オリジナルブレイブサーガSS
「格闘少女の朝」

 早朝6時、ラストガーディアンの朝は早い。早朝にもかかわらず厨房は朝食に向けて慌
しく動き始め、夜通しの番をしていたレーダー手を始めとするスタッフがもうすぐ任が開
けることに胸をなでおろす。
 そんな中、艦内でもひときわ熱気を放っている場所があった。

「オオオッ!」

「フン!」

 御剣志狼とその父、御剣剣十狼が実戦さながらの激しい剣戟を交わし、闘志のぶつかる
熱気が周囲を満たす。
 そう、そこはラストガーディアン内に設置された武道場。武術に精通した、あるいは武
術を習得しようとしている者達が、自主的な訓練の場として用いる場所である。もはや定
番の光景と化している御剣親子を始め、有志の面々で朝錬が行われている。
 そんな道場にまた一人、袴姿の少女が姿を見せた。

「おはようございます」

 道場の隅のほうで柔軟体操を行っていた橘美咲は、その声に気付いて声の主の下へと駆
け寄っていった。

「おはよう、沙耶香ちゃん!」
「おはようございます、美咲さん」

 草薙沙耶香は、美咲に対して折り目正しく挨拶を返す。沙耶香は寝起きがいいのか、朝
早くということを感じさせないほどしゃんとしている。一方の美咲も元気に見えるが、どこか
少し眠そうだ。

「すみません、無理を言ってしまって。大丈夫ですか?」

 少々申し訳なさそうな沙耶香に対し、美咲はにこっと笑顔で答える。

「全然平気だよ。気にしないで」

 実は先日、沙耶香が美咲に朝稽古の相手を勤めて欲しいと頼んでおり、普段は朝稽古に
参加しない美咲がこうして姿を見せていたと言うわけである。
 屈託のない美咲の返事に少しほっとした沙耶香は、次いで自分の従者である老人の事を
尋ねる。

「倉之助はどちらに?」
「あ、倉之助さんなら、ほら、あっち」

 美咲が指差した方向、道場にいくつか設けられている赤枠で括られた試合場の中で、沙
耶香の執事にして古武術の達人・長瀬倉之助と美咲のチームメイト・大神隼人が激しい組
み手を繰り広げていた。とはいっても、隼人が一方的に攻め立てるのを倉之助がそつなく
捌ききっているというのが大筋の展開になっている。
 隼人の右ストレートにカウンターで掌底を決めたところで倉之助も沙耶香に気付いたら
しく、そちらのほうを振り向いた。

「おや、お嬢様。おはようございます」
「おはようございます、倉之助」
「チッ!」

 ダウンからすぐに立ち上がった隼人がよそを向いていた倉之助にめがけて鋭い突きを放
つ。だが、倉之助はすぐそれに気付き、右手でその突きを受け止めた。

「おお、今のは中々でしたぞ」

 倉之助は隼人の拳を掴んだまま左手で同じ腕を掴み、捻るように隼人を投げ飛ばした。
直後に、隼人が畳に叩きつけられる音が道場に響き渡る。

「お嬢様、先に体をほぐしておいてください。私はもう少々、他の方々をもんでおりますので」
「はい」
「あ、ボクも手伝ってあげるよ」

 そう言うと沙耶香と美咲の二人は、再び組み手(と言う名の戦い)を始めた倉之助と隼
人を背に道場の隅へと歩き出した。

 

 


 沙耶香が足を開き前屈するのを、美咲が背を軽く押して補助する。あまり抵抗もなく胸
を畳に着けている沙耶香を見て、美咲は感嘆の息を漏らした。

「沙耶香ちゃん、体柔らかいね」
「そ、そうですか?」

 次いで、お互いに両手を握り合い、ちょうど横から見て橋を描くような形で腕からわき
腹にかけての筋を伸ばしていく。

「そう言う美咲さんも、とてもしなやかでバネのある体をしていらっしゃいますわ。
 ちょっと羨ましいです」
「え? そ、そんなことないと思うけど……」

 ふたりは雑談を交えながら柔軟をこなしていき、一通り体をほぐし終えた。ちらりと倉
之助達のほうを見てみると、まだ組み手が続いているようだった。
 ふたりは顔を見合わせると、どちらからともなく笑みをこぼす。

「……私たちは私たちで始めていましょうか?」
「そうだね」

 沙耶香と美咲は頷きあうと、もう一面残っていた試合場に向かって歩き出した。


 

 試合場の中央で相対し、戦う前の一礼を交わす。それと同時に、ふたりの表情が年頃の
少女から戦士のそれへと瞬時に変化した。
 美咲はその場から僅かに飛び退って間合いを取り、沙耶香はその場で構えを取る。

「美咲さん、手加減無しでいきますわね」
「……うん!」

 瞬間、場の温度がすっと下がり、美咲は攻撃の気配を感じて身構える。

「草薙流空仁術、草薙沙耶香。参ります」

 それを言い終わると同時に、沙耶香は地を滑るように美咲との間合いを詰め、袈裟懸け
に手刀を振り下ろした。美咲は上体をスウェーさせてそれをかわすと、お返しとばかりに
突きを放つ。沙耶香はそれを体の内側へといなすが、美咲はいなされた方向に飛び込み胴
回し気味の蹴りを放った。

「ッ!」

 沙耶香が身を翻してそれをかわすと同時に美咲も地面に降り立ち、身を低くしたまま水
面蹴りで沙耶香の足元を狙う。それを沙耶香がよけた隙を突いて、美咲も跳ね起きて間合
いを取った。

「……ふぅっ!」

 美咲は一拍も置かずに沙耶香の懐に飛び込み、密着寸前の状態から沙耶香のみぞおちめ
がけて拳を突き上げる。それに気付いた沙耶香がとっさに身を翻し、美咲の拳は胴着を掠
めるに終わる。
 沙耶香は美咲の腕を取ろうと手を伸ばすが、それに気付いた美咲にその手を弾かれ、拳
と手刀をぶつけ合わせた二人は再び間合いを取って対峙した。
 応酬の合間に入り、沙耶香は小さく吐息を漏らす。

「流石、ですわ……美咲さん」
「まだまだ……だよっ!」

 美咲が飛び込んできたのに合わせて沙耶香も地を蹴り、両者は拳の応酬を再開した。

 

 


 美咲と沙耶香の試合を聞きつけて、二人が戦っている試合場の周辺にぽつぽつとギャラ
リーが集まり始めていた。
 あの後10回ほど投げ飛ばされた辺りで組み手を終了した隼人と倉之助も、今はギャラ
リーの中に加わって観戦モードに入っている。

「……意外とやるな」

 二人の戦いを見て、隼人がぽつりと感想を述べる。小学六年生の少女が、艦内でも
「達人」に分類される美咲とまともに打ち合っているのは、十分に驚くべき事だろう。

「総合的には、美咲殿のほうが確実に上でしょうな。
 しかし、美咲殿は手加減をしているご様子。
 それがお嬢様を思ってか、無意識かは分かりませんが」

 隼人の評に、倉之助が注釈を加え、隼人もそれに頷く。
 やはり、経験の差は大きいのだろう。前置きしたとおりに全力で戦っている沙耶香に比べ
美咲の動きには、まだ余力が感じられる。
 それもあるのだろうか。機動力に物を言わせて翻弄しようとする美咲の攻撃を、沙耶香は
紙一重ながらもほぼ完全にいなしている。完成度では雲泥の差があるが、それは先ほど隼
人の相手をしていた倉之助を思わせる動きだった。

「……よく、あれだけいなせるもんだな」

 美咲を『動』とするのならば、沙耶香のそれはまさに『静』。動き自体は決して多くも激
しくもないが、要所要所で的確かつ必要最小限の動作で攻撃を受け流す。

「『場』の気を読むのは、お嬢様が最も得意とするところですからな」
「つまり、攻撃を予測できるってことか」

 そう言った隼人の前で、ちょうど美咲が攻撃の勢いを利用され宙を舞った。


 

 攻撃の隙を突かれて投げ飛ばされた美咲は、すぐさま受身を取って立ち上がり、沙耶香
との間合いを取った。

(やるなぁ、沙耶香ちゃん……)

 頭の中で攻める段取りを考えつつ、美咲は感嘆の息を漏らした。
 沙耶香の防御はまさに「達人」のそれであり、まるで結界でも張っているかのように攻
撃を受け流してくる。さらに、先ほど倉之助の組み手を見て気付いた事だが、草薙流空仁
術は「返し技」が充実した流派。それがなおのこと攻めづらさを増していた。
 かと言って不利であるかというとそうでもなく、沙耶香の攻撃も美咲が十分に対応でき
るレベルであった。沙耶香も攻めあぐねているのか、美咲の攻撃を誘うような散発的な攻撃
が多くなっている。
 こちらのスピードをもっと上げれば、強引に防御圏を突破できるかもしれないが――

(考えてても仕方ないか!)

 開き直ったかのように決意を固めた美咲は、一足飛びで沙耶香の懐へと飛び込んでいっ
た。鳩尾めがけて奇襲気味の肘鉄、そこからさらに裏拳、正拳の流れるようなコンビネー
ション。沙耶香はそれら全てを捌ききれず、最後の正拳を自身の腕で受け止める。
 美咲のスピードが、沙耶香の防御圏に穴を開けた。

「ッ!」

 攻撃を受け流しきれなかった事で、沙耶香に一瞬の隙が生まれる。無論、そんな好機を
むざむざ見逃す美咲ではない。

「はぁッ!」
「ッ?!」

 さらに畳み掛けるように、沙耶香の側頭部めがけてハイキックを放つ。沙耶香はそれも
腕でガードするが、それも計算の内。沙耶香の意識がガードに向いた隙を突いて、美咲は
沙耶香の懐に潜り込む。

「はぁぁぁぁっ!!」

 拳を引き絞り、密着するほどに接近、沙耶香に防御する暇さえ与えずに腹部を打ち貫い
た。沙耶香は派手に後ろに吹き飛び、打たれた場所に手を添え、軽く体をくの字に折る。

「か、はっ……」

 衝撃にこらえきれず、沙耶香は苦しげな息を漏らす。自分から後ろに飛んで衝撃を和ら
げたものの、完全には威力を殺しきれなかったのだ。
 完全に勝負の天秤は傾いた。
 美咲は畳み掛けるように拳を振り上げ、沙耶香に殴りかかる。

「……っ! まだっ!」

 沙耶香は美咲の突き出した拳を掴み、自分のほうに引き寄せつつ美咲の懐へともぐりこ
もうとする。相手の突きを利用し、胴に攻撃を加えつつ投げ飛ばす、沙耶香の得意技『草
薙流空仁術・旋(つむじ)』の流れだ。

「せいっ!」

 沙耶香は捕まえた腕の肩口に手を当て、投げに入った。だが、思った以上に抵抗がない
事に違和感を覚える。沙耶香がそれに気付いた時、美咲はすでに、自らの意思で宙を舞っ
ていた。

(しまっ……!?)

 空中で美咲は体をひねり、捕まえられた腕を外す。逆に沙耶香が捕まえていた腕を取り、
地面に着くと同時に胴着の襟首を捕まえた。次の瞬間、美咲の口元にかすかな笑みが浮か
ぶ。

「えぇぇぇいっ!!」

 正に一閃。
 沙耶香は抵抗する暇もなく宙を舞い、激しい音と共に畳に叩きつけられた。仰向けに横
たわる沙耶香の視界に、美咲の拳が迫る。沙耶香がなす術なくそれを見つめる。
 あわや当たるかと思われた刹那、美咲の拳が沙耶香の眉間の一歩手前で止められていた。

「……」
「…………」

 お互い、厳しい顔つきで見詰め合う。
 そして、どちらからともなく笑みをこぼした。

「ボクの勝ち、だね」
「完敗ですわ、美咲さん」

 

 

 この瞬間、勝負は決した。場に張り詰めていた緊張感が一気に解け、二人の少女の表情
も穏やかなものに戻る。
 美咲は拳を引くと、その手を沙耶香に差し出した。沙耶香も苦笑しながら美咲の手を取
り立ち上がる。

「正直なところ、投げられて負けるとは思っていなかったのですけれど」

 沙耶香は微笑みながらそういうものの、やはり負けた悔しさはあるのか言葉の端にそれ
がにじむ。

「たまたまだよ」

 美咲が少し困ったように笑い返していると、二人の戦いを見ていた倉之助と隼人が二人
の下にやってきた。

「慢心でしたな、お嬢様」
「倉之助」

 心当たるところがあるのか、沙耶香は少しばつの悪そうな顔をしながら倉之助のほうを
振り向く。倉之助は不意に微笑むと、おだやかに沙耶香に問いかけた。

「今回の手合い、よい勉強になったのでは?」
「ええ、とても」

 沙耶香は倉之助の問いに大きく頷くと、改めて美咲のほうを向き直った。今度は他意の
ない、素直な微笑を美咲に向ける。

「美咲さん、今日はありがとうございます。大変勉強になりましたわ」
「そんな、ボクこそいい運動になったし、お礼を言われるほどの事じゃないよ」

 美咲は照れ笑いを隠すように手をパタパタ振りながら答える。それから、ふっと思い出
したように顔を曇らせる。

「それより、思いっきり打っちゃってごめんね。大丈夫?」
「ええ。それに、試合中の事ですので、お気になさらないで下さい」
「でも、あざになってるかも……」

 美咲は先ほど自分が打ち貫いたみぞおちの辺りにそっと手を添えた。沙耶香は美咲が当
てた手の上に自分の手を重ねて微笑む。

「大丈夫ですわ。昔から傷の治りは早いほうですし」
「……ん」

 沙耶香を気遣っているつもりが逆に気遣われてしまっている事に気付き、美咲は苦笑し
ながらも頷いて見せた。

「さて、お二人とも。稽古はこの辺にして、汗を流してきてください。
 朝食にいたしましょう」
「ええ。倉之助」
「こちらに用意してございます」

 沙耶香に促されるよりも早く、倉之助はどこからともなく風呂敷の包みを取り出した。
中身は着替えやバスタオル等の洗面道具一式である。倉之助はそれを沙耶香に手渡すと、
もう一つ、似たような風呂敷を取り出した。

「美咲殿はこちらを」
「えっ?」

 うろたえたように驚いている美咲の心中を察してか、あるいは後ろから凄い勢いで睨ん
でいる隼人に気付いてか、倉之助は飄々と注釈を加える。

「ご安心を。中身はバスタオルと手ぬぐいだけでございます」
「あ、ありがとうございます」
「いえ。使用後は、お嬢様にお渡し下さい」

 美咲も倉之助から風呂敷を受け取ると、それを待っていた沙耶香と共に歩き出した。

「それでは、行きましょうか」
「うん!」
「あの……よろしければ、また相手をしてくれませんか?」
「うん、ボクでよかったらいいよ」
「ありがとうございます。今度は、勝ってご覧に入れますね」
「は、ははは……」

 仲良く歩いていく少女たちの後姿を見つめつつ、倉之助は感慨深くつぶやく。

「……こう言うと、失礼に当たるかもしれませんが……」
「なんだ、おっさん」
「こうして見ていると、お二人はまるで仲のよい同級生のようですな」

 言外に「小学生の」という言葉が隠されているのだろう。確かに二人の背丈はほぼ同じ
くらい、美咲が中学生に間違われかねないほど小さいので、言われてみればそう見えなく
もない。
 なんだか妙に納得できるものがあり、隼人は心ならずも笑みをこぼしてしまう。

「……そうだな」

 万能戦艦ラストガーディアンには、朝にもいろんなドラマがある。

END