三菱オートギャラリー

運営母体 三菱自動車
住 所 橋目町字中新切10
電話番号0564-32-5203
休館日土・日曜日(5月・8月・年末年始に連休有り)
開館時間8:15〜17:15
入館料無料
備 考電話の予約が必要。
アクセス三菱自動車の技術センターの中
HP http://www.mitsubishi-motors.co.jp/MUSEUM/autogallery/ (公式HP)

展示の内容

概 略 三菱自動車の企業博物館。三菱自動車の歴史的名車、エンジンを展示。
愛知県では
ここでしか
見られない
展示
車両は三菱のものに限られるが、自動車ファンなら必見。三菱はもともとは三輪車をつくっていたんですって。
スクーターの展示も一部ある。
ジープに関する展示もライセンスを持つ三菱ならでは。
かつてのモーターショーに出していたショーモデルを見られるのもおもしろい。
ひとこと展示は工夫がないが、台数は多く資料的価値は大きい
備 考


地 図



内容
地図は アドレス より

三菱の乗用車の歴史

三菱A型

大正6年(1917)、神戸造船所で当時の自動車先進国であった伊フィアットA3ー3型車を参考に荘田泰蔵氏(後の新三菱重工業副社長)等により製作が開始され、翌年完成。1919年に我が国初の量産乗用車として誕生した。 
大正10年(1921)までに試作を含めて22台製作したが、その後航空機に主力を移すことになり乗用車の生産を中止した。
実車は現存しません。
三菱自動車の岡崎オートギャラリーの展示車両は、当時の資料を参考に自動車ジャーナリストの池田英三氏の考証、五十嵐平達氏の設計などの協力を基に、1972年に復元したものです。

車重 1,315kg
全長 3,830mm
ホイールベース 2,727mm
最高速度 25〜32q/h

 

▲三菱A型の復元車

PX33

 

PX33型軍用四輪駆動車試作車。
昭和10年(1935)陸軍自動車学校から「野戦指揮官用全輪起動乗用車」の内示があり、1936年にわが国初の四輪駆動乗用車が試作されました。
7人乗りでディーゼルエンジンを搭載しフルタイム4WDでした。
翌1937年に4台が製作されたが、結局制式化には結びつきませんでした。

自転車

十字号



▲昭和22年(1947)、三菱重工津工場か開発した十字号。
終戦後、平和産業への転換により、航空機を製造していた三菱重工がその高い技術を生かして製作した自転車です。
十字号は、フレームはプレス加工されたジュラルミン・フレームをリベットで留めるなど、航空機の技術を取り入れた製法で当時話題を呼びました。
1型から4型まで製造され、逐次改良を加えていきました。
レースにも使用され良い成績をおさめている。

スクーター

シルバーピジョン

1950年に三菱重工が財閥解体により三社に分割され、「東日本重工業」・「中日本重工業」・「 西日本重工業」となりました。
日本独立後の1952年に「三菱日本重工業」・「新三菱重工業」・「三菱造船」と改称。
1964年(昭和39)に再統合となっています。

かつて三菱では、シルバーピジョンというスクーターを製造・販売していました。
三菱重工業名古屋機器製作所で 1946年8月に試作車として完成させた"シルバーピジョン(C-10型)"が商品化され、その年の暮に発売されました。

平和のシンボルにちなみ「シルバーピジョン」と命名された三菱のスク-ターは、30数年間米国に滞在し、長年GMに勤務していた丸山康次郎氏の持ち帰った米国サルスベリ-社製モーターグライドをモデルにして開発されました。
C-10型は4サイクル単気筒、112ccのエンジンを搭載、出力は1.5PS、押しかけ式のエンジン、変速機はVベルト式自動無段変速機を採用しました。
  富士産業(現富士重工)のラビットと業界を2分し、交通手段の不足していた時代の庶民の足として活躍ました。
なお、1948年5月にそのラビットと共に当時の皇太子殿下(昭和天皇)にCー11型が献上されました。
分割にともない、その後の製造・販売は「中日本重工業」に移管されました。



 

▲シルバーピジョン C-10



▲スクーターのカタログ 女性がスクーターに乗るような新しい時代を象徴するカタログ

 



▲シルバーピジョンC-140

三菱のスクーターは性能・スタイルの向上によりヒットを続け、長期にわたって高いシェアを記録しました。
しかし時代の流れでスクーターが使命を終えることを前に、1964年に製造・販売を打ち切りました。
16年間の時代でした。
C-140はシルバーピジョン最後のモデルです。2サイクル2気筒125cc。
初代デボネアのデザイナー、H. ブレッツナー氏によるアメリカンデザインでした。

三輪車

みずしま



▲XTM一号車 1946年

1946年に三菱重工業水島製作所でXTM一号車が試作車として開発、製作されました。
1946年試作車"XTM1型"が完成し"みずしま"と命名、11台の試作車で改良を重ね1947年"TM3型"で玉成し、本格的生産・販売を行ないました。
1950年、三菱重工業から企業分割されて生まれた中日本重工業鰍ヘ、1952年に新三菱重工業鰍ニ改称し、岡山の水島製作所で三輪トラック「みずしまTM3」の生産を本格化させました。



▲TM3 空冷4サイクル単気筒・744ccエンジンを搭載する、500kg積

みずしまの最大の特徴は、乗り心地の改善を狙って、航空機の降着装置技術を生かした油圧緩衝装置「オレオフォーク」を前輪に採用していたことです。
当時の3輪車にはなかった、前面に雨風を防ぐウインドガラスを付け、頭上に幌を張った屋根付きとした極めて斬新なアイデアや構造をもった車で、質実剛健な小型トラックとして戦後の物資輸送に大いに貢献しました。

1952年にはデザインを改良してTM4E型となりました。
エンジンは866cc・21psのME10型となり、最大積載量は1t積に拡大されました。
1955年には、これまでのキック式からセルモーター式始動に変更し、初の2灯式ヘッドランプを採用したTM5F/TM5G型が登場しました。
TM5型は4段変速を採用するなど装備が充実した分、価格が40万円に上がったため、廉価版として、744ccエンジン・750kg積のモデル「TM6型」を30万円で発売しました。



▲みずしま TM6D 1955年

1955年のTM7型から「みずしま」の名前は消え「三菱号」に替わりました。
1962年にはTM18B型を最後にオート三輪の生産を全て打ち切っています。
35車種、統計約91,000台が世に送り出されました。

レオ

 

▲日本初の軽自動車として誕生しました。
 名前はジャングル大帝の漫画から来ています。

1959年に発売
1962年に生産が打ち切られるまでに統計約28,000台を生産・販売した。
2灯式ヘッドランプ、オールスチールキャビンなどの特長がありました。
日本に5台現存していることが確認されています。

強制空冷式4サイクル1気筒OHV 309cc 12.5ps

 

ミニカシリーズ

三菱360(LT20型)

 



1961年に発売し大ヒット作となった軽ライトバン三菱360(LT20型)
新三菱重工では、3輪トラックの”みずしま”の生産がさかんであった55年頃から軽自動車の開発をスタートさせました。
50年代後半に急速に軽商用車の需要が高まってきたことから本格的な開発を進め、60年10月に開かれた第7回全日本自動車ショーにプロトを出品、のちに発売したものです。
2名乗車の場合フラットな床面の荷台に300kgの荷物を積むことができ、テールゲートは積み降ろしに便利な上下水平開きとなっています。
パネルバン(LT20型)とライトバン(LT21型)の二つがありました。
61年10月にはピックアップ車(LT22型)が発売され、62年4月にはライトバンのデラックス(LT21D)も加わりました。
生産は水島自動車製作所で行われました。

ミニカLA20

新三菱重工業(のちの三菱自動車工業)は1962年(昭和37年)10月、三菱初の軽乗用車「ミニカ」を発売しました。
三菱360(LT20型)をベースに製作されたフロントエンジン/リヤドライブ車。
スバル360が巻き起こした軽自動車ブームに対応するため、乗用車として急遽開発したものです。
車体前部は三菱360とグリルのデザインを変えた以外はバンと共通のプレスを用いをとりながら、より乗用車的にまとまったデザインに工夫されています。

車体後部は思いきったクリフ・カットを採用、4人がゆったり座れる室内空間だけではなく、軽乗用車最大のトランクスペースを実現しました。
最小回転半径も3.6mと格段に優れていた。
リアエンジンが主流だった当時の軽自動車の中にあって、平凡なFR駆動方式はむしろ異色の存在でした。
エンジンは空冷2気筒のME21型・359cc17PS/4800rpmででスタートし、1964年に分離給油システムとリードバルブを採用したME24型(18PS)となる。その後1967年には21PSまで出力向上しました。
 当初はモノグレードだったが、1966年12月には廉価版のスタンダードモデル(34万円)が追加され、従来モデルはデラックス(36.8万円)と呼ばれるようになりました。
さらに1968年には水冷エンジン2G10型を搭載するスーパーデラックスも登場しました。

ミニカは発売間もなく月平均販売台数800台を記録する人気を博しました。
1969年に二代目にバトンタッチするまでの7年間、好調な販売を維持しました。

 



▲ミニカLA20



▲リアの「クリフカット」が特徴のLA20 カタログは現代のものとそれほど変わらなくなってきています。

ミニカ70GSS



▲昭和44年、日本のGNPが世界2位になった年にフルモデルチェンジを行い、ミニカ70となりました。
 ツインキャブで38psを出していました。

ミニカスキッパーIV

 

 

▲ミニカスキッパーは、ミニスポーツクーペとして1971年に発売されました。
ギャランGTOのイメージを踏襲し、ゆるやかなスローブとファストバック、日本初のスクープドウィンドで後方視界を確保、ハイカットオフテールが特長だった。
発売当初はSUツインキャブ38馬力(最高速度120km/h)のGTなど4タイプ。
翌年にはミニカF4と同じバルカンエンジンを搭載したスキッパーIVが発売されました。
写真のモデルは、さらに安全対策、内外装の向上のために、1973年にマイナーチェンジされたもの。

コルト、ギャランシリーズ

三菱500

 



 



通産省の「国民車構想」に呼応し、三菱が第2次大戦後初めて手掛けた量産四輪乗用車。
安価で本格的なコンパクト・ファミリーカーを目指し、欧州での市場調査も参考にして開発、三菱の技術力を駆使して1960年に世に送り出されました。
合理性を追求したシンプルデザインで、当時39万円という低価格で発売。日本で初めて風胴実験を実施したモデルです。
駆動方式はリヤエンジン/リヤドライブ。 形はフィアットに似ているが駆動方法は全く異なる。
道路事情の悪い日本でも快適に走れるようサスペンションには4輪独立懸架方式を、またボディには堅固なモノコック構造を採用し、4人乗り。
なお、昭和34年9月の発表会の翌日の新聞には「国民車時代の幕開く40万円を割る新車」、「初めての国民車候補完成」、「工業史に一転期」などと極めてセンセーショナルに取り上げられました。
早くもモータースポーツに参加し、1962年の第9回マカオグランプリレースのAクラス(750cc以下)で1〜3位を独占した。
強制空冷式4サイクル2気筒OHV

コルト600



 

▲コルト600は三菱500の後継として1962年に登場、「コルト」の名を冠した初めての車。
三菱500の経済性はそのままに、軽快なスタイルの5人乗りとし、パワーアップしたエンジン、コラムシフト、ベンチシート、 拡大されたトランクスペースなどの商品力を向上させた。
25ps



同年の第9回全日本自動車ショウに真紅のコンバーチブルを参考出品し人気を集めたが、市販はされなかった。
写真の、赤色の展示車は1991年に復元したコンバーチブルで、コルト600(RR)のボディを最近のミニカ(FF)のシャシーに載せたものである。

コルト1000





▲三菱初の水冷直列4祈祷、高速型ハイカムシャフトの技術が盛り込まれました。昭和38年。

コルト800バン

 

▲経済性にすぐれた水冷2サイクル3気筒の高性能エンジンを搭載したコルト800乗用車の特長をそのまま受け継いだ乗貨兼用車で、1965年発売。
フロントビューは低く、傾斜の大きいフロントウインドと相まって、低く、長く、幅広く、安定したスタイルを持っていた。室内は乗用車と変わらないムード、しかも荷室は広く、2人乗りで400kg積載もしくは5人乗り。

コルト1500スポーツセダン

 

 

▲内容

コルトは1962年に600を発売以来、1000、1500、800、1100、1000Fが次々に発売され、モータリゼーションの本格的な進展の時代に、その名を刻んでいった。
さらに、名神に続き、東名高速道路の一部が開通し、本格的ハイウェイ時代の到来が目前となり、一方1963年鈴鹿サーキットでの第1回日本グランプリ自動車レース大会開催以降、モータースポーツ熱が高まった。写真の展示車は1500スポーツセダン。
1100のボディに1500ccエンジンを搭載、フロントディスクブレーキ、バケットシート、フロアシフト、タコメータなどを備えた三菱初の高性能スポーツセダンであった。
1,498cc 70ps

コルト1100F3ドアスポーツ



 

1965年に発売のコルト800は日本で初めてファストバックスタイルを採用。
1966年には800のスタイルをそのままに、エンジンを4サイクル4気筒にした1000Fが登場し、翌年にはさらにバリエーションモデルとして日本で初めての3ドアハッチバックセダンを追加発売。
また、1968年には、性能面での多様化をはかった1100F 3ドアスポーツ、続いてスーパースポーツが発売された。写真の展示車は3ドアスポーツ。最高速度140km/h、0〜400mは19.7秒の性能を誇った。

コルトギャランA2GS



 

▲コルトギャランは、最先端のパーソナルカーとして1969年12月に発売。 傑出した高性能・機能と流行の先端をいく“ダイナウェッジライン”を採用した斬新なスタイルが評判を呼び、三菱自動車飛躍のチャンスをつくる大ヒット車となった。
また、北米にも初めて輸出された。エンジン・装備により、AI、AII、AIIGSの3タイプが設定されていた。
写真の展示車はAIIGSで、三菱初のOHCサターンエンジンを搭載、最高速度は175km/hを誇った。
1972年の第7回サザンクロスラリーで16L-GSが総合優勝を獲得するなど、国内外のラリーで輝かしい成果をあげた。



▲ギャランのカタログ。ミニスカート新鮮。



ランサー/ミラージュ

ランサー1600GSR

 

▲ランサーは、1973年2月に人間性の尊重を基本テーマとして世に送り出された大衆車である。
ボディは強固で安全なモノコック構造で、1200ccから1600ccまで計12タイプの豊富なバリエーションを誇り、低公害型エンジン、チルトハンドル、コラプシブルステアリング、マスターバック付ディスクプレーキなどの機構が随所に盛り込まれていた。
同年8月には、0〜400m16.4秒を誇る最速モデル1600GSRなど7タイプが追加された。
写真の市販車はその翌年マイナーチェンジされた1600GSR。



▲モータースポーツ界での活躍はめざましく、サファリラリーで1974年と1976年に総合優勝、サザンクロスラリーでは1973年から4年連続総合優勝を飾った。
写真のラリー車は、1974年のサファリラリー優勝車(1973モデル)



ランサーEX2000ターボ

 

 

1000湖ラリー車 1982 1979年4月、ランサーEXは、より優れたファミリーセダンの決定版として登場した。
初代ランサーの発売以来6年ぶりのフルモデルチェンジであった。1981年に欧州への輸出を開始し、「2クラスで世界最速の2WD乗用車」と評価された2000ターボをベースに、WRC(世界ラリー選手権)を照準に開発されたのが、2000ラリーターボ車である。
強大なパワーと現代にも通じるバランスのよい走りは、栄光の初代ランサーに続く素晴らしい活躍を見せた。
写真の展示車は、1982年のフィンランド1000湖ラリー総合3位入賞車。
国内でも1800ターボが1982年から3年連続でJAF全日本ラリー選手権に優勝している。

ミラージュ



 

 

▲省資源時代に対応して、限られたスペースを有効に使い、機能を重視し本物を追求するという視点にたって、 外形を極力切りつめながら、ゆったり座れるスペース、独創性のあるメカニズム、 充実した質感をもつワールドワイドなクルマを目指して開発された2ボックスのハッチバックタイプで、1978年3月に新販売チャンネルのカープラザから発売。
排出ガス規制に適合させたMCA-JETエンジン、これを横置きにした三菱初のFF方式、低燃費と高性能を両立させる独特のスーパーシフト、 新開発のU字型リア独立懸架の採用などにより、すべての性能面での画期的にすぐれた車として歓迎され、ギャランと並ぶ三菱の主力車種となった。

グランドツーリング/スポーツスペシャル

ギャランGTO

 

 

▲ギャランGTOは、航空機のイメージを実現した「ヒップアップクーペ」として大きな話題を呼んだ本格的スポーティタイプ車で、MI、MIIが1970年11月、MRが12月に発売された。
ロングノーズ、ダックテール、日本車初の50インチカーブのサイドガラスを採用したタンブルホームで構成されたスタイルは、それまでの国産車にない印象を与え、東京モーターショーでも圧倒的な人気を博した。
また、コクピットタイプの計器盤は長い間、国産他車に影響を与えた。
写真の展示車は、3タイプのうち最もホットなMRで、三菱初のDOHCエンジンを搭載している。



▲レース用エンジンをデチューンした「R69B」を搭載したプロトタイプ。
 2000ccDOHC 16バルブで 180ps



▲その最終スケッチ

ランサーセレステ



▲ランサーをベースにしたハッチバッククーペ

ギャランFTO

 



▲ギャランFTOは、比較的若い層に向けての「ファストノッチスタイルクーペ」として1971年に発売。
当初は1400ccネプチューンエンジンを搭載したGI、GIIそしてツインキャッブ付GIIIの3タイプであったが、1973年にモデルチェンジを実施、1400ccおよび1600ccサターンエンジンを搭載した6タイプとなり、内外装もグレードアップした。
写真の展示車は1600GSR。
ラリー向きのホイールベース・トレッド比、リミテッドスリップデフ、オーバーフェンダーでエキサイティングな走りを実現し、“ザ・ベスト・スポーツクーペ・イン・ジャパン”と評価された。

エグゼクティブセダン



▲米国のカイザー・フレーザー輸出会社と提携し、当時の高級車「ヘンリーJ」を昭和26年から3年間ノックダウン生産しました。

 

▲昭和28年にいすゞ自動車と英国ルーツ社が技術援助協定を結んで製作 した乗用車で、英国風高級感溢れる乗用車として好評を博した。
昭和31年にはニューヒルマンへモデルチェンジし、技術移転と共に国産 化比率を高め、昭和32年10月までには全部品が国産化され、昭和39 年6月まで製造された。
いすず自動車からの依頼で三菱でボディーをつくりました。

 



▲三菱自動車がセドリック、クラウン、ベレル等に続いて本格的な乗用車として生み出した車であり、1963年10月の第10回全日本自動車ショウで2000cc最高級乗用車としてデビュー、 堂々たるスタイルで注目を浴びた。
米国GM社の専属デザイナーとして活躍していたH. ブレッツナー氏をデザインコンサルタントに招き、コルト1000の上級車として開発した小型車としてのフルサイズカー。
全長・ホイールベースともに当時の2000ccクラス国産車の中で最長。
最高速度は155km/h。 ステアリング機構、また航空機生産の技術を生かしたユニットコンストラクションフレームなど、三菱の技術の粋を集めて誕生、1964年の発売以来22年間生産が続けられた。
写真の展示車は1967年にマイナーチェンジしたモデルで、リヤフェンダーにH. ブレッツナー氏のトレードマーク、"ロケットランプ"が輝いている。



▲アメリカナイズされたスタイル。長く世にありました。

ジープ/パジェロ

ジープ

 



▲三菱では1952年に米国ウイリス社と契約、CJ3Aの部品輸入によるノックダウン生産を開始、これをJ1型、J2型と呼んだ(計554台生産)。
翌年ハリケーンエンジンを搭載したCJ3Bが登場し、三菱ではウイリス社と技術援助契約を結び、このタイプを初めて国産化(J3型)、ジープ国産化の過程が凝縮された自動車工業史に残る名車となりました。
写真の展示車は1955年発売のJ10型。



▲ホイールベースはJ3型のままでフレームとボディを後方へ延長した6人乗り(後席は2名席の向かい合わせ)、左ハンドル車。フロントグリルには、三菱マークとウイリス名が並んでいた。



▲ジープワゴン車 その後4ドアに発展します。

パジェロ



▲新規商品を目指して模索していたころのパジェロのプロト車。ボツ案ですね。

 

▲パジェロは、長い伝統と歴史を持つジープなど三菱4WD技術を集大成、さらに員の快適性という乗用車感覚と諸性能を盛り込んだまったく新しい多目的4WD車として1982年5月に発売されました。
・全長3.9mのコンパクトサイズで小型軽量エンジンの搭載により重量軽減を図り、空気抵抗の少ない車体形状と相まって高性と低燃費を実現
・床下レールの剛性強化により、路面からの大入力及び長時間の使用に十分耐え、また、防水性・耐蝕性の向上を図り高い信頼性と耐久性を実現
・前後輪荷重配分の適正化と前輪独立懸架方式の採用及びショートオーバーハングによる大きな障害角と大型タイヤによる大きな地上高確保により優れた操縦安定性と悪路走破性を実現

展示車は、翌年の第5回パリ〜ダカールラリーに出場したパジェロ。
初出場にもかかわらず、カテゴリーII(4WD市販車無改造部門)でみごと優勝。
1985年には総合優勝・2位を占めるなど、その後のパリ〜ダカをはじめとするマラソンレイドやラリーでの活躍ぶりは広く知られている。
また、今日のRVブームを創り出し、リードすることになしました。

モータースポーツ

F3A

 

 

▲三菱はフォーミュラカーの先駆モデルとして、1966年にこのF3Aを製作した。
シャシーはブラバム、エンジンはR28型(KE43型改)にダブルチョークの三国ソレックス40PHH型2個、ミッションは英国ヒューランド社製を装着している。



同年の第3回日本グランプリ自動車レース大会エキジビジョンレースに望月修ドライバーで出場して総合優勝を飾り、 翌年は長谷川弘ドライバーで第4回日本グランプリ自動車レース大会フォーミュラカーレースのクラスI優勝(総合4位)を勝ち取った車です。
998cc 90ps

コルトフォーミュラ F2000

 



▲1971年5月3日に開催された日本グランプリレースで永松邦臣ドライバーにより総合優勝したフォーミュラカー。
レース用に開発したR39Bエンジンを搭載。
現代のフォーミュラの先駆けとなったサイドラジエーターを考案し、装備していました。
三菱フォーミュラの最終モデル。

その他の展示



▲デザイン用の木型縮尺モデルなど



▲優勝トロフィーなど



▲スケールモデル



▲タイガー計算機などの初期の設計用具



▲エンジン展示



▲中尾文庫

参考資料
  写真はパンフレット、三菱自動車のHPから引用しました。
http://www.jsae.or.jp/motor180/car_data/2.html
http://www.asahi-net.or.jp/~ip3t-nksn/Pages/B-classic/Qrp820.htm
http://www.ucatv.ne.jp/~hdaimon/minicastory.htm
http://www2.tokai.or.jp/kubotti/syouwasyaya/sub008.htm

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