博物館の定番、びっくり、不思議オブジェ

博物館を巡っているととっても不思議なモノに出会うことがあります。

■龍骨車

長さ3mぐらいの木製のキャタピラーの様な道具。これは水路から田へ水を引くための農具。左側のハンドルを手で回し、樋の中を通る垂直板を連続的に動かすことで水をくむ。非常に精巧な造り。職人の技を感じる。

これは中国で発明されほとんどそのままの形で日本に伝えられたモノ。おもしろいことにこれとほとんど同じ形のものが本家中国を始め、ベトナムやタイなどアジアの各地で見られる。しかし日本の中では主に滋賀県と愛知県に集中している

愛知県では実物は半田市立博物館や刈谷市郷土資料館、名古屋市農業文化園で見ることができる。またタイの実物や中国の使用状態のビデオは大阪の国立民族学博物館にある。

龍骨車の記述 参照


■ぜんまい式ハエ取り器

「ハイトリック」という商品名です。

手前に見えるローラーに油や蜂蜜を塗り、ぜんまい式でゆっくり回転させる。
餌に引き寄せられたハエがとまっている間にローラーが回転し、内部に入ってしまう、そこで飛び立っても出られなくなってしまうという仕組み。
とってもおもしろい仕掛けだと思うけど、実際の効果を確かめてみたい。

実物は、刈谷市、蟹江町、江南市、祖父江町の郷土資料館などで見ることができます。
特に祖父江町の博物館では内部構造まで見せてくれています。




▲「ハイトリック」の中身。オルゴールのようです。

考案したのは堀江松治郎という人物。
名古屋市下笹島町の尾張時計(現在の尾張精機株式会社)が製造しました。

蝿が動いている人の手に集まる習性があることにヒントを得て、古い掛け時計のぜんまいを利用して試作したそうです。
大正2年に特許権を取得。大正8年2月にこれを売り出しました。
昭和20年代までの人気商品だったのだそうで、 以外と長寿商品です。、それなりに実力はあったのでしょう。
室内に置くだけで手を汚さない。 「清潔、簡単、優美」の三拍子そろった画期的な商品というのが宣伝文句でした。

使い方は
四角柱の側面に酒、酢と砂糖を混ぜたものを塗る。
においに誘われた蝿が止まっている間にゆっくりと箱の中に運ばれてゆく。
中は二重構造になっており、ローラーで巻き込まれてきた蝿がひとまず入るスペース。
そこから隣に移る細い通路があり、これは逆戻りができないようになっている。
隣のスペースには採光部があり、蝿はこの光につられて続々と隣の金網状の収容室スペースに移ってくる。
この隣のスペースは篭になっていて、そのまま木の箱から取り出せるようになっている。
金網部分をはずして 火や水で蝿を殺す。

ハエは伝染病を運ぶ元凶とその当時から言われていたので、このような装置が人気を呼んだのでしょう。
保健所の指導で、食堂を中心にこの機械が導入されたこともあったそうです。

デザインも家具調でよかったため、家庭用発明品展覧会で有効賞、全国食料品共進会で一等賞と様々な展覧会で賞をもらいました。
箱書きには「宮内省御買上」の文字も光っています。
海外へも輸出され、その商品名は「automatic fly trap」
パリ博覧会等にも出品され、国内よりも海外で有名でした。
実際に第一次世界大戦中にイギリス赤十字から注文があり、戦場でも使用されたといいます。

少々高価だったため、国内では一般家庭よりは学校、病院、飲食店などで使用されることが多かったのです。

類似品もたくさん出回りました。

■縄ない器

縄を作る道具。ワラを入れて回転させると縄ができる。ビニールロープや段ボール箱が少なかった時代には縄は普通の梱包の道具。農家では冬の間に作られた。

金属製のモノと木製のモノがある。

ほぼ全てと言っても過言でないほど、農具を展示した郷土資料館で見ることができる。定番の展示品。



■むしろ織りの道具

むしろも昔の農家では一般的でいろいろな用途に利用された必需品だったのだろう。また昔の人はワラを大切に利用した。

ほぼ全てと言っても過言でないほど、農具を展示した郷土資料館で見ることができる。定番の展示品。

蓆(むしろ)の織り機は農家ではごく一般的な道具だった。


縦糸(縄)を交互に前後を入れ換えるために左図のような道具を使う。だれが発明したのか知らないが、簡単な構造。Simple is the Best !  「優れモノ」の道具。

最初はこのような構造だったが、やがて効率を求めて足だけで操作可能な半自動機へと進化してゆく。左図のような一般的なむしろ織り機はどこでも見られる定番の展示品だが、半自動式の織り機は珍しく、蟹江町、七宝町の博物館に展示されている。


■わらじ編みの道具

3本の爪がある簡単な道具。わらじを編むための道具。あちこちの博物館に展示されている。



■プラズマボール

球形のガラスの玉。

内部を真空に近くして高電圧をかけると、不思議な光の帯がゆらゆらとゆれる。手を当てると静電気により引き付けられるように光の帯が集まってくる。その不思議な動きとぼんやり輝く電気の光で神秘的な雰囲気。

豊田市の産業文化センター、名古屋市中区の電気の博物館などで見ることができる。



■すっぽん

長さ3m程度の木製のポンプ。大きな水鉄砲のようなもの。ピストンを上下させ、水路から田へ水を吸い上げる農具。

流量は少ないが、高低差が大きいときにつかわれたのだろう。木製のピストンと弁の造りが芸術的。

不思議な名前だが、使っているときにこんな音がしたからかもしれない。オランダ語のスポイトが変化したという説明もある。この名前は岐阜や静岡県でも共通しているようだ。

実物は七宝町、名古屋市農業文化園、美和町の博物館等でみることができる。


  


■かご風呂

大きな籠が「ふた」になっている風呂桶。

昔は燃料代を節約するため、湯を少なくしてこの籠をかぶって保温し、蒸し風呂のようにして使ったのだそうである。

滋賀県の博物館でも蒸し風呂のようにする風呂は見ることができる。しかし、全体が木製で形態が若干異なる。

祖父江町、七宝町の博物館等で見ることができる。名古屋市より西の地域の博物館で展示されていることから考えると尾張地方西部地域で多く使われた民具だったのかもしれない。




■手動式圧力洗濯機



手動式圧力洗濯機 通称「カモメホーム」です。
熱湯と洗剤、それに洗濯物を入れて、蓋をします。圧力がかかる密封構造ですので、その状態で容器を回転させ、攪拌します。
「KAMOME MAGIC HOME WASHER」と書いてあります。
1957年 昭和32年 林敏雄氏(林製作所元会長)は「カモメホーム」を考案、製造、販売を開始しました。この洗濯機は昭和30年に高月照雄氏が理論を構築した圧力洗濯法を応用し、その形状から「カプセル型」「人工衛星型」などと呼ばれました。
日本はもちろんスイスを通してアメリカ、イギリス、ドイツ各国で製造、販売された。総生産台数は30万台にのぼると言われます。
販売には苦労したようです。当時は電気洗濯機など高値の花の時代。また洗濯は女性が手で洗うものという考え方があったので、購買層も一人暮らしの男性に限られていました。しかしそれも、原理の理解の困難さや独特な操作方法のため、日本市場から姿を消すことになります。
しかし海外では少し状況が異なったようです。特に合理的な欧米人にはその省力性やコンパクトな事が好まれ、数多く輸出され、当時貴重だった外貨を日本にもたらしました。
特許の切れた現在、この原理を用いて特に欧米で類似の製品が開発され日本にも紹介されています。
この林製作所は群馬県高崎市にあり、現在も存続していますが、生産しているものは異なっているそうです。
参考資料
http://www9.plala.or.jp/timekeeper/other_32.html
http://ikn.co.jp/hiroba/reiko/200004.htm






INDEX に戻る