西鉄宮地岳線

2007年(平成19年)4月1日に西鉄新宮―津屋崎間が部分廃止され、「宮地岳線」という路線名も「西鉄貝塚線」に改称されました。

廃止された津屋崎駅(終点)に到着した300系。2007年3月24日・津屋崎駅で撮影。

西鉄宮地岳線の歴史

 宮地岳線は博多湾鉄道汽船が前身で、1924年(大正13年)に新博多(数回の改称を挟み、千鳥橋となった後廃止)―和白間、1925年(大正14年)に和白―宮地岳間、1951年(昭和26年)に宮地岳―津屋崎間が開通している。1929年(昭和4年)に全線が1500Vで電化された。また、1942年(昭和17年)に、九州電気軌道と合併し、西日本鉄道の宮地岳線となっている。

 また、1924年(大正13年)に開業した区間のうち、西鉄博多(旧新博多)―西鉄多々良(現貝塚)間を1954年(昭和29年)に福岡市内線と直通運行するために、標準軌に改軌した上で、架線電圧を600Vに下げた。この時に西鉄博多駅は「新博多」電停と改称、1963年(昭和38年)に「千鳥橋」と再び名を改めている。だが、この区間は、福岡市内線と同時に廃止されている。

西鉄宮地岳線の廃止

 運転間隔は、全線で10〜15分(区間・時間帯により、数分間隔)だったが、末端区間の三苫―津屋崎間は乗車率が低く、廃止が検討されていた。沿線では、部分廃止に反対する声が大きく、特に西鉄新宮駅は高校生の利用が多かったため、後に廃止区間が西鉄新宮―津屋崎間に短縮された。もちろん、西鉄新宮―津屋崎間でも廃止反対の運動が行われたものの、2007年(平成19年)4月1日に部分廃止された。

 廃止に合わせ、記念乗車券の発売や最終運行日の31日には記念セレモニーや廃止区間の無料運行が行われた。また、廃止日の少し前から一部の電車に記念の装飾が施されていた。

 廃止区間では、西鉄バスが並行する道路に路線を新設し、通勤通学や買い物客の足を引き継いだ。しかし、バス転換で定期代が上がるため、廃止区間の電車で学校に通っていた通学生には、卒業するまでは電車運行時の定期代を適用するという特例を設けている。

 なお、「宮地岳」という路線名は、廃止区間にあった「宮地岳駅」に由来するため、これでは混乱してしまうということで、福岡市地下鉄と接続する「貝塚駅」の駅名を取って「西鉄貝塚線」と改称した。

 大都市・福岡に直結する鉄道路線でありながら、廃止されるということは極めて異例と思われる。宮地岳線の廃止は非常に残念であるが、多くの人々に親しまれたことは間違いない。駅や路線名は消えても、宮地岳線は人々の記憶の中で永遠に走り続けることだろう。

西鉄宮地岳線(西鉄新宮―津屋崎間)写真館

島式1面2線のホームがあった西鉄古賀駅。2007年3月24日・福岡県古賀市で撮影。

花見駅の駅名表示板とホーム。2007年3月31日・津屋崎行き電車車内から撮影。

西鉄福間駅。JR駅までは徒歩15分ほどだった。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

線名の由来となった宮地岳駅。2007年3月24日・福岡県福津市で撮影。

宮地岳線の終点、津屋崎駅。2007年3月24日・福岡県福津市で撮影。

☆このほか、「古賀ゴルフ場前駅」が存在した。なお、車両については、そのまま貝塚線の電車として今日も活躍している。

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