資料集
SGIって何?
池田大作一人のための組織





SGIって何?

近頃電車に乗ると、吊り広告に「SGI」という文字をよく見かける。
池田大作氏が外国人と抱き合ったり、握手をしている写真である。
「SGIって何?」 そこでさっそくネットで検索してみた。
「日本SGI」という会社のホームページがヒットしたが、
宗教関係で「SGI」に直接ヒットするサイトはない。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で見つけた。


創価学会インタナショナル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

創価学会インタナショナル(Soka Gakkai International, 略称:SGI)は、
日蓮正宗系新宗教の創価学会と教義、目的を共通にする世界各国の団体からなる国際的機構
創価学会会則第77条に規定される。

概要
平和、文化および教育の推進を目的とし、1975年に51か国の団体が集ってグアム島で設立。
設立時の名称はIBL (International Buddhist League) であった。
現在、156団体が加盟。191の国・地域に会員がいる。
会長は池田大作(創価学会名誉会長)。


そこで創価学会会則の第77条を探したら、なんと「補則」の項に
 
(創価学会インタナショナル)
第77条 
この会は、この会と教義、目的を共通にする世界各国の団体からなる国際的機構として、
創価学会インタナショナルを設置する。



と、たったの2行だけ記載されているのみだ。

ところで「SGI]って何?
この質問に明確に答えられる人は、創価教徒を含めて、そう多くはいまい。
創価幹部に尋ねたら、次のような答えが返ってきた。
「SGIは世界の創価学会連帯組織の名で、創価学会はその下にある
各国の一団体である。だから池田先生は世界の創価学会の会長である」と。
創価教徒に言わせると、ほとんどが同じように言うだろう。
「SGIは世界の創価学会」「池田先生はその会長」だと。果してそうだろうか。

そこで「創価学会公式ホームページ」の「もっと知りたい創価学会」で
「ワールドワイドSOKA」には、次のように紹介されている。


SGI の概要


創価学会インタナショナル(SGI)は、世界192カ国・地域に1200万人以上の
メンバーを擁する、日蓮大聖人の仏法を信奉する団体です。
SGIメンバーにとって仏法とは、各人が成長し、主体性をもって生きるための
「個のエンパワーメント」と「内なる変革」を説く実践哲学です。
SGIメンバーは、社会参加する在家の仏教徒として、確信の人生を切り開き、
あらゆる状況下で価値を創造し、家族・友人・地域社会の幸福に貢献できるよう
日々努めています。
SGIは仏法を基調とした平和・文化・教育運動に取り組んでいます。

行動する人間主義
SGI各国は地域社会の平和と発展のため、地域のニーズや優先課題によって
様々な活動を独自に展開しています。
他のNGOや、国連機関との協力のもとに展開している活動も数多くあります。
またSGIは、寛容性と尊敬の精神を育み、人類が直面する根本的問題の解決に向けた
人間の連帯を構築すべく、宗教間対話に積極的に取り組んでいます。



SGIの結成

1975年1月26日、世界51か国の創価学会員の代表がグアムに集い、
世界平和会議が開催されました。
この席上、創価学会インタナショナルが結成され、池田会長がSGIの初代会長に就任しました。


SGI 憲章 よき市民として


SGIは生命尊厳の仏法を基調に、全人類の平和・文化・教育に貢献する。
SGIは「世界市民」の理念に基づき、いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る。
SGIは「信教の自由」を尊重し、これを守り抜く。
SGIは人間の交流を基調として、日蓮大聖人の仏法の理解を広げ、
各人の幸福の達成に寄与していく。
SGIは各加盟団体のメンバーが、それぞれの国・社会のよき市民として、
社会の繁栄に貢献することをめざす。
SGIはそれぞれの国の実情をふまえて、各加盟団体の自立性と主体性を尊重する。
SGIは仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、人類の基本的問題について対話し、
その解決のために協力していく。
SGIはそれぞれの文化の多様性を尊重し、文化交流を推進し、相互理解と協調の国際社会の
構築をめざす。
SGIは仏法の「共生」の思想に立ち、自然保護・環境保護を推進する。
SGIは真理の探求と学問の発展のため、またあらゆる人々が人格を陶冶し、
豊かで幸福な人生を享受するための教育の興隆に貢献する。


耳あたりのいい語句が並んで、いかにも高邁な精神の団体に見えるが、
SGI個別では「宗教法人」でも、「財団法人」でも、「社団法人」でもない。
また「NPO」法人でもない。
では何なのか?
答は、国際的な法人格を持たない「任意団体」なのである。
要するに、何かの法律や規律に基づいて公式に認められた団体ではなく、
いわゆる「サークル活動」「クラブ活動」と同じ。
勝手に作って、好きなように活動している団体なのである。
わずかに「創価学会会則第77条に規定され」ているだけなのだ。
したがって「創価学会インターナショナル(=海外部)」そのままであり、
日本の宗教法人「創価学会」の下部組織であり、
実質的にSGIを統括、運営しているのは日本の創価学会に他ならない。
「会長は池田大作」ということは、池田大作という人は、
創価学会の名誉会長という閑職であるのに、
その下部組織、または一部局では「会長」という現役のトップになっているという
逆転、ヒズミ、矛盾を見せている不思議な団体なのである。
なぜかSGIは、世界各国の創価学会組織で構成される国際的な団体であり、
形式的には日本の創価学会も海外諸国の組織同様、
その傘下に位置づけられている印象を与え、党の創価教徒もそう信じている。

そして特筆することは、そのSGIが、宗教法人である日本の創価学会より
他国では大々的に活動しているような報道を聖教新聞でしている。
そこで出てくる日本人の名前は「池田大作」ただ一人である。
もうお解りであろう。「SGI」とは池田大作一人のための組織である。
独自のホームページも持たないし、本部事務局がどこにあるかも不明。
印刷物もすべて聖教新聞または創価関係で印刷販売配布されている。

さて、それでは、なぜSGIが必要で、どのような経緯でできたのか
その歴史を追ってみよう。

昭和47年、富士大石寺に正本堂が落慶した。
池田大作は、これを三大秘法の「本門の戒壇」の完成であり、
同時に日本における「広宣流布」の完結だとした。
その上で、「広宣流布」第二章の始まりを宣言した。
ある意味、日本の「広宣流布」から、視点を世界の「広宣流布」に移すと読めるが、
実はそうではない。
正本堂建設で池田が痛感したことは「自分の上に法主上人猊下という
宗教的権威があり、自分は在家信者のトップではあるが、
それ以上にはなれない」ことであった。
なんとしても「自分が一番」でなければ我慢ならない池田が考えたことは
世界への「広宣流布」のために、日蓮正宗創価学会のもう一つ上に
組織を作り、自分がそこのトップに君臨することである。
当時、NSA(日蓮正宗オブアメリカ)を中心に、海外布教が進んでいた。
基本的には、この延長線上にNST(日蓮正宗テンプル)という海外組織に
発展していくのが妥当だと思われるが、「日蓮正宗」の国際組織では
「自分が一番」にはなれない。
どうしたら「自分が一番」になれるか。
今、ここに創価の内部文書で俗に「ハワイ・レポート」と称される文書の一部を紹介しよう。
これは創価の本部広報室渉外局が、本部中枢(池田会長)に報告したものである。
学会専用の報告書用紙10枚にわたり書かれており、結構な分量である。
文末に「鹿野 萩本」の署名が記されている。

 
ハワイ・レポート

〔報告先:空欄 報告者:広報室渉外局 日付:昭和53年11月4日〕

 (1)創価学会は世界宗教
 ・ハワイの日系宗教調査を行って、強く思ったことは、創価学会のNSA的な運動は、
  世界宗教になりうるということだ。
〈注:NSA=日蓮正宗・オブ・アメリカのことで、現在のSGIアメリカの前身組織〉
 ・ハワイの米国人他、非日系人には、NSAは、……普遍的な仏教として受け入れられている。
 ・また、非日系人や英語世代となった日系人は、人生の生き方論を求め、
  儀式宗教的なものではなく、生活に 密着した宗教を求めている。
 ・その意味では、NSAは、これらの要求に見事に答えており、
  日本宗教で異文化社会に定着した、唯一の宗教になっている。
 ・したがって海外には、ファンダメンタル〈筆者注:根本主義、原理主義のこと〉な
  日蓮正宗の教義をもっていっても理解されず、布教はまったく不可能といってよい。
 ・海外の布教方式は、レイリーダー(在家指導者)のNSA方式しかないと断言出来る。

 (2)世界宗教として考察すべきこと
 ・海外における仏教理解は、日本のような宗派や教団意識はもてず、どのような教団でも、
  いわゆる仏教と理解される。
 ・したがって、創価学会とか日蓮正宗とかという宗派的な考え方より、
  普遍的な仏教という考え方が、布教にあたっては大事になってくる。
 ・教義的にも、ギリギリのところには、日蓮大聖人を立てなければならないが、
  日蓮大聖人の位置づけも、インドの釈迦再誕・日蓮であるとか、仏教国の日本で、
  偉い指導者が出て、カントリー仏教になったなどの位置づけをしていく必要がある。
  (釈迦仏教との連動性の保持)。すなわち、教義の普遍化ということだ。
 ・また組織的には、日本に本部をおいて、全世界に命令をするという行き方は、無理であり、
  世界宗教としての組織形態にはそぐわない。
 ・中央集権的なあり方ではなく、各国の自立性や地域性を認めていくということが必要。
 ・布教は、メンバーの教化も、伝統的なキリスト教の方法を取らず、
  ブディズムとしての新しい方法でやることが必要だ。
 ・キリスト教は、……教会で修行するとの方法をとって来たが、欧米諸国では、
  すでにこの方法があきられて来ている。
 ・その意味では、アメリカや欧米諸国の宗教にはなかった、
  一般の家庭で行う創価学会の座談会がもっとも適している。
 ・何といっても、創価学会の強みは座談会と思う。
 ・また、合わせて世界宗教になったからといって、社会的に弱い者を助けるという
  宗教本来の姿勢を失ってはならないと思う。
 ・海外や異文化での布教には、文化的行事や活動が効果的だ。
  ハワイでも、……〈入信動機は〉パレード等の文化活動を通してというものが多かった。
 ・さらに、入会者に対する教義理解は、……教学試験が、もっともふさわしい。
  これは続けるべきだと実感した。

(3)世界宗教のメッカの考え方
 ・創価学会が世界宗教になった場合、中心言語は日本語になるであろう。
  しかし、オックスフォード大学のB・ウィルソンは、この点をあまり強調すると
  失敗するといっている。固執しないほうがよいだろう。
   〈この後、B・ウィルソン氏の指摘を踏まえつつ、天理教とモルモン教の比較考察が続く〉
 ・したがって創価学会も、大石寺登山を義務づけ、強調すると普遍性を失う。
  そのため、各国の創価学会としてのシンボルをもてばよい。
 ・イスラム教も、メッカに必ず巡礼をするということにはなっていない。
 ・その他モルモン教は、……最近では秘密性を取り除き普遍化への努力を行っている。
  そのため、人種的文化的にも混合しているハワイで、かなりの勢力をもっている。

 (4)ハワイのNSAに思う
 ・キリスト教の牧師は、仏教の僧侶と異なり、儀礼執行者というより、
  信徒に対するカウンセラーといってよい。
 ・そのためアメリカ文化のハワイでは、既成仏教の非日系人に対する布教は、
  完全に失敗している。
 ・主な理由は、①言語ギャップ、②僧侶が儀式中心主義で、信徒のカウンセラーになり得ず、
  心と心の問題にふれていない――ことなどである。
 ・結局、既成仏教等が、宗派色の強い伝統的な教義を、異文化のなかで固執すればするほど、
  海外での布教・教化活動は不可能になるということだ。
 ・日本の既成仏教の一つである日蓮正宗も、とくに今回のような
  〈注:おそらく〔五十二年路線〕の対立のこと〉、かたくなな伝統教義に固執する態度を
  もちつづけるならば、教義を普遍化することは、まったく不可能になり、
  海外への発展など考えられる訳がない。
 ・NSAは大変な成功をおさめている。
 ・それは、①レイリーダー方式(在家指導者)、②英語文化(アメリカ文化)人がリーダー、
③教義が普遍化されている、④文化活動を行っている――などが大きな理由だ。
  他教団が真似出来ない独創性と力をもっている。
 ・また、もっとも成功している理由の基底には、NSAが、日蓮正宗という宗派的な教団として
  認識されているのではなく、いわゆる仏教と受け取られていることだ。
  この力は大きいし、この認識を与えることが、異文化への布教には絶対に必要なことになる。
   〈この後、フィリッピン系会員の意識調査分析等が記され、NSAの功徳論や生き方論、
  会員会費制などに対する共感、仲間意識の共有等があげられている。
  そして最後に、世界宗教をめざすにあたっての宗門=日蓮正宗との関連について結論づける〉

 ・これらのNSAの現状から、海外NSAは、日本の創価学会とはまったく異なった
  レイ・ブディズム(在家仏教)で、ここに、檀家の考え方をもった日蓮正宗が、
  主導権をもとうとすることは、定着したNSAを破壊することになり、
  しいては異文化社会への布教の失敗と、世界宗教への道を閉ざすことになる。
 ・また、実際のNSAの活動を見ても、膨大な組織が、僧侶なしで活動しているし、
  儀礼も僧侶なしで行っている。
  すなわち、NSAには、僧侶の存在の必然性がまったくないといえるのではないか。
 ・いずれにしても、今後の海外布教方式はレイリーダー方式(在家指導者)の
  NSA方式しかないと断言出来るし、そこには、日蓮正宗の存在や介在は考えられない。
  (以上抜粋)


以上、「ハワイ・レポート」をご紹介した。
現在の創価・SGIの路線が、このレポートの延長線にあることが理解できるだろう。
これに先立つこと4年前、池田大作の「自分が一番」作戦が始まっている。
その経緯を振り返ってみよう。


宗門VS創価連絡協議会

昭和49年4月30日、東京・向島にある日蓮正宗寺院・常泉寺で、
日蓮正宗と創価学会の連絡協議会が開催された。
連絡協議会とは、日蓮正宗と創価学会に関わる懸案事項について検討する会議で、
日蓮正宗側から宗務総監以下の宗務院執行部、そして創価学会からは池田会長以下の
首脳が出席する、文字通り日蓮正宗と創価学会に関する最高会議である。
日蓮正宗と創価学会の最高首脳が膝詰めで協議する場は、僧俗和合を建前とする以上、
本来は和やかに行われるはずのものであった。
だが昭和49年4月30日に行われた連絡協議会は、きわめて緊迫した空気に包まれていた。
というのもこの日、創価学会から日蓮正宗側に提示された「連絡会議議題」には、
日蓮正宗と創価学会の関係を大きく左右する次のような重大な案件が記載されていたからである。
そこには次のような「議題」が並んでいた。
 1、日蓮正宗国際センター
 2、日蓮正宗インターナショナル
 3、ミニスターの件
 4、海外寺院の件
(以下の議題 略)

 この議題での創価側の主張は次のようなものだった。
1、日蓮正宗国際センター
 7月に発足したい。
 役員人事、別紙の通り。
 世界布教に関する事項は、この国際センター会長である池田会長に依存する書面を頂きたい。
(別紙)財団法人国際センター
 会長   池田先生  名誉総裁 日達猊下
 理事長  森田一哉  参与   早瀬日慈
 専務理事 原田稔    々   藤本栄道
 常務理事 細谷昭    々   北条浩
 理事  (略)
 監事  (略)
     
2、日蓮正宗インターナショナル
 第一回国際会議、来年1月 グワム島で開く。
 事務局をロサンゼルス(エチワンダ)におく。
 
3、ミニスターの件
 原案(書状)提出
 日蓮正宗国際センター会長 来年発表してからは、日蓮正宗インターナショナル会長より授与

4、海外寺院の件
 サンフランシスコ(西岸山 妙信寺)
 シカゴ     (大米山 妙行寺)
 いずれもコミュニティセンターの一部を以て充当する。


創価が宗門を傘下に置いて、支配・コントロールしようとの思いが読みとれよう。
特に「世界布教に関する事項は、この国際センター会長である池田会長に
依存する書面を頂きたい」や、「ミニスター(僧侶)を日蓮正宗インターナショナル会長より授与」
とは、日蓮正宗の海外布教権や僧侶の任命権を、在家信徒である池田大作が掌握する
という許しがたい増上慢の姿が見えてくる。
このような理不尽な要求を宗門が受け入れるはずもない。
5月4日、出席の宗務院幹部からの報告を受けた当時の法主・細井日達上人は、
国際センター構想について、5月9日に北条副会長、山崎正友創価学会顧問弁護士が、
総本山・大石寺に登山し、お目通りした際、国際センター問題について、
「日蓮正宗から切り離してやるならよい。(そうでなければ)海外住職も引き上げる」と
創価学会の姿勢を厳しく指導された。

これに対して北条副会長は、翌5月10日、池田会長に宛てて次のような
「報告書」を提出した。
これが後に世に出て有名になった「北条文書」といわれるもので、
創価が宗門から独立する根拠となったとされている。


本山の件
 九日の本山お目通り際、猊下の話は大へんひどいものでした。
之が猊下かと疑うほど、また信心そのものを疑いたくなるほどひどいものでした。
広布の上に重大障害となりまた宗門僧侶等の問題の一切の根源がここから出ていると感じました。
(池田)先生が前々から見抜いておられた本質がさらけ出されたように思いますが、
あまりにひどいので、かえすがえす残念です。
学会が生きぬいてゆく為には、相手に信心がないなら、うまく使ってゆくか、徹底的に戦って、
学会の旗を守って死んでゆくか、いずれにせよ、先生の最大のご苦心にふれる思いで
決意を固めました。


要するに、日蓮正宗を支配するための戦略を、日達上人に拒否され、批判されたことに腹を立て、
「信心がない」「ひどい」と日達上人を誹謗して、既に謗法の姿を現している。
そして「広宣流布」を自分たちだけでできるという増上慢が見てとれる。
そして北条副会長は「うまく使ってゆくか、徹底的に戦って」と、
宗門支配と独立の二つの方向性を出しているが、
現在の創価の姿が、この文書そのままであることに気づかれるだろう。
さて、それから1ヶ月半後の6月18日に、
北条副会長の池田会長宛「報告書」には、さらに突っ込んだ報告がされている。


 宗門の件 
 かねて先生の仰言っておられた通り、私たちの到底想像することの出来ない、
みにくい姿であります。いずれにしても私たちは断固たたかいぬく決心です。
状況判断 
 長期的に見れば、うまくわかれる以外にないと思う。
本質は、カソリックとプロテスタントのような違いである。
 戦術的には、すぐ決裂状態となることは避けて、早瀬理事とのパイプ
(山友、八尋が話し易い関係にあります)を太くするとか、
当面、G(注=猊下の略)の異常心理をしずめ、あたらしい進路を開きたいと考えます。
但し、やる時がきたら、徹底的に戦いたいと思います。

今後の私達の作業の進め方について
本山の問題については、ほぼ全容をつかみましたが、今後どのように処理して
行くかについて、二とおり考えられます。
一つは、本山とはいずれ関係を清算せざるを得ないから学会に
火の粉がふりかからない範囲で、つまり向こう三年間の安全確保をはかり、
その間、学会との関係はいつでも清算できるようにしておくという方法であり、
いま一つは、長期にわたる本山管理の仕掛けを今やっておいて
背後を固めるという方法です。
本山管理に介入することは、火中の栗をひろう結果になりかねない危険が多分にあります。
しかし、私の考えでは、本山、正宗は、党や大学、あるいは、民音以上に、
学会にとっては、存在価値のある外郭と思われ、これを安定的に引きつけておくことは、
広布戦略の上で欠かせない要素ではないかと思われます。
こうした観点から、後者の路線ですすむしかないように思われます」
 その上で、日蓮正宗を支配、管理するための施策として、
 本山事務機構(法人事務、経理事務)の実質的支配
 財政面の支配(学会依存度を高める)
 渉外面の支配
 信者に対する統率権の支配(宗制・宗規における法華講総講頭の権限の確立、
海外布教権の確立等)
 墓地、典礼の執行権の移譲
 総代による末寺支配
 を列挙。「これらのことは、機会をとらえながら、さりげなく行うことが必要であり、
今回のところは、、を確立し、更にまで確立できるチャンスではあります。
いずれにせよ、先生の高度の判断によって決せられるべきと思いますので
御裁断を仰ぐ次第です。


日蓮大聖人御書にいわく「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり」(608頁)
創価は初代牧口会長以来「謗僧」という謗法を侵し続けてきた。
これについては別項で詳しく述べるが、創価は伝統的に僧侶を敬わない。
僧侶を只の人間と見て、自分たちと平等に扱う。
前述の北条報告書でも、その傾向は強く表れている。
そして「広布(広宣流布)」は創価の特権とでも言いたげに、その主体性を主張する。
「広宣流布は御仏意」と言っていた昔を忘れている。

こうした戦略・戦術に基づき、創価は海外布教権や信者に対する統率権を確立するために、
「日蓮正宗インターナショナル」ならぬ国際仏教者連盟(IBL)の創設を画策する。
当初の「連絡会議議題」にあるとおり、1975年(昭和50年)1月26日に
グァムで第1回世界平和会議を開催し、その席上、日達上人を名誉総裁とする
IBLを結成するとともに、その傘下団体として
「世界日蓮正宗創価学会(略称SGI=創価学会インタナショナル)」を設置。
池田大作が創価学会インタナショナル会長に就任した。
だが、その後、IBLは有名無実化され、一度も会合が開かれていない。
そして下部組織のはずだったSGIのみが、毎年開かれている。
こうしていかだ大作は「自分が一番」の組織を作った。
すなわちSGIとは、創価が日蓮正宗を支配するための戦略の一環として、
わざわざ日達上人をグァムまでお連れするという詐欺ともいえる手法を使った。
平成2年に始まる創価独立作戦も、このように当時において、
既に現在の創価の姿がはっきり見えていたのである。

実際には、SGI発足後「52年路線」という、「在家でも供養を受けられる」と主張し、
本山参詣を減らして宗門を経済的に圧迫し、その分は創価会館を建設し
宗門支配または独立を目論んでいたが、「本尊摸刻」事件が発覚し
多くの人が創価を脱会したので、「一度は撤退」することになった。
それで池田大作は会長を辞任し、名誉会長に退いた。
創価では「名誉会長」という閑職(でもないのが現状)に引き下がったように
見せておいて、実は「SGI会長」という現役のまま現在まで君臨している。
その日本の創価という狭い井戸から、SGIという大海に躍り出る作戦であった。

そして現在、SGIの現役会長として、あり余る資金と、各国のSGI地元幹部の
工作活動競争によって、山のような「名誉称号」コレクションが進んでいる。
池田先生の口グセ「仏法は勝負であるがゆえに勝たなくてはいけない。
負けたら地獄だ」と。
教祖池田大作が勲章、名誉称号を授与することで
「勝った!勝った!勝ち続けた!」と池田教徒たちは喜んでいる。
御書が読めない池田教祖。
「仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり」(四条金吾殿御返事)には
「王法は賞罰を本とせり」と仰せられている。
池田博士?が山ほど貰って喜んでいる勲章、名誉称号は「賞罰」の部分であり
それは「王法(仏法に対する世法)」の価値基準によって与えられているもので、
仏法の厳しい「因果律」による「勝負」とは、一生成仏するか無間地獄に行くかである。
毎日の聖教新聞に「SGI会長に○○名誉称号!」というデカデカ記事の胡散臭さは
電車吊り広告の胡散臭さと共通するもので、
まさにSGIという、胡散臭い団体と池田大作の存在そのものなのである。