| 運営母体 | 吉良町 |
| 住 所 | 〒444-0524 愛知県幡豆郡吉良町大字大道通14-1 |
| 電話番号 | 0563-32-3400 |
| 休館日 | 月曜日(但し、祝日に該当する日は開館します) 1月1日から3日まで、及び12月29日から31日まで |
| 開館時間 | 午前9時から午後5時まで |
| 入館料 | 一人300円 |
| 備 考 | |
| アクセス | 名鉄西尾線三河荻原駅下車徒歩3分(吉良町図書館内) ・東名岡崎IC又は音羽蒲郡ICから車で約40分 ・国道23号西尾東ICより車で約20分 旧糟谷邸、吉良町立図書館に隣接 |
| HP | 吉良町HP |
| 概 略 |
人生劇場の作家 尾崎士郎に関する展示 書斎が残されている。 |
| 愛知県では ここでしか 見られない 展示 | |
| ひとこと | 文学館ですので尾崎士郎の作品を読んでいると更におもしろく見ることができます。 |
| 備 考 | 平成14年11月に竣工した新しい博物館 |
地図はパンフレットより
図書館の裏手 粕谷邸の隣
新しい専用の建物
▲尾崎士郎
小説家。
明治31(1898)年、愛知県幡豆郡吉良町に生まれる。
小学校1年生の時横浜へ養子に出されるが養家になじめず、1〜2年で吉良に戻ってきてしまう。
中学の頃、ドモリを苦にして引っ込み思案になるが、一念発起、川の堤防で発声練習、一躍、雄弁になる。
中学時代から政治に関心を持ち、高等予科入学後、社会主義運動に傾倒。
大正6年(1917)の早稲田騒動では指導者となる。
大正8年(1919年 21歳)、月謝滞納と長期欠席のため大学から除籍される。
戦前は「文芸日本」、戦後は「風報」を創刊。
戦中、文壇の中心にいた士郎の戦争責任を追及した。昭和23年(1948年 50歳)、「公職に就くことと政治的発言・行動を禁止令」を受ける(昭和25年に解除)。
昭和39(1964)年に死去。
代表作『人生劇場』
硬派の文学
『人生劇場』は20年近い歳月をかけて完成された大河小説である。
昭和8(1933)年3月から都新聞に「青春篇」の連載が開始され、間を置きながら「愛欲篇」「残侠(ざんきょう)篇」「風雲篇」「遠征篇」(後に「離愁篇」と改題)「夢現篇」「望郷篇」「蕩子篇」が連載された。
完結したのは昭和26(1951)年
▲尾崎士郎の遺品
▲尾崎士郎文学散歩
▲尾崎士郎はエジソンバンドを使っていた
放熱フィンが付いていて頭を冷却することができるとか。
少年サンデーの広告に載っていましたね。
▲大正時代の尾崎邸 辰巳屋
人生劇場の舞台。
青成瓢太郎(あおなりひょうたろう)は、息子の瓢吉(ひょうきち)に土地の侠客(きょうかく)気質をたたき込む。
晩年の書斎参考資料
東京の自宅から移築された。
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▲書斎の内部
http://www.hamajima.co.jp/aichi_bungaku/kindai/9.shtml
http://www.designroomrune.com/magome/a-o/ozaki/ozaki.html