2月の初め、ラストガーディアンの購買にて真紅の火竜・カイザードラゴンが毎度の如
く購買の主・マッコイ姉さんにこき使われていた。その横では、6体のミニロボット・ロ
ードチームが慌しく購買と倉庫を行き来している。

「ああ、カイザードラゴン君。その箱の中身はそこの棚に並べてほしいっす」
<はあ……>

 毎度の事ながらナゼ逆らえないのだろう、と考えつつも、鋼鉄の手で器用に商品を取り
出していく。そんな中、カイザードラゴンはあることに気づく。

<……はて、これもチョコレートですな>
「それはそうっすよ」

 別の作業をしていたマッコイ姉さんは顔を上げると、意味ありげににまっと口の端を吊
り上げた。そして、親指で購買の片隅に張り出された張り紙を指差す。

「もうすぐ、バレンタインっすからね!」

 「バレンタインフェア」
 その張り紙には、そう書かれていた。

 

オリジナルブレイブサーガSS
「バレンタイン・コンチェルト」

 

 2月某日。この日、ミーティングルームの一つを借り切り、ちょっとしたお菓子作り教
室が開かれていた。空山ほのかが講師役、神崎月乃がそのアシスタント役である。
 題材が「手作りチョコレート」、生徒役もみんな女の子たちと来れば、何のための集まり
なのかいわずもがなといったところであろう。女の子たちはみな一様に、真剣な表情でど
ろどろのチョコと向き合っている。

「それじゃあみんな、溶かしたチョコを型に流し込んでね」

 講師役のほのかの指示に従って、皆思い思いの型にチョコを流し込んでいく。定番のハ
ート型や小さな星型、花や動物型など様々だ。
 一応、講師役なのでほのかと月乃はそれぞれに分かれて他の子達の様子を見て回る。用
意された型を見てみると、何人に渡すつもりなのかとか、どれが本命なのかが分かったり
して、結構面白い。
 だが、そこはやはり女の子の集まりと言うべきか。あちこちで誰に渡すとか本命は誰と
か言う話が交わされている。年若い少女たちが集まっているのだから、当然のことではあ
る。となれば、講師役の2人もあちこちで捕まってしまうのは当然の成り行きだろう。

「ねね、月乃ちゃんは誰にチョコをあげるの?」

 他の人の様子を見ていた月乃も、手際よくチョコを型に流し終えていたエリス・ベル―
―通称エリィ――につかまって、定番ともいえるような質問を受けていた。案の定という
か、おたおたと答えに窮する月乃。

「え、えっと、兄さんと、咲也さんと……」
「そうじゃなくて、本命だよ〜」
「ほ、本命って、そんな……」
「うーん、お姉ちゃんにそんな人、いるのかな〜?」

 エリィの向かい側でチョコを型に流し込んでいた神崎花乃が、笑いながらうろたえる姉
を茶化す。赤くなりながら、月乃は花乃をにらむ。

「花乃っ」
「でも、だれかは居るんじゃない?」
「だとしたら、妹としてもちょっと安心なんだけどっ」

 すっかり話の種にされて、月乃は困ったやら恥ずかしいやらですっかり黙り込んでしまう。
 他のグループに捕まり、ようやく解放されたほのかも、困り果てている月乃を見て苦笑
してしまう。そんなほのかに、そのちょうど後ろで作業をしていた空山リオーネが声をか
けた。

「あの、ほのか?」
「ん、何?」

 月乃に目を取られていたほのかは、リオーネに呼ばれたのに気づきそちらの方を振り向
いた。その向こう側には、作業を終え、台の上にチョコを並べたフェアリス・和菜・ウィル
ボーンの姿もある。

「一応出来たので、見ていただけますか?」
「あの、わたしもお願いします」

 そういって、リオーネとフェアリスは各々が作ったチョコをほのかの前に並べた。ほの
かは気持ちを切り替え、その一つ一つに目を通していく。それぞれ丁寧にやられているみ
たいだし、見たところ気泡も抜けているようだ。ほのかはひとつ頷くと、微笑んでリオー
ネとフェアリスを振り向いた。

「ん〜、大丈夫だと思うよ。じゃあ、それを冷蔵庫に入れてきて」
「はい、分かりました」

 リオーネはひとまず安堵したように息をつき、いそいそと自分のチョコをステンレスの
トレイに移していく。その向こうでフェアリスもトレイにチョコを移していくが、ふと気
づいたように顔を上げた。

「あの、ほのかさんはチョコレート作ったんですか?」
「うん、ボクのはもう冷蔵庫のなかだよ。
 今回のは、久々に改心のデキだよ〜」

 ほのかは本当に満足といわんばかりに満面の笑みを浮かべる。そして、まったく他意の
ない純真そのものの笑みでフェアリスに問い返した。

「フェアリスちゃんは誰にあげるの?」

 異世界からやってきたフェアリスが「バレンタイン」というイベントの何たるかを教え
られたのがつい先日の事。一応「大切な人に、思いを込めたプレゼントを贈る日」と説明
されていたフェアリスは、ほのかと同じようにぽやっと微笑みながら答えた。

「はい。ロードと、叔母様と、麗奈さんと……」
「ちょ、ちょっと待って……」

 フェアリスの口から次々出てくるロボット・女性陣の名前を聞き、ほのかは慌ててスト
ップをかけた。フェアリスは、きょとんとしてほのかを見る。

「えっと、女の子ばっかりな気がするんだけど?」
「え? でも、『大切な人』って……」
「うん、そうなんだけど、そうじゃなくて〜」
「日本では、女性から男性にチョコを贈るのが一般的なんだそうですよ」
「はあ……」

 言葉に詰まったほのかの後をついでリオーネが説明を加えたが、今ひとつ理解できない
らしくフェアリスは首をかしげた。

 

 


 そして、2月14日、バレンタイン当日。女の子もそわそわしているが、男はその数倍
そわそわする事になる一日。
 殺気立った男たちが殺伐とした雰囲気を撒き散らしつつ歩く傍らで、艦内の各所、様々
な形でチョコが手渡される微笑ましい光景をそこかしこで見られる。
 例えば、艦内通路のこんな所。

「あ、あーちゃん!」
「……ほのか?」

 厨房の手伝いを終えた秋沢飛鳥は、サロンに向かう途中でほのかに呼ばれ、振り返った。
そこには紙袋を提げたほのかと、わずかにほのかの陰に隠れるようにして立つリオーネの
姿があった。それでおおよその用件の見当が付いたが、それでも一応尋ねてみる。

「何か用か?」
「しーちゃん、どこにいるかわかる?」
「雫なら、多分、まだ厨房じゃないか?」
「ありがとう! あ、それと……」

 ほのかはそう言うと、紙袋の中からラッピングされたチョコの袋をひとつ取り出した。
にこっと笑って、それを飛鳥に差し出す。

「はいっ、バレンタインのチョコ!」
「ああ。悪いな、毎年」

 飛鳥も、さして照れた様子もなく自然にそれを受け取った。
 チョコを渡したほのかは、リオーネのほうを振り向いて、彼女が持っていたチョコをひ
とつひょいっと取り上げる。

「ほ、ほのかっ?」
「それじゃあボク、しーちゃんのところに行ってくるね」

 ほのかの意図を測りかねてうろたえるリオーネをよそに、ほのかはその場を去ろうと歩
き出した。リオーネはそれを引きとめようとしたが、それに気づいたようにほのかが振り
返る。

「リオーネの分もしーちゃんに渡しておくから、ね!」

 ほのかはウィンクを一つ残して、今度こそその場を立ち去っていった。
 そして、リオーネの手に残った、飛鳥のために作ったチョコ。それでようやくほのかの
意図を理解して、リオーネの頬に朱が差す。

「……あ」

 チョコレートを改めて持ち直し、飛鳥の方を振り向く。目に映るのは、優しくリオーネ
を見つめる飛鳥の微笑。徐々に大きくなる自分の鼓動の音を聞きながら、リオーネは手に
したそれを差し出した。


 

 所変わって購買前。
 大きなダンボールを抱えた少年、御剣志狼がそれをマッコイ姉さんに受け渡していた。
マッコイ姉さんは数と伝票をチェックすると、それを倉庫に運ぶようカイザードラゴンに
指示を出す。

「いや〜、悪かったっすね、志狼さん」
「いや、別にいいッスよ。トレーニングにもなるし」

 志狼は腕の調子を確かめつつ、軽い調子でマッコイ姉さんに返す。それを見て、マッコ
イ姉さんは満足げに頷いた。

「うんうん、若い子はそうでなくっちゃっす!
 ……そうだ、ちょっと待ってて欲しいっす」

 そう言うと、マッコイ姉さんは店の奥へと引っ込んでしまった。帰るわけにもいかず、
とりあえず志狼はその場で待つ。すると、さほど間を置かずにマッコイ姉さんが戻ってき
た。その手には何かの箱が持たれている。

「まー、今日はバレンタインっすからね。お礼も兼ねて、受け取って欲しいっす」
「あ、スンマセン……いいんスか?」
「気にしなくていいっすよ。気持ちっすから」

 にぱっと笑うマッコイ姉さんにほだされるように、志狼は少し遠慮がちに箱を受け取っ
た。志狼は箱を反して一通り目を通してみる。その時、志狼の後ろから遠慮がちな声がか
けられた。

「志狼さん」

 自分の名前を呼ばれ、志狼は振り返る。いたのは、予想したとおりの亜麻色の髪の少女
だった。志狼がその名を口にする前に、マッコイ姉さんがその少女に挨拶する。

「こんにちはっす、フェアリスさん」
「こ、こんにちは」

 志狼の後ろに位置しているマッコイ姉さんに、フェアリスは折り目正しく挨拶を返す。

「どうした? 買い物か?」
「あ、いえ……」

 志狼の言葉に首を横に振ると、フェアリスは手さげバッグの中から手作りチョコの袋を
取り出した。かわいい柄の紙とリボンで丁寧にラッピングされ、フェアリスらしさを感じ
させる。

「あの、これ……」

 フェアリスはそう言って、手にしたものを志狼に差し出した。恐らく、ではなくまごう
事なき義理チョコなのだが、少し控えめに渡す様が初々しい。

「これ……俺に?」
「はい。その、いつも色々お世話になってるから、そのお礼に」

 志狼はそれを受け取りながら、妹が出来たような、あったかくてくすぐったい気持ちに
なる。それをそのまま表に出すのが少し照れくさくて、自分の気持ちをごまかすようにフ
ェアリスの頭をなでた。

「……ありがとな」
「……はい」

 志狼の手に、フェアリスも心地よさげに身をゆだねる。かわいい恋人のような兄妹のよ
うな微笑ましい光景に、マッコイ姉さんの口元も自然とほころぶ。と同時に、ついつい志
狼をからかいたくなってくる。

「いやー、志狼さんモテモテっすねー」
「な、何言ってるんスか」

 マッコイ姉さんにからかわれ、志狼は慌ててフェアリスから手を離す。頭から手を離さ
れて、ちょっと残念そうなフェアリス。
 にまにまと笑うマッコイ姉さんに見られ、志狼はすこし気恥ずかしい思いをする。が、
次の瞬間、妙な寒気のようなものが志狼の中を駆け抜けた。
 この寒気、このシチュエーション。そして、ナゼか薄暗くなる周囲の照明。
 志狼の予想を裏付けるように、彼方の一部がスポットライトで照らされる。

(……またか……)

 女子プロレスラーのようなレオタードに翻るマント、顔を覆うコウモリの仮面。変形ツ
インテールがナゼかたなびき、注がれるライトと舞い散る花びらがその姿を艶やかに彩る。

「バレンタインのこの良き日に、女の子からチョコを貰ってデレデレするなんて許せない!
 愛と正義の美少女戦士、プリティ・エリィは、とってもごきげんナナメだわッ!!」

 対象一人、局所限定の正義(?)の味方。前口上がいつもと違うのはご愛嬌。エリィこ
とプリティ・エリィが大見得を切って登場した。
 と同時に、周囲の照明が普通に戻る。

「さ〜って、仕事に戻るっすか」
「志狼さん、わたしはこれで……」
「ああ、チョコありがとな」

 もはや、周囲も慣れたものだった。
 軽くスルーされた形になったプリティ・エリィは、改めて志狼をビシッと指差して叫ぶ。

「そこっ! 無視しないのー!」

 ひとつため息をついて、エリィをなだめようと振り向く志狼。だがしかし、プリティ・
エリィはすでに志狼に飛び掛っていた。両足で相手を挟み込むような変形の飛び蹴りが志
狼に迫る。

「プリティ・クラァァァッシュ!」

「ま、待てぇ!」

 嗚呼、今日もセクシー・ハラスメント攻撃(略称SHA(嘘))の花が咲く。


 

 日も傾いてきて、そろそろ夕刻。日の光が入る窓側のブロックは朱色に染め上げられ、
叙情的な風情のある空気をかもし出している。
 夕刻の植物園。紅の光が緑たちと交わる空間で、一人の少女が佇んでいた。何かを思い
ベンチから立ち上がり、足を踏み出す。が、すぐに思い直してまたベンチに座り込む。チ
ョコレートの包みを手に抱え、少女はため息をついた。

<……いかがいたしました?>
「っ?」

 意識が内にこもっていた所に声をかけられ、少女――フェアリス――はびくっと肩を震
わせ我に返った。声のした方を振り向くと、紅の火竜が夕焼けに照らされてたたずんでい
た。少し安堵して、フェアリスはその火竜の名を呼ぶ。

「……カイザードラゴンさん」
<あまり、元気がないように見受けられましたが……>
「いえ……」

 フェアリスは首を横に振って答えるが、カイザードラゴンの手の中にあるものを見て首
をかしげた。

「あの、それは?」
<ああ、これですか。先程、麗華様とマッコイ様から頂いたものでございます>

 「まあ、『味』というものは未だによくは分からないのですが」と、カイザードラゴンは
苦笑と共に付け加える。だが、内心はとても喜んでいるのだろうということは、自然と伝
わってくる。

「……一つ、聞いてもいいですか?」
<何でございましょう?>
「その……チョコを貰った時って、どんな気持ちでした?」
<ふむ……>

 カイザードラゴンはすぐには答えず、何かを思案するように指をあごにあてる。

<なぜ、そのような事を?>
「わたし、よく、分からないんです。バレンタインってなんなのか、って」

 そう言ってフェアリスは、ふぅっとため息をついた。手にした袋が、かさっと軽い音を
立てる。

「大切な人にチョコを贈る日だって聞いたんですけど、わたしが考えていたのとはちょっと違
っているみたいで……」

 これを受け取った時、彼は一体どう思うのだろう。自分も、そして恐らくは彼も「バレ
ンタイン」というものを理解していない状態で贈ったものがどう受け取られるのか。それ
が、フェアリスをこの場に留めている不安ともいえぬような疑問だった。
 それを雰囲気で察したのか、カイザードラゴンは軽い感じで口を開いた。

<そう、構えずともよいのではありませんかな?>
「え?」
<理由はどうあれ、贈り物をされて喜ばぬ者はおりますまい。
 私も、麗華様にこのようなものを頂き、大変嬉しく思っておりますよ>

 火竜、それも機械の体ゆえに、カイザードラゴンには外見の表情の変化がない。だが、
フェアリスにはその時、この火竜が優しい笑みを浮かべているのがはっきりと見えたよう
な気がした。

<まあ、日頃の礼を言う『きっかけ』程度に考えればよいのではありませんかな?>
「……そうですね」

 フェアリスは微笑をカイザードラゴンに返す。その曇りのない微笑みを見て、カイザー
ドラゴンも安堵して頷いた。
 フェアリスはすっと立ち上がって、カイザードラゴンのほうを向き直る。

「ありがとうございます。わたし、これを……」
「フェアリス!」

 急に名前を呼ばれ、フェアリスは驚いてそちらの方を見やる。そこに立っていた姿を認
めると、フェアリスは嬉しそうに表情をほころばせる。

「……ロード」

 フェアリスの「大切な人」である鋼鉄の騎士は、彼女の姿を認めるとその傍へと駆け寄
ってきた。フェアリスは、そんなロードを笑顔で迎える。
 もう自分の出る幕は無いとばかりに、カイザードラゴンは人知れずその場を後にする。

「……ここに居たのか」

 ほっとしたような表情でフェアリスを見るロード。この様子を見ると、随分とあちこち
を探して回っていたようだ。自分もここに来るまであちこち歩いていたというのに、よく
鉢合わせしなかったものだとフェアリスは思う。
 なんだかおかしくなってきてしまい、フェアリスの口元から微かに笑みがこぼれる。

「フェアリス?」

 突然笑い出すフェアリスを見て、ロードが怪訝な顔をする。
 随分と些細な事で悩んでいたものだ。彼は自分にとって何より「大切な人」であり、伝
えたい想いも言いたいお礼も数え切れないほどある。「バレンタイン」というものをちゃん
とは理解できないけれども、このチョコに込めたい気持ちならあるのだから。

「わたしも、あなたを探していたの」

 緋色に染められた世界の中で、昼と夜の狭間にある刹那の優しさの中で、フェアリスは
手にした包みをロードに差し出す。

「はい、ロード」

 小さな甘いお菓子の中に、精一杯の「ありがとう」の言葉を込めて。

 聖バレンタイン。
 今日は、想いが交わされる日。

END