14系寝台特急「彗星」

「彗星」は乗客減に歯止めがかからず、2005年10月のダイヤ改正で廃止されました。

大分駅で機関車を交代した寝台特急「彗星」。2005年7月25日・大分駅で撮影。

 「彗星」の寝台特急としての登場は1968年(昭和43年)で、登場当初は20系客車だった。なお、「彗星」という名称は1949年(昭和24年)に登場した急行に後で愛称をつけたのが最初で、後に寝台急行となったが、1964年(昭和39年)にいったん廃止された。そして1968年(昭和43年)に復活したのである。

 「彗星」は昭和49年に1日5往復体制の絶頂期になり、新幹線開業で、3便に減便されるものの、1往復が24系、2往復が583系となった。このあとも14系になったり24系になったりして、現在は14系の1往復で落ち着いている。編成は所定6両全車B寝台だが、多くの時期は4両で運行されている。これは全ブルトレ中、最も少ない。「ソロ」は年中1両連結している。しかし、乗客の数は年々減っていき、ついに2005年10月のダイヤ改正で廃止されることになった。これに伴い、「あかつき」は「なは」と併結されることになった。

寝台特急「彗星」が廃止されて・・・

   「彗星」は寝台特急となる前の時代を含め、半世紀を超えて、故郷へ帰る人々やビジネス客を運んだ。それはどこからともなく現れ、あっという間に去っていく夜空の彗星とは似ているようで似ていない、変わった彗星だった。毎日決まった時刻に現れ、発車し、走り、そして決まった時刻に目的地へとお客様を運ぶと、姿を消した。そして夜になればまた同じように現れるのだった。  「彗星」は半世紀以上も関西と九州の間を走り回った。だが、その「彗星」もついに夜空の彼方の彼方へと去っていく日が来てしまった。半世紀以上もレールの上で輝き続けた「彗星」に「お疲れ様」と言いたい。

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寝台特急「彗星」の最後尾。2005年7月25日・大分駅で撮影。

「彗星」のB寝台通路。2005年7月25日・「彗星」車内で撮影。

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