法華経二十八品

法 師 品 第 十


  そ   とき          やくおうぼさつ    よ        はちまん   だいじ
 爾の時に世尊、薬王菩薩に因せて、八萬の大士に告げたまわく、
やくおう なんじ こ                             りゅうおう や しゃ  けんだっ ば  あ しゅら   か  る  ら  きん な ら
薬王、汝 是の大衆の中の、無量の諸天、龍王、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、
ま ご ら が       ひにん         びく    びくに     うばそく    うばい     しょうもん           ひゃくしぶつ
摩p羅伽、人と非人と、及び比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の、声聞を求むる者、辟支佛を求むる者、
 
佛道を求むる者を見るや。
かく  ごと  たぐい  ことごと       おい                 いちげいっく            ないし       ずいき
是の如き等類、咸 く佛前に於て、妙法華経の、一偈一句を聞いて、乃至一念も随喜せん者には、 
われ みな き      さず   まさ  あ のくた ら  さんみゃくさんぼだい  う 
我 皆 記を与え授く。當に阿耨多羅三藐三菩提 を 得べし。

 ほとけ やくおう   つ
 佛、 薬王に告げたまわく、
                 も     あ             ないし                       ずいき
又、如来の滅度の後に、若し人有って、妙法華経の、乃至一偈一句を聞いて、一念も随喜せん者には、
われ また  あ のくた ら さんみゃくさんぼだい  き  
我  亦、阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く。          
も   また                                   じゅじ  どく  じゅ  げ  せつ しょしゃ    こ   きょうかん    おい
若し復 人有って、妙法華経の、乃至一偈を受持、読、誦、解、説、書写し、此の経巻 に 於て、
うやま  み     ほとけ  ごと        しゅじゅ   けこう  ようらく  まっこう  ずこう  しょうこう ぞうがい どうばん えぶく
敬 い 視ること佛の如くにして、種種に華香、要珞、抹香、塗香、焼香、所W、幢幡、衣服、
ぎがく   くよう     ないし がっしょう くぎょう
伎楽を供養し、乃至 合掌 恭敬せん。
     まさ             こ   しょにん ら    すで  かつ  じゅうまんのく  ほとけ                    おい
薬王、當に知るべし。 是の諸人等は、已に曾て 十萬億 の 佛を供養し、諸佛の所に於て、
だいがん じょうじゅう          あわ 
大願を成就して、衆生を愍れむが故に、此の人間に生ずるなり。
    も           なんら          みらいせ   おい   まさ  さぶつ          う                 まさ
薬王、若し有って、何等の衆生か未来世に於て、當に作佛することを得べきと問わば、應に示すべし。

   しょにんら                                    
 是の諸人等は、未来世に於て、必ず作佛することを得ん。
なに  もっ           も  ぜんなんし ぜんにょにん           ないし        おい     じゅじ   どく  じゅ  げせつ  しょしゃ
何を以ての故に、若し善男子、善女人、法華経の、乃至一句に於ても、受持、読、誦、解説、書写し、
しゅじゅ          けこう  ようらく  まっこう  ずこう  しょうこう  ぞうがい どうばん えぶく  ぎがく                くぎょう 
種種に経巻に、華香、要珞、抹香、塗香、焼香、所W、幢幡、衣服、伎楽を供養し、合掌恭敬せん。            
              まさ   せんぶ              まさ  
是の人は一切世間の、應に瞻奉すべき所なり。應に如来の供養を以て、之を供養すべし。
まさ                                   あ のく た ら  さんみゃくさんぼだい                  あいみん
當に知るべし、此の人は是れ大菩薩の阿耨多羅 三藐三菩提 を成就して、衆生を哀愍し、
    こ   あいだ       ひろ            の   ふんべつ    いか  いわ      つく    よ   じゅじ
願って此の間に生れ、廣く妙法華経を演べ分別なり。何に況んや、尽して能く受持し、
          
種種に供養せん者をや。
         
    まさ                         しょうじょう ごうほう                                       あわ
薬王、當に知るべし。是の人は自ら 清浄 の 業報を捨てて、我が滅度の後に於て、衆生を愍れむが
             ひろ          の
故に悪世に生れて、廣く此の経を演ぶるなり。
も   こ   ぜんなんし  ぜんにょにん                よ  ひそか  いちにん  ため                 ないし  いっく
若し是の善男子、善女人、我が滅度の後、能く 竊 に 一人 の為にも、法華経の、乃至一句を説かん。
まさ                                                 しょけん             じ  
當に知るべし、是の人は則ち如来の使いなり。如来の所遣として、如来の事を行ずるなり。
                   ひろ
何に況んや、大衆の中に於て、廣く人の為に説かんをや。

              ふぜん        も    いっこう                                       き め    
薬王、若し悪人有って、不善の心を以て、一劫の中に於て、現に佛前に於て、常に佛を毀罵せん、
そ      なお かろ          いち   あくごん  もっ                                    き し        そ      
其の罪 尚 軽し。若し人 一 の悪言を以て、在家出家の法華経を読誦する者を毀呰せん、其の罪
はなは
甚 だ重し。薬王、其れ法華経を読誦すること有らん者は、當に知るべし。

やくおう  そ            どくじゅ                    まさ
薬王、其れ法華経を読誦すること有らん者は、當に知るべし。
         しょうごん   もっ                    すなわ             かたん           え     そ   しょし
是の人は佛の 荘厳を以て、自ら荘厳するなり。則 ち如来の肩に荷担せらるるを為ん。其の所至の
かた      まさ  したが          らい                        くぎょう      そんじゅう さんだん   けこう  ようらく  まっこう
方には、應に 随 って向かい禮すべし。一心に合掌して、恭敬供養、尊重 讃嘆し、華香、要珞、抹香、
ずこう  しょうこう ぞうがい どうばん  えぶく  きょうぜん         もろもろ  ぎがく   な   にんちゅう  じょうく         これ   くよう
塗香、焼香、所W、幢幡、衣服、肴膳 をもってし、諸の伎楽を作し、人中 の上供をもって、之を供養せよ。
まさ     たから          もっ  これ  さん              ほうじゅ  まさ      ぶごん        ゆえん   いか
應に天の寶を持って、以て之を散ずべし。天上の寶聚、應に以て奉献すべし。所以は何ん。
こ      かんき                   しゅ ゆ             すなわ  あのくたら さんみゃくさんぼだい   くきょう
是の人歓喜して法を説かんに、須臾も之を聞かば、即 ち阿耨多羅三藐三菩提を究竟することを

得んが故なり。

     ―(偈文= 爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく) 中略―


         また       ま か さつ
 爾の時に佛、復、薬王菩薩摩訶薩に告げたまわく、
    しょせつ              せんまんのく      すで                まさ            しか
 我が所説の経典、無量千萬億にして、已に説き、今説き、當に説かん。 而も其の中に於て、
こ                こ    なんしんなんげ                                  ひ よう  ぞう   
此の法華経、最も為れ難信難解なり。 薬王、此の経は、是れ諸佛の秘要の蔵なり。
      みだ                                                                 このかた      かつ
分布して、妄りに人に授与すべからず。 諸佛世尊の守護したもう所なり。昔より已来、未だ曾て
けんぜつ     しか                            なお おんしつ      いわ
顕説す。 而も此の経は、如来の現在すら、猶怨嫉多し。 況んや滅度の後をや。

    まさ                                  よ 
薬王、當に知るべし。 如来の滅後に、其れ能く書持し、読誦し、供養し、他人の為に説かん者は、
  すなわ                おお        べ                             ごねん               え    
如来則ち、衣を以て之を覆いたもう為し。 又、他方の現在の諸佛に護念せらるることを為ん。
                   しょぜんごんりき  あ                                       しゅく
是の人は大信力、及び志願力、諸善根力 有らん。當に知るべし、是の人は如来と共に宿するなり。
すなわ        みて             こうべ  な          え
則 ち如来の手をもって、其の頭を摩でたもうを為ん。
    ざいざいしょしょ    も     と           よ          じゅ          か          きょうがん しょじゅう
薬王、在在処処に、若しは説き、若しは読み、若しは誦し、若しは書き、若しは経巻 所住 の
ところ       まさ  しっぽう  とう   た            こうこう ごんじき              また しゃり  やす           もち
処には、皆應に七寶の塔を起てて、極めて高廣 厳飾ならしむべし。復舎利を安んずることを須いず。
ゆ え  いか                 すで              いま                まさ           けこう ようらく 
所以は何ん。 此の中には、已に如来の全身有す。 此の塔をば應に、一切の華香 要珞、
ぞうがい どうばん  ぎがく か じゅ             く ぎょう  そんじゅう さんだん
所W 幢幡、伎楽 歌頌を以て、供養恭敬し、尊重 讃歎したてまつるべし。 若し人有って、
                     らいはい
此の塔を見たてまつることを得て、禮拝し供養せんに、當に知るべし、是等は皆、
あ のく た ら さんみゃくさんぼだい
阿耨多羅三藐三菩提に近づきぬ。
                                             けんもんどくじゅ    しょじ くよう
薬王、多く人有って、在家出家の、菩薩の道を行ぜんに、若し是の法華経を見聞読誦し、書持供養
     う       あた                                        
すること得ること能わずんば、當に知るべし、是の人は未だ善く菩薩の道を行ぜざるなり。
     きょうでん         う       あ          すなわ   よ  
若し是の経典を聞くこと得ること有らん者は、乃ち能善く菩薩の道を行ずるなり。
                                                 おわ
其れ衆生の、佛道を求むる者有って、是の法華経を、若しは見、若しは聞き、聞き已って信解し、

受持せば、當に知るべし、是の人は阿耨多羅三藐三菩提に近づくことを得たり。
              かつぼう         もと                           せんじゃく
薬王、譬えば人有って、渇乏して水を須めんとして、彼の高原に於て、穿鑿して之を求むるに、
なお                     なお            く  ほどこ     や          うたた うるお          つい  ようや  どろ
猶乾ける土を見ては、水尚遠しと知る。功を施すこと已まずして、転 湿える土を見、遂に漸 く泥に
             けつじょう                                     また また  かく
至りぬれば、其の心 決定して、水必ず近しと知らんが如く、菩薩も 亦 復 是の如し。

                              しゅじゅう       あた  
若し是の法華経を未だ聞かず、未だ解せず、未だ修習すること能わずんば、當に知るべし、
                         なお           もんげ    しゆい    しゅじゅう         え
是の人は阿耨多羅三藐三菩提を去ること尚遠し。 若し聞解し、思惟し、修習することを得ば、

必ず阿耨多羅三藐三菩提に近づくことを得たりと知れ。
ゆ え    いか                                        みな         ぞく
所以は何ん。一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は、皆此の経に属せり。 此の経は、方便の
       しんじつ                               じん こ ゆうおん           よ  いた 
門を開いて眞實の相を示す。是の法華経の蔵は深固幽遠にして、人の能く到る無し。
 ほとけ
今 佛、菩薩を教化し成就して、為に開示す。
                           きょう ぎ  ふ い                          しんぼっ ち
薬王、若し菩薩有って、是の法華経を聞いて驚疑し怖畏せん。 當に知るべし、是を新發意の菩薩
                                                ぞうじょうまん      な
と為づく。若し声聞の人、是の経を聞いて驚疑し怖畏せん。 當に知るべし、是を増上慢の者と為づく。
                               ししゅ
薬王、若し善男子、善女人有って、如来の滅後に、四衆の為に、是の法華経を説かんと欲せば、
いかん   まさ                                           しつ              ころも  き
云何が當に説くべき。 是の善男子、善女人は、如来の室に入り、如来の衣を著、如来の
ざ   ざ       しか    いま  ししゅ       ひろ  こ
座に坐して、爾して乃し四衆の為に廣く斯の経を説くべし。
                                          にゅうわにんにく
如来の室とは、一切衆生の中の大慈悲心是なり。 如来の衣とは柔和忍辱の心是なり。
         いっさいほう くきょう                           しか         ふけだい        もっ  
如来の座とは一切法 究竟なり。 是の中に安住して、然して後に不懈怠の心を以て、諸の菩薩、

及び四衆の為に、廣く是の法華経を説くべし。
    われ よこく   おい    けにん  つかわ   そ     ため   ちょうぼう  しゅ       また  け   び く   び く に   う ば そ く
薬王、我 余国に於て、化人を遣して、其れが為に聴法の衆を集め、亦、化の比丘、比丘尼、優婆塞、
う ば い      つかわ                き                    
優婆夷、を 遣して、其の説法を聴かしめん。是の諸の化人、法を聞いて信受し、随順して逆らわじ。
        くうげん  ところ  あ      われ とき  ひろ               けんだっば   あしゅら    つかわ
若し説法者、空閑の処に在らば、我 時に廣く天、龍、鬼神、乾闥婆、阿修羅等を遣して、

其の説法を聴かしめん。
      あ    いえど   じ じ    
我異国に在りと雖も、時時に説法者をして我が身を見ることを得せしめん。 若し此の経に於て、
く とう    もうしつ        かえ   ため           ぐそく
句逗を忘失せば、我還って為に説いて、具足することを得せしめん。

 ―(偈文= 爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく) 中略―
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