『ナショナル・トレジャー』 監督 ジョン・タートルトーブ 2005年


  しかしニコラス・ケイジという役者は憎めない。ともすれば、親戚のおじさん的匂いを発散させる眉毛や禿頭を持ちながら、『トロイ』で永遠の美女ヘレネーを演じたダイアン・クルーガーとキスシーンまでこなしてしまうというのに。

  同じ64年生まれのブラッド・ピットやキアヌ・リーブスと比較すれば、顔では全く太刀打ちできないが、親近感となるとダントツでトップをぶっちぎるのは間違いないし、事実、わたしはケイジにいちばんの親しみを感じる。それというのも、少し古いが、CMでピアノを弾きながら「アイ・ラブ・パチンコ」なんて台詞を言ってくれる度量の深さが、わたしにそう感じさせるのかもしれないのだが。

  とにかく彼は、ある種くだけた感じをまとっているのだが、それは『コラテラル』において、アルマーニを着て機械的に走るトム・クルーズや『ボーン・スプレマシー』で悲壮感を漂わせながら逃走するマット・デイモンに対し、ケイジはといえば、量販店で買ったシャツとズボン姿でおじさん走りをするのだから顕著である。これなら捕まっても大丈夫だろなんて思わせてしまう愛嬌が、体からにじみ出ているのだ。

  そんなケイジが本作では、フリーメイソンやテンプル騎士団、アメリカ独立宣言の立役者たちが関わったという莫大な宝を探すことになる。極地での船の探索から、1枚の古地図、潜入、奪取、謎解き、同じ宝を狙う敵、と冒険宝探しものの要素が全て詰まっている『グーニーズ』や『インディ・ジョーンズ』のような映画であるのだが、このパターン≠フ焼き直しに新たな魅力を与えているのがケイジなのである。

  海軍所属経験を持つインテリなんていう役は普通相当鼻につくものだが、ケイジの不必要に長いまつげに気をとられるうちに、気にならなくなってしまう。いたって欠陥もなく、美女と宝まで手に入れようとするケイジに反感を抱くどころか、応援までしてしまうのは、もはやケイジの虜になっている証拠だ。そんなケイジ尽くしの本作は、言うなれば、ナショナル・トレジャー(アメリカの建国者や偉大な人間たちという暗喩の果て)=ハリウッドスターのケイジなのではと思わせてしまうようなケイジの魅力にあふれた映画なのである。

  しかし、『ザ・ロック』では無理やり潜入させられて心臓に化学兵器用の血清の注射を刺すはめになり、『フェイス/オフ』ではジョン・トラボルタに間違われて収容されることになった、「刑務所」だけは苦手なようで、本作でも「刑務所は絶対いやだ」とケイジの口からこぼれるのは、これまたご愛嬌である。


text by 山崎慎介

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