谷の下、どうやって行き来していたのか?
アプローチが難しく、どのように家財道具、食料品を運んでいたのか?
鉱山事務所兼、住居であったと思われる。
しかし、かなり危険な状態である、いつ崩れ落ちるか分からない。。。
痛み具合は厳しい・・・


街道より谷に降りこの場所に辿り着いた。

住居と、鉱山事務所を兼ねていたと思われる。


 
1階の床は抜け落ち、下手にアプローチすると
ちょっと危険と思い、立入はしなかった。
 2階への階段を上がりすぐに現れるのがこのスペース。
 この収納スペース類は、ロッカーとして使われていたと思われる。

 
ロッカースペースは、ご覧の通り床が抜け落ち危険がある
下の階層の「消火器」のマークが見える。
 すぐ右側の部屋は生活感溢れる場所だった。
 「電機アンカー」「コタツ」昔懐かしい「トースター」「裁縫道具」
 「布団」「お仏壇」までそのままになっている・・・位牌の様な物が
 倒れていたが、直してあげた方が良かったのだろうか?

 
この写真を見て何か変わったところが見受けられる。。。
読者もお分かりだろうが、「卒業アルバム」だけが
埃を被っていない・・・。「まさか?誰かいるのか!!」
今は居ないだろうがwwつい最近にここに誰かが来たのであろう。
 転がっていた写真は(1971年)自分が生まれるより7年前。
 クリスマスが近く、新年も近かった。

 
こちらは立ち入れなかった1階部分、こちらは整然としている。
棚にも遺物はなし。ガラスは割れ、窓枠はゆがんでしまっている。
 真裏にも木造製の廃墟を確認。しかし土台が凄い!
 木材により崖に建てられている。これは怖い。。。

 
実に「スリリング」な家である。コンクリート製でなければ
おいそれと寝ていられない。。。
 さすがに木造でトタン屋根、状態は良くない。。。もしかすると。

 
「い、家じゃねぇ」外観は家だが、もう張りぼて状態・・・
床や畳は抜けている。
 玄関に近づいたが「ガラス戸」が弓の様に
 しなってるのが分かるだろうか?もう少ししなったら勢い良く
 割れてしまうであろう。やはり斜面側へ傾いているのである。

 
こちらは炊事場と思われる、昔の炊飯釜や鍋がそのまま残る。  戸棚には食器、イスや冷蔵庫、ストーブが残る。
 それにこのタイプの黒電話機、鉱山関係の廃屋で見られることが
 多い気がするのだが。。。

 
この場所も長くはもたないであろう。。。もって10年位か?  

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