快速「四日間の奇蹟」号で行く、やまぐち長門市・美祢線の旅@

2005年の夏に「四日間の奇蹟」という映画を記念して快速「四日間の奇蹟号」という列車がJR西日本のキハ28・58を使用して運行されました。管理人は前回の「あそBOY」旅行で宮地まで行程が一緒だった豊之國男様に誘われて8月7日に乗車しました。

 私は「2005年の夏に山口県の山陰本線で快速「四日間の奇蹟」という臨時列車が運行されるので、一緒に行かないか?」と前回の「あそBOY」旅行で宮地まで行程が一緒だった豊之國男様に誘われた。ただの臨時列車なら、どうしようか・・・と思ったが運用列車がJR西日本・広島支社のキハ28・58とのことで、旅行予定日の8月7日に部活動の行事が入る可能性もあったが、OKを出し、参加することにした。

 今回は豊之國男様と私と途中の福間駅から乗ってくるK様の3人旅行だ。私はK様と初対面である。豊之國男様と私は佐賀市内に住んでいるので、旅の始まりは佐賀駅。6:45に改札口前集合。集合時間を6:45としているのは、寝台特急「あかつき」佐賀6:52発を撮影するためだ。そろったところで、豊之國男様が予め用意していた青春18きっぷで改札を入り、「あかつき」を待った。「あかつき」は定刻に佐賀駅へ滑り込み、1、2分で発車していった。

 その後すぐに佐賀6:55発各駅停車・門司港行きの415系8連が入線した。

 私たちは最後尾の車両に乗った。415系600番台だった。車内は全車ロングシートで、乗務員室横の座席に座る。車内は私たち以外にだれも乗っておらず、1両貸しきり状態だった。車内を見回すと、車端部の座席はかつてのクロスシートの一部が残っていた。進行方向に向いた座席ならば座ってもよかったが、その逆だったのでロングシートに座った。(下の写真)あとで調べたら、この600番台は元常磐線の電車ということだ。

 鳥栖で、快速に乗り換え。811系の8両編成だった。話し合った結果、千早駅で途中下車することにした。千早駅は2003年の夏に開業したばかりの新しい駅だ。千早駅に到着した。

 豊之國男様が改札口の駅員に青春18きっぷを見せ、「途中下車印を押してください」と言うと、その駅員さんが「じゃ、100円ね」(実際には無料)と冗談を言った。たまにこういう駅員さんに出会うと、旅がうまくいきそうな気がする。千早駅では、同じ駅舎内にある西鉄宮地岳線の西鉄千早駅がある。私はまだ宮地岳線の電車を撮影したことがないので、駅に入ろうとしたが、西鉄の駅は入場券を発売していないので、西鉄改札口の駅員さんに許可をもらい、ホームに入場した。数分後に上下列車が到着した。(写真は上り津屋崎行き313系)

 その後、西鉄の駅員さんにお礼を言い、再びJRの改札口を入る。今度は各駅停車に乗って福間駅へ向かう。福間駅ではK様とそのお母さんが待っていた。ただ、次に小倉方面へ向かう快速がすぐに来るのため、5分で再入場。今回教えてもらったが、福間駅の1番乗り場には「明治四十二年 鉄道院」と書かれた柱が今でも立っている。福間駅は大都市圏の衛星都市にある駅で、周辺の駅が改築されていく中、この福間駅だけは平屋建ての木造駅舎で残っている。まもなく、福間9:08発の快速「スペースワールド号」が入線した。前4両がスペースワールド色、後ろ4両が一般色だった。

 せっかくなのでスペースワールド色の先頭車両に乗車した。ボックスがちょうど空いていたので、さっそく座る。赤間〜折尾で、寝台特急「はやぶさ」とすれ違うので、運転席後ろに行った。何分かして、ようやくすれ違ったものの、たまたま私たちが乗っている快速が通っている上り線と「はやぶさ」が通っている下り線との間隔が広く、下のような写真しか撮れなかった。

 小倉では一旦途中下車した後、再び入り、下関行きの415系1500番台に乗車した。昼間ではあるが、下関方面へ向かう人は多い。関門トンネルを抜け、下関手前の車両基地にはいつもながらたくさんの電気機関車や気動車、さらには今年3月に廃止された元「あさかぜ」用と思われる客車も留置されていた。

 下関駅では10分程度時間があるので途中下車し、私は駅弁を買いに、他の2人は入場券か何かを買いにみどりの窓口へ行ったようだ。私は下関駅の駅弁では一番有名な「ふく寿司」(830円)を購入した。(下関では魚の「ふぐ」を「ふく」という。)3人そろったところで、今回の旅行のメインとなる快速「四日間の奇蹟号」を待つことにした。

 快速「四日間の奇蹟号」は新下関始発である。私たちはその列車の到着ホームとは向かい側のホームに行き、カメラを構えた。そして10:42、快速「四日間の奇蹟号」が入線した。私はJR西日本のキハ28・58を見るのは初めてだ。

 編成は自由席車両(長門市寄り・キハ58−1026)、指定席車両(下関寄り・キハ28−2137)の1両ずつで、私たちはせっかくなので指定席を取っていた。自由席はそこそこの乗車率だったが、指定席は10人も乗っていなかった。10:42、定刻に発車。車内放送が始まった。放送前と後には、オルゴールのチャイムも鳴らされた。

 車掌が回ってきた。私たちは席が空いていたので、たまたま指定とは別の座席に座っていたのだが、車掌さんは「今日はお客さんが少ないので、特別です。でも、もし(指定をしている)お客さんが来たら交代してくださいね。」といい、許してくれた。

 山陰本線に入ると、まだロングレールではないので、ガタタンゴトン、ガタタンゴトンとジョイント音が響いてくる。しばらくはどこにでもあるような田園風景を走っていたが、しばらくすると海が見えてきた。まさに夏!青い海!果てしなく続く空!前回、この区間を利用した時は夜で、海などほとんど見えなかった。時折、小さな港町を通過した。夏物の映画に出てきそうである。ここに住んでいる人たちが羨ましい。

 

   この辺りの海岸は主にごつごつとした岩礁がほとんどだが、所々に人工なのか砂浜があり、海水浴客で賑わっていた。

 お昼時になったので、私はさきほど買った「ふく寿司」を食べる。この駅弁は前から食べたいと思っていた駅弁で、下関ならではの食材が並んでいた。やはり長距離旅行をする際、何か食べるならば列車の中である。特に駅弁は旅情も出て、さらにおいしく感じられる。

 途中、滝部駅には列車交換のため、数分停車。その間、駅舎や列車の様子を撮影。

 行く手には大きな入道雲が広がり、田舎の風景と似合っていた。

 ちなみにヘッドマークとサボの拡大画像はこちら。

 さて、次の停車駅は特牛(こっとい)駅である。この駅は映画「四日間の奇蹟」の舞台となった駅で、映画の中では「伊上畑(いがみはた)」という名前で登場する。ここからは連絡バスも出ていて、車掌さんが「この車内でもバスの乗車券を購入できます。」と言い、希望する人に発売していた。私たちは一旦列車の終着駅・長門市まで行った後、折り返しの滝部行き・快速「四日間の奇蹟1号」でこの特牛まで戻ってくることにしている。

 特牛を出ると次は終点・長門市である。長門市までは時間があるので、車窓を楽しむことにした。窓を全開にした。気持ちいい風が入ってくる。冷房の風よりこちらが風が絶対よい。危険物が無いことを確認して、デジカメを少し出して撮った後、すぐに引っ込めた。再び海が近づいてきた。

 そして終点・長門市には12:44に到着。構内にはキハ40やキハ120が停車していた。

 長門市駅で途中下車をする。

   駅を出たり待合室に入ったりしたが、街にはあまり活気が無く、寂れた印象だった。駅前には蒸気機関車の車輪が展示してあった。駅舎内にはキヨスクがあった。

 まもなく、折り返しの快速「四日間の奇蹟1号」長門市13:01発が発車するので改札口を入る。改札口には駅員が不在の時に、乗車券を投入できる簡易“自動改札機”のような機械が取り付けてあった。ホームの1番乗り場に停車している快速「四日間の奇蹟1号」を撮影した後、車内に入る。

 快速「四日間の奇蹟1号」も指定を取っていたので、先ほどの車両に乗車した。車内は誰も乗っておらず、隣の自由席車両もちらほら乗っている状態だった。だれも乗っていない車内を撮影するため、K様と一緒に座席を全て進行方向に向けて撮影した。

 発車時間になった。ドアが閉まり、発車。しかし、他に乗ってくる人はおらず、なんとキハ28の1両を全て貸切!車掌さんも「この車両はあんたらだけのものや。」と苦笑していた。運転席後ろから前方の風景を楽しんだ。

 途中、長門粟野駅に信号停車した。キハ40とすれ違った。そして14:37、特牛(こっとい)駅に到着。わずかの停車で終点・滝部駅に向かって発車した。

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