ヴィクトル・ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』(Victor Hugo, Notre-Dame de Paris, GF, 1967; 『ヴィクトル・ユゴー文学館』第5巻、辻昶・松下和則訳、潮出版社、2000)

【考察】

 ユゴーのこの長大な小説をひとことで象徴させるとするならば、それは彼自身が序文で述べているように「'ΑΝΑΓΚΗ(宿命)」(p.29; cf. p. 299 et 343-346)という言葉によることになるだろう。しかし、いかなる「宿命」なのか。それはまず、学問に深くうちこみ錬金術にまで手を出しながら、一人の女性ラ・エスメラルダへの愛ゆえに、悪魔的なものへと身を持ち崩すクロード・フロロの「宿命」であるだろう。宿命の愛は、『ノートル=ダム・ド・パリ』という小説において重要な縦の筋をなすものである。クロードのほかにも、ラ・エスメラルダは襲撃から救ってくれたフェビュスに対して、本当に一途な恋を抱き、役人に追跡されて身を隠していたときも、彼の声を聞いて思わず姿を見せてしまうほどである。カジモドのラ・エスメラルダへの感情も一徹なものである。彼は、さらし台で水を求めたとき、彼女が水をくれたことを終生忘れることはなかったのだ。

 感情の一徹さと宿命ということでいうと、グレーヴ広場のおこもりさん、ギュデュール尼も同様である。彼女はランスで最愛の娘をジプシーに奪われ、食われてしまったと堅く信じている。彼女に残っているのは娘の繻子の靴だけである。彼女をそれを見ては、悲嘆を繰り返し、娘を一瞬でもいいから返してくれるようにと神に祈り続けるのである。まさに、宿命によって娘を奪われ、後悔と悲嘆に宿命付けられ、「ねずみの穴」にこもることになるギュデュール尼にも「アナンケー」のしるしがはっきりと付されているのである。

 「アナンケー」は、しかし、クロードによってノートル=ダムの塔に彫りこまれた文字である。物語は、この彫りこみを展開するかたちで進行する。

 五、六年前のことだが、この物語の作者がノートル=ダム大聖堂を訪れたとき――いや、さぐりまわったときと言ったほうがいいかもしれないが――、作者は、塔の暗い片隅の壁に、つぎのようなことばが刻みつけられているのを見つけたのである。
  'ΑΝΑΓΚΗ(宿命)
 年を経て黒くなり、壁石にかなり深く彫りこまれたこのギリシア語の大文字、中世の人間が書いたことを示しているかのような、文字の形やたたずまいにみられるゴチックの筆法に特有ななんともいえない風格、ことにその文字が表している悲痛で不吉な意味、こうしたものに作者は激しく胸を打たれたのである。
 私はいぶかった、解き当ててみようとつとめた、この古い聖堂のひたいに、罪悪か不幸かを表わすこのような烙印を残さずにはこの世を去っていけなかったほどの苦しみを味わったのは、いったいどんな人間だったのだろうか、と。
 その後、あの壁は塗料にぬられるか、よごれをけずり落とされるかして(そのどちらだったか、私にももうわからないが)、あの文字も見えなくなってしまった。中世の素晴らしい教会はおよそ二百年来、みなこんなふうに扱われてきたのである。(邦訳、
p. 9)

 痕跡とその物語展開可能性、そしてこの痕跡が消え行く運命にある仮初のものであること――近代文学はそうしたシステムを作動させることで紡がれるものではないだろうか。その意味で興味深いのは、「アナンケー」の落書きにならんで、ギュデュール尼の繻子の靴である。子供とともに人生のすべてを失った彼女は、いまやこの靴を見ては、あらゆる思い出を反芻している。小説は、この靴を象徴として、その物語を展開させるのである。そればかりではない。この靴は、ラ・エスメラルダがその片方を守り袋に入れて保持していたものでもあり、二人の母子関係の証明としても機能するのである(このあたり、歌舞伎にも良く見られる符丁に通じる――『ノートル=ダム・ド・パリ』の時代はまさに南北から黙阿弥にいたる時期である)。

 痕跡とその物語展開可能性は、こうして小説の原動力であるわけだが、それを別の形で表すものが「追跡」のテーマである。第2部には「夜のまちで美しい女のあとをつけていくと、いやなことに出くわす」というタイトルと付された節(第4節)があるが、それは、些細な遭遇の痕跡を追跡し展開する行為を対象とするものである。

 パリのまちの実践哲学者であったグランゴワールは、どこへ行くともしれないきれいな女のあとをつけていくほど夢見心地にしてくれるものはない、ということを知っていた。こういうぐあいに、みずから進んで自分の自由意志を投げうち、自分の気まぐれを知らぬ他人の気まぐれにすっかり身を任せてしまうと、そこには、気まぐれなひとり立ちの気持と盲目的な服従とが入り混じった一種の感情が生まれるものである。このなんとも言えない隷従と自由とのあいだを交差する感情をグランゴワールはお気に召していたのである。(邦訳、p. 75)

グランゴワールはこうして奇跡御殿酒場にたどり着き、あやうく絞首刑にされそうになるわけだが、われわれにとって重要なのは、追跡のテーマが小説の大きな原動力となっている、その実態の方である。

 結局、『ノートル=ダム・ド・パリ』はいかなる意味で近代文学に属するのか。ジャック・ランシエールはこの小説が、石と建造物を主人公とするものであり、それはブランショ的な石胎の思想の先駆をなすものであると論じている(La Parole muette)。実際、この小説では、教会が生き物のように振る舞い、人物たちが石像のように振舞う(教会=生き物については、原書378-379; 428; 432; 438。石像については、363; 365; 390を参照)。ここから、生き生きとした生の次元から分離されたエクリチュールの思想を取り出すのはたやすい。しかし、ここで注意したいのは、もうすこし微妙な事態である。すなわち、石と人間が混交する以上のような事態は、痕跡とその物語展開可能性といったシステムによってこそ具体的に小説として展開可能であるのだということである。ふだんは黙して語らない教会や石像たちが、その背後に物語=歴史をもち、場合によっては動く行為者として活躍する、そんな小説のありようは、痕跡の物語展開可能性によってこそ可能になるのである。



【あらすじ】

第1部
 1482年1月6日。この日は公現祭jour des Roisとらんちき祭りFête des Fousが重なる日であった。フランス王太子(ルイ11世の子)とフランドルのマルグリット姫の婚礼とりきめの使節が2日前にパリに到来し、パリ裁判所での聖史劇le Mystèreをも観劇する予定である。昼から始まる聖史劇には多くの人がやってくるが、劇はなかなか始まらない。しびれを切らす観衆。ピエール・グランゴワールのこの力作はようやく始まるが、物乞いの声や、枢機卿の登場でたびたび中断される。ついに、ガン(フランドル)の使者が、こんな面白くない劇はやめて、しかめっ面のくらべっこをして阿呆王Le pape des fousを選ぼうと言い出す。観衆の賛同をえて、つぎつぎにひどい顔が出されるが、ついにこれはというの男が、ノートル=ダムの鐘つき男、カジモドであった。人々はカジモドを阿呆王に選び、神輿に乗せて、街に繰り出す。そこで踊っていたのが、ヤギのジャリと美貌のジブシー女ラ・エスメラルダ。カジモドは神輿にのっていい気分であったが、そこにクロード・フロロが現れ、彼を神輿から引きずりおろして去っていくのだった。

第2部
 グランゴワールは自分の聖史劇が失敗して落胆、一文無しで仕方なく街をうろつくうち、ラ・エスメラルダを見つける。彼が好奇心を起こして彼女のあとをつけていくと、彼女は暗闇で二人の男(じつはクロードとカジモド)に襲われる。誘拐されそうになるところを、王室射手隊のフェビュス・ド・シャトーペールPhoebus de Châteaupersが彼女を助ける。ラ・エスメラルダはそのため彼に強く惹かれるようになるのであった。一方、フェビュスもラ・エスメラルダも見失ったグランゴワールは、暗闇の中をさまよいつづける。すると乞食の一群に取り囲まれ、奇跡御殿Cour des Miraclesと呼ばれる居酒屋に連れて行かれる。彼と結婚することを申し出る女が誰もいなければ絞首刑に処すると宣告され、絶対絶命のグランゴワール。何人かの女がそぶりを見せるが、結局承諾はしない。そんな中、つっと結婚を申し出たのが、誰あろう、ラ・エスメラルダであった。こうして二人は夫婦となるのだが、夫婦とは彼を救うための方便であり、彼女はグランゴワールに体を許しはしなかった。が、ともかく彼は救われたのである。

第3部
 ここでは、パリの街の構成と歴史が語られている。

第4部
 16年前に話はさかのぼる。ノートル=ダムには捨て子をする場所があったが、そこに片目の醜悪な子供が捨てられていた。誰もが助けようとしないところを拾って育てたのが、学僧の司教補佐クロード・フロロであった。クロードはこの子を、拾った日が白衣の主日カジモド(復活祭後の第一日曜日)であったことにちなんでカジモドと名づけ、片目で聾で口もきけず、またせむし、びっこだったが、教会の鐘撞きにした。カジモドは育てられた恩を感じ、クロードを敬愛し、ふたりは独特の手話で意思を疎通しあった。二人は、人を寄せ付けず、クロードは錬金術や怪しげな術にこっているとの評判もあって、人々から憎まれていた。

第5部
 クロードの研究振りはある奇妙な訪問を生むことになった。国王の侍医ジャック・コワチエが友人と称するトゥーランジョー氏をつれて来訪したのである。ふたりはクロードから錬金術をはじめとするさまざまな研究の話を聞き、彼が狂気に陥っているか判断しようとする。最後に分かったところによる、トゥーランジョー氏とは国王ルイ11世だったのである。
 ところで、会話の中で、クロードは「これがあれを殺すだろう」Ceci tuera celaと述べるが、これは印刷術が中世の建築術に取って代わることを予言したものであった。

第6部
 一方、カジモドは王室射手隊に狼藉をしたとして裁判所で耳の遠い判事に裁かれるという惨事に見舞われていた。カジモドは、グレーヴのさらし台で2時間にわたって叩かれることになる。(VI-1)
 ここで場面は「とうもろこしのパン種のお菓子」の話となる。16年前、ランスでのこと、パケットPaquette la Chantefleuriの赤ん坊がジブシーに奪いさられ、そのあとにカジモドが残されていたこと、赤ん坊のものとしては小さな靴が片方だけのこされていたことが語られる。「ねずみの穴」le trou aux ratsにこもる隠者の女性ギュデュール尼は、じつはPaquetteなのであった(p. 243/邦訳p. 226)。〔ここでの「偶然」の利用は瞠目に値する。のちの私小説作家に見せてやりたい。〕
 場面は戻って、さらし台のうえで叩かれたカジモドは「水を」を叫ぶが、クロードにも見捨てられる。ところが、3度目に「水を」と叫ぶところで、ラ・エスメラルダがそのヤギとともに登場し水を飲ませてやる。カジモドはこのことを一生忘れることはなかった。

第7部
 良家の子女の集まるフルール=ド=リFleur-de-Lys de Gondelaurierの家には、彼女のいとこで婚約者であり、またラ・エスメラルダを助けたフェビュスがやってきている。彼は彼女との婚約に飽き飽きしているが、そんなところに、人々がラ・エスメラルダを広場に見つけ、彼女を呼ぼうと言い出す。しかし、現れた彼女の美しさに、女性たちは嫉妬し、彼女の服装のみすぼらしさを馬鹿にする。かばうフェビュス。ところで、彼女の連れているヤギの首には袋がついていたが、家の女の子は興味からその中味をあけてしまう。床にこぼれる木に書かれた文字。ヤギは足でそれをPHOEBUSと並べなおす。これこそが、ラ・エスメラルダの「秘密」であった。フルール=ド=リは彼女がライバルであることを悟り失神、ラ・エスメラルダは追い出される。フェビュスは彼女のあとを追う。(VII-1)
 ノートル=ダムの塔の上からラ・エスメラルダを見ていたクロードは、彼女の脇にピエール・グランゴワールがいることに気がつく。彼は大道芸人となって、椅子を歯で持ち上げていた。グランゴワールは教会のなかでクロードに事情を話す。クロードはラ・エスメラルダが処女であることをしきりに確認したがる。実際、グランゴワールはあの夜以来、彼女と「夫婦」だが、床はともにしていなかったのである。クロードはまた彼女がフェビュスという名の人物に恋していることに気がつく。(VII-2)
 一方、お金に困ったジャンは説教されることを覚悟で兄クロードのもとをたずねる決心をするが、塔の部屋にこもっている兄が苦悩にくれている姿をのぞき見てしまう。クロードはラ・エスメラルダが忘れられなくなっていたのである。クロードはジャンに金をやらないが、そこに宗教裁判所検事ジャック・シャルモリュがやってくるので、弟に金をやって言いくるめ、かまどの下に隠す。ジャックは錬金術に興味をもちクロードに弟子入りしていたのだが、宗教裁判に関してもクロードの指示を仰いでおり、ラ・エスメラルダを捉える手はずも整っているといって、クロードを悲嘆させるのだった。(VII-4, 5)
 ふたりが出て行った後、ジャンは金をもって酒を飲みにいくが、途中でフェビュスに出会う。ふたりの会話から「フェビュス」という名を聞いたクロードは、ふたりの跡をつける。酔っ払ってしまったジャンをおいて、フェビュスはラ・エスメラルダとのはじめての逢引に向かうが、つけてきたクロード(誰だかは彼は知らない)と斬りあいになりそうになるところ、逢引の時間を指摘され、さらにクロードから逢引の場面を盗み見る条件で連れ込み宿の代金をもらうことになる。フェビュスはラ・エスメラルダを連れ込み、口説くが、彼女は純潔を守ることが家族と再会するというまじないを信じ、なかなか応じない。ついに応じたとき、クロードは閉じ込められていた場所から力づくで出てきて、フェビュスを刺し、セーヌ川に面した窓から逃走するのだった。(VII-6, 7, 8)

第8部
 ラ・エスメラルダは裁判所で、魔女としてフェビュスを殺害(実際には瀕死の状態)したことを、拷問を通じて「白状」させられる。グランゴワールはそこに立会い、クロードもいるはずだが、なにも発言しない。彼女は絞首刑を宣告される。(VIII-1, 2, 3)
 彼女は トゥルネル裁判所の地下牢に閉じ込められるが、そこにクロード・フロロがやってきて、自分がいかに彼女を愛しているか、彼女を忘れようとして、宗教に向き合い、ノートル=ダムからの追放を言い渡し、カジモドと奪おうともしたが、失敗したことなどを語る。彼女は、クロードがフェビュスを刺した男と見て取って、決して和解はありえないと突き放す。クロードはフェビュスは死んだのだと冷たく言い放って帰っていく。(VIII-4)
 ところが、ファビュスは死んではいなかった。彼は怪我から回復し、ラ・エスメラルダとの一件も魔女にかかわるように思われて、ふたたび許婚フルール・ド・リへと気持ちが戻っている。その彼が、回復後初めて彼女の家を訪ねたとき、ちょうとノートル=ダム前の広場にラ・エスメラルダが死刑のまえの謝罪のために引かれてくる。彼はそわそわするが、フルール・ド・リに詰問されて、仕方なく二人で様子を見る。クロードは、僧列の先頭にたち、彼女にひそかに自分になびくよう言うが、彼女が応じないので、処刑やむなしと見捨てる。ラ・エスメラルダは最後にフェビュスが自分を見ていることに気がつき、「フェビュス」と叫ぶが、彼らは家のなかに入ってしまう。その衝撃に、彼女は気を失う。処刑場への出発の合図が下ったまさにそのとき、カジモドが教会の欄干から縄づたいにすばやく降りてきて、彼女をさらって、教会の中にはいり、「聖域」asileだと叫ぶ。実際、王の司法権力は教会のなかには及ばないのである。集まっていた群衆は、カジモドの行為を賞賛する。彼は彼女をかついで塔の上にのぼっていく。(VIII-6)

第9部
 ラ・エスメラルダが絞首刑になったと思ったクロードは、すぐに教会を抜け、郊外へとすべてを避ける逃避行を行い、ダンスする彼女と死にいく彼女のふたつのイメージを思い浮かべ、自分の悪魔的な愛に思わず笑いを漏らすが、半狂乱のまま郊外の自然をうろつき、幻影を見、夜になって、パリに戻る。ノートル=ダムの塔を登っていくと、幻影のようなラ・エスメラルダとヤギに遭遇し、恐怖に思わず後ずさりして、塔を降りるのであった。(IX-1)
 一方、かつて水を飲ませてくれた恩からラ・エスメラルダを助けたカジモドは、彼女を教会の一角に彼女をかくまう。醜悪な彼の姿を彼女は恐れるが、恐怖を乗り越えようとする努力も見られる。カジモドは彼女を怖がらせないように、なるべく姿を隠す。ある日、塔から彼女はフェビュスの姿を認め、カジモドに連れてくるように頼む。その日は、フェビュスとフルール=ド=リの婚礼前のガラの一日で、人々で遅くまで家はにぎわっていた。じっとまつカジモド。ラ・エスメラルダも塔でじっと見つめている。夜中になってやっとフェビュスは現れるが、カジモドの醜怪な姿、魔女を連想させるラ・エスメラルダの名前に、フェビュスは振り払って帰ってしまう。彼女をよりいっそう悲しませたくないために、カジモドはフェビュスには会えなかったとのみ伝えるのだった。(IX-2, 3, 4)
 ところで、ラ・エスメラルダが生きていることを知ったクロードは、肉欲に再び身を焼かれることになる。そして、フェビュスならまだしも、カジモドが彼女のそばにいるのを見て、激しい嫉妬に駆られるのであった。クロードはもっていた鍵で彼女のところに忍び込むが抵抗される。カジモドが必要な時に吹くようにと置いていった笛を吹くと、カジモドが現れ、侵入者を短剣で殺そうとする。カジモドはクロードだと気が付いていない。危機。血が彼女にかかることを心配したカジモドは、侵入者を塔の外に連れて行くが、月明かりでクロードだと気づく。役割の逆転。カジモドは、なにをしてもいいから、まず自分を殺してくれと短剣をさしだす。クロードはそれを取ろうとするが、ラ・エスメラルダはそれよりもすばやく短剣を奪って、身を守る。クロードは仕方なく帰っていく。一人になったラ・エスメラルダは泣きむせぶのだった。(IX-5, 6)

第10部
 クロードはグランゴワールと道であい、ラ・エスメラルダが捕らえられる命令が出るから、その身代わりになるように言うが、グランゴワールは乞食たちを使って彼女を救い出す奇策を彼に授ける。(X-1)
 奇跡御殿La Cour des Miracles酒場では、乞食達が集まり、武装して、夜中にこっそりとノートル=ダムにむけて出発する。(X-3)
 カジモドは、クロードからつらい仕打ちにあっていたが、夜、ノートル=ダムの戸をしめて上からパリを見張っていると、うねりのようなものが近づいてくるのが見えた。それは教会のまえでとまり、突然松明に火をつけ、その群衆の多さで彼を驚かせた。カジモドはラ・エスメラルダを起こさずに守る決心をする。他方、乞食達の指導者クロパン・トルイユフは、パリ司教からラ・エスメラルダを取り返すことを宣言し、群衆は教会の戸を破ろうした。すると、突然空から梁が落ちてきて、十数人を下敷きにし、彼らを恐怖に陥れた。しかし、乞食達は逆に、この梁を戸にぶち当てることを思いつく。何度となく戸に当てられる梁、上からもカジモドが石を降らせ、熱い鉛を流して防御にあたる。人々は上を見上げ、カジモドに気が付く。ジャンがそこにはしごを持って登場。はしごで教会に登るが、登りきったところを、待ちかまえていたカジモドによって、はしごは倒され、登りかけていた乞食達は落ちて死ぬ。一人残ったジャンも、武具をひとつひとつはがされ、突き落とされて死ぬ(彼の死体は突起部に引っかかる)。ところが、ジャンの死に奮えたった乞食達が四方から教会に登るので、もはやカジモドも手をつけられず、絶望するばかりだった。(X-4)
 バスティーユでは、病気のルイ11世が、重なる出費の大きさに慨嘆したり、新しく作った牢を見物したりしている(王は囚人の嘆願には耳も貸さない)。やがて、民衆が反乱していることを王は知るも、自分に対立する代官所が襲われると信じて、安心する。ここで捕らえられた乞食一人とグランゴワールが王の前に引き出されるが、乞食は処刑されるものの、グランゴワールは持ち前の弁舌で釈放される。王は、代官所
が襲われていると思って機嫌が良かったのである。ただ、フランドルの使者は、時がくれば民衆の反乱は王にも向かうと述べる。このバスティーユが崩れるのか、とのちのフランス革命への暗示があり、ついで、反乱がノートル=ダムに対するもの、つまり王に対するものをであることを知った王は、ただちに、民衆を弾圧し、魔女(ラ・エスメラルダ)を絞首刑にするように命じるのだった。(X-5)
 王のもとを逃れたグランゴワールはクロードと合流、彼に乞食のバリケードを抜ける合い言葉を教える。クロードは塔の鍵と、そこからの逃げ道を用意していた。闘いは王の軍勢のまえに乞食達の敗北の終わる。カジモドが闘い終わってラ・エスメラルダのもとに戻ったとき、部屋は空であった。(X-6, 7)

第11部
 乞食達がノートル=ダムを襲撃していたとき、ラ・エスメラルダは恐怖に駆られていた。そこに謎の男(もちろんクロード)を伴ったグランゴワールが現れ、彼女を塔から連れ出すことに成功する。3人は岸辺から船でグレーヴ広場までたどり着くが、ラ・エスメラルダが一瞬謎の男に気を取られてボーとしている間に、ヤギのジャリの方しか救えないと諦念したグランゴワールは姿をくらましていた。いまや姿を現したクロード。ラ・エスメラルダは恐怖におびえる。クロードは自分は彼女を救える、自分への愛か、絞首台かを選ぶように言うが、彼女は死のほうがあなたより恐ろしくないと言って、肯じえない。クロードは涙ながらに嘆願するが、彼女はフェビュスをとると断言。怒ったクロードは、彼女を憎むギュデュール尼に手を握らせて、役人を探しに行く。ラ・エスメラルダはなぜそれほどジプシーを憎むのかいぶかしむが、事情を話すうち、ギュデゥール尼はわが子の繻子の靴を見せ(cf. VIII-5)、ジプシーが自分の子を奪ったのだと語る。その靴は、ラ・エスメラルダがお守りに入れていたものと同じものであった! 二人が母子であることを知り、ギュデュールは感激のあまり窓の鉄格子を破り、娘を中に入れ、口づけし抱きしめる。だが、喜びも一時、やがて役人たちがやってきて、ギュデュール尼にラ・エスメラルダの行方を尋ねる。彼女は娘を必死に隠し、うまくいきかけたかに見えたが、フェビュスの声を聞いたラ・エスメラルダは喜びのあまり窓から顔を出してしまう。万事休す。ギュデュール尼は、壁を壊し、娘を連れ去ろうとする役人たちを脅迫し、嘆願し、哀れを催させるのだが、ラ・エスメラルダはついに絞首刑にされてしまう。と同時に、強く投げられたギュデュール尼も息絶えていたのであった。以上の様子を人々は遠くから見ていたが、ノートル=ダムの塔の上にも二人見ているものがいた。(XI-1)
 カジモドはラ・エスメラルダが消えたの知って、役人を手伝ってまで(彼は役人たちが彼女を処刑しようとしていることを知らなかった)、教会中を探し回ったが、いないのをついに納得すると、彼女のいた部屋まで戻ってきて気絶した。気が付いたとき、彼女を奪ったのはクロードではないかという疑念が浮かんだが、彼への敬意は消えなかった。やがて、クロードが北の塔を上っていくのに気が付いたカジモドは跡をつけていく。塔の上では、クロードがまさにラ・エスメラルダの絞首の瞬間を見入っていた。その瞬間、彼は悪魔的な笑いをあげる。カジモドはわれを忘れてクロードを塔から突き落とす。雨どいにしがみつくクロード。カジモドは彼には目もくれず、ただ絞首されたラ・エスメラルダを見て、はじめて涙をこぼすのであった。クロードはやがて力尽き、墜落死するのであった。(XI-2)
 ラ・エスメラルダの処刑の日に、カジモドは姿を消した。人々は、クロードは悪魔(つまりカジモド)と契約していたのであり、カジモドは肉体を殺して、魂を奪い消えたのだと噂した。そのためクロードは神聖な場所には埋葬されなかった。グランゴワールは悲劇作者となり、フェビュスもまた結婚という悲劇的結末を迎えた。(XI-3)
 カジモドの行方について分かっているのは、2年後、モンフォーコンの絞首刑場の墓穴に、ラ・エスメラルダと見られる骸骨と、それに絡まるようになっているカジモドらしい男の骸骨が見つかったということだけである。男の骸骨は、女の骸骨から離そうとすると粉々になってしまった。(XI-4)