『コーラス』 監督 クリストフ・バラティエ 2005年


  カストラートという職業(男性歌手)が存在したということは知っていたが、なぜ去勢してまで少年の声を存続させたいのかがよくわからなかった。それは、たんにわたしの勉強不足で、ソロのボーイソプラノの美声をほとんど聞いたことがなかったからなのではあるが、それにしても男にとっていちばん大事なものを取ってまで、という深い疑念があった。去勢という自分の性を賭してまで守り通すべき「声」というものの存在が疑問であった。

  しかし、本作を見て、その懐疑は粉々に砕け散ることになる。モランジュを演じるジャン=バティスト・モニエは、わたしを奇跡に遭遇させたのだ。わたしが疑っていた歌声による奇跡に。彼が歌うたびに神々しいものを見ているような空気に包まれたのだが、そんなわたしの感覚を最もよく表しているのが、物語の中においてこの奇跡を目の当たりにした人物、舎監のマチュー役、ジェラール・ジュニョである。

  なぜそう感じたのか。それはモニエの歌声を聴いているときのジョニュの目がほとんど演技ではないからだ。そこには、奇跡と遭遇してしまったものの驚きがあり、無上の悦びがある。そして、それと同時に、キリストの復活を見てしまった者のような信じがたい畏れさえ含まれているようにみえるのだ。実際、ジョニュはそう感じていたであろう。画面を通して見るわたしでさえ、奇跡のように感じたのだから、目の前でその光景を見たジョニュにとって、それは、「奇跡的な」という形容詞を遥かに超えた体験であったに違いない。

  本国フランスでは『アメリ』を抜いてフランス史上最大のヒット作となったらしいが、物語自体は、『アメリ』のほうがおもしろい。しかし、人間が体現する奇跡に出会えるかどうかを考慮に入れたとき、『コーラス』が『アメリ』を抜いたのは至極当然の結果であるといえるだろう。


text by 山崎慎介

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