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第27集
楊貴妃寵愛さる


  天寶5年(746)――――――――――――――――――――
  楊貴妃がすこぶる寵愛された。馬に乗るごとに高力士が轡を執って鞭を振るった。 貴妃院専従の織工は七百人もおり、中外は争って器服珍玩を献上した。嶺南経略使張九章や広陵長史王翼は、 献上物が精緻で美しかったので、九章には三品が加えられ、翼は朝廷にて戸部侍郎となった。 天下は、風に靡くように従った。
  民間では、歌にまで歌われた。

  「男を産んでも喜ぶな。女を産んでも悲しむな。主君は今、女を見て出世させるぞ。」

  楊貴妃が生茘支を欲しがると、嶺南から駅伝で届けるよう命じた。長安へ届いたときには、 色も味も劣化していなかった。
  そこまで愛されたので、楊貴妃は不遜になり嫉妬や悍気を発するようになった。 玄宗皇帝は怒り兄の楊銛の屋敷に送り返すよう命じた。
  その日、玄宗皇帝は不機嫌で、一日中食事も摂らず、近習が少しでも気に入らないと、容赦なく鞭でぶっ叩いた。 高力士は玄宗皇帝の想いを知り、院中の官女全員が、車百台で楊貴妃を迎えに行くよう請うた。 玄宗皇帝は喜び、自ら膳を賜った。
  夜になって、楊貴妃が院に帰ってきたと、高力史が上奏した。 ついに、禁門を開いて楊貴妃を入れた。
  この一件で、寵恩はますます隆くなり、後宮の女性は誰も相手にされなくなった。

  天寶6年(747)――――――――――――――――――――
  正月――――――――――――――――――――
  辛己、李邕と裴敦復がともに杖で打ち殺された。
  李邕の才能は人並み外れていた。盧蔵用はいつも言っていた。

  「君は、干将や莫邪のようなものだ。君と先を争っても、勝ちがたい。しかし、ついには自分自身を 傷つけるぞ。」

  李邕は用いることができなかった。
  李林甫は、また、皇甫惟明や韋堅兄弟の配所へ御史を派遣して、彼らに死を賜うよう上奏した。 羅希奭は、青州から嶺南へ行き,行く先々で人を殺したので、郡県の役人達は驚愕した。
  羅希奭の前触れが宜春へ到着すると、李適之は憂えの余り薬を飲んで自殺した。 江華へ到着すると、王居は薬を飲んだが死ねなかった。羅希奭が到着したと聞くと、首をくくって死んだ。 羅希奭は、裴寛を自殺させてとやろうと思い、 道を迂回して安陸へ行った。すると、 裴寛は羅希奭に向かって土下座して生き延びられるよう願った。羅希奭は宿泊しないで過ぎ去り、裴寛は 死なずにすんだ。
  李適之の子の李霅は、父の喪を迎えに東京へ行った。すると李林甫は李霅を誣告させた。 李霅は河南府にて杖で打ち殺された。

  給事中の房琯は、適之と仲が良かったので、宜春太守に左遷された。 李林甫は、韋堅が自分の子分にならなかった事を恨み、使者を河と江・淮の州県へ巡回させ、韋堅の罪を探させた。 厳しく追求したので、連座するものが後を絶たず、牢獄があふれてしまった。 そこで、船を縄でつないでその中へ収容した。拷問も凄しく、大勢の人間が公府にて裸のまま殺された 。これは、李林甫が死ぬまで続けられた。

  戊寅、范陽・平盧節度使・安禄山に御史大夫を兼任させた。
  安禄山は、でっぷりと太っており、お腹は膝まで垂れ下がっていた。かつて、自分のお腹は三百斤あると自称した。 外見は薄ら馬鹿のようだったが、実は狡猾な人間で、配下の将劉駱谷を京師へ留め、いつも朝廷へ伺わせて、 その動静を逐一報告させていた。上奏文は、駱谷が代作した。捕虜や雑畜、奇禽、異獣、珍玩を逐次献上したので、 輸送車は道に相続き、郡県はその運搬に疲れ果てるほどだった。
  安禄山が玄宗皇帝の前に出るときは、滑稽交じりの機敏な返答で上の機嫌をとった。 あるとき、玄宗皇帝は安禄山の腹を指差して言った。

  「胡の腹の中には何があるのか。なんとも大きいではないか。」

  安禄山は答えた。

  「この腹の中にあるものは、ただ赤心だけでございます!」

  玄宗皇帝は悦んだ。

  また、かつて太子と会った時、安禄山は拝礼しなかった。人々が拝礼するよう教えても、 安禄山は突っ立ったまま言った。

  「臣は胡人で朝廷の儀礼に疎いのです。太子とは、一体何者ですか?」

  玄宗皇帝は言った。

  「これは世継だ。朕の千秋万歳の後、朕に代わって汝の主君になるのだ。」

  安禄山は言った。

  「臣は愚かにも、ただ陛下一人が居る事を知っているだけで、 世継が居ることを知りませんでした。」

  やむを得ずに、拝礼した。玄宗皇帝はこれを信じ込み、ますます安禄山を愛した。
  玄宗皇帝がかつて勧政楼にて宴会をした時、百官は楼の下に列座したのに、 安禄山だけは東間に金鶏障を皇帝の座椅子の前に設けさせて、そこへ座らせた。簾も巻き上げており、 そうやって諸臣へ栄寵を示した。
  楊銛、楊リ、楊貴妃の三姉は、みな安禄山と義兄弟となった。安禄山は、禁中へ出入りできるようになると、 楊貴妃の義子となるよう請うた。玄宗皇帝が楊貴妃と同席していると、安禄山は、まず楊貴妃へ拝礼した。 玄宗皇帝がその理由を問うと、対して言った。

  「胡人は、母を先にして父を後にします。」

  玄宗皇帝は悦んだ。

  王忠嗣の功名が日々盛んになったので、李林甫は彼が朝廷へ入って宰相となることを恐れ、 これを忌んだ。
  安禄山は、密かに異志を蓄えていたので、寇を防ぐことに託して、雄武城を築き、大いに兵器を貯蔵した。 そして王忠嗣を助役とするよう請うた。その兵を留めたかったのである。
  王忠嗣は、期限の前に行き、安禄山に会わないで帰ってきた。そして、安禄山が必ず造反すると、 しばしば上言した。李林甫は、ますますこれを憎んだ。

  4月――――――――――――――――――――
  王忠嗣は河東・朔方節度使の兼任を固辞した。玄宗皇帝はこれを許した。




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