さよならSLあそBOY・8620形58654号機特集

大正生まれの蒸気機関車・8620形58654号機。「SLあそBOY」・「SL人吉」として、多くの人々に夢と感動を与えたこの機関車は、老朽化により廃止されることになりました。

8620形58654号機は多くの人々に親しまれた。2005年7月24日・阿蘇駅で撮影。

★「JR九州の列車」>「JR九州の快速・普通列車・SL」>「SLあそBOY<8620形58654号機>」でも解説しておりますが、ここでは機関車の生い立ちやこれからについて特集します。

8620形機関車とは

 8620形は日本人の手で初めて本格的に量産されたテンダー式機関車で、1914年(大正3年)から1929年(昭和4年)まで687両が製造された(梅小路蒸気機関車館資料)。将来を見据えて汎用性を高めた中型機関車で汽車製造会社、川崎造船所、日本車輌、日立製作所、三菱重工の5社によって製造された。旅客列車だけでなく、貨物列車も牽引できたおかげで、蒸気機関車の晩年時代まで構内入れ替えや地方のローカル線で活躍した。

8620形58654号機の経歴

 JR九州が所有する8620形58654号機は日立製作所で1921年(大正11年)11月に製造された。機関車の製造順としては435両目になる。最初は長崎県の浦上機関区に配属された。この後、この機関車は九州内の機関区のみに所属した。その4年と3ヶ月後には福岡県の若松機関区に転属。若松機関区では40数年間にわたり所属し、戦時中をはさんで現役時代の大半がこの機関区に所属していたということになる。1968年(昭和43年)6月に熊本県の人吉機関区に転属。その7年後の1975年(昭和50年)3月9日、ついに廃車となった。「あそBOY」の記念乗車証明書によれば、この間の走行距離は334万キロに及び、これは地球をなんと84周したことになるという。

 廃車後は熊本県人吉市の肥薩線矢岳駅前の「人吉市SL展示館」に静態保存されることになった。ここには貨物用機関車D51形170号機も静態保存されていて、同車両は今でもきれいに保存されている。

熊本駅には大きなあそBOYの看板も取り付けられた。2005年7月24日・熊本駅で撮影。

 国鉄が蒸気機関車を廃止してから、蒸気機関車復活の声があがり、大井川鐡道が初めて復活運転したのを皮切りに、その後各地で蒸気機関車の復活が相次いだ。そして「九州にも蒸気機関車を!」という声が上がり、廃車されて13年後の1988年(昭和63年)8月28日、豊肥本線の熊本〜宮地を走る快速「SLあそBOY」号として復活したのだった。「あそBOY」という愛称は、一般公募で決められた。修復・復活工事はJR九州小倉工場で行われた。復活工事の際、阿蘇の大地をアメリカの西部開拓時代をイメージしたため、機関車もそれにあわせ煙突など各所に少し改造が加えられた。だが、完全なる原型をとどめているとは言えず、不評を買っている部分もある。客車には当時現役バリバリで活躍していた50系客車3両を、やはりアメリカの西部開拓時代をイメージして改造し、乗務員の服装も車掌はカウボーイ、客室乗務員はカウガール姿で乗務し、話題を集めた。

 それから10数年。8620形58654号機は製造されて80年を超えた。2003年(平成15年)2月には小野田線で活躍していた最後の旧国電クモハ42が引退。8620形58654号機はクモハ42よりも年齢としては高く、たびたび故障したが、それでも引退は何とか回避されていた。

「車輪が焦げた」

   が、2005年(平成17年)3月28日、ついに致命的な故障が発生した。有名な立野スイッチバックを走行中、車輪に異常が発生。その日は運転取り止めとなった。「車輪が焦げた」(車輪の異常な熱)のが原因で、試運転を重ねたものの、今回ばかりは台車を新しく製造しない限り運転ができなくなった。そのため、8620形58654号機は復活した日と同じ2005年(平成17年)8月28日に、廃止されることになった。

故障して以降DE10がもしもに備え連結されて走った。2005年7月24日・阿蘇駅で撮影。

設計図は現存せず・・・

   JR九州は今後も8620形58654号機の復活を試みる予定だ。しかし、残念ながら大正時代の設計図は現存せず、台車の新たな製造も難しいため、静態保存となる可能性も充分にある。なお、本年中に計画されていた「あそBOY」の残りの運転日はDE10牽引の「ディーゼルあそBOY」として運行される予定。しかし、50系客車も発電機が故障し、一時は「なは」用のカニ24電源車も連結されるという異常事態となった。ちなみに50系はJR九州以外でJR北海道や真岡鉄道などにも現存している。

 この点から、今後同じようなSL列車が設定されたとしても、8620形58654号機+50系700番台という組み合わせはもう見ることが出来ない可能性が高い。蒸気機関車を復活しようにも莫大な費用がかかり、さらに復活させる静態保存の蒸気機関車の多くは屋外で雨風にさらされ、往時のような堂々とした感じはない。来年以降の運転は未定だが、できることならば今後も九州で蒸気機関車の汽笛が鳴ることを望みたい。  

赤水駅に入線するあそBOY。2005年7月24日・赤水駅で撮影。

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