樫の木文化資料館

運営母体 おそらく民営
住 所 一宮市萩原町高松字川田4
電話番号(0586)69-6163 佐藤方
休館日普段は閉まっている。見学は佐藤漣氏宅 0586-69-6163 へ連絡が必要
開館時間9:00〜17:00(冬期は16:00まで)
入館料無料
備 考
アクセス 名鉄尾西線萩原駅から徒歩15分
博物館の場所は 一宮市街地から南西5km 新幹線の近く。万葉公園脇。
HP特にないようです。

展示の内容

概 略 樫の木製の農具・民具等約300点を収蔵・展示。
愛知県では
ここでしか
見られない
展示
カシの木という軸で民具を集めているため、けっこう珍しいものがあります。
・小型の木綿用紡績機
・獅子芝居の屋形
・土臼の作り方の解説
など、仔細に見ると興味深いものがたくさんあります。
ひとこと飾古典的印徴派詩人の佐藤一英が創設。
戦後、帰郷し、地蔵寺のイチイカシの前で 草木を媒体とし自然と人間とを感じ、考えるやり方を農夫より学び、その媒体の一つかしの木の民具を収集した、とのこと。
農具などを展示。
数ある素材の中で樫の木に注目し、それで作られた民具を収集展示している。
展示のスペースも小さくやや雑多な展示の印象は受けるが、樫の木の神聖さに感じ「こだわった」コンセプトは共感がもてる。
樫の木が民具の中でいかに重要だったかがわかる。
非常に印象的な博物館の一つ。
備 考「樫の木文化資料館」は、昭和46年6月に建設されました。
地球をとりまく北緯35度以上には、古くからカシノキが繁茂しておりました。日本では、ちょうど伊勢湾周辺であり、濃尾平野にあたります。
この地方は鉄器到来以前の農業は、カシノキで大地を掘り起こし農耕を行っていました。 地元の詩人佐藤一英は、「遠い昔の人々は、動物にたよって生活をしていた時代から、自分でカシノキを使った道具で土を耕し、農業の生活へと変化していきました。日本人の生活、学問、文化はこの樫の木文化の上に成り立っているのです。」と樫の木文化論を唱えられております。
この資料館に収蔵されている民具は、昭和30年にこの話に感動した萩野町高松、戸刈、築込地区の人たちがカシノキで作った民具の収集を呼びかけて集められたものであります。 生活様式などの変化により、もう再び集めることのできない貴重な生活用具ばかりが展示されています。
と設立趣意書にあります。


地 図



普段は閉まっているため、まずは佐藤漣氏をたずねる必要があります。
佐藤漣氏の自宅はそこから北方に見える集落の中。塾を開いておられる。
ここも残念ながら極めてわかりにくい。

外観



ユニークな建築。内部は意外と狭い。展示物がぎっしりのせいもあるのだが・・・



写真で見たツタンカーメンの墓室発見時の写真を思い出すような 数多い展示。

展示物

カシの木は単に道具の素材として使われているだけでなく、信仰の対象として、あるいは信仰に付随したものとしても利用されている。
遠い昔から人々の眼にはやはり他の木と異なった何者かを感じていたことがうかがわれるわけです。

●小正月に使うニューギ(新木)(小さな木を二つ割にし、その面に12〜13の線をひく飾り物)はカシの木 − 愛知
●山中の古いカシの木の切り株には山の神がいる − 愛知
●宮参りのときカシの木の葉に赤飯をもり もうひとひらの葉に神酒をそそいで供える − 岐阜
●正月、入り口の納屋柱にカシの木の枝をさす − 岐阜
●山の神の祭りにカシの木で作った馬の轡、男根を供える − 岐阜
●諏訪神社の神木のカシの木に鎌を打ちこむ − 富山
●モリサン(西日本方面に多い神)はカシの木を折ったり、切ったりするとたたりがある。 − 奈良
●正月3日カシの木の葉を囲炉裏で燃やすとゼニカネ、ゼニカネと音をたてるという − 静岡
●正月4日 先に葉のついたままのカシの木の枝をとって来て家の神々に供えた。 − 静岡

 

左 一宮ろくろ 綿の種を取る道具
右 糸車とコモ編み機
一宮地方では糸車のことを「くだまき車」と呼ぶようです。



▲コモ編み機の経糸を垂らすための重り。重いカシの木で作られました。

一俵の重さは17貫200匁(64.5kg) サンダワラは80匁(300g)+中俵550匁(2.06kg)+外俵400匁(1.5kg)+中に入れる米16貫(60kg)です。



▲さす
この「さす」は古形をとどめるもので、地機(じばた いざり機)で、しな布 タフなどを織るのに現在でも使用されます。中央穴の中はえぐられ横糸を巻いた管が入り、コロコロ転がり下の穴から糸を出し経糸の中を往復しながら横糸を通します。



▲土臼
土臼を展示している博物館は数多いのですが、作り方まで解説している博物館は少ないのです。



▲外側は竹で編んだ籠で作ります。

 

▲上下の合わせ面にはカシの木で作った木の歯を多数並べます。

 

▲上臼に入れる土は スサ(ワラを細かく切ったもの)+土+水+塩
下臼に入れる土は スサ+土+水
上臼だけに塩をまぜるのは、土に湿り気を持たせ、埋め込まれたハラに弾力性をつけ、下臼のハラとの噛みあわせを滑らかにさせるためです。



▲水車
この博物館にある水車は明治型の小型のものです。

水車に興味を持たれた方はこちらをごらんください。

●農具の柄
鍬などの柄は「カラ」と呼びました。
一見何でもないような棒ですが、農家の主な道具だったので本当に良い材料を厳選して注意深く加工して作りました。
真っ直ぐ筋目を通すために 切るのではなく、縦に割って削って作ります。
片側の端から唾を付けて吹くと、反対側から泡が出るといわれたそうです。



▲船の櫂(かい)
西中野から木曽川を越えて 向中野に耕地を持っている人が、農作業に通うため自家用の船に使用したものです。



▲鞴(ふいご)
鍛冶屋などで金属加工のために空気を送り込む道具。これも博物館の定番。 日本書紀には革を使ったふいごの記載があります。おそらく金属器と共に大陸から伝わったのでしょう。
16世紀にはだいたい今のような形になったといわれます。



▲車輪
これは大八車以前のタイプなのだそうです。
道路が整備されると車も全体に大きくなってきます。
大八車はちょっと前、戦後まで使われていましたがトラックに駆逐されてしまいました。



▲山車の車輪
これは名古屋市 東区飯田町にある松山神社の鯨船の車輪です。
山車の車輪は象徴的に扱われ、博物館でもいくつか見ることができます。
かったの雄姿がどのようなものだったのか興味があるところです。

 

▲細かい説明はなかったが、これは明らかに製糸機械。 左のハンドルを回転させ、一定のところまで糸を捻り、その後 右側の台を下に傾けて中心の管に糸を巻いたのでしょう。
おそらく木綿用です。
このような小規模な紡績機械があったなんて知りませんでした。



▲獅子芝居の屋形
獅子芝居は昔、村の同好の人が集まって、獅子頭をかぶった人が主役となり、祭、祝事などに招かれて芝居を演じたものです。
この屋形に獅子頭をいれ、竜、虎、鯱の金箔をおしたもの。あるいは金襴の幕でかざりたて 鈴をつけて大小の太鼓ではやしながら現地へ出向いたのです。
そして義太夫の語りで通し狂言、切り狂言を演じて人々の眼をたのしませてくれました。

これは珍品。今まで見たことがありませんでした。
ちょっと調べてみたいアイテムですね。

●その他いろいろ面白い展示物があります。
 

 

 

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