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The Dish : 月のひつじ

……時に1969年。全世界はアポロ11号の月面着陸の瞬間を、固唾を飲んで待っていた。しかし、その映像を世界に送ることができたのは、“地球の裏側”オーストラリアの田舎町に置かれた、1基のパラボラアンテナとたった4人の技術者だけであった……。

 “ザ・ディッシュ”(月のひつじ)は、人類史上に残る大事業の裏側にあった実話を基に、現代オーストラリアを代表するクリエイティビティが作り上げた、やさしく温かなコメディ映画だ。パークスという典型的なオーストラリアの田舎町の人々が月面着陸という世界規模のイヴェントに直面したときに見せる反応が、全編に渡って朗らかな笑いを引き起こし、その笑いの向こうには類い無い感動が待っている。


月面着陸という世界的なテーマを掲げつつも、この映画はオーストラリア人が彼らの日常をごく普通に描いた物語である。天文台に身を置く職人たちと、田舎に生きる市民の意識のあり方が実に丁寧に描かれ、コメディのスタイルに翻訳されている。日本版のタイトルやアメリカ版のポスターはオーストラリアという珍しさを強調するために「ひつじ」を持ち出しているが、映画に見える光景には、そのようなある種のエキゾティシズムを煽っている印象はない(子供たちが月の模型にダチョウの卵を使っているシーンは微笑ましいが)。ごく、自然体なのだ。

配役も主役こそニュージーランド出身のハリウッド・スターであるサム ニールを起用しているが、脇を固めるケヴィン ハリントン、トム ロング等は、他国ではあまり知られていないがオーストラリアでは十分名の通った性格俳優たちである。地元の成熟した俳優たちの演技に支えられたこの映画は、日本人映画作家が意識することなく日本の日常風景を描き、その中に普遍的な美を追求するのと同じように、オーストラリアの田舎町が持つ美しさ、楽しさを、奇を衒う事なく素直に描写し、その中にユーモアを絶妙のバランスをもって配している。


このような自然な楽しさ、可笑しさを持った映画を作ったのは、やはりオーストラリア生粋の作家集団 ワーキング・ドッグの面々である。いや、彼らはただの作家集団ではない。コメディアンのグループなのだ。事実、今回監督としてスタッフロールに登場する ロブ シッチ は、実はテレビコメディシリーズの主演俳優として顔の知られている人物である。

80年代後半から90年代初頭にオーストラリアじゅうを笑いの渦に包み込んだ“D−ジェネレーション”、“ザ・レイトショウ”というスケッチコメディ(いわゆるモンティ・パイソン型)番組で名を馳せた彼らは、1994年に開始した“フロントライン”というコメディ・ドラマシリーズをもって、その先進性と完成度でオーストラリアのみならずアメリカでも高い評価を得ている。番組はハンディカム風の荒い映像とラフトラック(観客の笑い声)無し・BGM為しというドキュメンタリタッチの構成で、ニュース番組制作の裏側を徹底的にチャカし皮肉った、日本であったらとても局がオンエアさせないだろう“リアル”なコメディであった。このシリーズで、頭はカラッポだが画面栄えだけはするメインキャスターを演じていたのがシッチであり、今回ライターとして名を連ねる ジェーン ケネディ、サント シラウロ もレギュラー出演していた。

このように過去15年間、オーストラリア国内で常に舞台表に立って様々な切り口から笑いを追及して来たクリエイティビティ・グループだが、今回この映画では徹底的に陰にまわり、独特の手法とテンポをもって、1時間42分間絶えることない笑いと感動の連続を、観客に与えることに成功している。彼らの才能はもはやオーストラリアという枠に収まらず、世界のコメディの歴史において稀有なものであると言えよう。

そして今回彼らが与えてくれるのは、笑いだけでない。得難い感動をも与えてくれている。


確かに、この映画はちいさなちいさな物語である。冒頭のアポロ関連報道のコラージュと、オーストラリア議会のシーンを除いて、映画の舞台が小さなパークスの町を出ることは、全く無い。天文台が舞台であるが宇宙が描かれることすらも無い。朗らかな笑いと細やかな人間ドラマの向こうで、空は、月は、宇宙は、ほとんど意識されることなく、ただただ見上げるだけのものとして描かれている。ホンモノの月面は、ラストにスクリーンの中の小さなテレビ画面の中に、薄暗く見えるだけだ。

だが、映画を観る際はよく気をつけて見て、感じて欲しい。この天文台で行われる小さなコメディの向こう側には、常に月とアポロと宇宙が、巨大な質量を伴って、厳然とした存在感を放っているのだ。パークスで起こる出来事のすべてが、天文台のパラボラを通して、その先に遠く浮かぶ白い月とまっすぐに結びついているのだ。

このスケール感によって、映画はなんとも形容しがたい感動を与えてくれる。ストーリーを追ってパークスと月との結びつきはより明確に、強くなってゆく。そしてクライマックスでアームストロングの足がパークスのテレビに現れたとき、小さなパークスと巨大な月と、そして世界との距離が、ゼロになったことが感じられる。このスケール感のダイナミックな変化、いわばSF的なセンス・オブ・ワンダーは、普通のドラマ、普通のコメディでは得られる事のない、新しい種類の感動である。

良質なコメディと、類い稀な感動。その両方を贅沢に味わうために、是非映画館に足を運んで欲しい。そして映画館を出たら、空を見上げて欲しい。そこに浮かぶ小さな白い月は、パークスの空にあった月と同じものだ。パークスと繋がっていた宇宙は、いまも我々と繋がっている。この感覚が得られたのなら、あなたはこの映画を120%味わったことになる。

 

『月のひつじ』
The Dish
2000年 オーストラリア映画
ワーキング・ドッグ
ディスタント・ホライズン / 他
US Poster
制作
サント シラーロ
トム グレイスナー
ジェーン ケネディ
ロブ シッチ
マイケル ハーシュ
脚本
サント シラーロ
トム グレイスナー
ジェーン ケネディ
ロブ シッチ
監督
ロブ シッチ
音楽
エドモンド チョイ(チェ)
メルボルン交響楽団
出演
サム ニール
 ……クリフ バクストン
ケヴィン ハリントン
 ……ロス “ミッチ” ミッチェル
トム ロング
 ……グレン レイサン
パトリック ウォーバートン
 ……アル バーント
ジェネヴィーヴ モーイ
 ……メイ マッキンタイア
テイラー ケイン
 ……ルーディ ケラーマン


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