Vancouverにて2(May 1999 - July 2000)

Student Authorization(visa)延長

さて、夏以降もカナダに残るためにはvisaの更新が必要。今から思えば、この時期にどうして移民申請をしておかなかったのか自分の浅はかさが悔やまれます。Work Authorizationが取れないかどうかも調べてはみたけど、やっぱり無理そう。結局、Student Authorization(visa)を延ばすのが一番手っ取り早そう。ここで思い出したのが、最初のルームメイトのJasonがunclassified studentという身分で大学に残っていたこと。条件を調べたら、recognized universityのdegreeを持っていて、TOEFLのスコア要求を満たしていることで、これは問題なし。UBCからのunclassified studyへのadmission letterなどの必要書類を添えて出したら、申請通りの翌年の8月末までの延長が認められました。

浪人生活 1999夏

日本からの交換留学生は、日本の大学で授業が始まっているので、4月の期末試験の終了早々に帰国するのが普通ですが、立命館大学の交換留学そのものは1年の期間があり、夏まではそのまま滞在可能となっていました。visaは7月の末までありました。これからは成績の取れる科目を登録してGPAを上げるのが最重要課題でした。でも夏期はコースもあまり開かれておらず、commerceの科目は学部の学生が取る分しか用意していないということで、取らせてくれませんでした。また、授業の進度が倍になるので、多く登録すると死んでしまいます。死ぬのはMBAに入ってから十分、ということで登録したのは、ECON303:Intermediate microeconomics IIでした。これのIは前期に取っていて、そのときの成績は悪かったのですが、ちゃんと勉強すれば何とかなりそうだったのでこれを選びました。結果的にもA-がとれたのでOKで良しとしましょう。midtermでの失敗が悔やまれますが。

それから、英語の勉強になるだろうと思い、HIST125:The Main current of 20th century in Europeを登録しました。高校で世界史を取ってない自分が良い成績を取るのは難しかろうと思ったので、成績の出ないAuditにすることにしました。英語の勉強でGPAを犠牲に出来ません。結局、paperは提出したのですがexamは受けませんでした。このcourseのreading assignmentはとても多く、普通の時期に開講された場合は通年で6単位の科目とうこともあり、required bookが7冊のpaperback。text bookはoptionalの扱いとなっていました。reading assignmentにはpaper backに加えてjournal paperが配布されました。週に2回3時間の授業がsummer sessionのペースで、講義の後には、reading assignmentを読んでないと加われないgroupに分かれてのdiscussion。読めてないとものすごく肩身が狭い。いや、読んでは見たんですよ、でも見えてこない。これでfirst yearの科目か?人文系科目、恐るべしの感を強くしました。はっきり言って、Commerceのコースよりずっと大変でした。Commerceなら数学で誤魔化せる科目もありましたが、Historyではそうはいかないからです。

GMATの勉強をする必要がありました。調べるとKAPLANが通いやすい所に移ってきていました。Verbalのコースだけ取れないかと聞いてもセット販売なので、仕方なく両方とることに。結局、Quantitativeのコースは全く無意味で、Verbalもとても役に立ったとは思えませんでした。唯一有意義だったのは友達が1人出来たこと。彼女の名前はJing、自分で貿易業を営んでいて、ヨーロッパのMBA programに興味があるとのこと。MBAにbrandを求めているわけではなかった。同い年だが、お金にも不自由していない羨ましいご身分で、単にヨーロッパで1・2年ほど暮らしてみたいらしい。visaの関係で、長期の滞在をするためには理由がいるとのことでした。

阪大の博士課程の学生で、UBCのEducationにきて勉強と研究をしていた学生が、帰国するとのことで送別会に声が掛かりました。自分の住んでいるresidenceの別のユニットで行われていました。名前は聞き及んでいたのですが会ったことがなかった、UBCに9年いて「主」と呼ばれる日本人(EconomicsのPh.D. programに在籍)とも初めて会いました。この彼がpartyのhostでした。ここでも重要な出会いがありました。hostのroommateでUBCのPsychologyのPh.D. programに在籍するAlex。彼もパーティーのhostingを手伝って、飲み物なども用意してくれていました。色々話をしていると、彼は毎週金曜の晩にbridge partyをhostしているとのことでした。たまたま自分も中学の頃からbridgeには興味があって、周りを引き込んで遊んではみたものの、友人仲間でこのゲームが麻雀ほどの人気を博するには至っていませんでした。UBCに来てから、bridge associationに入ってはみたものの、クラスのスケジュールに重なったりで定例のセッションに参加できないでいました。Alexは興味があるなら、次の金曜7:00pmにこのユニットにどうぞと言ってくれました。そうこしているうちに、短かった1999年の夏は足早に過ぎていきました。

Bridge Party

Bridgeはcontract bridgeのことをさし、セブンブリッジとは全く別のトランプゲームです。ゲームのルール説明はここでは端折させて貰います。このゲームではカードが配られた後で、auctionが行われます。この際にconventionというものがあるのですが、Alexのbridge partyではnatural bidding、即ちnon-conventionで行われていました。実は日本では、natural biddingやconventionのことはそういうものがあるらしいということはも知りつつも気にせずプレイしていましたので、自分はこのグループでは全く通用しませんでした。natural biddingの許で、自分のhandの点数を計算して、partnerやopponentsのbidを理解して、自分が取りえる妥当な選択肢が分かるようになるまでは、結構時間が掛かってしまいました。勿論、特定のbidding systemに従わなければならないルールは無いのですが、従うことでbidがhandの強さをより正確に反映するので、contract成立後のプレイをより緊張感のあるものにしてくれます。プレイ技術に関しても、finesseはここで学びました。実は自分は、bridgeのことを何も知らなかったのです。

自分が馬鹿に思えて悔しい思いをしつつも、なんとか続けられたのは、Alex始めとするメンバーが辛抱強く教えてくれたからだと思います。そして、このbridge partyは、自分にとって最も重要な英会話練習の機会でした。気を抜くと"l"の発音で、舌先を上前歯の根本付近(一言で書けないかぁ)に付けるのをつい忘れてしまうので、"club"の発音の間違いを指摘されたことがあります。プレイしながら話もしますし、bridgeは一度にプレイ出来るのは4人までですので、4人から外れれば、外れたもの同士で話しもします。毎週金曜日の7:00pmから深夜過ぎまでwineやカクテルを飲みつつ、Alexが用意してくれるつまみを食べて、bridgeで遊びながら過ごすのは、我が人生で最も贅沢な時間であったといえるでしょう。partyが終わってからもぐだぐだと長話をしたのも佳い思い出です。

English Language Institute of UBC

カナダ滞在も2年目に入ろうとしているとき、KAPLANで知り合った、JingがUBCのELI(English Language Institute)にfull-timeで通うと言いました。いわゆるESL学校でどの程度効果が期待できるか疑問もありましたが、KAPLANが終われば会う機会が減るのは少し寂しかったのも事実だったので、自分も通うことを検討することにしました。ELIの受付で話を聞くと、classは6段階のレベルに分かれていて、3つカテゴリー、reading, writing, listening&speaking(6段階目には無い)の中から一つずつコースを取るのがfull-time ELI studentの標準らしかったのですが、UBCの学生ならreadingだけ、writingだけを取ることもできるとのことでした。ELIのtermは大学のtermより少し短くなっていたが、各コースではクラスは100分の授業が週に4回で、金曜にはworkshopということで、登録のコースに関係なく様々なセッションが取れる。tuitionもコース1つがUBCのコース1つほぼ同じ値段なので、時間単価半分ならいいのではなかろうかと納得してplacement testを受けたところ、一番上のクラスに点数が少し足りないと言われてショックを受けました。是非、上のクラスに入れて欲しいとお願いしたら、認めてくれました。GMAT対策を念頭に置いていたので、academic readingのコースをとることにしました。readingのクラスと言いながら、assignmentはwritingばかり。これは、自分には好都合でした。Instructorは教養のある比較的年輩の女性で、単なる英語屋さんでないことはクラスを楽しいものにしてくれていました。クラスも思っていたよりも手応えがあって、KAPLANよりもずっと勉強の面で有意義でした。でも、Jingはplacement testの結果、一つ下のクラスに入っていたのは予定外でした。

金曜の午前中に行われるWorkshopは10以上のsessionがありました。レベルに幅があるので、自分に合ったのを見つけるのに少し時間が掛かかりましたが、Newsを観るsessionが一番気に入りました。内容はCBCというNHKのカナダ版のような放送局のビデオに録られたその週のNewsを観つつ、配られたTranscriptの穴を埋めるというものでした。穴埋めの対象になっているのは、idiomaticな表現なので勉強になりました。穴埋めに平行しつつ、ニュースの背景なども、説明してくれるのでカナダの現状を理解するのに大いに役立ちました。途中からTOEFL writingのセッションも開かれたので参加しました。TWE3.0の247では心許なかったのでTOEFLは受ける必要がありました。セッションでTWEがどのようなスタイルを好むのかを習って、幾らかの練習をして受けた結果、TWEは5.5にまで上がったので、TOEFLで落とされることが無くなったのは安心できるものでした。

年明けの後期は同じレベルのacademic writingを取りました。UBCのコース、MBA出願のためのessay writingもあり、このコースのassignmentに労力を割けなかったが残念でしたが、クラスは十分有意義でした。やはり、餅は餅屋というように、英語の勉強がしたいなら、英語学校の方が効率的なのだとということが分かりました。大学ではこれを専門にしない限り、英語はあくまで道具なので、道具の使い方は学べないでしょう。Professorも提出物にフィードバックをくれはしますが、道具の使い方レベルまではくれません。求められる道具の基本的な使い方も知らずに大学院に入ると苦労させられるでしょう。最初から上手に使える必要はないでしょうが、どう使うべきかも知らず我流でやると、なかなか進歩しませんから。

Vancouver Symphony Orchestra

日本でもそうですが、大都市にはプロのSymphony Orchestraの一つぐらいあるもので、Vancouver Symphony Orchestra(VSO)というのがVancouverにもあります。どうやって自分の名前を見つけたのかは良く知りませんが、8月にVSOからBrochureが送られてきました。seasonが9月に始まって翌年4月に終わるということになっていて、season中に幾つかのseriesが設定されています。自分が好んできくOrchestraが中心なのは、DiamondとGoldという名前のseriesで、自分でも知っている曲目が多い、Goldのseriesが良さそうに思えました。一つのseriesに全部で5回のコンサートが組まれています。学生割引が大きく、A席のseries ticketがC$125でした。一回当たり、C$25=\2,000は安いと思えました。実のところ、seriesというのは便宜上設定されているだけで、希望に応じて追加や別のseriesのコンサートとの入れ替えが出来ることになっていました。そこで、diamond seriesの中から五島みどりのコンサートを追加しました。締めてC$150。まぁ、文化的な生活を送るためには、多少の出費は仕方ないでしょう。Jingを誘ってたら、同じチケットを買って一緒に行くことになりましたので、独りでコンサートに行くという情けない思いはせずに済みました。

VSOはVancouverのdowntownのOrpherum Theatreをhomeにしています。Orpherum Theatreは、adult shopが並ぶややいかがわしい地域に近く、外観はお世辞にも綺麗とは言えませんが、中はしっかりとしており、コンサートホールとして恥ずかしくない内装が施されています。写真を取ろう思ったのですが、禁止されていたので取らずじまいでした。ticketの購入の際は、A席で2席続きで残っているところは多くはないとのことでしたが、席は一階席、前から6列目の真ん中よりやや右で、Concert Masterの顔がよく見える位置が確保できました。後で聞いたところ、一階席は音響が今ひとつで、二階席前列がOrpherum Theatreで最もよいとなっているそうでした。道理で、このあたりの席はS指定になっていたわけです。

MBA出願記

準備

まずMBAのガイドブックを何冊か買いました。それからJingがDowntownのホテルでCareer FairというカナダのMBAの説明会が行われることを教えてくれ一緒に行きました。ここで、多くのカナダのMBA Programのパンフレットを手に入れることが出来ました。Ivey, Queen's, U of T, U of Calgary, Dalhousie, U of Alberta, U of Windsor, McMaster, Simon Fraser, UBC, St. Mary'sなどのパンフレットを入手しました。始めて存在を知る大学もあって、中身についてはよく分からないというのが実情でした。卒業後の平均給与は一部を除いて大きな差はなく、平均GMATの点数を気にしがちでした。日本人的です。必要なことは、TOEFL250以上に上げる、GMATのVerbalのセクションを上げる、出願先の決定、推薦状の手配essayを書くこと、成績証明書の手配でした。しかし、大学の科目も登録しなければなりません。勿論、登録科目数は最小限にしてはいましたが、まともな成績を収める必要があり、学校の勉強に結構時間を取られました。ELIの勉強もありました。狙いはこれらを通じて、自然な英語力の向上を目指すというものでしたが、うらを返せば、GMAT向けの勉強や、TOEFL向けの勉強はあまりしていないということでした。TOEFLは12月になんとか267が取れましたが、GMATはその時点でも630点にしか達しておらず、肝心のVerbalは26しかありません。これでは、出願できるところは限られてしまいます。

出願開始

まず、滑り止めとしてUniversity of Windsorに出願しました。このMBA programは平均GMATが580と低く、verbal sectionの最低要求点26をどうにか満たすことが出来たこと、Co-op MBAという、企業での勤務が組み込まれたMBAを提供していたことが選択の理由でした。加えてprogramの開始が5月と変則的で12月1日が締め切りだったQueen's Universityにも出願しました。Verbalで28、Quantで51、総合670、AWAで4.0が取れたのは1月の終わりでした。これでGMATは打ち止めにしました。結局GMATに直接向けた勉強は、夏のKAPLANで受けた講義とOfficial bookでSentence Correction(SC)とCritical Reasoning(CR)のセクション解いたぐらいでした。ARは時間がかかりすぎるので、勉強してるのが嫌になって、半分ぐらいしか解きませんでした。GMATの勉強は嫌いでした。Official bookのCRの後半の問題では80%程度の正解率が得られるようになっていたのですが、時間がかかりがちなのが問題でした。そこでAnalytical Readingを吹っ飛ばし、SCはちゃっちゃっと考えて、CRを頑張って考えるという方針で取ったスコアでした。AWAは答案例がかかれた本を時折読んだ程度で、書いた回数も本番で書いた回数のほうが練習より多かったぐらいですから、4.0が取れたのはラッキーでした。

Queen'sから返事が来て不合格でしたが、来年の審査に興味があれば手数料なしで来年の審査に回してあげるとの返事でした。脈はあるのかな?と思わされました。この時点ではアメリカのMBAにも色気が残っていました。目標をIveyとアメリカの公立で学費が比較的安く、ランクが中堅に位置していたUniversity of North Carolina - Chapel Hillに設定しました。UBCは再出願で、GMATの点数から最悪ここは大丈夫(結果的にそうではなかったのですが)だろうという読みもありました。どちらも締め切りぎりぎりに出願したIveyとUNCの面接に呼ばれたのは3月の末で、日程はUNC:4月10日、Ivey:4月12日に設定されました。帰ったら直ぐに期末試験が待っているという状態で、これが始めての東海岸遠征でした。

Iveyでは大失敗をしてしまいました。学校が面接に先立ってクラス見学を設定してくれており、最初にadmission officeを訪れた際にくれた紙に開始時刻、教室が書かれていたためそこに直接行ってしまいました。実は学生が迎えに来てくれるようになっており、待ち合わせの場所が指定されていました。admission officeで紙を渡されたときに説明を受けている筈なのですが、説明を聞き逃し、紙に書いてあることすらすら見落としていました。面接の前にそのことを告げられ、平常心を失ってしまいました。ああ、こいつはやっぱり英語が聞き取れていないなと思われたに違いないなぁ、どうやったら取り返せるだろうかなど考えて焦るなか、面接は過ぎていきました。その挙げ句Verbalのスコアが足りないから、来年もう一度出願してよと言われる始末です。この時点でIveyは諦めました。

UBCの締め切りは2月末で、UBCでの成績表、UBCの教授の推薦状、昨年のものから少し手を入れたessayなどを提出して再出願していましたが、返事が遅れていました。状況を聞きに行ったところ、pendingとの返事。officeの人も別に悪いことを意味はしないと言っていました。昨年はこの頃には既に不合格を貰っていましたから、そんなもんかなぁ、と思っていました。UBCの後期の試験が終わってから、ゴールデンウィークを含むように日本に2週間帰りました。出願の結果待ちの状態でした。しばらく会っていなかった友人に会い、推薦状でお世話になった方々へのお礼に回りました。実家に届いていたNote PCにカナダから持ってきたCDから写真を移し、皆に見せて回りました。落ち着かない日本滞在は慌ただしく過ぎて行き、Note PCを背にカナダに戻りました。

不合格通知

カナダに戻ってから、結果が届き始めました。UNC, Iveyと不合格が続きました。残念でした。Queen'sに再審査を願い出ました。程なく、MBA Programの説明会にVancouverに来る機会があるのでそのときに面接を行いたいと言われました。面接に同席していた教授が、自分に推薦状を書いてくれたUBCの教授を個人的に知っているなどの話も出て、和やかに進みました。この面接はそれまでに較べれば、かなりうまくいったと思っていましたが、結果は不合格でした。面接でUBCでの最も新しい成績表を提出するように求められ、それに記載された芳しくない2年目の後期の成績が悪影響を与てしまいました。

UBC悪夢再び

UBCからの不合格通知には、大いにショックを受けました。なんで?という感じでした。昨年と同様、academic advisorにappointmentを取り、話を聞きに行きました。私の出願書類がまとめられたportfolioを持って現れた人は昨年とは変わっていました。会って驚きました。1年目、International Houseでお世話になった人ではありませんか。ついこないだからこの仕事に移ったと言っていました。昔話はそこそこに、本題に入りました。なにが悪かったか?と聞くと、成績とGMATと言われました。UBCでの1年目前期の成績はどうしようもなかったけど、後期、夏学期、2年目前期と良くなっているでしょ?それはちゃんと認識してくれているようでした。でも2年目の後期は下がっていることを指摘されました。出願準備忙しかったんですといいわけをせざるを得ません。それに、去年は出願時の成績しか見ないと言ったのに今回は、出願時に出した成績をほったらかして、勝手に成績表を取り寄せて(勿論、同じ大学だから技術的には十分可能)それに難癖つけるのはおかしいんちゃうか文句を言いましたが、より深く志願者を評価するのは大学側の権利だと言われました。すこし腹が立ってきていました。極めつけは、GMATのスコアでした。GMATのVerbalのスコアが良くないよねと言われて、またかぁ、と思っているところに見せられたのは、1年目のGMATのスコアレポートでした。Verbalは20です。その通り悪いです。それは最新のスコアではない、Verbal 28のスコアレポートはUBCのMBA admissionsに送るようにしたはずだから、それがあるはずでしょ?と言いました。でも彼女のportfolioのなかにはありませんでした。届いていなかったのでしょうか。

彼女はちょっと待ってと言って、文書庫に入っていき、数分後、こちらが送ったと言っていたスコアレポートを持って出てきました。自分やETSがポカをやったわけではなかったのです。常識から考えて、彼女が持っているportfolioはadmission committeeが使っていた出願者毎に書類を纏めたportfolioですから、このスコアレポートは本来入っているべきportfolioから脱落しており、admission commiteeは見ていないと考えざるをえませんでした。ちゃんと送られていたにもかかわらずです。でも、彼女はadmission committeeはこのスコアレポートを見ていると私に言いました。どうすればあなたが今言ったことを信じられるんでしょうか、なにかcommitteeが見たという客観的証拠を示して下さい!(状況証拠は見ていないことを示していたのです。)彼女は何も示してはくれませんでした。代わりに聞いてきました。他にどこか結果待ちをしているところはないのか?WindsorのCo-op MBAの面接がある、と答えました。すると、もしWindsorが駄目だったら、大学に再審査の請求のアピールを提出してみてはどうですか?と言われました。この時、UBCに愛想が尽きました。アピールもくそもあるかい、然るべきportfolioに入れ損なったんはそっちやろ、なんで今すぐやらない?もうそうまでしてUBCこだわりとうない。せやったらWindsorに行ったる!感情的になっていて、言葉の選択を間違っていました。I cannot believeではなくI am not convincedと言うべきでした。そうすれば事態は違っていたかもしれません。

背水の陣

出願からだいぶ時間が経っていましたがWindsorからCo-op MBAへの面接に呼ばれていました。でも、それまで面接に呼ばれて、悉く惨敗してきた私はかなり焦っていました。書類的に自分がWindsorに問題があるとは思えなかったのですが、面接でうまくいかない危険性は十分にあると思えたからです。面接が不首尾でも、通常のMBAに回される可能性はありましたがCo-op MBAでなければ、Windsorに行く意味はほとんどないように見えました。かといって、もう一年棒に振ることは事情が許しません。

既に6月に入っていましたが、他を探しました。Simon Fraser University(SFU)がMBA Management of TechnologyというProgramの2期生を募集していました。これは開始時期がずれているため、締め切りが7月1日でした。しかし、出願資格にB. Comm.が求められており、自分は持っていません。でも立命館の経営学部での単位と、UBCでの単位がありました。このMBA Programの責任者と話をする機会を持って、これらの成績表のコピーを見せてたところ、出願資格があると認めてくれました。もう一校ありました。McMasterです。ここの締め切りは5月1日でした。TOEFLとGMATのスコア並びに推薦状を一通だけ送ってあったのですが、UBCは大丈夫だろうと思っていたため、結局出願していませんでした。加えて、ここでもCo-op MBAが提供されていたのですが、留学生は駄目と明記されていたのであまり気乗りがしていませんでした。このMBAのsiteを見たところ、e-commerce streamについては募集を継続しており、締め切っていないと書かれていました。computer scienceやelectrical engineeringなどのIT関連の背景が出願資格になっていました。自分に出願資格はありそうでした。実のところ、e-commerceはちょっとなぁ、と言う気持ちが無いではありませんでしたが、贅沢は言っていられません。

SFUのMOTかMcMasterのe-commerce、両方への出願は時間的に苦しいと思えました。出願に際しては、推薦状も集めなければなりません。1年目の後期に授業を取って、その後もお世話になっていたUBCのマーケティングの教授のところに行きました。現状を説明して、SFUのMBA MOTかMcMasterのe-commerceも考えている。2校とも出願するのはessayの準備が時間的に厳しい。もしどちらか一方選ぶとすれば、どちらがいいと思うでしょうかと聞いたところ、SFUは新しいことが好きな分、新しい物がいつまで維持されるかも読みがたい傾向がある。SFUの通常のMBAならSFUだが、全く別のprogramとして一年前から提供され始めたMBA MOTを勧めることは躊躇するとの見解でした。加えてMcMasterの方がessayの負担が軽かったとから、教授にMcMaster向けの推薦状の執筆を依頼しました、

2度目の東海岸遠征になります。WindsorはOntario州の南の端にあるアメリカとの国境の街です。Torontoまで飛行機で移動し、そこから鉄道で途中Londonを経て約4時間でWindsorに着きました。Windsorは自動車の街Detroitの南側に位置して、Detroit川が国境になっています。面接は出願時に提出していたresumeをもとに行われました。留学生については、会社で働ける水準の英語でのcommunication能力を見極めるの必要があるので面接が必要とのことでした。まぁ当然でしょう。質問内容は覚えていませんが、これに失敗したら後がないという状況だったので、かなり緊張していたように思います。面接が終わった後はどっと疲れました。失敗はしなかったけど、あまり自信もないという状態でした。Windsorにはカナダ屈指の規模のCasinoがあります。面接が終わってから行きました。大きな雇用を生んでいることがつぶさに見て取れました。面接の翌日にDetroitと共催になっている北米最大とのふれこみの花火大会が行われることを宿泊先(大学の寮に宿を取っていました)で知り、滞在を一日延ばしました。開始まで空はぐずつき、開催が危ぶまれましたがなんとか決行され、すばらしい花火大会を楽しむことが出来ました。

花火大会の翌日はMcMaster大学のあるHamiltonに向かいました。出願はVancouverを発つ前にOn-lineで済ましていたのですが、e-commerce志願者だけが提出しなければならない文書が一通、システムが対応していないため、ハードコピーでの提出が必要でした。勿論、郵送でよかったのですが、どうせなら学校も見ておきたいと思い、直接窓口に提出に行きました。その時期も授業が行われていたのですが、夏休みの最中だから授業は行われていないと思っており、何も聞かず書類を提出しただけでした。Educational Trading Centreを見学しましたが、自分はe-commerceだからあまり関係なかろうなぁと思っていました。さて、出来ることはすべてしたつもりでした。これで駄目だったら、looserとしての帰国もやむなしです。

カナダ観光

Niagara Falls

前回の東海岸遠征では時間的な問題があり、観光もほとんど出来ませんでした。今回はNiagara Falls, Montreal, Torontoでの観光を計画に入れました。WindsorからHamiltonによってからでしたのでNiagara Fallsに着いたのは夕方でした。ライトアップされたNiagara Fallsを見に行き、ここでもカジノを覗きました。WindsorではBlack JackでC$100ほどカジノに貯金したので、ここで引き落としをと目論んだのですが、Windsorでは1回の掛け金の最低額が5ドルというテーブルがあったのですが、Niagara FallsのBlack Jackのテーブルでは最低でもC$25ととても怖くて手が出せませんでした。最低C$100とかいうテーブルで遊んでいる人たちがごろごろいるCasinoは少し怖いです。Niagara Fallsはスロットマシーンに更にC$30ほど貯金しました。

翌日はよく晴れ、日中は滝観光に費やしました。写真をたくさんとりました。Note PCに持って旅行しており、撮った写真はすぐにNote PCに移せますので、メモリのことを気にせずがんがん撮れます。動画も撮りました。でも、当時使っていたQV-2000UXは動画に音が付かないので、Niagara Fallsの迫力があまり伝わらない動画しか撮れませんでした。その日はたまたま金曜日で、毎週金曜日の夜は花火を上げることになっているとのことで見に行きましたが、Windsorで派手な花火を見てきたばかりこともあり、ショボさだけが印象に残っています。

Niagara Fallsでは2泊しました。一人旅ですから、2人での宿泊が前提料金になっているホテル止まるのもばからしい話です。夏はカナダの観光シーズンであり、B&BですらC$60前後の結構な値段をとります。安くあげようとすると、Youth Hostelに泊まることになります。一泊C$24ですから、他の施設に泊まる気がなくなります。Hotelとしては初めて泊まったのがNiagara FallsのYouth Hostelで、その後は旅行ではYouth Hostelに泊まることがほとんどです。

Montreal

東海岸での長距離移動は鉄道を使いました。カナダではVIA Railと言う名前で鉄道が運営されています。Niagara FallsからMontrealまでVIAで行くには、Torontoでの乗り継ぎが必要でした。Montrealは丁度Jazz Festivalの最中で、Youth Hostelの予約が取れない状況でしたが、当日の11:00amしてみろと言われていたので、Torontoに着いてから電話を入れたところ、なんとか安い宿が確保出来ました。Toronto-Montreal間は約500km離れていますので、ほぼ、東京−大阪間と同じです。勿論、新幹線は走っていませんから、5時間程度かかります。Via Railはエコノミークラスの乗車賃でも決して安くはないのですが、International Student Card Identity Card (ISCI)を持ていれば40% off(後に35%) offという割引が学生にはありますので、これならバスに近い料金になります。列車の座席は広く、乗り心地はバスよりも遙かに優れていますので、自然と鉄道を選びます。

列車はほぼ満席でした。隣に座った人はHigh schoolの先生をしていて、夏の間OntarioからQuebecへ短期留学(?)をする生徒の引率だといっていました。自分がMontrealに着いてもどこに行くか決めてない、と言うと、野球でも見に行ってはどうか?と示唆してくれました。ちょうど、佐々木選手がMarinersに来て活躍していた時期で、こちらが日本人であることから野球の話が出ていたからだと思います。VancouverからMajor League Baseballを見にいくなら、国境を越えてSeattleにまで行く必要があり、佐々木選手を見に行きたいと思いながらも行ったことはありませんでした。MontrealにあるチームはExposで、伊良部選手が在籍していた時期でしたので、ひょっとしたら見られるかもという期待はありました(実はその時期彼は、ベンチにいなかったようですが)。Montrealで列車を降りたところ、Niagara FallsのHostelで会って、晩飯を一緒に食べに出た日本人を見かけました。少し驚きましたが、声をかけて、今日の観光予定を聞いたところ、白紙とのことでしたので、一緒に野球を見に行くことを提案しまた。幸運にも賛同してくれました。彼女は旅行が好きで、普段はバイトをせっせとしてお金を貯めて、大学が休みの時期に海外旅行をするという大学生でした。

試合のチケットを球場前のダフ屋から買ったのですが、本来払うべき金額よりも高い金額払ってしまいました。騙されてたというよりも、私がどうしようもなく馬鹿でした。ダフ屋を責める気にもなりません。おかげで彼女には無駄な出費をさせてしまい、いまでも大変申し訳なく思っています。試合そのもは楽しかったです。Exposの試合は日本で見た阪神の試合を彷彿させてくれる、ショボいプレーの連続だったからです。違いは、試合が静かに進むことと、客の入りがとっても悪いことでした。日本では応援がどんちゃんどんちゃんかましますが、こちらではそういった活動は行われておらず、試合が淡々と進むという印象は否めません。日本の野球の賑やかさものが懐かしいと思ったのは事実です。客の入りに関しては、ロッテ・近鉄戦並というと言い過ぎかもしれませんが、根本的に、French Canadianの街で野球に人気が出ることを期待するのが間違っているようです。その分、イニングの合間に我々も大型画面に映し出して貰えるという体験ができました。幸か不幸か画面ではkissの催促はありませんでした(勿論、French kissを勝手に披露しているカップルもありましたが)。試合は当然のごとくExposが負けました。

試合を途中で切り上げて、旧市街地に向かいました。二人ともおなかが空いていたからです。フランス料理を食うべし!ガイドブックを頼りに店を探して、勇んで入ったところ、ラストオーダー過ぎていると言われてしまいました。じゃあ別の店を探すだけのことなのですが、他も閉め始めていていたり、値段の問題もありで、決めあぐねてしまいました。結局2人が入ったのは、KEGというレストランでした。Lobsterが食べたかったのからです。でも、ここまで来てチェーン展開しているレストランは拙かったと後悔しました。料理は美味しかったの救いですが。この日は、Canada Dayと呼ばれる建国記念日で祝日だったのですが、Montrealではあまり特別な行事はやっていないようでした。OttawaやTorontoでは花火を上げて盛大に祝うようですが。

彼女も自分と同じYouth Hostelに寝床を確保しようとしたそうですが、とれなかったので別のHostelに宿をとっていました。翌日観光を一緒にしようといっていたのですが、予定していた連絡がつかず(お互いHostelだったので、フロントデスク経由で連絡をつけざるをえず、これがうまくいかず連絡がとれませんでした)、一人で行動する羽目になってしまいました。旧市街地を巡り、Mont-Royalから街を眺め、Jazz Festival覗き、夜には花火があると聞いたので、また見に出かけました。今回の旅行は花火ばっかりです。

TorontoそしてVancouver帰投

翌日の朝にはTorontoに戻りました。彼女も同じ列車でTorontoに戻ることになっていたのですが、彼女は現れませんでした。ここでもすれ違ってしまったようです。また独りで、今度はTorontoをうろつきました。Center Islandというところで、屋外コンサートがあるとのポスターを見かけてわざわざ船に乗って行ったのですが、会場はがらんとしていました。日付を間違えるという間抜け野郎でした。TorontoのHostelでようやく彼女と会えました。フロントが話し中で連絡がつかなかったこと、HostelからVIAの駅までの地下鉄が途中で止まって立ち往生に巻き込まれ、列車に乗り遅れた(地下鉄の立ち往生は自分もその前日に体験していました)とのことでした。彼女は翌日朝早く、アメリカへと飛び立ちました。私は昼過ぎにVancouverに戻る飛行機に乗りました。

MBA出願記(続き)

合格通知

Vancouverに戻るとすぐに、McMaster大学から連絡がありました。立命館大学の成績表が届いていないとのことでした。送ったつもりだったのですが、勘違いをしていたようです。審査用にファクスを送ると共に、正式の成績表もすぐに送ると伝えました。加えて、e-commerceに出願しているが、それが万一駄目な場合、通常のFull-time MBAでの受け入れを考慮することを希望するかと聞かれました。正直に答えました。実のところ、Full-time MBAでの受け入れの方が有り難いと。実は、e-commerceよりもManagement of Innovation and New Technology(MINT)に興味を持っている。出願が間に合わなかったので諦めていたが、Full-time MBAにadmissionが得られるならば、むしろその方が嬉しいと伝えました。 実のところ、e-commerceには「流行物」という懐疑的な気持ちを持っていました。Windsorでの面接では、visa取得にかかる時間があるから早めの返答が欲しいとと伝えていました。WindsorからCo-op MBAへの合格通知が2週間ほどで届きました。正直ほっとしました。しばらくしてから、McMasterのMBA Programから通常のFull-time MBAへのadmissionが出ました。

選択肢:Win or Mac

ようやく自分に選択肢が出来ました。WindsorのCo-op MBAか、McMasterのFull-time MBAです。WinとMacの選択です。PCなら躊躇なくWinを選んでいるのですが。これはそう単純ではありませんでした。カナダ国内の認知では、McMasterのMBA方が、WindsorのMBAよりも上なのは明らかでした。しかし、MacのMBAはCo-op MBAを提供しており、MacのMBAへの認識はこのCo-op MBAに基づいているという印象を抱きました。しかし、自分がMacから貰ったadmissionはFull-time MBAに対するものでした。この要素は割り引かなくてはなりません。カナダでは、夏の間のインターンで留学生が働くことは通常不可能で、労働ビザがおりて、合計8ヶ月の勤務経験が積めるWindsorのCo-op MBAは魅力的なものに映りました。しかもWindsorのMBAの学費は、中古車が買えるぐらいMacに対して安くなっていました。UBCの教授やカナダのMBA事情に明るい人(日本人ではほとんどいないのが実情ですが)に相談しました。結局、専攻として用意されているMINT、学校のブランドイメージ、学部自体の規模、教授の出身大学の違いなどの面からMcMasterを選びました。そして入学後、MacでCo-opに移る機会に恵まれました。結果的には悩む必要は無かったのです。

UBC in Vancouver