オリジナルブレイブサーガSS
「例えば、こんな休日も」

 

「エリオス、あなたに休暇を与えます。というか休んでください
「……姫?」

 その日の朝。草薙沙耶香は開口一番、眼前の青年――エリオス――に向かってそう言い
放った。エリオスは主の真意を掴みかね、彼らしからぬ間の抜けた返事を返す。

「あの、それはどのような……」
「言葉の通りです。私の護衛は結構ですので、今日一日は自由に過ごしてください」

 口調こそ柔らかなものだが、言外に「今日は付きまとうな」と言っているのが聞こえて
くる。だが、彼女のその言葉も無理からぬものではあった。
 艦内の意思を持ったロボット達が人間になってからはや数日。目の前の騎士は片時も沙
耶香のそばを離れようとはせず、敵陣真っ只中にいるかのような物々しさで周囲を警戒し
まくっていたのだ。自分を案じてくれているのは嬉しいのだが、四六時中緊張されていて
は、さすがに沙耶香も息が詰まってしまう。
 彼の気持ちを考えると言い出しづらくもあったのだが、これもエリオスのためと思い沙
耶香は話を切り出すことにしたのだ。

「しかし……」
「エリオス」

 食い下がろうとするエリオスの言葉を、沙耶香はぴしりと斬り捨てる。エリオスはそれ
でも諦めようとしなかったが、沙耶香の眼差しにその思いも消された。こうなってしまう
と主が自分の思いを曲げない事は、彼自身が一番よく知っていたからだ。

「はっ……失礼します」

 無念をにじませながらも、エリオスは一礼して踵を返した。去り行く背中には実に哀愁
が漂っている。
 そんなエリオスの背中をすこし後悔交じりに見つめていた沙耶香の背に、彼女の執事・
長瀬倉之助の声がかけられる。

「よろしかったのですかな、お嬢様?」
「ええ。せっかくこのような機会に恵まれたのですもの。エリオスにも、たまには羽を伸
ばさせてあげませんと」

 一仕事終えたとばかりに大きく息をつく沙耶香に、倉之助は愉快げな笑みを浮かべる。

「では、お嬢様も羽を伸ばしにいかれてはいかがですかな?」
「……ええ、そうさせていただきますわ」

 冗談めかした執事の問いに、沙耶香はふわりと微笑んで答えた。

 

 


 一方、突然、主から暇を出されてしまったエリオスは当てもなく艦内をうろついていた。
人間になってからも「沙耶香の騎士であること」を第一目的としてきたため、とりたてて
やってみたい事も思い浮かばないのである。

(……何か、姫の機嫌を損ねる事をしてしまったのだろうか……?)

 自問してみるが、どうにも思い当たる事がない。
 そんな折、エリオスの後ろから声がかけられた。

「エリオス」
「……フェリス」

 振り返った先にいたのは、人間の姿になったフェリスだった。侍のようないでたちの彼
の後ろには、似たような胴着姿の御剣剣十郎がいる。ここだけみると、時代が逆行してい
るようだ。

「珍しいな、一人か?」
「……姫に暇を出されてな。そういうお前こそどうした」
「ああ。さっきまで、剣十郎に稽古をつけてもらっていてな」

 それを聞き、エリオスが呆れたように顔をしかめる。

「相変わらず無茶な……」

 御剣剣十郎の武勇といえば艦内に轟いているところである。加えてエリオスは、沙耶香
の付き添いで朝の稽古の様子を見ているため、なおの事この反応なのだろう。しかしなが
らフェリスは、そこかしこにアザを覗かせながらからからと笑っている。

「いや、いい機会だからな。この機に鍛えなおしておこうとおもったんだ」

 剣十郎の腕前にも興味があったしな、とフェリスは付け加える。

「で、これからどうするんだ?」
「ああ。これからエリクや雅夫と合流してな。ジャンクの店で酒に挑戦する事になった」
「……こんな昼間からか」

 フェリスの言葉に、エリオスはなおの事呆れたような視線を向けた。何のかんのと言っ
て根は真面目なのだ。

「まあ、何事も経験というヤツだ」

 フェリスはそう言って、剣十郎と共にその場を立ち去った。主抜きで割りと気ままにや
っていることに釈然としないものを感じながらも、エリオスは再び歩き出した。

 

 


 あの後、一通り艦内を歩き回った後、エリオスはサロンに腰を落ち着けていた。その服
は普段のダブレット風の服装から、ブルゾンにスラックスとカジュアルなものに変わって
いる。その手には自販機で購入した紙コップのレモンティーが握られていた。
 その口から、ふと呆れまじりのため息が漏れる。

「……きままなものだな……」

 あれから、自分の行動の参考になるのではと思い、同様に人間となった仲間達の様子を
見てまわってみた。すると、仲間達は先ほどのフェリス同様、存外この状況を楽しんでお
り、割ときままに思い思いの時間をすごしていたのだ。
 その気楽さにすこし呆れもするが、同時に羨ましさも感じる。こうして暇を持て余して
いる自分とは大違いだ。
 そうして、紙コップを口につけたときだった。

「あれ、エリオスさん?」

 その少女の声にエリオスは顔を上げる。その目に金髪の変形ツインテールと艶やかな黒
髪が映り、エリオスはわずかに表情を緩ませた。

「レディ・エリス。レディ・光海」

 そこに居た二人の少女、エリス・ベルと桔梗光海はかすかにはにかみながら笑顔を返す。
このエリオスの特殊な女性の呼び方には、慣れていない少女達が多い。

「珍しいですねっ。一人なんですか?」

 エリィのその問いに、エリオスは少し困ったような表情を浮かべて答えた。

「ああ。姫に暇を出されてしまってね、こうして暇を持て余しているというわけだ」
「暇、ですか?」
「どうも、姫の機嫌を損ねてしまったようなのだが……」

 光海の問いに苦笑しながら答えたエリオスは、とんと心当たりがないとばかりに肩をす
くめる。それをきいたエリィと光海は、「ああ、やっぱり」といった具合に苦笑して視線を
交わした。エリオスは怪訝な顔でそれを見るが、ふと思い当たったように頷く。

「……レディ、これから時間はあるかな?」
「うん、私は……光海ちゃんは?」
「私も特に……」
「そうか」

 エリオスは怪訝な表情をしている少女たちを前に、すっと立ち上がって微笑を浮かべた。

「では、少々私に付き合わないか? なに、それほど時間はとらせないさ」

 

 


 それから少しの後。三人の座るテーブルにはどこから持ってきたのやら、三人分のティ
ーセットとスコーンが揃えられていた。エリィと光海が見つめる中、エリオスは慣れた手
つきで二人のティーカップに紅茶を注いでいく。

「エリオスさん、こんなことできたんですね」

 その手つきを見ながら感心したように呟く光海に、エリオスは口端に笑みを浮かべなが
ら答える。

「機会があったのでね、倉之助に習ってみた。カイザードラゴンには到底及ばぬし、元に
戻れば何の役にも立たぬ技術だがね」

 そういいながら、新たに自分の分を注いでいく。その姿は、言葉とは裏腹に随分と満足
そうだ。

「こうしてレディ達をもてなす事が出来る。なにがいつ役に立つか、分からぬものだな」
「あはは……」
「なんか、いつもよりおしゃべりですね、エリオスさん」

 そんなエリィの指摘に、エリオスは「そうか?」と意外そうな顔をした。しかし、実際
普段の彼からは想像できないような、いうなればキザな物言いが多くてなんとも反応に困
る。一方のエリオスは、エリィのその指摘は随分と意外だったようだ。

「あまり……普段と違った事をしているつもりはないのだが」
「違いますよー。沙耶香ちゃんと居る時は、なんかもっとこう、むすーっとした感じで」

 そういって、エリィは眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げて見せた。

「うん、そんな感じ。ちょっと近寄りがたいかな……って」

 エリィの言葉に、光海も笑いながら同意する。エリィの作ったむくれっ面が面白いのも
あるのだろう。エリオスはそんなつもりはなかったのか、やや憮然としている。

「……私は、そんな顔をしていたか?」
「してましたよ。それで沙耶香ちゃん、いつも困った顔してたんじゃないんですか?」
「むぅ……」

 光海のその言葉に、エリオスは眉を寄せて閉口した。なるほど、言われてみれば、それ
が沙耶香のストレスになっていたのかもしれない。こうして暇を出されてしまうのも納得
できる話ではある。そうして難しい顔になったエリオスをエリィがびしっと指摘する。

「ほらっ、また難しい顔してる!」
「っと……指摘が厳しいな、レディ・エリス」
「そうそう、そんな感じですよ」

 エリオスの笑顔につられるように、エリィも軽やかに笑った。が、次の瞬間、それが照
れたような困ったようなものに変わる。

「ただ……そのレディ・エリスってやめてもらえません? なんか恥ずかしくって」
「ふむ。ではなんと呼べばいいのかな?」
「普通にエリィでいいですよ」
「あ、私も……頭の『レディ』はいいかな、って」
「……そうか?」

 今ひとつ納得していない様子のエリオス。彼としては女性に対し最大限の敬意を払った
敬称のつもりであるだけに、少々、少女達の反応は理解に苦しむ。

「まあ、考えておこう。レディ達とよりお近づきになれた証と思えば、悪くない」
「……ホント、イメージと違いますね」

 普段の彼は厳格な騎士そのものだが、今目の前にいるのはどうにも、艦内でも有名な二
人のナンパ師を髣髴とさせてならない。だが、あの二人ほどの露骨さを感じさせないのは
にじみ出る気品と騎士としての誠実さゆえか。

「私も今は人間の身。可憐なレディ達を前にすればこうもなるさ」
「か、可憐、って……」
「フ……これでも、あの朴念仁どもとは違うのでね」

 このセリフの直後、どこかにいた騎士と忍者が同時にくしゃみをするのだが、それはま
た別の話。
 二人ともその「朴念仁」に心当たりがあるのか、あからさまに不機嫌というか、納得行
かないような顔になる。

「べ、別に、シローは……」
「……ヨ、ヨーヘーは、忍者バカな、だけで……」

 そんな少女二人の姿を、エリオスは実に楽しそうに眺めていた。やはり、恋する乙女と
いうものはいい。それが、自分に向くならなおいい。

「まったく、こんないい娘に何のモーションもかけんとは……
 あの朴念仁どもの気が知れんな」

 赤面したり困ったりしている少女達の表情をお茶請けに、エリオスはカップを傾けていた。

 

 


 そうしてなんでもないような話に花を咲かせているうちに、すっかりカップと皿が空に
なっていた。そのタイミングを見計らったわけではないだろうが、少女達の姿を認めた声
が響いてくる。

「エリィ、なにやってんだ?」
「あ、シロー」

 エリィが振り返ったその先。御剣志狼と風雅陽平の姿があった。

「ヨ、ヨーヘーも居たんだ……」

 先ほどの葛藤を思い出したのか、そう言う光海の顔は少し赤い。陽平は一瞬それを気に
するも、すぐに意識から外して応対する。

「ああ、さっき、そこでばったり一緒になってな」

 そう言って陽平は親指で後ろを指差した。

「で、親父知らねえ?」
「雅夫おじさん? 私はちょっと……」

 光海は頭を振って、エリィを見やる。そのエリィも首を横に振ったところで、エリオス
が助け舟を出した。

「雅夫ならジャンクの店に居るはずだ。剣十郎やエリクも一緒だぞ」
「親父も? 昼間からなにやってんだ……」
「ま、いいや。行こうぜ、志狼」

 呆れた様子の志狼を陽平が促す。すると、それを遮るようにエリィが立ち上がった。

「あ、待って。私も行く」

 光海もそれに続こうとして、ふとエリオスのほうを振り向く。エリオスは光海の意を汲
んだように微笑み頷いた。

「気にせずともいい。長々と引き止めてしまってすまなかったな」
「すみません。紅茶、ご馳走様でした」
「とってもおいしかったですよっ!」

 光海に続き、エリィも振り返って礼をする。それを見て、エリオスは満足そうに笑った。

「いや。こちらこそ、色々と参考になった。ありがとう、エリィ、光海」

 そのエリオスの「普通の呼び方」に驚いて、エリィと光海は動きを止める。するとエリ
オスは二人の下に歩み寄り、その肩に手を添えた。そして、二人だけに聞こえるように、
耳元でそっと囁く。

「まあ、礼ついでというわけでもないのだが、一つばかり助言だ」
「は、はい?」

「……その気があるのなら、少しばかり強気で攻めてみるのを勧めるぞ」

「「……っっ!?」」

 何のことか思い当たったのか、エリィと光海の顔が一瞬で赤くなった。エリオスは、怪
訝な表情でこちらを見ている志狼と陽平にちらりと視線をやり、いたずらっぽい笑みを浮
かべる。

「あの手の朴念仁にはな、直球勝負の方が理解しやすいものだ。
 ……君らは魅力的な女性だ。私が保証しよう」

 真っ赤になって黙り込んでしまった二人を楽しげに見やると、その肩をぽんと押してや
る。すると、二人は我に返ってエリオスを振り返った。

「さ、行きたまえ。また、ティータイムを共にできることを祈っているよ」
「は、はい」
「じゃ、失礼しますっ!」

 エリィと光海は一礼すると、駆け足で志狼と陽平の下へと駆け出していった。見ように
よっては逃げるようだが、それすらもエリオスは微笑ましく見送る。そして、後には空に
なった三つのティーカップと皿だけが残された。それを見て、エリオスはふっと微笑む。

(……なるほど。これが私なりの「楽しみ方」か)

 足りなかったピースがはまったように清々しい気分だ。
 エリオスはティーセットを片付けながら、近々、カイザードラゴンにでも紅茶について
教授してもらおうかと考えていた。

 さて、今度はどんなレディをティーパーティに招こうか。