日蓮正宗における著述及び書籍

歴代上人の主な著述


第二祖日興上人
しゅうそ ごせんげ きろく   こうあん
宗祖御遷化記録
 ―弘安五年(1282)十月十六日―

宗祖日蓮大聖人の御入滅と葬送に関する事柄を記録された書です。
                  
内容は、葬送に関することのほかに、大聖人が本弟子六人(六老僧)を弘安五年十月八日に定められたこと、
    ごゆいごん                               むしょ   かたわ             ちゅう        ごびょうない   とど
また御遺言として大聖人御所持の一体仏を墓所の傍らに立て置き、『註法華経』を御廟内に留め置くこと、
          こうげ
六老僧が墓所の香華当番を果たすべきことなどが記されています。

 
ふ じ いっせき もんと ぞんじのこと  えんきょう
富士一跡門徒存知事
 ―延慶二年(1309)―
                            
日蓮大聖人の門弟である六老僧のうち、日昭等の五老僧と日興上人との五一相違を示され、後世の
ゆいかい
遺誡とされた書です。
                           しょうぎ                 はぎり にちえん         ほうぼう
内容は、五老僧の邪義を破して富士門下の正義を顕すとともに、波木井日円の四箇の謗法、十大部御書
                                                               そうもんじょう
のこと、御本尊のこと、本門寺を建てるべき在所は富士山であること、奏聞状のことなどが記されています。
 

ごにん しょはしょう    かりゃく
五人所破抄 
―嘉暦三年(1328)七月―
                おもす               さんみにちじゅん              せいかい                     りゅうぎ
日興上人の命により、重須の第二代学頭・三位日順師が日興上人の制誡と五一の相対、富士の立義など

をまとめたもので、『六人立義抄』『五人所破事』『富士立義抄』とも称されています。
          てんだい
内容は、大聖人を天台の弟子とし仏像に執着する五老僧の邪義を挙げ、それに対比して、大聖人を本仏と
                                             けぎ
拝し曼荼羅本尊をたてる日興上人の正義を明示したもので、富士の信条・化儀を正しく表しています。


にっこうあとじょうじょうのこと げんこう      しょうきょう 
日興跡条々事
 ―元弘二年(正慶元年1332)十一月十日―
                      にちもく            ないふぞく                                ほうとう
大石寺創建のときに、かねて日目上人へ法を内付嘱されていた日興上人が、大石寺の法燈を日目上人に
ゆず               と      ゆいめい     ゆずりじょう
譲り広布の指揮を執るよう遺命された譲状です。
                      いちえんぶだい  ざ す   
内容は三箇条からなり、日目上人を一閻浮提の座主と定め、本門戒壇の大御本尊を本門寺(大石寺)に
                                                   ふもん
安置して、大石寺を官領すべきことなどが示されています。さらに付文として、日目上人が十五歳で入門
                                                        かんぎょう
して以来、七十三歳の老齢に至るまでまったく違失の義がなかったことや、数十度に及ぶ国家諫暁の功績
         ひい
が他の門下に秀でていたことが記されています。


にっこうゆいかいおきもん
日興遺誡置文
 ―元弘三年(正慶二年1333)一月十三日―
                  にちもく
日興上人が入滅に先立って、日目上人をはじめとする後世の門下に対し、広宣流布達成のための万代の
きかん
亀鑑として定め置かれた遺誡です。
                                                      けぎ  かんかい
内容は二十六箇条からなり、いずれの条目も大聖人の御化導と御指南に基づいた信条・化儀・勧誡を含む、
          じゅんしゅ
日蓮正宗僧俗が遵守すべき軌範となっています。

 
第四世日道上人
ごでんどだい     げんこう      しょうきょう
御伝土代 ―元弘三年(正慶二年1333)―
                    そうあん                                                     にちもく
土代とは草案のことで、『三師御伝草案』ともいい、宗祖日蓮大聖人・第二祖日興上人・第三祖日目上人の

史伝を著述されたものです。これは日蓮門下最古の伝記で、正本は大石寺に現存しています。
                                    ごゆいこう
伝記としてのほかに、『日興上人御伝草案』には「日興上人御遺告」として五一相対に関する五箇条が
                        でんちゅう
示され、さらに『日目上人御伝土代』には殿中問答の内容が記されています。


第九世日有上人
けぎしょう
化儀抄
 
        おんじょうもく           にち う                   けぎ
当抄は、古来『御条目』と称され、日有上人が富士門家の化儀・法式を整備し教示されたことを弟子の南条
                   ごせんげ                                        にっちん      けん
日住師が浄書され、日有上人御遷化の翌年、文明十五年(1483)に第十二世日鎮上人に献ぜられました。
                                                         こうかく
内容は、百二十一箇条からなり、大聖人・日興上人の教えを綱格として、修行のあり方や振る舞いなど宗門

の化儀を整足し、さらには大聖人を御本仏として拝する厳格な信心姿勢などについて教示されています。

なお、当時においてこれほど細部にわたる軌範は他門にもなく、富士門流の各山に大きな影響を与えました。
             ゆいかいおきもん                       さんぽうさんき         な
当抄は、日興上人の『遺誡置文』二十六箇条とともに、総本山大石寺の山法山規のもとを成しています。


第十七世日精上人
 ふじもんけちゅうけんもん    けちゅうしょう  かんぶん
富士門家中見聞
 ―(家中抄)寛文二年(1662)―

上代の御歴代上人等をはじめとする主な僧侶の行跡や伝記などを記した書で、上・中・下の三巻から

成っています。
                                                          にちもく  にっけ  にっしゅう
上巻には第二祖日興上人の伝記や行跡が記されており、中巻には本六僧である「日目・日華・日秀・
にちぜん にっせん にちじょう                       にちだい にっちょう にちどう にちみょう にちごう   にちじょ
日禅・日仙・日乗」の各師や、新六僧である「日代・日澄・日道・日妙・日毫(郷)・日助」の各師の事跡が
               にっそん にちいん にちだい にちごう にちじゅん にっぽう にちべん                       にちぎょう
記されています。下巻には日尊・日印・日大・日郷・日順・日法・日弁の各師のこと、また第五世日行上人
        にちえい     にっせい                                                            さんね
より第十八世日盈上人(日精上人を除く)までの伝記が記されるとともに、岩本実相寺縁起や三衣等に

ついて記されています。
           にちりょう                                     にっせい               にっしゅん
なお、第四十八世日量上人は『続家中抄』を著され、第十七世日精上人・第十九世日舜上人より第五十世
にちじょう
日誠上人までの伝記を記されています。


第二十六世日寛上人
ろっかんしょう   きょうほう  
六巻抄 ―享保十年(1725)―
       さんじゅうひでん     もんていひちん     えぎはんもん     まっぽうそうおう    とうりゅうぎょうじ    とうけさんね    
六巻抄は、「三重秘伝抄」「文底秘沈抄」「依義判文抄」「末法相応抄」「当流行事抄」「当家三衣抄」
                            さいじ
の総称をいい、それぞれの草案を享保十年に再治(再び調べ正す)したものです。
                                                     せんよう
内容は、当時の日蓮宗各派の邪義をことごとく破折して、大石寺のみ伝わる正法正義を宣揚し、本宗の
        せいずい  
教義や信仰の精髄を体系的にまとめたものです。
            にちかん                                    にっしょう
この六巻抄について日寛上人は、ときの学頭(後の第二十八世)日詳上人に対し、「此の書六巻の
                       こ と いっとう                           あえ きょうふ
獅子王あるときは国中の諸宗諸門の孤兎一党して当山に襲来すといへども敢て驚怖するに足らず」

と仰せられています。

  さんじゅうひでんしょう
@三重秘伝抄
 ―享保十年(1725)三月上旬 再治―
            ごんじつ ほんじゃく しゅだつ じゅうせんしじん
題号の「三重」とは、権実・本迹・種脱と従浅至深していく三つの法門相対のことをいいます。
     かいもくしょう                       ひょうだい しゃくもん けつもん
内容は、『開目抄』の「文底秘沈」の文を、標題・釈文・結文の三段に分け、さらに義を十門に開いて、
      もんていひちん      じ                                          ほったい
寿量品に文底秘沈される事の一念三千こそが、末法に弘通されるべき法体であることを示されています。

  もんていひちんしょう
A文底秘沈抄
 ―享保十年(1725)三月下旬 再治―
                              もんていひちん  じ               ほったい
本抄は、『三重秘伝抄』によって明かされた寿量・文底秘沈の事の一念三千の法体が、三大秘法の
                                                   にん
南無妙法蓮華経であることを示されています。この三大秘法のうち、「本門の本尊」を人と法、
           じ                          ぎょう
「本門の戒壇」を事と義、「本門の題目」を信と行とに分けて、それぞれの法門的意義が論じられています。

  えぎはんもんしょう
B依義判文抄
 ―享保十年(1725)四月中旬 再治―
     えぎはんもん        もんてい       よ    もんじょう
題号の「依義判文」とは、文底の義に依って文上を判ずるということです。
               しょうぎょう   かいごう
内容は、三大秘法と一代聖教との開合の相を示し、これによって文底の深義より立ち返って見れば、

法華経の文面や天台の文献にも三大秘法が明らかであることを示されています。

  まっぽうそうおうしょう
C末法相応抄
 ―享保十年(1725)五月上旬 再治―
                       ようぼうじ    こうぞう にっしん
本抄は、上・下二巻に分けられ、京都要法寺の広蔵日辰の邪義を破折し、末法相応の修行が示され
                    どくじゅ                                          じゅじ        いちぎょう
ています。上巻では、法華経一部読誦の主張を破折し、末法の修行は妙法五字の受持唱題の一行で
                   しきそうしょうごん      ぞうりゅう                                         にんぽう
あることを明かされ、下巻では、色相荘厳の仏像造立の主張を破折し、末法に信受すべき本尊は人法
いっか  じ                だいまんだら
一箇・事の一念三千の大曼荼羅であることを述べられています。

  とうりゅうぎょうじしょう
D当流行事抄
 ―享保十年(1725)五月下旬 再治―
                         しょうぎょう                           じょぎょう
本抄では、当門流の正しい修行は、唱題を正行とし、方便・寿量の両品読誦を助行とすることであると
                                                 ろんしょう
示されています。また、『方便品第二』と『寿量品第十六』を読む理由を教学的に論証し、唱題の意義は
    げしゅさんぽうそん         しんぎょう
末法の下種三宝尊に対する信行であることを記されています。

  とうけさんねしょう
E当家三衣抄
 ―享保十年(1725)六月中旬 再治―
       とうけ 
本抄では、当家と他門との法衣の異なりを示し、大聖人の法衣の実際を挙げて当家の正しさを証明
                              けさ   うすずみ             じゅず
されています。さらに当家の三衣として、白五条の袈裟・薄墨の衣・円形の数珠を法義的に示し、事相の
                 せんよう
うえからも本宗の正法正義を宣揚されています。


ごしょもんだん
御書文段
       あわ          せいちょうじ   じょうけんぼう
日寛上人は、御本仏日蓮大聖人が著された重要御書について、その真意を明らかにするため、科段を
                         しょうれつ
設け註釈をされ、「文段」「愚記」としてまとめられました。これには『立正安国論愚記』『開目抄文段』

『観心本尊抄文段』『撰時抄愚記』『報恩抄文段』等の十数篇があります。

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