TOPページに戻る



━白秋が書いた名CMソング━
ちゃっきり節





晴れた日には駿河湾越しに富士山を展望する日本平。
清水港を見下ろす斜面に広がる茶畑の、一面の新緑がまぶしい。
吹き渡る五月の風がミルい(やわらかい)新芽をなでていく。

茶どころ清水の民謡と言えば「ちゃっきり節」、県内の他の民謡を
圧する人気を誇るこの歌がもともとは今で言うCMソングとして
創られた事を知る人は地元でも意外と少ない

      誕生は昭和2年(1927年)静岡電鉄(現静岡鉄道)が沿線に建設した狐ヶ崎
      遊園地の開園を記念して、清水の観光と産業宣伝にふさわしい歌を創る
      ことになり、作詞を北原白秋に、作曲を町田嘉章に委嘱した。
      最初は取り合わなかった白秋も静岡電鉄の懸命の説得にこころを
      動かされ、取材のため当地を訪れた。滞在中の白秋は連日豪遊を
      繰り返し担当者をやきもきさせたが、土地の人間とのつき合いの
      中から人情、風俗、言語、習慣を洞察しようという詩作の姿勢は
      貫いていたのである。


こうして出来上がった歌詞は30番にも及び、そこには穏やかな風土が
みずみずしい感性でうたわれ、方言もたっぷり織り込まれていた。



この歌を最も特徴付けているのが「きゃあるがなくんて、雨づらよ
というはやし言葉。これは芸者がつぶやいた言葉を取り入れたとされるが
白秋は当初「なくから」と書いた。これを後に地元出身の作家長田恒雄が
「方言では"啼くんて"と言います」と指摘。白秋はその通りに改めたという
逸話が残っています。



      曲は、三味線の合いの手が絶妙に絡んで小気味よく、転調も仕組まれて
      大変興趣が深い。

      清水市内の花柳会で「ちゃっきり節」はお座敷踊りの定番。2000年秋
      半玉(ハンギョク)になったばかりの"さゆり"さんと"千鳥"さんも厳しい
      お稽古を経てマスターした。カゴを小わきに、新芽をいたわるように摘む
      手つきが妙に艶めかしい。米国留学の経験もある"さゆり"さんは、英語は
      得意だが方言は苦手。「きゃある」の意味を知らなかったというから
      時代の波ーの感が深い。


秋には『世界お茶まつり』も予定されており、新時代にふさわしい新しい
"お茶の歌"を求める声もあるが「ちゃっきり節」はいつまでも変わらず
この先も末永く歌い継がれていくことだろう。



2001.05.22 静岡新聞 より




TOPページに戻る