信州ツキノワグマ通信-No.47-6/2010.3.22.-

●卒業研究発表報告●
上伊那周辺地域に生息するツキノワグマの生態と被害対策の効果

木戸 きらら(信州大学農学部 AFC動物生態学研究室)
  1. はじめに
    ニホンツキノワグマUrsus thibetanus japonicus(以下,クマとする)は西日本の一部を除く本州の山地帯と四国の限られた地域に生息する大型動物である。近年,人間とクマとの軋轢が増加しており,クマの個体群保全を考えた被害対策が求められている。本研究では,クマの里地への出没及び農作物被害が確認された長野県上伊那周辺地域において,@上伊那周辺地域のクマの生態の把握,Aクマの生態から見た上伊那周辺地域における被害対策の検証を目的とし,調査を行った。
  2. 調査地と調査内容
    調査地は,天竜川の支流である小黒川流域,小沢川流域を中心とした上伊那周辺地域とした。調査内容は,@VHFおよびGPS発信機首輪を装着したクマのラジオテレメトリー法による行動追跡,A2008〜2009年の2年間に調査地域で採取したクマの糞分析による食性調査である。

  3. 結果
    (1)行動追跡
    <図1>は,VHF発信器で行動追跡した13個体の定位地点の季節変化を標高について示した。夏期には800〜1,200mの低標高域を利用し,秋期以降に標高を上げ,冬期に高標高域を利用することが認められる (Mann-WhitneyのU検定,p<0.05)。また,夏期後半から秋期にかけては,個体による利用標高のばらつきは小さかった(F−検定,p<0.05)。夏期後半には,クマによる里地での農作物被害が見られたが,被害を出している個体と被害を出していない個体が存在した。農作物被害を出していることが目撃されたクマの行動からは,里地内の林の利用が多く見られた。

    <図2>は,GPS発信器により追跡された4個体の定位地点を示した。この地域には、野生鳥獣被害対策用に張られた広域電気柵が設置されていたが,これを回避する行動が明瞭に認められた。しかし,電気柵は,道路や河川を横切って張られているため,完全に張られていない部分もあり,電気柵をすり抜けている可能性もある。また,電気柵の設置によりクマの行動が抑えられた結果,電気柵で囲われていない地域に被害が増加する可能性も示唆された。

    (2)2年間の糞分析

    2年間で回収出来た糞数は,2008年は5個,2009年は23個であった。<表>は、糞中に出現する餌生物の季節的な変化を示した。夏期には,植物種が最も多く,オニグルミ,サルナシの出現率が高かった。また,2009年の秋期,冬期に採取した糞のほとんどに、ブナ科ドングリの堅果,果皮が出現した。
  4. 総合考察
    上伊那周辺地域に生息するクマは,植物質を中心とした雑食性であり,利用標高域を季節によって変化させる。夏期後半は,個体による利用標高域にばらつきが少なく,低標高域を集中的に利用している。これにより,里地周辺の地域では人間とクマとの軋轢が生まれやすくなり,クマが里地に出没しやすい環境にあるといえる。さらに,里地内に整備のされていない林が存在すると,クマが昼間においても滞在しやすい環境になってしまい,農作物被害の増加,人身被害の発生が考えられる。

    そこで,電気柵や刈り払いなどの被害防除対策が重要となる。特に電気柵には大きな効果があるとされており,上伊那周辺地域においても,クマの行動パターンを把握し,設置場所を検討することで,大きな効果を上げると考えられる。しかし,電気柵の効果が見られたはずの個体が,電気柵よりも山地側に設置された有害鳥獣駆除の捕獲檻により捕獲,駆除された。個体群の保全を行うためには,付近住民へのクマの高頻度利用場所の周知やより効果的な被害防除対策の普及を行い,有害鳥獣駆除を減らすことが必要となる。

←<図1>VHF発信器で行動追跡した13個体の利用標高の季節変化 
←<図2>GPS発信器により追跡 された4個体の定位地点。この地域には、広域電気柵が設置されている。
←<表>糞中に出現する餌生物の季節変化

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