| 運営母体 | 山本石産株式会社(愛知県岡崎市) |
| 住 所 | 愛知県幡豆郡吉良町大字富迫字大迫86-3 |
| 電話番号 | 0563-35-3103 |
| 休館日 | 月曜日 |
| 開館時間 | 午前10時〜午後5時 (入館は4時30分まで) |
| 入館料 | 一般 500円 中学生以下 200円 |
| 備 考 | 館長山本勇氏がJSA(日本国政府アンコール遺跡救済チーム)の石材工学班長として参加し、 自身の長年培ってきた日本の伝統技術を遺跡の保存修復に生かし、現地のカンボジア人が自身の力で遺跡の保存修復ができるよう石工技術の指導したことをきっかけにして設立された博物館 |
| アクセス | 車が便利 東名高速道路 岡崎ICから30分 音羽蒲郡ICから30分 公共交通機関 JR三ヶ根駅より車で7分 JR幸田駅よりタクシーで10分 JR蒲郡駅よりタクシーで15分 |
| HP | 博物館公式HP |
| 概 略 | カンボジアの遺跡 アンコールワットに関する展示 |
| 愛知県では ここでしか 見られない 展示 | アンコールワットに関する展示は当然 愛知県ではここでしか見ることはできません |
| ひとこと | 超有名な遺跡ですが、詳細が一般的ではないカンボジアのアンコールワットに注目し、展示を行う。 もう少し展示の量が多いといいのですが・・・ |
| 備 考 |
地図は公式HPより
蒲郡、幸田から西尾へぬける道路(県道41号)沿いにある。
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▲良くデザインされた建物。 レストランなども併設されています。
▲展示室内部 スペースは部屋一つ。それほど大きくはない。
アンコールワットという遺跡名は有名ですが、アンコールワットは個別の寺院の遺跡名なので、一般的な概念に近いものは「アンコール遺跡群」というのが正しい。
アンコールとは、インドシナ半島の広い範囲を支配した王朝の名前です。
その帝国の中心がアンコール遺跡群でした。
●時期?
9世紀から15世紀にかけて。
12世紀に最も繁栄した。日本では鎌倉時代の頃。
●場所?
帝国は最大で現在のタイ、ラオス、カンボジアにかけての広い範囲に存在しました。
首都であったアンコール遺跡はカンボジアの北西部にあるシェムリアップの周辺
●だれによって?
クメール人によって。
もっとも発達した時期は ジャヤヴァルマン7世。
●宗教都市
アンコール王朝の支配者たちは、仏教やヒンズー教を信仰し、多くの石造の宗教建築物を建設しました。
その寺院がアンコール遺跡群を構成しています。
●森林の中の遺跡
熱帯雨林の湿潤な森の中にあります。
かつての少年サンデーには 森林の中に埋もれていてヨーロッパ人によって発見された「謎の遺跡」という取り上げ方をされていましたが、実際にはアンコール遺跡の寺院群は文明が途絶えたこともなく、常にカンボジア人たちが生活、祈祷をしていました。
遺跡群の一部に森の中にうずもれている場所はあるものの、ちょっとイメージは異なっているようです。
アンコールトムと都城遷都
アンコールトムは、ジャヤヴァルマン7世によって造営された「大きな町」を意味する。
周囲12kmにもおよぶ宗教的都城です。
その城壁に囲まれた中央部に観世音菩薩を祀ったとされるバイヨン寺院が位置します。
そして、バイヨンの北西ブロックに王宮と関連施設が配置されています。
バイヨンを中心とした都城は第4次にあたり、プノン・バケン→ピミヤナカス→パプーオン→バイヨンの順に王都の中心が移動したと考えられています。
▲アンコール帝国はタイ、ラオス、カンボジアに存在し、首都はトンレサップ湖の北方20キロあたりにありました。
▲直線的な道路で構成された計画都市
▲アンコール遺跡群の中心はアンコールトム
1140年頃、スールヤヴァルマン2世(1113〜1150)によって、ヒンドゥ教三大神の中のビシュヌ神に捧げるために建造された寺院であるとともに、スールヤヴァルマン2世を埋葬した墳墓であると言われています。
現在は上座部(小乗)仏教の寺院となっています。 南北1300m、東西1500mという環濠の内側に建てられておりアンコール遺跡群の中では珍しく西側が正門となっています。
第一回廊の規模は南北160m、東西200m、中央塔の高さ64mという巨大な石造寺院。
第一回廊内側の壁面には約600mにわたってヒンドゥ教の抒情詩を題材にしたレリーフ等が施され、2000体近くのアプサラ(踊り子)像等を見ることができます。
表参道にあたる西参道は石畳で舗装され、その両側には、ナーガと呼ばれる蛇神のついた欄干があります。
十字回廊の柱には正徳5年(1715)アンコールワットを訪れた森本右近太夫一房の書いた墨書が残っています。
当時の日本人はアンコールワットは仏教の聖地インドの「祇園精舎」であると思い込んでいたとされます。
現在カンボジア王国の国旗にもアンコールワットの姿が描かれており、カンボジア王国の象徴であり、カンボジア王国の象徴でありカンボジア国民の誇りです。
▲博物館にはアンコールワットの模型があります。
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▲建物は中心軸に対して左右対象です。
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▲精密な構造。
▲実際のアンコールワットは長い年月により傷んでいます
▲アンコールワットはヒンズー教の寺院
▲左右対称の緻密な構造
クメール語で「大きい町」を意味し、名前の通り、非常に大規模な宗教都城です。
周囲12km のほぼ正方形の城都内には、諸寺院、王宮や祠堂などの建物が残っています。
幅113mの環濠、城壁の高さ8m、中心寺院バイヨンをはじめ王宮や象のテラス、らい王のテラスと呼ばれる多くの建物があって、往時の繁栄が偲ばれます。
▲アンコール・トムの中心はバイヨン
▲周囲12km の広大な城砦都市です
アンコール・トムの中央にある、穏やかな微笑みをたたえた観世音菩薩のモチーフで有名な寺院である。
この四面仏はバイヨンだけでなくプリヤ・カン、タ・プロームなどバイヨン様式の寺院に共通して見られます。
中央祠堂と尖塔の頂部には、50を越える微妙に違った表情の四面仏が刻まれ、どの位置にいても菩薩の熱い眼差しを感じます。
尖塔には、国内各地の守護神が祀られたといわれ、クメールの宇宙観がより具体的に象徴されています。
▲バイヨン寺院の廃墟
▲バイヨンは仏教寺院です
アンコール遺跡は砂岩を刻んだ彫刻に囲まれています。
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▲ジャヤバルマン7世(複製) 1177年王都を略奪したチャンパ軍を撃退し、アンコール・トムを建設したクメールの覇者
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▲デバター(女神)(複製)
▲装飾破風
柔らかい砂岩を削ったレリーフはアンコール遺跡を特徴付けています。
▲ナーガ(蛇神)上で瞑想する宝冠を着けた仏陀
7つの頭を持つ大蛇(ナーガ)に守られ瞑想する
▲アヴァロキテシュヴィラ(観音菩薩)
▲ガルーダ(鷲神)に乗る四手のシヴァ神(破壊の神)
▲ナーガ(蛇神)の上に乗るガルーダ(鷲神)
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▲野外展示
日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAによりバイヨン北経堂の修復工事が行われた。
復元の基本方針
・外観だけでなく、伝統的な石材、基壇構築の構法を可能な限り保存。
・全てを解体せず、修復が必要な部分に絞った部分解体による修復技法を採用。
▲修復工事を待つバイヨン寺院の北経堂(1995年2月)
▲修復完成後の姿(1999年9月)
「三和土(たたき)」の固化メカニズムを利用した砂層の安定処理
砂に消石灰を添加、時間をかけて固化させると十分な強度を持つ。
砂岩は単なる化粧材ではなく、従来どおり構造材としての機能を持つようになる。
▲修復中の様子
修復には石を分解するため広大な土地が必要になります
参考資料
▲ラテライト
アンコール遺跡の建築物には必ず使用されている無機質の酸化物に富んだ石材。
タイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナムなどの地中に含まれる、熱帯特有の赤茶色をした土壌。「風化土」
1ヶ月ほど天日で乾燥させると硬度が増す性質がある。
地下にある「ラテライト」は、湿っているときは、普通の土と同じように軟らかいが、いったん乾燥すると鉄分の影響で非常に硬くなり、元には戻らない。
その性質を利用して、「ラテライト」から「日干しレンガ」が作られる。
「ラテライト」の語源もラテン語のLater(レンガ)からきている。
高温多雨の気候のため、塩基など水溶性成分の多くが洗い流され、鉄(Fe)の酸化物とアルミ(Al )の酸化物が濃縮したもの。
http://www.geocities.jp/lanna_thai_chiangrai/laterite/laterite.htm