コンタクトインプロビゼーション・グループ C.I.co.(代表・勝部ちこ)のサイトです。C.I.co.は、コンタクトインプロビゼーションの研究、普及、国際フェスティバル制作、教授活動、国際交流などを行なっている、日本では希少な国際派ダンスグループです。



 

〜アンタナナリボの印象〜

街には、裸足で歩く人、ずっと同じ場所に座り込んで物乞いをする人、頭の上にやたらな荷物を積んで行き交う人、ぼろぼろのタクシー、何をするでも無くたむろする男達、勝手に車の窓を拭いて金を要求する人、新聞を押し売りに来る人、あどけない顔の妊婦、路上で煮炊きする人、、、、
話に聞いていたよりも、ずっと具体的に、「貧」という文字が飛び込んで来る。
そして、慣れる事なく、私はずっと驚いている。

この街以外を知らず、この生き方以外を知らないでいる人々がたくさんいる。特に小さな子は、物乞いをしたり人に集って小銭を要求したりすることに対して、微塵も悪びれず、これが生きることだと信じている。
人が集まりすぎることが、互いに生きにくくし、街をひずませているような構図がとてもシンプルに見える。
街に信号機はなく、人も車も縦横無尽に勝手に進む。しかし、事故は少ないらしい。何十年も昔の壊れた車が、排気ガスをモクモク吐きながら渋滞を起こす。空気は決して良いとは言えないのに、何故かこの街の上空は、青く澄んでいる。これは救いなのだが、払拭されない疑問と不安が、慣れる事なく毎日続いている。

2012年9月22日
アンタナナリボ、マダガスカル 4日目

〜ひょろひょろでパフォーマンス〜

とうとう、お腹が壊れた。食事がヘビーなのだが、ちょっと疲れていたのかもしれない。必ず鶏か豚か牛、ソーセージ、肉団子、などがメインになっている。ある夜の「セブ牛ステーキ」にやられた。超、美味。しかし、超、重い。ああ、胃腸よ、頑張っておくれ。
そんな体調で舞台に臨んだ。
午前中のテクニカル・リハーサルは、不安のかき集めだった。予想に反した会場で、様々なことが同時進行の空間。いろんな人が行き交い、音や匂いがする場所で、英語の通じないスタッフとの交渉。照明機材はたったの6機。絞りも何もない。音響システムは半ば壊れていて曲の頭出しもおぼつかない。出演者の一人が自分のパソコンを提供してなんとか音が出せる状況になる。天井の照明はとてもアナログな(危険な)方法で吊り変える。スタッフは猿のような運動能力。ところが、まさか間に合わないだろうと思われる進行の挙げ句、開場時間にはちゃんと間に合って、無事満員のお客さん。

私たちはプログラム最初の作品。
この街、アンタナナリブの喧噪とは対照的に、「間」をテーマの一つにし、静的な流れで落ち着いたトーンを試みた。結果として、腰痛のしょうちゃん、風邪気味の私、お腹壊わしデュオとしては上出来だった。全ての不安材料が、本番では消えていた。このイベントの様々な不足は、関わる人々の力と心で補っている。オーガナイザーや他のアーティスト達のサポートは有り難い。

プログラムをシェアした他の作品は地元、アンタナナリブからの若手作家達3作品。特に最後のグループ作品は、メンバーの誰もが、踊り、演奏し、歌い、喋り、叫ぶ。動きは粗いが旨く構成してある箇所もある。なんと言っても、一人一人のもつテンションや熱量の高さ、訴えようとする気持ちの強さ。その必要性。体力も身体能力も計り知れないものがある。一方、お客は、というと、少々疲れ気味の面々が多く、やはり、演者と観客の間の壁は存在するのだと思った。が、終演すれば熱狂的に拍手喝采。能動的になりたい観客。会場は壊れんばかりの騒ぎになった。照明機具から煙たい匂いも漂い、本当に火事になる一歩手前だったかも知れない。

(写真上2枚:撮影 ソフィー)
2012年9月26日
アンタナナリボ、マダガスカル8日目

〜マダガスカルとの未来計画〜

ところで、この街の消防士さんたちは、凄い。
凄い合唱力だ。朝、20人くらいが制服や消防服を着て列を組んでジョギングをする。その際、ずっと歌を歌っている。歌と言ってもかけ声が少し長いだけなのだが、なんと言っても、大きくてとても良い声、とても良いハモリ。なんだか愉快。果たしてこの人達、火消しは上手なのだろうか。

9月28日、午後にオーガナイザーとミーティング。今後の作戦会議。幸い、彼らも私たちのダンスが気に入って、この国に必要だ、とまで言ってくれた。次回は長い日程で、ワークショップとショーイングに持ち込みたい、との事。確かに、この国の観客の反応などを観て思うのは、「間」の感覚がない。曲が終わると作品の途中だろうが何だろうが拍手や声を出す。待てない。無音とか動きの無い状態に価値が置けないようだ。そのような国民性に対して、自分たちの好きなテーマ、【コンタクト・インプロビゼーションにおける「間」の可能性】は、かなりチャレンジのようで楽しみに思う。


一方、私たちは、今、熱い。なんとかこの国の状況を日本に紹介したいと考え始めた。遠い国で今まであまり意識した事の無かった国に、こんなにも熱いダンスシーンがあって、踊る理由や手段や目標が日本の多くのダンサーと違うダンサーたちが沢山いる。互いの持つ文化、歴史、身体性、精神性、教育、社会、、、、諸々が大きく違うと言う事は、本当に学び合うことも沢山ある。そして彼らの持つ物は、今までの自分の見聞きしたカテゴリーには存在しない所にあり、かつ、非常に尊い。逞しい。その逞しさを今後の日本人も身につけないと、と思うからである。

(写真上3枚:撮影 ソフィー)
日本とは比べ物にならないくらい社会問題の大きな国(違う問題が大きいのだけど日本)で、アーティストの活動意義も大きく違う。その真剣さ、熱さに遠く離れた日本が何か答えられるとすれば、なんだろう。
その辺りを課題に、次のシンガポールの用意を始める。国を越えることは、自分の柔軟性を試されることでもある。楽しみでもあり、恐くもありつつもう少しマダガスカルにいる。。。。

2012年9月28日
アンタナナリボ、マダガスカル10日目

〜ナンセンスな比較〜

シンガポールにまだ行ってないので、予想の中での比較をしている。
ここ、マダガスカルとの比較。社会のシステムが大きく異なるだろう事は容易に理解できる。
マダガスカルは、インフラですら不安定、全てが急な変更を前提に動く。インターネットもまだ不安定で、普及率も低い。ラテン的というのか大雑把でおおらかで、無責任。時間もきっちりしてる所と、アバウトすぎる所にムラがあり、こちらは常に予想を裏切られる。予定がその通りに進まない事に、誰も大きな問題と思わないのか、慣れているのか人々の表情はいたって普通。

一方シンガポール、今までメールで交わした印象は、まさに真逆。「契約」の国。「ライセンス」「法規」「罰則」などの言葉が浮かぶ。社会として、どちらがより進んでいるか、というと、シンガポールなのかも知れない。
が、多民族国家の故か、ルールが無いと前に進めない、ということだとすれば、信号機がなくても事故の起きないアンタナナリボの方が、優れた社会、身体能力、判断力、交渉力、ではないか、と思ってしまう。
これは極端な話。そしてシンガポールの事は数日後にまた書き直すだろう。一つ、明らかなのは、マダガスカルにいて驚きの連続の中に見出す物は、いつも、「自分たちは甘やかされた」、という事。日本という国、日本で育った自分を知るには、外に出るのが一番早くて、そして正確。その半ば後悔にも似た気持ちを、他の日本の人ともシェアしたくて日本で国際フェスティバルを開催したくなるのかも知れない。同時に、日本の素晴らしい所も見えて来るので、その部分をしっかり誇りに思って海外の人に紹介するのも目標。
先進国と思われる社会に住みながら、より本能的な人間の力を目覚めさせる仕掛けを組みたい。その為の準備は、まず自分たちの本拠地を確立して行く事、仲間を集め、目標となるイメージを出来るだけ近い状態で共有すること、、、、。たくさんの「やることリスト」の最上位ふたつ。
2012年9月29日
アンタナナリボ、マダガスカル11日目

〜怒り〜

結局のところ、この街、嫌い。怖い。が、この時点での正直な感想。
首都アンタナナリボ。マダガスカルの人口の80%が集中し、ぽんこつ車の排気ガスは酷く、路上生活者が多く、ゴミや屎尿の匂いが溢れ、穴だらけの道路、150%乗車率になるまで走らないタクシーベ(ミニバス)、旅行者に集る物乞いや押し売り。しつこい押し売り。恐怖や怒りを感じて街を歩く事も心地良くない。

より苦しいのは、この怒りを何処に向ければ良いのかが分からなくなるから。押し売りや物乞いに対して怒りをぶつけてみても、彼らは「悪いのは自分たちではない」と言うだろう。市や国の政策の失敗か、歴史的に貧困に安住できる性分を持つのか、当たり前の事と考えているのか、結局らちがあかない。
考えを進めると、私が感じる不愉快や、マダガスカルという国の持つ問題の多くは、先進国が引き起こしたことだろうと思うに至る。

観光客という立場にいる自分が苦しい。特別保護区があるマンタディア・アンダシベ国立公園に行って、快適なバンガローに泊まり、珍しい猿インドリに出会えたが、地元住民との間に何も心が行き交う事が無い。現地ガイドは一見、サービス精神旺盛であるが、足元を見てもっと金を払わせようとふっかける。私たちはただ、特別な自然を見る事を引き換えに、お金を落として行かなければ、良い人と思ってもらえない。
そのような構図を無視できないまま、気持ちは晴れず、途方に暮れる。

さらに混乱するのは、このダンスのフェスティバルで出会うマダガスカルの人々、もしくはインド洋やアフリカの小さい国々の人々は、総じて素晴らしい。素朴で明るく、エネルギーが高い。本当に出会えて良かったと思うし、この出会いを続けて行きたいと思う。彼らの踊りやアートのセンス、活動に対する熱意が強いのは、基盤である国の状況が良くないからだ。と断言は出来なくとも、関係はあると感じる。

2012年9月30日
アンタナナリボ、マダガスカル12日目

〜コミュニケーション〜

地元住民の家に滞在する機会ができた。首都アンタナナリボの郊外。この辺りの人々の中では、恵まれた生活に入るであろう、ちゃんとした家である。ヘルパーも雇えるほどの暮らしだが、家に住む人の構成がよくわからない。電気、ガス、水道は通じているが、煮炊きは外で七輪で炭。冷蔵庫はあるのかないのか、不明。洗濯機もあるが手洗いが基本。シャワーはあるけれどどうやって水を出してるのだろう?基本的に家の中と外の境界が曖昧で、子どもも多くは外も中も裸足が基本。
外からの情報はこのような感じだが、疑問や聞いてみないと分からない事は、なかなか分からない。なぜなら、言葉が通じないからだ。英語を知っていれば世界の殆どの国で話が通じる、とは誤解だった事が、ここに来て良く分かる。言語力の問題だけではない。常識というナンセンスな概念も邪魔をする。相手を察する能力にも、常識がつきまとって、結局よりコミュニケーションを複雑にしてしまう。言葉の不通により思ったように行動が出来ない、もしくはやたら大回りして時間を掛ける。など、言語力というものが、ベースとなる共通理解とさらに近未来の事を企てる交渉などに、どれだけ役立っているかを、痛感する。

ある集落に連れて行ってもらった。水耕栽培の葉っぱが田んぼのように育てられている一角で、10人ぐらいがまとまって、とてもとても小さな長屋に住んでいる。そして、その人々は、英語を解する。その瞬間、自分たちも、気持ちがすうっとほころんで、風が通るように楽しくなった。素朴で明るくはにかみ気味の笑顔で、極小住居や庭に案内してくれて、生まれたばかりの子犬や、おじいさんが孫の火傷を伝統的手法で治している場面や、先祖をかたどった木彫などを次々と披露して、話題を振って来る。
彼らと別れてから、ふと、この人達が英語を解するは、いったい何故なのだろう?この雰囲気の差は、何故なんだろう?と素朴に不思議に思う。この疑問は、次回、その人達に出会ってから直接聞いてみることにしよう。清貧、という言葉を思い出した。



2012年10月1日
アンタナナリボ、マダガスカル13日目

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