『ハウルの動く城』 監督 宮崎駿 2004年


 千と千尋から3年、宮崎駿はどんな作品を完成させたか。ハウルの声が木村拓哉ということで通り一遍等のキムタクキャラに毒されてはいないかと少し懸念していたが、案外役柄にはまっていて問題なくみられた。そのかわりにソフィーの声を担当した倍賞千恵子は問題だった。あきらかにおばあさんの声なのだ。若いソフィーもこの声では台無しである。

  物語はこれまでの宮崎アニメの踏襲であるのだが、『千と千尋』と共通して、なぜその状況に置かれたのかといった原因探しではなく、その状況で何をすべきかといった行動への眼差しに重きを置いているようだ。

  そのなかでひとつ気になったのはソフィーにかけられた呪いのことだ。これは最初から最後までどんな呪いだったのかは結局明らかにされず、呪いも解かれないままおわる。さて、この呪いをどうみるか。これはずばり、心の状態がそのまま身体に表れる呪いとみていいだろう。  

  物語中ソフィーの顔がいくどとなく若返るのが確認できるが、そのときは決まってソフィーの心は希望や行動への意志にあふれているときだ。そして年老いたおばあさんの顔のときというのは、自分に自身が持てずにふさぎこんでいる状態なのだ。

  これは物語の進行とともに、つまり、ソフィーがハウルに好意を寄せ、その想いが実現される過程のソフィーの心の状態がそのまま彼女の顔に反映されていることでもわかるし、心が何ものにもとらわれていない無心の状態、つまり寝ているときは若いソフィーに戻っていることからも判断できよう。

  また、ハウルに迫られて一瞬拒否した瞬間に彼女の顔がおばあさんのそれへと変化してしまうことからもよくわかる。  この呪いにより、ソフィーの生活はがらりと変わるのだが、しかし、ソフィー自身がほとんど気にしないように呪いはあくまでもきっかけに過ぎず、そのあとで、どんな行動をするかによって人生は幾重にも分かれていく、というメッセージを読み取ってもよいであろう。


text by 山崎慎介

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