着されていたが、F型では生産性を向上させる目的でオプション化し、通常型ではB型とほぼ同様の内容となっていた。

 B型をはじめとする陸戦型ドム自体、ホバリングによる高い移動能力を持っていたが、脚部の限られたスペースにプロペラントや推進システムなどの機構を収めていたため、機体に余裕がなくなりつつあった。
 特に初期に生産されたA/B/C/D/の各タイプは技術上の問題から熱核ジェット/ロケット式と、二つの方式を併用して推力を得ていたが、迅速な量産と部隊配備を進め、内部機構の簡易化を行うためには推進システムを熱核ジェット・エンジンに一本化する必要があった。特にB型の配備は遅れており、そのための機構の簡易化は必要不可欠となっていた。

 また、脚部のシステムに地表の様々な粉塵や破片などが侵入し、故障を引き起こして行動不能に陥るというトラブルも度々発生していたことから、脚部システムを含めたレイアウトそのものを変更する必要性が生じてきた。

 そうして登場したのがE型F型であった。F型を始祖とするバリエーション機は、ある意味でドム系MSの完成形でもあった。

 その中で、砂漠戦仕様として完成したF/Trop型は過酷な熱帯地帯での運用を主眼に置き、砂漠地帯での行軍に備えて、脚部のソールユニットにE型と同タイプのエアフィルター・ユニットを装着させ、ジェット・エンジン空気取り入れ口に砂やゴミといった粉塵が侵入し、トラブルを防いだ機体である。
 アフリカ戦線ではF型とTrop改修キットが送り届けられるまで、A/B型から改修したD型を主力として運用していたが、エンジンシステムに砂が入り込んでトラブルが発生することが多く、整備側の手を焼かせる存在であった。それだけ、砂漠地帯でのホバリングシステムの使用が難しいという証左でもあった。
 ツイマッド社ではD型で得られたデータを元にジェット・エンジンの空気取り入れ口に改良を加え、粉塵をシャットアウトするエアフィルターを開発し、E型でテストされ、実用化されたものである。
 
 砂漠戦用エアフィルターを装備したF/Trop型は、砂漠地帯でのホバリング性能が大幅に向上したが、砂漠地帯以外でも充分な性能を発揮した。

 武装は新型のラケーテン・バズーカとシュツルム・ファウストを標準装備し、奇襲戦に特化した装備である。このラケーテン・バズは従来はジャイアント・バズに比べて軽量で、MS側からの液体炸薬の供給無しでも使用可能であることから、ドム系以外のMSに装備することも可能である。また、ロケット弾が噴出するガスを防ぐための小型の盾が装着されているのが外見上での特徴である。

 こうして、F/Trop型は大戦末期より、北米カリフォルニア・ベースのツイマッド社工場からアフリカ戦線に送られ、順次配備されていった。また、F型で完成した機体も先述の専用キットで改修を施してF/Trop型に仕立てて送られた機体もあったようだ。
 だが、F型の生産は0079年12月には連邦軍のカリフォルニア奪回作戦によって停止せざるおえなくなり、撤退を進めるジオン軍部隊では完成した全てのF型を持ち出し、アフリカに撤退した際に改修キットによってF/Trop型に改修してアフリカの部隊に引き渡したが、それでも全体的な生産数はB型に比べて少なく、少数の量産で終わった。
 
 しかし、戦後もアフリカに潜伏したジオン軍残党勢力がF/Trop型を多数確保し、G型と共にゲリラ戦に使用されていた記録が残っており、その高いホバリング能力を活かして連邦軍の掃討部隊を翻弄したという。戦後数年経過したにも関わらず、連邦軍の現行機と対等に渡り合える程の性能を持っていたのだ。

 0083年に勃発したデラーズ紛争の発端となったオーストラリアの連邦軍トリントン基地襲撃事件に使用されたMSもF/Trop型であったことが確認されており、第一次ネオ・ジオン抗争時にもG型と共にF/Trop型を装備した残党軍部隊がダカールの警備についた記録も残っている。

 MS-09F/Blidドム・ブリザード

 F型の寒冷地戦仕様。関節部や駆動システムに防寒処置を施した機体で、ロシア戦線やアラスカ駐留部隊への配備が予定されていた。

 脚部の空気取り入れ口には氷や雪の侵入を防ぐためのフィルター・ユニットが装備され、外見はF/Trop型とほぼ同一である。F/Blid型はごく少数しか生産されず、戦争末期だったこともあって記録も残っていなかった。カリフォルニア・ベースでF/Blid型への改修キットが生産されていたものと思われるが、F型の大半はアフリカへの撤退時に持ち出され、F/Trop型に改装されたため、F/Blid型装備の機体は少なかったようだ。

 しかし、大戦終結から七年後、0087年1月に発生したアラスカにある連邦軍バックグランド基地がジオン軍残党に占拠された事件では、残党が使用していたMSの中にF/Blid型が存在していたことが確認されている。彼らは拠点であるアフリカから残党軍が保有する潜水艦でアラスカに輸送されたため、アフリカの残党軍が寒冷地用装備を保有していた可能性も高く、機体そのものもF/Trop型を改装したものと思われる。

 F型用装備として、他には湿地帯でのアンブッシュを目的としたF/Mud型も考案されていたが、実際に生産されたのは、F/Trop型キットとF/Blid型キットのみであった。

 MS-09F/Gbドム・グロスバイン

 MS-09Sドワスはドワッジ計画のごく初期から開発が続けられていた機体だったが、ビームライフルの開発が難航し、ジオン軍上層部から現行機種の改良に力を入れるように指示されたこともあり、S型の開発は事実上中止に追い込まれた。
 ドワス開発チームでは、S型のフレームを利用して現行機種の改良データを収集するためのテスト機、E型を開発して、B/R型の改修のために利用され、E型の稼動データを元に開発された量産機がF型であった。F型そのものはビーム兵器こそ装備はできないが、将来的にはビーム兵器運用が可能な強化型ジェネレーターへの換装が容易な構造とし、S型の名残りを多く残す機体となっていた。

 S/E/F型を開発に携わった技術陣は優秀なスペックを示したF型をベースに、格闘戦に特化した機体への開発を続行した。それがF/Gb型、ドム・グロスバインである。

 ドムには対MS戦対策としてヒートサーベルが用意されていたが、これだけでは能力不足とされ、格闘戦に特化したスペシャリスト機の開発が待たれていた。
 ドム・グロスバインは大きな鉈型ヒートサーベルを装備し、ドム系MSとしてははじめて全汎用機として再設計された。F型の母体であるS型も全汎用機として計画されていたものだが、紆余曲折を経て陸戦オンリーに改装したF型として完成している。S型の開発に携わっていたスタッフにとって、F/Gb型は悲願の全汎用機であったといえるだろう。

 ドム・グロスバイン最大の特徴である大型ヒートサーベルは右肩の鞘にラックされ、抜刀時には鞘を固定しているアームが前方に移動し、サーベルを引きやすくしている。

 格闘戦に特化したF/Gb型は、むしろMS-15ギャンに近い機体であり、開発チームにはギャンの開発に関わった技術者からのアドバイスがあったものと思われる。

 F/Gb型の先行試作機は0079年末、サイド3本国にてロールアウトしたが戦線投入に間に合わず、そのまま終戦を迎えている。この時、サイド3から脱出したザビ家の残党から完成したばかりのドム・クロスバインを数機、持ち逃げしており、アクシズにおいて後継機開発のための開発母体とされた可能性も示唆されている。

 格闘戦に特化したドムは、この後、全汎用機として完成するAMX-009ドライセンにおいて実現することになる。

 MS-09F/Bnドム・バインニヒツ

 MS-09Fドム・フュンフからはじまるF型バリエーションの中で変種といえるのが、F/Bn型である。この機体はジオン本国防衛構想に組み込まれた形で、F/Gb型、ドム・グロスバインとほぼ同時進行で開発が行われていた重MSである。

 大戦後期、ジオン軍が地球連邦軍の物量作戦に押されはじめ、オデッサ作戦やジャブロー侵攻作戦での敗北と作戦失敗によって地球上でのジオン軍の勢力は衰退しはじめていた。
 さらにはソロモン、ア・バオア・クー、グラナダからなる最終防衛ラインまでも脅かされ、ジオン本国にも戦火が及ぶ可能性もでてきたのである。

 一方、サイド3本国の防衛戦力は少なく、また国力が弱体化していたジオンは優秀な戦力を本国防衛のために後方で遊ばせておくわけにはいかず、本土防衛のために戦力を残す余裕すら残っていなかった。
 本国の防空部隊には現行機と代替され、前線から引き上げられたMS-05/MS-06ザクシリーズが多く配備されていたが、来る連邦軍のサイド3侵攻作戦ではこれらの機体では性能不足であるのは明白であった。

 そこで、ジオン公国軍上層部は本国防衛のために新型MSの開発を指示した。次期主力機としてロールアウトしていた新型機、MS-14ゲルググは最終防衛ラインであるア・バオア・クーとグラナダに集中して配備が行われており、これらの機体を本国防衛に振り分けることはできず、新型でなおかつ低コストで生産が可能な機体を新たに開発することになったわけである。

 本国にはコロニー内戦用としてMS-09RIIリック・ドムIIが少数ながらも配備されはじめ、ペズンではMS-12ギガンなどの防空専用簡易MSの開発も続行されていたが、これらのMS群は本土に連邦軍が上陸し、コロニー内で発生するであろう戦闘を考慮された機体であった。
 また、リック・ドムIIは首都コロニーなど、政府の重要な機関が置かれているバンチに重点的に配備が行われたため、その他のコロニーには旧式化したザクやガトル戦闘爆撃機しか配備されていないという状況であり、依然としてサイド3が連邦による脅威に対して脆弱であることに変わりはなかった。
 それらの機体とは別に連邦軍の侵攻を瀬戸際で阻止し、サイド3を防衛するための機体としてF/Bn型が開発されたのである。

 F/Bn型最大の特徴として、突撃戦に特化すべくデットウエイトとなる脚部は不必要とされ、代わりにバーニアユニットに換装されていることにある。そのため、脚部は存在せず、特異な外見を持つに至った。
 これは当時、開発中であったMSN-02ジオングの脚部ユニットを省略した突撃仕様に似た構造で、開発時に参考にされたものと思われる。脚部のAMBAC機動から得られるきめ細やかな機動力よりも、莫大な推力を生かした突撃戦を主眼としているドム・バインニヒツには脚部は必要ではなく、空いたスペースに推力を得るためのバーニアユニットと推進剤を少しでも多く積めるスペースこそ必要だった。
 プロペラント・タンクは他にも背部にも大型のものが一基が設置されており、これによって推力の維持と作戦行動時間の延長を実現させた。

 ちなみにこの設計思想は後に簡易量産MS構想で浮上したMS-21開発計画にも転用され、0083年のデラーズ紛争にはMS-21Cドラッツェを生み出すに至っている。

 上半身構造はMS-09F/GbやMS-09Fに準じた構造だが、頭部のモノアイレールが頭上まで延長され、180度までモノアイを移動させることが可能となった。これは突撃時に機体が前方に傾くための処置である。

 武装は従来のドム系MSと同様、ジャイアント・バズーカやラテーケン・バズーカを装備する他、突撃戦に用いるのシュツルム・ファウストとミサイルを下半身のバーニア・ユニットに装着する。また、実験段階ではあったものの、R型用に開発が続けられていたビーム・バズーカの装備も検討されており、サイド3周辺の防空用浮き砲台の代用としても期待がかけられていたことが分かるだろう。

 F/Bn型は0079年12月初旬に試作機がグラナダ基地工廠にてロールアウトし、月面での運用テストが開始されたが、莫大な推進力によるGと操縦性が仇となり、パイロットを選ぶ機体となってしまう。特に突撃時には通常は数倍のGがかかるため、実用化するためにはコクピットの耐G能力を改良させる必要もあった。

 そして、戦況は予想以上に悪化し、テスト続行中に終戦を迎えたことによって開発は中断された。しかし、大推力を生かした突撃型MSの構想はグリプス抗争時に開発されたMSA-099Bシュツルム・ディアスによって受け継がれ、エゥーゴ、ネオ・ジオンの各勢力で突撃用、及び防空用MSとして採用されるに至った。

 MS-10ドワッジ

 ジオン軍が大戦後期に発動させた「ペズン計画」によって開発されたドム系MSの発展型がMS-10である。ドムは高い推力と出力を持ちながら、ビームライフルの標準装備化を実現させることができなかった機体である。ビームライフル装備化を実現して開発が進められていたS型も、開発統合計画のあおりを食らう形でペズンのMS-10計画に統合されている。それだけ、大戦末期のジオン軍は逼迫し、追い詰められていたと言えるだろう。

 開発元のツイマッド社はビーム・バズーカ程度の大型ビーム兵器へのEキャップ技術の導入には成功していたものの、生産性を向上させ、迅速な戦力化を進めるにはビームライフル規模まで小型化しなければならない。

 ツイマッド社側はMS-09B、MS-09Rシリーズを開発する一方で、全汎用MSとしてのドムの発展型シリーズの開発を模索しはじめていた。ドムの開発成功と、MS-14ゲルググの生産開始までの暫定的な処置とはいえ、ジオン公国軍への制式採用が決定するなど、ジオニック社に対抗できるほどの商品ブランドを確立したことを確信したツイマッド社では次期主力機の候補にも当然のことながら名乗りを挙げ、次のドム系MSではビーム兵器の標準装備化を実現させ、全汎用機としてのドムの後継機の開発に着手したのである。

 ビームライフル、ビームサーベルの標準装備と、地球連邦軍の主力MSに充分に対抗できる性能を持つ汎用機の開発計画はツイマッド社内では「ドワッジ計画」と呼ばれ、最初の機体としてMS-09Sドワスの開発が続行されていたが、技術上の問題もあって予定の出力を得ることができず、E型を経て陸戦仕様のF型として完成を見ている。

 そして、ドワッジ計画の集大成としてペズン計画の中心として機能していた小惑星ペズン基地においてMS-10計画が立案され、同星に派遣されていたツイマッド社スタッフによって進められていた。それがMS-10ドワッジである。

 MS-10はビーム兵器の標準装備化という第一の課題をクリアするための機体である以前に、ある斬新的な試みがなされていた機体として知られている。それは同社製YMS-15ハクジで採用されたフィールドモーター関節駆動を全面的に採用し、さらに一歩踏み込んだマグネット・コーティング処理が施されたことにある。

 ペズン基地製のMS-X計画機には同様にフィールドモーター関節駆動と、マグネット・コーティング技術を試験的に導入したMS-11アクト・ザクが存在するが、MS-10ドワッジはツイマッド社側のマグネット・コーティング案として開発されたものなのである。
 MSの操縦時の反応性を向上させる技術として注目されていたマグネット・コーティング技術は大戦時から連邦、ジオンの双方で研究されていたが、フィールド・モーター関節駆動を全面的に用いていた連邦側において発達し、ジオン軍ではまだ研究段階の域を出ない技術であった。
 その中でも、ツイマッド社では連邦の技術を積極的に取り入れるという傾向があり、先のYMS-08でもRX-78ガンダムと同タイプのヘリウム・コアを装着させるなど、MSシェアでジオニック社と激しい競争を繰り広げていたツイマッド社では、自社の特色として従来のジオンにはない革新的な技術を導入して、他社との差を現していた。
 当然のことながら、フィールド・モーター駆動方式においてツイマッド社は一歩先んじており、YMS-15ハクジに採用するなど、精力的にフィールド・モーター駆動の技術向上を目指し、技術力の蓄積にあたっていた。

 そして、ドワッジ計画においてもフィールド・モーター駆動を導入する案が浮上し、MS-10計画において本格導入が決定した。さらに、これらペズン計画の中心として同時進行で進められていた次期主力機MS-17ガルバルディでもフィールドモーター関節駆動を採用されたこともあり、ツイマッド社ではフィールド・モーター駆動を将来のジオン軍の標準的なシステムとする努力を続けていたのである。

 予ねてからハクジ/ギャン開発でフィールドモーター関節駆動の研究を行い、技術を蓄積させていたツイマッド社はジオニック社などのライバルメーカーよりも高いノウハウを有しており、MS-10ドワッジは競作機となったジオニック社製のアクト・ザクよりも高い反応性と格闘戦能力を持つに至った。

 形式ナンバーMS-10は、ペズンのMS-X計画において空きナンバーだったものを割り当てられたものである。当初はMS-09のバリエーション機としてナンバーが割り当てられる予定だったが、連邦への偽装工作を兼ねて新ナンバーとしてMS-10ナンバーが割り当てられた。MS-10はMS-09の次でもあり、空きナンバーの割り当てと同時にドワッジがドムの発展系であることを示すことにもなった。

 外装も大幅な整理が行われ、頭部ユニットのモノアイレールは十字型から逆T字型となり、胸部の拡散粒子砲も撤去された。フィールド・モーター関節を採用して格闘戦能力が向上したためだろうか、両腕には対MS戦用を意識したスパイクが埋め込まれているのが特徴的である。
 腰部アーマーにはRX-78-2ガンダムと同様、ヘリウム・コアが装備され、連邦系MSを意識した開発を続けていたツイマッド社特有の設計が色濃く見られる。

 ヘリウム・コアはジェネレーターの補機的な役割を果たし、同様にツイマッド社で開発された試作MS、YMS-08にも装備されていたものでもある。従来のドム系MSには装備されていなかったが、ビーム・バズーカやビームライフルのドライブを実現させるために装着されたものと思われる。

 専用武装としては拡散ビーム・バズーカの装備化が予定されていた。これはR型で試されていたビーム・バズーカの発展型であり、Eキャップの改良を施して小型化させたものである。威力はビーム・バズーカより多少劣るものの、強力なビームを拡散させて広範囲に展開する敵MS部隊へ損害を与えることを目的としている。

 拡散ビーム・バズーカは対艦戦用、及び迎撃用武装として期待がかけられていたが、ビームの特性を切り替える技術がまだ未熟だったこともあり、計画は途中で頓挫している。
 ちなみにこの拡散射撃能力がついたこのビーム・バズーカは拠点防衛用/首都防衛用MSとして同時期に開発されていたMS-09F/Bn型の主力装備の一つとしても検討されていた。

 だが、ドワッジのジェネレーターはビーム・バズーカをドライブするために大幅な改良が加えられ、ドム系MSの中では初めてビーム兵器のドライブに成功した機体となった。この場合、MS-14ゲルググ用のビームライフルを装備し、射撃することが可能となっている(ただし、ゲルググ用ビームライフル装備時にはドワッジのジェネレーターの相性の関係から、弾数制限が設けられており、ゲルググよりも射撃回数は若干少ない。これは現地改修モデルであるG型も同様であり、MS-10からフィードバックされた技術がG型に採用されたためと思われる)。

 ビームライフルの他に従来のドム系と同様、ジャイアント・バズーカやラテーケン・バズーカなどの実弾兵装を装備することも可能で、ドワッジ用のジャイアント・バズーカ改も用意されていた。

 こうして初のビーム兵器運用可能なドム系MSとして完成したMS-10ドワッジは大戦末期にペズン基地にて数機が製造され、アクト・ザクと共にテストが開始されていたが、テスト途中で終戦を迎えたため、大戦中に実戦投入されることはなかった。

 しかし、終戦直後のペズン基地で発生した投降拒否事件では連邦軍に降伏することを潔しとしないジオン軍のペズン駐留部隊が徹抗戦を宣言し、アクト・ザクや少数ながらもペズン基地にて生産が開始されていたガルバルディと共にMS-10ドワッジが持ち出され、連邦軍との攻防戦に実戦投入された記録が残っている。
 ペズン駐留部隊が持ち出したドワッジはビーム兵器こそ装備しなかったが、連邦軍MS部隊を圧倒するほどの高性能を示したという。ペズン計画の本旨における「一機で連邦軍量産型MSの五機分に匹敵する性能を持たせる」がドワッジにおいて実現させていたことが分かる。

 ペズンの徹底抗戦派部隊は連邦軍との追跡部隊と散発的な戦闘を繰り返していたが、翌月には制圧されて連邦の前に投降したものの、一部の抗戦部隊はアステロイド・ベルトに逃亡する一部のジオン艦隊と合流することに成功しており、ペズンの抗戦派が持ち逃げしたドワッジがそのままアクシズに搬入され、AMX-009ドライセンなどのドム系後継機の開発母体の一つとなったようである。

 同様にビーム兵器装備化を目指してドワッジ計画の第一段階として開発されていたS型が戦後、AE社によって情報資産の一つとして確保され、その後のRX-78GP02AやMSA-099Aなどの機体開発の参考とされたのに対して、ドワッジは連邦に実機が渡ることなく、アクシズに持ち込まれてドライセン開発の参考にされたことは、ある意味で好対照と言えるだろう。

 MS-09Gドワッジ

 大戦中、アフリカ戦線に投入されたD型の改修機。大戦末期から改修が開始され、ジェネレーターとエンジンの換装が施された、現地改修モデルである。

 大戦末期、地球上のジオン軍残存部隊は連邦の勢力が弱いアフリカ大陸に集結しつつあった。これらの部隊の中にはアデンやキリマンジャロなどにある宇宙港から、宇宙へ撤退する部隊もあったが、地上に展開した全ての部隊を短期間のうちに引き上げることは不可能であった。また、アフリカ大陸地下に眠る貴重な資源をジオン本国のために確保しなければならなかったことから、全部隊撤収という判断が下されることなく、一部の部隊がアフリカ大陸に残される形となった。

 ヨーロッパ、アジア、オーストラリア、アメリカの各大陸に展開していたジオン軍は連邦軍の追撃を避け、アフリカに集結し、ある者は本国防衛のためにシャトルで帰還し、またある者は地上に残り、戦闘を続行する者に分れた。
 大戦末期から終戦にかけてアフリカ大陸には多くのジオン軍部隊が集結していたため、もっとも地上でジオンの戦力が集中していたと言えよう。

 それはMSにおいても例外ではなく、ヨーロッパ戦線で投入されていたA/C型、アジア戦線のF型、北米戦線やロシア戦線のB型が次々とアフリカ大陸に上陸した。
 一部の機体は逼迫する宇宙上の戦力を増強するため、R型への改装を受けて宇宙に搬出された機体もあったが大半は再編されるアフリカ戦線に再配備されることが決定し、防塵処置が弱いB/C型やF型の砂漠仕様への緊急改装が実施された。

 しかし、0079年12月になると連邦軍も北アフリカを中心に大攻勢を仕掛けてきており、従来のD型では連邦軍の量産型MSに対抗するには苦しい状況に置かれていた。今後の連邦軍の掃討戦も含めて、最新鋭のF/Trop型も配備数が少ない現状では戦線が瓦解するのは最早、時間の問題とされていた。
 特に連邦軍はMSを集中的に投入し、北アフリカを脅かしていたため、連邦軍MSに対抗可能な性能を持つ機体が必要とされていたのだ。

 地球での最後のジオン拠点となったアフリカ大陸を手放すことは、ジオン本国が月や小惑星で採取できない貴重な資源を失うことを意味し、本国でも地球各地での戦線が崩壊した中でもアフリカ戦線の維持が決定され、地球への補給が急遽、開始された。
 本国も連邦宇宙軍の反抗作戦を目前にして決して余裕があったわけではないが、アフリカを死守させ、残存兵力を維持させるためにHLVやザンジバル級などによるシャトル便を設定するしか他に途はなかったのである。
 カリフォルニア・ベースを連邦軍に奪回され、地上での生産拠点を失っていたアフリカのジオン軍にとっては、宇宙からの補給は唯一の生命線でもあったと言えるだろう。

 当初、地上軍は本国に対して最新鋭のMS-14ゲルググシリーズの供給を希望したが、連邦宇宙軍との衝突に備えてゲルググの宇宙上での配備優先は動かしがたく、ごく少数の機体しか送られることはなかった。
 しかし、アフリカでの連邦軍の進撃を目の当たりにして、既存の機体だけで戦線を支えることは最早無理であることの前線での声に対し、本国側では既存機の性能を向上させるために改修パーツを送ることでゲルググ配備の代替策とした。

 現地にデリバリされた改修パーツキットとはゲルググのジェネレーター、ビームライフルをセットにしたものである。ゲルググを逼迫するアフリカ戦線に送れない代償として、現地に配備されているドムクラスの機体にゲルググのジェネレーターに換装させて、簡易的にゲルググクラスの火力を持たせることで性能の底上げを目指したのである。

 本国でゲルググの生産が滞っていた現状では、ドムの「ゲルググ化」はまさに苦肉の策であったと言えるだろう。これらの改修キットは、ドムのビームライフル装備化を目指した「ドワッジ計画」になぞり、ツイマッド社では「ドワッジ改修キット」と呼ばれていた。
 ちなみにツイマッド社ではゲルググ生産計画においてゲルググのジェネレーター開発・生産を担当しており、比較的容易く生産ラインからジェネレーターを抽出し、アフリカへの補給に振り分けることが可能であった。

 さらにアフリカ戦線にはカリフォルニア・ベースから逃れてきた技術者も多くおり、彼らの協力を得て現地において改修が開始された。アフリカに撤退してきた部隊が装備していたB/C型とアフリカ戦線仕様のD型が改修対象となった。前線の部隊に届けられた改修キットを組み込まれて改良された機体はG型と呼ばれ、陸戦型ドムの最終型となった。

 G型はジェネレーターをゲルググのものに換装させ、出力系の向上がなされている。元々ドム系MSは設計に余裕を持たせていたこともあり、MS-14ゲルググ用ジェネレーターでも簡単な改修を加えるだけで搭載させることが可能だったという。

 ドワッジ計画と称され、ツイマッド社が独力でビーム兵器運用を目指したドムを開発していたのに対し、ゲルググ用ジェネレーターに換装しただけで簡単にビーム兵器の運用を可能としてしまったことは皮肉でもあったが、肝心のビームライフルは生産数が少ないことや、MIP社がビーム兵器の生産を担当していたこともあり、ツイマッド社側ではごく少数しか入手することができず、結局デリバリされた数はジェネレーターに比べて少なかった。
 規格の違うゲルグク用ビーム兵器をドライブし、安定した出力を得るためにはドムの機構ではあまりにもデータ不足だったこともあり、射撃回数に制限が設けられていたこともあってドワッジによるビームライフル装備化は実現することはなかったという。

 機体全体はB/C/D型とほぼ同一で、よりブロックビルド製法による機体のユニット化が進んでいたS/F型系統の新フレーム機に比べると初期のドムタイプのフォルムを残している。しかし、背部バックパックは推進力を強化させるために大型のロケット・ブースターが装備され、ホバリング走行時のブースターとしての役割を果たす。

 F型が熱核ジェット・エンジンオンリーだったのに対し、G型は熱核ロケット/ジェットの双方を併用する形を取り続けていたのは、ロケット噴射式の方がジェット式に比べて粉塵による悪影響に晒されないという利点を活かした形となっている。整備性では煩雑化などで整備兵の手を焼かせた併用型エンジン・システムであったが、粉塵などの外因が多い砂漠地帯ではむしろ空気を取り入れないロケット式の方が利点もあったのだ。
 脚部ユニットにはロケット・エンジン用のプロペラント・タンクが増設され、これによってホバリング走行時間の延長が実現した。

 頭部には、接近戦用の60mmバルカンが四門増設され、連邦軍MSの影響を受けていることが分かる。また、後頭部には後方確認用カメラが増設され、後ろに続く友軍の確認や上空視認などに使用された。
 センサー性能を向上させるために、後方の増設カメラのほかに背部バックパックにも二本のセンサーが追加され索敵能力ではF/Trop型よりも高い。

 武装はジャイアント・バズーカと、従来のドム系MSと同様の装備だが、部隊によってはラテーケン・バズーカやマシンガンを装備していたこともあった。ビームライフルを装備していた部隊は先述の通り、技術的な問題もあって少なく、ビームライフルを使用した部隊が存在していたとしても、本国からの補給が途絶え気味になっていた末期から戦後の状況を考えた場合、序々に故障などのトラブルで使用不能になっていたものと思われる。
 
 ジャイアント・バズーカには、熱帯地区でも使用を考慮して砲身に冷却用ジャケットを増設したものもあった。大戦後は、連邦軍のパイパー・バズーカと同じ380mm口径砲弾を使用しているが、これはジャイアント・バズーカの生産が停止し、奪取や密輸で入手しやすい連邦軍規格のものに改造されたものと思われる。
 接近戦用武装としてヒートサーベルとヒートアックスが用意されていた。ヒートアックスはMS-06用のものとほぼ同一で、熟練パイロットが好んで使用していた。

 こうして完成したG型は、ゲリラ戦へ移行したジオン軍アフリカ師団の各部隊に配備され、B/C/Dの各型のG型への改修も進んだ。使い勝手がよく、整備性の高まった同機は現場からの評判も高く、ゲリラ戦へと追い詰められていったジオン軍にとって、G型は唯一、連邦軍MSと対等に戦える戦力として期待されていた。

 ドワッジ改修キットはソロモンが陥落する12月25日までアフリカに送られたが、地球周辺は序々に連邦軍に制宙権を奪還されつつあり、補給部隊が連邦軍の襲撃にあって全滅するなど、状況は日に日に悪化していたようだ。
 当初はHLVでのピストン輸送だったのが、HLVが撃墜されるとピストン輸送は中止され、物資のみをアフリカに投下させる片道運転となった。ソロモンが陥落すると、もはやジオン軍に地球軌道上まで艦船を向かわせることすらおぼつかなくなり、事実上、補給作戦は中断されてしまう。本国にはアフリカ戦線を気遣う余裕すら無くしていたのだった。

 これによって、アフリカ戦線はジオン本国から見捨てられる形となり、ア・バオア・クー会戦での総力戦に敗れ、ザビ家の主だった人物が戦死すると、ジオン公国は1月1日の敗戦を迎えたのだった。G型はその高いポテンシャルを活かすことなく、敗戦を迎えたのだった。

 しかし、アフリカ戦線では依然としてジオン軍残存部隊が連邦軍と交戦を続けていた。本国臨時政府からの停戦命令がアフリカ大陸に伝達されるのに終戦から一週間以上もかかったことや、共和制に戻った本国臨時政府を正式な政府として認めず、連邦軍との徹底交戦を続ける部隊が続出し、現地の民族派ゲリラと結びついて大戦後もアフリカ大陸では紛争が続いた。

 その間、G型は連邦軍基地を襲撃して資材を奪取し、独自に改修を続けていった。また、FLNが保有する秘密工場でリニア・シートや全周回モニター化などの近代化改装を受けた機体も多数存在していた。これは戦後、AE社が生産していたものが闇ルートでFLNに渡ってドワッジに導入されたもので、0080年代中頃より改修が施されたようである。

 こうして、G型は近代化改修を受けつつ、0080年代後半までゲリラやジオン軍残党によって運用され続けたのである。低下する稼動率も連邦軍基地から資材を奪取し、FLNの協力を経て維持していた。それどころか性能向上すら行われており、ドワッジは現地のゲリラやジオン残党にとって非常に使いやすい機体だったと言えるだろう。
 また、ロンメル隊を率いていたロンメル中佐専用機は大幅な改修が施され、第二世代MSに匹敵する性能を示した機体もあった。

 最終的な改修数は88機とされているが、これはツイマッド社が生産した改修キットの生産数であり、最終的な生産数は不明である。

 ドワッジは0087年のグリプス抗争時には旧式化しきっており、度重なる改修も限界となりつつあったが、敵対するティターンズやカラバとの戦闘などで活躍し、翌年の第一次ネオ・ジオン抗争では地球侵攻作戦と連動して、アフリカ各地の連邦軍拠点の襲撃に投入された記録も残っている他、ネオ・ジオン軍に占領されたダカール市の警備やカラバやガンダム・チームとの戦闘にも多数のドワッジが参加している。

 だが、旧式機であることには変わりはなく、カラバのMSK-007リカオンやMSK-006Zプラス、ガンダム・チームのAE社製ガンダム・タイプMSには歯が立たず、これらの部隊と交戦したドワッジの大半は撃破されている。
 これらのドワッジは残党軍のネオ・ジオン軍合流後、現地に放棄されたケースもあったが、その後もFLNなどがゲリラが使用し、アフリカでの民族独立運動が沈静化に向かう0090年頃まで使用され続けたという。

 MS-09Hドワッジ改

 MS-09Gドワッジの戦後改修モデル。大戦終結後、アフリカ大陸に残留したジオン公国軍残存部隊は多くのG型を保有しており、連邦軍とのゲリラ戦において投入した。
 G型F/Trop型と並んで連邦軍MSと対等に渡り合える高いポテンシャルを誇り、現場のパイロットからの評判は良好だったが、ゲリラ戦を続けていくうちに交換パーツが少なくなり、稼動率が低下するに至った。戦後数年が経過し、消耗パーツの生産も終了した状況でジオン軍残党は苦しい状況に追い込まれてしまう。

 かろうじて、ジオン軍残党と連携するFLNが所有する秘密工場で基本的な整備を受けることができたが、それでも独力で消耗パーツ生産まで行えるレベルのものではなかった。仕方なく、二線級のMS-06Dザク・ディサートタイプを改修の上、再配備させるなどの手段を取ったが、ビーム兵器を標準装備する連邦軍MS部隊やジオン軍残党処理のために編成されたティターンズMS部隊に対抗できるものではなかった。
 
 そこで、主戦力としてのG型の消耗パーツを確保するために、ジオン軍残党部隊はアフリカ大陸内にある連邦軍やティターンズの基地や輸送部隊を襲撃し、ロケット燃料や機材、場合によってはMSそのものを奪取するという大胆な行動に出た。
 機材の中には消耗パーツとして流用可能なものや、ビームライフルやバズーカ砲弾などの武器弾薬もあり、これらを奪取し、G型の稼動率向上のために利用したというわけである。中には連邦軍基地で基地防衛用の二線級戦力として活用されていたMS-09Bなどの捕獲機を奪還するというケースもあり、こうした山賊まがいの行為でかろうじてG型の稼働率を確保していたのである。

 その中でもエルヴィン・ロンメル中佐率いる部隊では、多くの基地や部隊を襲撃して奪った機材や武装を使用して独自にドワッジの改造と性能向上を行った部隊として有名である。
 ロンメル中佐自身もドワッジを愛機としており、中佐機はそれらの奪取機材を使って改修されたカスタム仕様であり、戦後に入ってから改修されたものである。H型というバリエーション記号も当然のことながらロンメル部隊内で通用していたもので、ジオン公国軍正式認可のものではない。H型は現場の兵士からはドワッジ改と呼ばれていた。

 H型、ドワッジ改はG型よりも更なる推力強化を目指した機体で、肩部に増加ブースターを装備し、指揮管制能力が強化されている。元々G型にはホバリング走行時に背部バックパックのスラスターを作動させて走行性能を向上させていたが、H型では肩ユニット後方に増設されたロケットブースターを用いて、機動性の向上を図っていた。
 頭部ユニットも現地の秘密工場で改造を受け、従来のドムの十字型のモノアイレールから、H型ではドーム型のグラスルーフでモノアイが保護され、モノアイの自由度が向上している。
 頭部側面には30mmバルカン砲が新たに二門装備された。当然のことながら、コクピットはリニア・シートと全周回式モニターに換装され、視認性と住居性が改善された。

 機体腹部中央には冷却用ダクトが増設され、ビーム兵器使用時の機体の冷却を補佐する。それに伴い、胸部の拡散粒子砲も出力が強化が実現した。

 そして、H型最大の特徴は大型のビーム・カノンを装備することにある。ビーム・カノンは連邦軍基地から奪ったもので、火力の高いビーム兵器である。Eキャップ式を採用しているため、ドワッジクラスの機体でも難なく稼動させることが可能だったことからロンメル機の専用武装とされた。

 ロンメル中佐のH型は赤くカラーリングされており、視認性は抜群であった。0086年頃からH型を使用しており、現地の連邦軍やティターンズのMS部隊を翻弄したという。旧式機とはいえ増加ブースターを装備し、地上での移動力が高く、ビーム・カノンを装備するドワッジ改はまさに脅威であった。

 ロンメル中佐機以外にも、ごく少数のG型がH型と同仕様に改修されたようで、各部隊の指揮官クラスが使用していた。ジオン軍残党と連携するFLN主流派、青の部隊でもブルーにカラーリングされたH型を一機保有しており、部隊指揮などで活躍した。また、整備不良で放置されていたG型がH型として再生され、再戦力化されるケースもあったという。

 大出力ビーム・カノンを装備していたのはロンメル機だけであったが、その他のH型でも連邦軍武装のビームライフルを装備するなど、現地ならではの改修が施されていた。

 0088年の第一次ネオ・ジオン抗争時にはネオ・ジオン軍の地球侵攻と連携する形で、ロンメル中佐をはじめとする残党部隊やFLNが武装蜂起し、周辺の連邦軍基地や部隊を襲撃し、指揮系統が混乱し、士気が低下していた連邦軍部隊は全滅、対する残党軍の士気は否応無しにも高まりつつあった。
 ロンメル中佐の部隊はアフリカに留まり、ネオ・ジオン軍降下部隊を支援するためのゲリラ戦を続行し、しかる後にダカールへ入城、ネオ・ジオン軍本隊と合流する予定であったが、降下部隊追撃のためにアフリカ大陸に降下したガンダム・チームのMS部隊と遭遇し、交戦状態に陥った。

 H型に搭乗したロンメル中佐は最新鋭のガンダム・タイプMSを装備するガンダム・チームの少年少女パイロットを翻弄し続け、ベテランパイロットの腕の差を見せつけたが、八年近くの間に残党軍の装備は旧式化し、結局はZZガンダムに敗れ、ロンメル隊は壊滅した。
 
 改修に改修を加え、第二世代MSの量産機に匹敵する性能向上を示したH型であったが、当時の恐竜的進化を遂げた新型MSに対しては赤子の手をひねるよりも容易く、ドワッジの敗北は一年戦争から時が止まっていたロンメル隊そのものの象徴だったのである。

 AMX-009ドライセン

 大戦後、アステロイドベルトの小惑星「アクシズ」に逃亡したジオン公国軍残党が開発したMS-09系列の後継機種で、将来の地球侵攻再開用に開発が続けられていた重MSである。

 当初、アクシズでは地球連邦軍との軍事衝突に備え、軍備強化のために大戦時からの旧式MSから、AMX-003ガザCへの機種転換を進めていたが、TMSという性格上、空間戦に用途が限定されるため、地球侵攻用MSとしては使用不可能であった。

 そのため、宇宙軍の主力となるガザ系TMSとは別に地球侵攻用MSを開発する必要性に迫られ、これらの機体群にはかつての旧ジオン公国軍時代に開発されたMSの設計を流用することで開発期間を短縮させることが決定された。

 これらのMSはさらに地球侵攻以外にも汎用機としても兼用可能なこと、空間戦にも充分に対応できること、連邦軍やエゥーゴ、ティターンズの主力MSに対して基本性能が上回ることが最低条件とされた。工業基盤が弱いアクシズにとって陸戦オンリーの機体を製造するだけの余裕がなく、地球侵攻作戦そのものも短期間による電撃作戦を想定し、作戦終了後の装備の有効利用という観点から必要不可欠の要素であった。

 地球侵攻用MSとしては、主力となる非可変型MSと爆撃型MSの二種類が検討され、当初はMS-06系とMS-07系の機種統合を目指したAMX-101ガルスJと、MS-13ガッシャとガトル戦闘機の設計思想を受け継いだAMX-102ズサが開発されたが、ガルスJは生産性が悪く、ごく少数の生産のみで終了した。

 ガルスJの穴を埋めるべく次に開発されたのが本機、AMX-009ドライセンであった。陸戦型MS、MS-09ドム系の設計思想を受け継ぎ、事実上、ドム系MSの後継機であったドライセンは空間戦と陸戦でバックパックを換装させることで対応させ、かつてのMS-09B/Rを彷彿とさせる運用方法でアクシズ上層部からの条件をクリアーした。
 ドライセンは旧公国軍が開発したMS-09RIIを開発母体とし、その他にもS型F/Gb型MS-10などのいくつかのバリエーション機やドム系試作機を参考に開発されており、ドム系MSの総決算的な意味合いを持つMSとなった。

 そして、ガンダリウムγ合金製装甲とムーバブル・フレーム構造の本格採用によって高い防御力と運動性を持ち連邦軍の主力MSと性能的に遜色のない機体となった。
 また、ドム系MSは生産効率を向上させるためにブロックビルド方式を採用し、機体各部のユニット化が進められていたが、ドライセンではさらにムーバブル・フレーム構造の採用によって高い生産性を受け継いだまま、堅牢性と高性能を保つことが可能となった。
 ムーバブル・フレーム構造は機体構造のユニット化に適した設計で、ドム系のエクステリアを持つドライセンに最も合ったシステムだったのである。

 ドム系の特徴であった胸部拡散粒子砲は廃止され、代わりに胸部には連邦軍MSに似た廃熱ダクトが設置されている。連邦系の技術が流用されたものと思われ、ツイマッド社製MS特有の特徴が垣間見える。

 主力武装として両腕アーマーに内装された三連装ビーム・ガンを装備し、火力では当時の連邦軍の一般的なMSであったRGM-86RジムIIIを凌駕する。高出力ビームを速射するこのビーム・ガンは高い威力を持ち、砲身を三つに分散することで速射を可能とした。
 また、携行武装として銃剣つきビームライフル(AMX-104Aアージャン装備と同タイプ)と、ビームランサーとビームトマホークといった格闘戦に主眼を置いた武装が用意されていた。格闘戦用武装はむしろMS-14ゲルググのビームナギナタに似た傾向が見られるが、射撃武装を固定化したため、格闘戦に特化した武装でも充分に戦うことが可能であった。
 
 また、空間戦用武装としてかつてのMS-09R用に開発されたビーム・バズーカを装備することも可能で、ドライセンの出力で装備した場合、八発の通常射撃、最大電力の場合は四発の射撃が可能となっていた。最大電力での射撃の場合、エゥーゴ製のMSN-00100百式用のメガ・バズーカ・ランチャーに匹敵する火力を持つ。

 背部バックパックには斬撃武装、トライブレードが装着されている。これは円盤に移動用スラスターと三枚のブレードが内蔵され、回転しながら敵MSを破壊する特殊武装である。また、自爆してフレアーとしての役割を果たし、陸戦用武装として考案されたもの。前大戦時のクラッカーとハイドボンブを合わせた形の武装であった。

 これらの他に、中距離支援やビーム兵器の使用が制限されるコロニー内戦用として従来のジャイアント・バズーカも装備可能となっている。

 バックパックは空間戦仕様と、大気圏内用仕様の他に全領域型バックパックも用意されていた。地球降下作戦時にヨーロッパ大陸に降下したドライセン部隊は低軌道上からバリュードで大気圏再突入を敢行したため、全領域型を装備していた。

 ドライセンは初期テストにおいては、ジェネレーターの不調から出力不足に悩まされていたが、地球圏帰還後、連邦軍の技術を吸収して改良が施すことが可能となり、ジェネレーター周辺の不調も改善され、最終的には高いポテンシャルを見せるに至った。
 特に高い火力はエゥーゴやティターンズの主力MSを上回っていたことがアクシズ上層部に注目され、高い汎用性が買われて地球侵攻作戦用の主力MSとして制式採用が決定し、0087年末より生産が開始された。グリプス抗争では地球侵攻を意図する機体をエゥーゴや連邦軍に知られることを恐れ、ゼダン・ゲート会戦やメールシュトローム作戦といった重要な戦闘には投入されず、来る地球での作戦のために温存・秘匿された。

 翌年、メールシュトローム作戦終了後、アクシズ艦隊は突如、ネオ・ジオンを名乗ってサイド3と6を除く各サイドに宣撫部隊を派遣、各サイド駐留の連邦軍やエゥーゴを各個撃破していったが、この時の戦闘で実戦テストを兼ねてドライセンの先行量産型が作戦に投入され、サイド2・アルカディアでの制圧作戦に参加した。これが事実上のドライセン初の実戦投入であった。
 バックパックは空間戦仕様に換装され、高い機動力を持っていた同機はコロニー駐留部隊のMSA-003Bネモを四機撃破し、アルカディアを見事制圧した。

 その後、0088年6月6日に行われた地球降下作戦では、AMX-102ズサと共に多数のドライセンがバリュードで降下し、ヨーロッパやアフリカ、中央アジア、アメリカ大陸に展開して各地の連邦軍基地を襲撃した他、降下を行ったエンドラ級重巡洋艦からも陸戦型装備を施された機体が上空より降下を開始した。

 先の抗争から指揮系統が立ち直っておらず、今だにエゥーゴとティターンズのしがらみの残る連邦軍は浮き足立ち、抵抗する間も与えられないまま、ドライセンを中核に置いた降下MS部隊によって各個撃破され、地球の防衛網はほぼ壊滅状態に陥った。これはドライセンの高い火力を活かした電撃作戦による成果であった。

 こうして、ドライセンは地球上でのネオ・ジオン勢力拡大に寄与した機体として、大きな戦果を挙げたのである。アフリカに降下した部隊は現地で抵抗を続けていた旧公国軍残党と合流し、カラバMS部隊との激戦を繰り広げた。
 高いポテンシャルを誇り、連邦軍MSを次々と撃破したドライセンは、旧ティターンズや連邦軍から奪取したベースジャバーと連携して空戦もこなし、カラバ空軍のMSK-006Zプラス部隊や連邦海軍のNRX-004Bアッシマーといった空戦型MSと対等に渡り合った。

 ダカールでの連邦政府とネオ・ジオン摂政、ハマーン・カーン女史との折衝により、サイド3の譲渡が正式に決定されると、カーン摂政は目的が果たされたとして地球からの撤退を開始。ドライセンも母艦に搭載され、引き上げられたが、多くの機体がそのまま空間戦に転用されていった。

 そして、グレミー・トトの反乱が発生するとドライセンも巻き込まれ、無為な損耗を繰り返した。地球侵攻作戦に投入されていた関係からその大半がカーン軍が使用していたが、反乱軍側でもグレーに塗装変更された機体が使用されていた。

 本来であればサイド3でのネオ・ジオン公国政権樹立後、反撃態勢を整えた連邦軍とエゥーゴの連合部隊との戦闘に投入され、AMX-008ガ・ゾウムと共にネオ・ジオン軍の主戦力として期待されていたドライセンであったが、内紛勃発によって高いポテンシャルを活かせないまま損耗していったのである。

 0089年初頭に発生したサイド3のコア3会戦においては、ビーム・バズーカを装備したドライセンが、MSA-099Bシュツルム・ディアスと共に首都コロニー防衛に投入された記録が残っている。

 その後、ネオ・ジオン壊滅によってドライセンの生産は中断され、ドム系MSの系譜はドライセン以降、途絶えることになる。