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【  15.でいらぼっちのお話 /(相模原市)  】



  むかし、むかし、それはもう気の遠くなりそうなくらいおおむかしのこと。
「でいらぼっち」という、とほうもなく大きな男がいた。

  あるとき、富士山を藤づるでせなかにしばりつけて、西の方から、のっしのっしと歩いてきた。
さすがに富士山は重く、のどもかわいたので、
「どれ、ちょっとひと休みしようかい」
と、富士山をドデーンと下ろし、大山の上へ、どかっと尻をすえた。

  すると、大山の上は、平べったくなってしまった。
手をのばして、相模川の水をすくって飲んだら、川はみるみる干上がってしまった。
「でいらぼっち」は、もっと東へ行こうとして、
「そろそろ、でかけるとするか」
と、また富士山をせおうつもりで、手をかけた。

  ところが、ところが、まるで根を生やしたようにびくともしない。
富士山をしばっていた藤づるを、力まかせに引っぱったら、プチーンと切れてしまった。

  そこで、かわりの藤づるはないかと、ふんどしを引きずりながら、 相模野(さがみの)じゅうをさがしまわったが、一本も見当たらないので、いらいらしてきた。
  かんしゃくを起こした「でいらぼっち」は、じんだらじんだら足をばたつかせて、大風のようにわめいた。

「ええい、藤づるはここには生えるな!」
と言って、どこかへ行ってしまったと。
  それからずーっと、富士山は今の場所にあるし、相模原には藤づるが生えなくなったと。

  そうして「でいらぼっち」が、じんだらじんだらやったあとは、鹿沼(かぬま)と菖蒲沼(しょうぶぬま)の二つの大きな沼になり、 「じんだら沼」と呼ばれた。

  それから、ふんどしを引きずったためにできたくぼ地は、「ふんどし窪(くぼ)」と名がついたそうな。



―――― おわり ――――






  この話は、神奈川県下をはじめ、関東など富士山をのぞむ地域に、 ひろく分布し「だいだらぼっち」、「でいたらぼっち」、「でいらぼう」、 「大太法師(だいたらぼうし)」など、地方により、 さまざまな呼び方をされている「巨人伝説」である。

  鹿沼(かぬま)と菖蒲沼(しょうぶぬま)は、JR横浜線の淵野辺駅前にあり、 江戸時代の国学者・高田興清(ともきよ)の『松屋筆記(まつのやひつき)』に、 相模野の大沼として紹介されているのが、この沼のことと言われています。
  ふんどし窪があったのは、下溝の県立相模原公園の付近にあたり、 藤づるを切るために、鎌(カマ)を研いだというので、鎌とぎ窪とも言われていました。

  このほか、相模原には、矢部の村富神社付近、旭中学校(橋本)の西側、 向陽小学校(向陽町)の北側に、でいらぼっちの足跡と伝えられるくぼ地がありました。
  県内には、横浜市磯子区・鶴見区・神奈川区、逗子市沼間、横須賀市長沢などに、 でいらぼっちの尻餅(しりもち)をついた跡や、足跡といわれるくぼ地がありました。
  日本での巨人伝説は、古くからあり、「だだ坊」、「だだ星さま」、 「でんでんぼめ」などの名もあり、いろいろな話が、全国に分布している。

  この伝承に共通する足跡の話は、中国の「雷沢(らいたく)」 (中国の山東省濮(ばく)県の東南にある沢)にまつわる話の、 神話的観想と通じるのものもあるかもしれませんが、特に沼や沢との関わりを伝えるものが多いところから、 水神信仰との関わりを説く人もいる。
  「だいだらぼっち」や、「だいたらぼうし」を、「たたら」の転訛であるとして、 この話の広まりは、鍛冶職との関係があるとの説もある。



  (かながわのむかしばなし50選)より


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