ホーム > ウォッチャーレポート


大型座談会

京都市政の病根・持病と対峙した10年
――「市民ウォッチャー・京都」が見続けてきた京都市政

『ねっとわーく京都』2007年1月号掲載

本来、弊誌も年の初めくらいは明るい話題で誌面を飾りたいと思う。しかし、この国、このまちではそれさえもままならない。二〇〇七年は一斉地方選挙、参院選がある。そして一冬越すか越さないうちに京都市長選挙も控える。今号の特集は「病根、持病と対峙した一〇年」――「市民ウォッチャー・京都」が見続けてきた京都市政。私たちの暮らしの舵取りをする行政を監視・チェックし、不正があれば追及する。その活動は市民にとってこの上なく頼もしく映る。その「市民ウォッチャー・京都」の村井豊明事務局長を含む三人の弁護士と同団体の幹事を務めるフリージャーナリストの寺園敦史氏、そして広原盛明龍谷大学教授を交えての大型座談会とした。ここでは京都市の病根である同和行政を軸に思いの丈を語っていただいた(文責は編集部)。

■座談会出席者(五〇音順)
岡根竜介 (「市民ウォッチャー・京都」幹事、弁護士)
寺園敦史 (「市民ウォッチャー・京都」幹事、フリージャーナリスト)
中村和雄 (「市民ウォッチャー・京都」幹事、弁護士)
広原盛明 (龍谷大学教授)
村井豊明 (「市民ウォッチャー・京都」事務局長、弁護士)

京都市はすべての同和行政を
即、やめるべき時期にきている


桝本市政がスタートした一年後に結成された
「市民ウォッチャー・京都」
――きょうは「市民ウォッチャー・京都」(以下=市民ウォッチャー)のメンバーの方を中心に、龍谷大学の広原先生も交えて京都市行政の問題点、なかでも同和行政にみられる体質に踏み込んでいくと同時に京都市政のこれからについてもご意見をお聞かせくださればと考えています。はじめに村井弁護士の方から「市民ウォッチャー・京都」とは、どういった組織なのか、そのあたりを簡単にご説明いただければと思います。
村井 「市民ウォッチャー・京都」事務局長を受け持っている弁護士の村井です。「市民ウォッチャー」の発足は一九九七年の四月です。桝本市政がスタートした一年後に結成しています。弁護士、ジャーナリスト、司法書士はじめ労働組合、個人の方が参加して活動を続けている市民団体です。全国的には「市民オンブズマン」と呼ばれている市民組織の一つです。「市民ウォッチャー」も全国の「市民オンブズマン連絡会議」に参加しています。

「市民ウォッチャー」は結成以来情報公開を拡大するためにさまざまな情報公開請求に取り組み、非公開処分、一部非公開などに対しては裁判を起こすなどして情報の公開枠を広げてきています。情報公開を請求した書類の中で不正な公金支出が明らかになると住民監査請求に取り組み、これが棄却されると住民訴訟を起こすというかたちで公金の不正な支出に対する追及を行い、実際に勝訴、勝訴和解なども数多く生まれてきています。

そういった中で同和問題、同和絡みの事件がかなりの比率を占めています。今日京都市の不祥事問題がクローズアップされていますが、ずっと以前からこういった問題は行政内外に広がっていましたし、分かっていたのではないか、不正の温床があったのではないかと私たちは思います。そういったことが見逃され、今日急にクローズアップされてきた感じを受けています。京都市政の同和を巡る諸問題は「市民ウォッチャー」が扱ってきた事件からでも数多く見えてきていました。私たちは京都市に是正の申し入れもしてきましたし、裁判の判決も出され、市には判決に従うように言っていますが、京都市は是正しません。同和行政を温存してきた結果として今日の不祥事が出てきているのではないかと考えています。すべて不祥事が同和行政、同和対策のせいであるとは言いませんが、温床としてはあったのではないかと思っています。

同和事業が一般施策に紛れ混む恐れが
――「市民ウォッチャー」で担当された案件で京都市の体質、問題点が見えてきたことは多々あると思いますが、そのあたりをお聞かせください。
中村 同和関係で言えば、私が本格的に関わってきたのは同和奨学金の事件からです。関東出身の私が事件に入る前にとても不思議だったのは、京都に来て市バス、地下鉄に乗ると必ず「同和問題を解決しましょう」というポスターがやたら目に付いたことです。関東にいる頃は同和という言葉は聞いていても実際に身近に感じていませんでしたが、京都で弁護士として活動するようになってみると、仕事上でも同和団体が絡んでくるケースがかなりあります。なぜこれだけ同和が強調されるのだろうというのが、京都にきた私の一番最初の思いでした。関東から京都へ来られた方は多くがそのように感じられるのではないでしょうか。なぜ同和ばかりが人権課題なのか、女性差別や障害者差別はじめいっぱいあるにもかかわらず、なぜか同和だけがいつもでてくるのかという疑問がありました。

具体的に同和奨学金の事件に関わってきて、思っていた以上にここまで裕福な人たち、例えば高級外車を乗り回したり、親がお金持ちなのに奨学金を受け取り、しかももらい得、返さなくて良いなどという、あまりにも不正が罷り通ることへの驚きと怒りが湧いてきました。裁判の過程で府も市も「同和優先施策はもう終わった」と言いながら、実際には毎年続けている訳です。一般施策に移行しているにもかかわらず奨学金を出し続けてタダ取りを認めていく。「一回始めたのだから途中でやめるわけにはいかない」と平気で言う行政の体質が未だに京都市、京都府の中で抜けきっていません。かたちの上では一応、一般施策に変わったのですが、やっていること自体は変わっていない気がしています。大きな契機できちっと変えていかないと一般施策のなかに入りこんでしまって、実は裏は同和だといったことが罷り通ってしまうのではないかと危惧しています。

岡根 私が「市民ウォッチャー」で関わってきた一つに京都市の市会議員が毎年、行政視察、行政視察出張などの名目で海外旅行に行っている問題があります。東京の石原都知事のような例外はありますが、多くの自治体は、取りやめてきているにもかかわらず京都市は存続しています。費用は上限が一人一二〇万円と決められていました。「市民ウォッチャー」がうるさいこともあってか今年から一〇〇万円に減額することになっています。とにかく行き先が先にありきの旅行で、旅行先をまず決めてからとってつけたような調査目的を総花的にいくつも上げて、それぞれの調査は一時間程度の話を聞くだけです。大半が観光ではないかと思えるような日程の組み方です。

議員の意思、思いで訪問先が変わったこともありますが、例えば大リーグ観戦が豪華客船のディナークルーズに変わったり、ナイアガラの滝見物に行くなどに変わった程度です。裁判になって一部違法であると認められた例があります。ヨーロッパに行ったときですが、土曜日、日曜日についてはまったく目的もなくぶらぶら市内を歩いていたわけです。これについては視察目的もなく、必要もない。従ってそのぶんにかかった費用については返還しなさいということになりました。それとは別にこの判決の中で一般教養取得型といわれるようなかたち、単に海外へ行って観光して何となく海外の文化に触れて、といったような「視察」は見直すべきではないかと言われてきました。京都市が行ったことは、翌年からは土曜日、日曜日の目的を例えば歴史都市再生であるとか観光都市開発問題など、結局は市内を観光するだけですが一応目的を付けるようにしたのです。姑息な手段で対応してきたかたちですが、本質的には改善しようという姿勢は全くありません。

こういう訴訟が起こされているにもかかわらず、先ほどの一二〇万円の問題でも行き先はヨーロッパ等がほとんどです。アジアでもいいじゃないかという話がでてきたときも、議員が「アジアでは一二〇万円使い切れない」というわけです。アメリカは例の9・11のあと行きにくくなって行き先はヨーロッパに集中してきていますが、まともに研究、調査しようという気はみられません。いまゴミ問題がいろいろ取り上げられていますが、ゴミ問題は確かに「視察」理由によく見受けられます。毎年毎年各都市に行ってゴミ問題には接しているはずですが、今回市民に返ってきたのはゴミ袋の有料化ですし、あの混乱ぶりです。「視察」の成果はまったく見えてきません。ムダな旅行は止めるべきで、本当に意味のある視察にだけ費用を出す方向で見直すべきです。

村井 いま議員さんの希望で「視察」目的地を変えたという話がありましたが、面白いのは「戦場のピアニスト」という映画をみて感動し、ワルシャワに行きたいという議員がいて実際にワルシャワが「視察」先に選ばれています。しかし、ワルシャワはほぼ壊滅状態にされて、そこから再生してきた都市です。京都の再生とは違います。京都は大きな戦禍を免れて古い家並みが残っています。これをどう再生するのかが議論になっているわけです。「町並み再生のために勉強に行った」というのが口実にされていますが、実際に報告書でその議員は「『戦場のピアニスト』を観て感動したからワルシャワを選んだ」と記しています。

時代の流れと共に
大きな成果をあげた一〇年


寺園 私が「市民ウォッチャー」の幹事として活動するようになったのは二〇〇一年です。ただし、ちょうど「市民ウォッチャー」発足の頃から個人としてこれまでの取材の延長で、京都市の同和行政に関する情報公開請求活動に取り組みはじめていました。なかでも同和補助金関連の公文書の情報公開請求から情報公開訴訟を経て、公文書を全面開示させた経験が、初めて取り組んだこともあってもっとも印象に残っています。九六年に、市の同和補助金交付の申請書、実施報告書の情報公開請求を行いましたが、基本的に非公開、ほぼ黒塗りの書類が出てきたのです。補助金は解放同盟に支出されていることが公にされていたにもかかわらず、「解放同盟」の名前すら黒く塗りつぶされていました。補助金額ももちろん非公開、いつどこで行われたどんな事業に支出されたのか、すべて非公開だったのです。いくら何でもこれはひどいと思って情報公開審査会に申し立てしましたが、棄却され、提訴に踏み切ったわけです。

裁判は高裁までいきましたが、二〇〇〇年一一月に勝訴が確定して書類が全面開示されました。京都地裁での審理の後半、「市民ウォッチャー」に弁護の応援をお願いしましたが、地裁審理の前半、それに大阪高裁ではわたし一人で裁判を行いました。公開された書類の内容には驚かされましたが、同時に、一人ででもここまでやれる、行政に勝つことだってできるというこのときの経験は、それ以後の取材活動の自信になりましたね。

で、勝訴によって公開された書類から、解放同盟が日常的に公金を使って高級旅館で温泉旅行をしている実態が判明しました。今度は当初より「市民ウォッチャー」の全面的な協力を得て、温泉旅行に支出した公金の返還を求める住民訴訟を起こしたのです。そして、二〇〇二年一一月に裁判所の調査で、解放同盟はたんに高級温泉旅館に行っていただけでなく、市担当職員を巻き込んだ大がかりな補助金詐取の事実が明らかになった、という流れです。

私が情報公開請求活動に取り組みはじめた当時に比べると、同和行政に関する分野でさえ、現在の京都市は公開度はかなり高まってきています。基本的に全面公開が原則に変わってきました。企画推進委員会という解放同盟と京都市との協議の場があるのですが、この間、その議事録の公開を請求したら、あっさり全面公開されたので、驚かされました。過去に何度か請求したことがあるのですが、非公開だった書類なんです。全国的な情報公開の趨勢が背景にあると思うのですが、我々が取り組んできたこの一〇年の大きな成果であると思います。

構造的な不正を感じさせた
「同和温泉旅行補助金」事件


村井 寺園さんが情報公開を請求されて裁判をされていたのを、我々が引き継いで取り組んだのが同和温泉旅行補助金の事件です。平成九年から一一年の三年間で六一の事業がありました。六一回温泉旅行に行っていたわけですが、かなりの補助金が出されていました。その合計が三年間で五四二二万です。私たちは実際にカラ事業とか水増しについても一部は情報を得ていましたが、やはり全面的に調べる必要があると判断して裁判所に対し、調査嘱託の申し立てをしました。

――調査嘱託とはどういった制度なのでしょうか。
村井 裁判所から各ホテル、旅館に対して照会をかけるわけです。このような団体が来ましたか、何人来ましたか、費用はいくらでしたかといった照会です。そうすると被告(京都市)側がすごく抵抗しました。調査嘱託は絶対に認められないと言うわけです。これで一年程度かかりましたが最後は京都市の職員を証人尋問しました。そこで我々は、実施報告書の添付資料として領収書の添付が義務づけられているにもかかわらず添付されていないことなどを追及しました。この証人尋問を踏まえて裁判所は調査嘱託を採用したわけです。調査嘱託をかけた結果が各ホテル、旅館から返ってきましたが、実際には「そのような団体は宿泊されていません」といった回答が寄せられたわけです。人数も実際は二六名しか宿泊していないのに実施報告書では一四六名が宿泊していたことになっているなどのケースが次々と明るみにでました。カラ事業、水増し事業と言われるものです。

京都市もこれはまずいと思ったのでしょうね、追っかけるかたちで独自調査をしました。結果、京都市もある程度認めて合計で二七四八万円を裁判の経過の中で自主的に返還させました。

ですがそれで終わりではありません。この実施報告書というのは実は京都市の職員が書いているわけです。職員が同行していると記載された事業もあります。ということは解放同盟と京都市の職員が一緒になって偽造文書を作り、京都市からお金を詐取した、だまし取ったということですから、これは詐欺罪です。実際に行っていないにもかかわらず補助金を出すために嘘の実施報告をしているわけです。また、先ほどのように人数を五倍も水増ししていたのです。我々は京都地検に告発までしました。残念ながら当時は部落解放同盟に対する批判の流れがまだ今日と比べ弱かったですから地検も動きませんでしたが、いまでしたら起訴した可能性もある事件ですね。関係者が多すぎて地検も二の足を踏んだのではないかと考えられます。解放同盟の支部だけ調べてもだめで市の職員を調べないといけない。市の職員が多くかかわっていることは分かっているわけです。各支部が自主的に報告書を出せば同じひな形の報告書にはなり得ません。明らかに市の職員が書いているような形式のものです。

こういったことからみても京都市の不祥事には非常に根深いものがあります。市の職員にかなりの解放同盟の幹部もいますし、その人たちが解放同盟が実施した温泉旅行の書類もつくっているといった構造的な不正があることを、この事件では感じています。京都市に返した事業以外に三九事業残りましたが、我々はさらに実際に温泉地には行っているかも知れないが学習会はされていない、単なる物見遊山ではないかと追及をしました。すべての証拠は集まりませんでしたが、証拠のある一五事業については裁判所も学習会があったとは認められないと認定して、さらに四五七万円の損害賠償を命じ、大阪高裁でその中身で和解したというケースがあります。

学習会をしたという彼らの弁解が面白いのですが、学習会をしようとすれば会場が必要ですが、実際はほとんど確保していませんでした。解放同盟の幹部の証人尋問では「ホテルのラウンジで学習会をやりました」、「ホテルの一室でやりました」など、もう弁解はめちゃくちゃです。裁判所もそのようなところで学習会はできないという認定をしてくれ、一五事業については学習会の実態がないとして返還を命じたわけです。もっと資料があればさらに追及もできましたが、残念ながら少し遅れてからの調査でしたから限界もありました。ですが、資料が集まったものについては裁判所も学習会の実態はないということで返還を命じた事件です。これは市の職員、解放同盟が一体となって偽の文書を作って京都市からお金を詐取していた実態が明るみに出された事件でした。解放同盟の幹部が更迭されたり、一部、市の職員は定年前に退職しましたが、その後嘱託で再雇用されているというわけですから、未だに根深いものがあります。

判決の流れを変える突破口に

中村 この事件も裁判所の行政部、京都で言えば第三民事部に配属されます。情報公開ですとか行政事件の取り消し等はすべてここに係属していますが、これまで行政事件ではなかなか原告の方が勝つことは難しいと言われてきました。実際、これまで負けてきていた経過もありました。なぜ負けていたのかといえば、行政はいくら何でもそこまで悪いことはしないだろうというのが、これまでの判決の流れでした。この同和温泉旅行補助金事件で行政がいかにひどいことをするか、一緒になってここまでひどいことをするのかということを裁判所は身をもって体験したと思います。偽造までやっていることが分かって、行政に対しても信頼度が薄れ、一定疑ってみるように裁判官が変わってきたと思います。そういう意味では同和温泉旅行補助金事件は非常に画期的な事件だと言えると思います。

岡根 先ほどの追認行為をした市の職員も証言に立ちましたが、「学習会はみていない」「知りませんでした」と逃げています。学習会が目的の温泉旅行に行って、どこで何人がやったのかは知らないと言うわけです。実にひどかったですね。

寺園 参加したのは夜の懇親会だけだったと言っていましたね。

中村 懇親会しかやっていないから仕方ないんじゃないの(笑)、コンパニオン代まで補助金から出ているわけですから実にひどい話です。

岡根 「学習会のついでにちょっと飲んだだけです」というお酒の量が一人あたりで割ってみてもかなりの量になっていたりとかね。

村井 コンパニオン、カラオケ代すべて請求されています。それもすべて実施報告書に計上されて補助金の対象になっていますからね。

同和不祥事問題こそが部落解放運動が抱えてきた業病
問題の本質から逃げてはならない
――広原先生は同和問題に深く関わってこられ、「京都は光り輝くだけに、その闇は深い」と同和問題の根深さを語っておられます。いま各弁護士、寺園さんからお話しいただいたのは、京都市の体質のごく一部といってもいいと思いますが、広原先生は一連の京都市の同和行政をどうみておられますか。
広原 ちょっと過激に聞こえるかも知れませんが、今回の不祥事問題を含めて京都市の抱えている同和問題は、行政はもとより市民、運動団体、議会など、京都市のあらゆるところを串刺にしているくらいの大きな問題だと私は思っています。私が同和問題に特別な感情を持っているのは、私自身が学生時代から当時の部落の悲惨な状況を良く知っていて、実際に調査にも出かけて、どうすればこういった環境を改善できるのかということを研究の一環として取り組んできたからです。また、三木一平さんはじめ当時の部落解放運動のリーダーも個人的によく知っていましたからね。もちろん行政の側の人たちもよく知っていました。当時の運動のリーダーたちが、いかに自己犠牲的にがんばっていたかを身近に見てきたのです。

そのときの原体験といまの同和地区の腐敗状況の格差は、本当に天と地くらいのギャップがありますよ。だから、今日、このような事態が引き起こされていることに言いようのない怒りに似た思いがあります。本来であれば、人間の解放という崇高な使命を掲げて闘ってきた人たちが数多くいたのに、その末裔たちがどうしてこれほどの腐敗と堕落に陥るのか、ここのところをきちっと分析しないとこの問題は本質的に解決できないのではないかと思います。

そういう意味で「市民ウォッチャー」の方々が取り組んでこられたように、情報公開や法廷闘争を通じて腐敗の実態を明るみに出すことは本当に重要なことです。私も報告を読めば読むほどに腹が立ち、衝撃を受けます。だから、その活動をすごく高く評価しています。しかしそれと同時に、先ほど村井先生がおっしゃったように昔から分かっていたことも結構いっぱいあるじゃないか。なぜ、それをその時点からやらなかったのか。事態を解明する立場にいた解放運動のリーダーや民主的な運動団体、市職労の幹部、また共産党の議員等々はいったい何をしていたのかという怒りもすごく感じるのです。

この問題は、実は京都の民主運動の根元的な弱点に根ざしている問題なんですね。相手が主犯であることは間違いないですが、民主団体も実質的には共犯関係だと言われても仕方ない側面を持っています。これだけの問題ですから、きちっと総括をすることが問われるにもかかわらず、それが先送りされて解明されてこなかった。まさに同和不祥事問題こそが部落解放運動が抱えてきた業病だというべきです。そういった観点に立たない限り、これから同和問題の総括も研究もできないと思います。関係団体が現段階においてもなかなか真相に迫れないような弱点を抱えている以上、やはり市民全体の力ですべて明るみに出して、その上で市民の審判を仰ぐ以外に事態を打開する方法は考えられません。民主勢力に自浄能力がないとまではいいませんが、なぜか本質から逃げているような気がしてならないのです。

私は数多く部落調査に行き、同和施策がどのように実施されているかも随分調べましたが、要するにどの運動組織に入っているかは別にして、結局、行政からお金を取ることが運動目的になっている場合が非常に多い。これでは部落解放運動というよりは、それを口実にしたもの取り運動といわれても仕方がない。

それからもう一つ、今回の職場の不祥事問題の背景としては、同和地区のコミュニティがそのまま職場に引っ越ししてきただけのような状況があるという気がします。ライフスタイルや人間性を自己変革していくのは職場の規律であり、労働規律です。資本主義の過酷な労働が結果として農民の気質を変えてプロレタリアの規律をつくっていったように、職場での労働規律が働かなければ人間はなかなか自己変革ができない。しかしここのところが乱れてくると、「働かないで楽をした方が得だ」といった価値観やライフスタイルが職場を支配するようになる。そうなると家でも職場でも何一つ変革するきっかけがありません。京都市あるいは大阪市でも神戸市でも現業職の問題はすべてここに起因している。だから特定の職場において多数派を占めるようなことは、解放運動にとっても結果的にマイナスです。そしてここのところが京都市の場合、他と比べてもいちばんすごいわけです。本来であれば職場の労働状態や不祥事問題をもっと以前から直視して、選考採用の問題をどう変えていくのかについてあらゆることをやっておくべきでした。

京都市も運動団体も、まずきちんと総括を

村井 京都市の職員を採用するときに、京都市が自ら職員の適格性を審査し判断しないといけません。それを放棄して同和団体に丸投げしてしまった。同和団体が推薦すれば自動的に採用される、採用されるために裏金のようなかたちでお金も動いていたと言われています。もう完全に利権化しています。採用された人も自分はお金を払って採用されたという思いがありますから、まじめに働く気にはなりにくい面がある。採用の段階からそういった不正があり、採用後も広原さんがおっしゃったように規律を正そうとしない。その結果がこういった犯罪不祥事の多発につながっていると思います。奈良市の長期休暇職員の場合もそうです。解放同盟の幹部でしたが、仕事もしないで毎日違う部署の建築部門には顔を出し、交渉して自分の妻を代表にした建築会社の仕事を取ろうとして営業活動をしていました。これは奈良市の職員も知っているわけです。当局は知っていても知らないふりをする。いっさい手を付けないで今日まできてしまったという経緯があります。

京都市の場合は、まだそこまで明らかになっていませんが、いずれそういった問題も出てくるのではないかと懸念しています。誰でも同和住民は同和運動団体の推薦があれば市職員として採用されたわけで、各運動団体はこれを運動の成果として位置づけてきました。そういった要求をすること自体、またそういう要求を認めたこと自体から、もう一回問われないといけないと思いますね。その時点から行政として最低限守らないといけない適格性判断を放棄して運動体丸投げ状態をつくってしまった。要求した側も認めた側も問題ですから、そのあたりからきちんと総括していかないといけないだろうと思います。

寺園 不祥事問題の論議で不可解に思うことがあります。〇六年一〇月二日の市会調査特別委員会で、桝本市長が「任命権が運動団体にいってしまった」と答弁しているんです。このことはいろんな人たちから過去何度も指摘されてきたことで、今さらめずらしくもないのですが、首長が議会の答弁で認めたというのは、重大だと思うんですね。我々が「任命権を丸投げしている」と批判するのとは全然意味が違ってくるはずです。しかし、議会でもあるいはマスコミでもさして問題視されず、話題にもなっていません。同和対策の名の下にこの異常な制度がどのようにしてうまれたのか、運動団体は市にどんな圧力をかけた結果だったのか。今日の惨状を招いた真相を解く鍵だと思うのです。しかし、市はこれ以上の説明をすることなく、せいぜい表に出てきた不良職員を懲戒処分にしていくとか、危なさそうな職員の生活指導を強め、何とか封じ込めるといった対策を打ち出すだけ。そして環境局の業務の外部発注です。その場しのぎの対策といった感じは免れません。

腫れ物に触るような時代は過ぎた

中村 六九年くらいですか、同和施策として優先雇用を打ち出し、その後まもなくそういった運動団体に任命権を丸投げする話が出てきていますが、逆に言えば桝本市長の言い方ですと、そのときが悪かった、自分の責任ではない、ともとれるようなところがあります。確かに運動団体のあり方、行政のあり方で任命権自体を行政の手から手放したことは大きな間違いですが、当初はある程度、優先雇用をしなければならなかった背景もあり、運動団体が行政に対し優先雇用を請求するのはおかしな情勢ではなかったと思います。行政も任命権は手放さないかたちで一定数は施策として優先的に採用していくべき状態だったのではないかと思います。そして一定の時期からはちゃんと任命権を取り戻せば良かったのですが、手を付けずに今日まで放置してきたわけです。どうしてそのようなことになったのか、当初は労働組合もあまりそのことを問題にしてこなかったですし、マスコミも報道はしてこなかった。しかし、陰ではこんなひどい実態があるとみんな知っているわけです。

私たち自身も、なぜ是正がこんなに遅れたのかは反省する必要があると思いますし、原因はきちんとしておく必要があります。私が思うところでは、一つは京都は特殊なところで民主勢力もかなり強いということがあります。解放同盟が三であれば全解連は一だとか、一緒になって同じことを要求し、同じものを取っていくということで運動団体としての地位を維持し築いてきた。そのことを止む得ないこととしてきた風潮が全体にあると思います。民主勢力と言われるところも含めて対等な関係を築こうといったところでやってきたのではないか。根本的にはそのことが悪いことだから是正しないといけないという動きにならなかったわけで、なぜそのような流れになったのかというところはあります。

今の時期は悪いことは悪い。どこの関係団体であれ、京都市職員の関係労働組合、議員さんも含めてこれまでのことに対して反省をしっかりしていかないといけないことは確かでしょう。何かこれまでの運動をかばうような意見があるのはおかしいですね。

広原 かばうどころか、腫れ物に触るようなところが見受けられますね。言ってみれば逆に差別はしているわけです。一人前の市民として認めていないのではないかと思えるところもあります。半人前だからちゃんと言っても分からないだろうから、そっとしておけ、こういう気持ちがある。きちっと、けしからんじゃないかと真正面から言わないしやらない。事実はいまやっと明るみに出かかっていますが、事実がどういった意味を持っているのかをきちっと解説しないと、この問題はわかりにくい。その解説のところでブレーキがかかってシャットアウトされている感じを受けます。

岡根 マスコミ報道も解放同盟は崇高な団体であるにもかかわらず、特定の突出した悪い奴がいる。そういう人たちだけが悪くて他はまったく問題はないというかたちでの報道姿勢が基本になっています。これでは本質が見えてこないでしょうね。

根本的なところでかばいあう、
補完しあう体質


村井 京都市はこれだけ犯罪が多いのですが、桝本市長は言い直したものの「大きな数値ではない」と当初答弁しましたね。それを聞いた某テレビ局のコメンテーターが「こんな数字をみたら暴力団と一緒じゃないか」と批判していましたが…。運動が正しくて一部に違法行為をした人がいるという総括ではまずいと思います。やはりそういった人たちを構造的に生み出した原因を追及しないといけない。行政に対するもの取り主義的な運動をしてきた結果です。ものを取るとどうしてもそこに利権が生まれます。運動団体に依拠すれば就職ができる、同和の奨学金ももらえる、しかも返還もしなくていい。温泉も無料で行ける。例えば子どもたちのなかにも「自分は勉強しなくていい」と言う子がいるそうです。なぜかと言えば「運動団体に言えば市の職員になれる。だから自分は勉強しなくていい」と堂々と言う。こういう土壌があって今回のような犯罪不祥事が起こるということをしっかりと見てメスを入れないと、一部のトカゲの尻尾切りの対応ではだめでしょうね。もの取り主義で同和運動に取り組んできた結果のツケは大きいと思います。

寺園 私も選考採用の問題について、これまでかなりしつこく記事を書いてきました。それでよく受ける批判なんですが、「大半の職員はがんばって働いている立派な公務員である。あたかも全員が犯罪者集団であるかのごとく言うべきではない」と言われます。もちろん大半の人は真面目にやっているという指摘はその通りだと思います。しかしそんなことが問題となっているわけではないはずです。選考採用で市に入り、たとえ全員がまじめに働いていたとしても、任命権を運動団体に渡してしまったこの制度は問題なわけです。制度のしくみを問題にしているのに、「大半の人はがんばって働いている」とか「採用後ちゃんと教育しなかった市が悪い」という議論で、事実としてその通りですが、焦点がぼけていくんです。根本的なところに追及が及ぶことを、いろんな立場の人たちがかばい合う、補完しあうような印象があります。

さきほど話題になった同和補助金のケースをみるとよく分かります。たまたま全解連は九六年で補助金を自主返上していましたから、我々が起こした裁判の対象にはなりませんでしたが、全解連へ交付された補助金の実態も、解放同盟と同様なんです。解放センター、みかげ会館の用地ただ貸し問題、同和奨学金問題にも共通することだと思います。しかしこのことが議論になることはほとんどありません。京都市の同和行政をめぐっては過去いろんな犯罪、不正が判明していますが、結局、決定的なところまで踏み込めなかった理由の一つが、これだと思います。

村井 いま話に出た解放センターとみかげ会館の件ですが、これは最近裁判を起こしました。この場合もやはり解放センターが先行しています。昭和五六年四月三〇日に京都市と(財)京都府部落解放推進協議会が契約しています。この財団法人は実質的には解放同盟が運営しているものですが、このときに借地料は無償になっています。立派な会館を建てて運営していますが今日まで無償のままです。敷地も一一〇〇平方メートルと広く、立地条件も良い場所です。京都市が計算して一般並みの賃料を取ろうとした場合、月額一一七万円程度だということです。年間ですと約一四〇〇万円です。それだけの賃料がずっと無償できているわけです。

みかげ会館の場合は解放センターから四年遅れの昭和六〇年に同じような契約をしています。ここは(財)京都地域人権問題センターに賃貸されていますがこれは当時の全解連が運営している財団法人です。そこにみかげ会館を建てたわけです。みかげ会館は面積が七三八平方メートル、場所的にもちょっと奥まっていますが、それでも月額七八万円程度はするのではないかと言われています。こちらも年間約九〇〇万円の賃料が無償でずっと今日まできています。両施設とも自分たちの運動団体の事務所にしていますし、室料を取り第三者に貸し出しするという事業もしています。

京都市はずーっと無償にしてきたのですが、私たちが監査請求をしたら「今後は借地料を取りなさい」ということで、現在、京都市は両団体と交渉中です。しかし、過去についてはさかのぼって徴収しなくてもよいという監査結果なので、私たちはいま裁判を行っています。このケースも一つのもの取り主義の結果です。

告発なしに自浄能力はない

岡根 同和経営指導員の問題でも、経営指導員は同和の担当を決めていて、勤務場所に毎日出勤したことになっているのですが、実際に行っているのは解放センターでした。解放新聞で全国大会に出かけていたと報道されているときにも出勤したことになっています。実際の指導実態、指導件数はどれくらいあるのかと追及すると、同和系指導員にはほとんどない。一般の指導員が肩代わりするかたちでやらされているのが実態でした。にもかかわらず京都府が補助金として給料分を出しているわけです。

広原 そういった事態を放置すればますます人間としての自立が難しくなります。ぶら下がって働かないでタダ食いをする人たちが再生産されていくだけです。部落解放運動の初期の理念からすると、これほど運動の精神を冒涜するものはありません。なぜ彼らの一人一人の問題として受け止められないのか、なぜ運動がそういったことを指導しないのか、運動自身の存在意義が根底から問われています。

村井 自浄努力はまったくなされていません。経営指導員は解放センターに通っていたわけです。解放同盟の本部があるところに行ってこれといった仕事はしていないわけです。みんなもその実態は知っているわけですが、自ら是正しない。働かないで経営指導員として給料をもらっていることを知りながら放置してきたのです。我々が告発しなければ自らの自浄能力はなかったでしょうね。運動体の幹部もそういった実態を認めてきたのです。ですから幹部の人たちも共犯です。

広原 私が東大阪市の同和地区の実態を調査したときに、「このままいくと部落はアウトローの居住地になる」とみんなの前で公然と言いました。そうしたら会場がどよめきましたよ。あとで「その通りです。しかし、そのようなことを言われたのは初めてです」といった声が寄せられましたが、実際その通りなんです。

中村 京都市の選考採用で、私がたまたま別の事件でかかわったタクシーの乗務員の方が市バスの運転手に就職したがっていました。同和地域の出身でもありませんが、部落解放同盟を通じて三〇〇万円を渡して市バスの運転手に就職するという。公然と相場で三〇〇万円が設定されていました。同和地域の人たちのために何かをしていこうとか、そういった発想すらもかなぐり捨てて利権集団になっていることは明らかです。こういったことを京都市が知らないわけがない。一緒になってやっているわけですから部落解放とはまったく関係ないことです。

岡根 同和奨学金もそういった可能性が充分あると考えられます。別に京都市がこの人が同和地域の出身かどうか何の認定もしない。運動団体が推薦したらもう自動的に認めています。実際は同和地域に関係ない人も同和奨学金を受けているのではないか、そして返還はしていないのではないかという疑いは強く持っています。

広原 改良住宅などもそのとおりですからね。

岡根 運動団体推薦でみんな入居していますからね。私たちも要求しましたが、批判を受けていまは一般用に開放されてきていますが。

寺園 制度的には属地属人主義でやってしまうことが、運動団体に過大な権限を与えることになってしまった。両者がよほど自覚的でない限り不正を行っても当たり前という行政の仕組みが元々からあったということでしょうね。それに加えて運動団体の暴走によって、部落解放運動に対する恐怖心が生まれてしまった。解放運動が過大な権限を握ってしまったことと、いわゆる「同和は怖い、やっかいだ」という意識が行政全体にまん延したこと。これが同和行政をめぐる不祥事の根源の一つだといえると思います。

構造化していった腐敗の背景を
客観的にみることが大切


広原 私は自分が部落の環境改善の事業や運動に携わってきた関係でいちばん反省していることがあります。これまでは同和地区あるいは部落コミュニティをあくまでも維持しながら自ら解放していくという運動方針が主流でした。部落から出ていくのは脱落者であり、裏切り者であって、自分だけがよい子で逃げていくのだといった見方の運動です。いまの解放同盟流に言えば「差別に負けない子」とか、部落民宣言をして永久に部落で生き続けるというような大阪の解放同盟が言っているようなかたちです。しかし、部落にとどまることはその人の自由ですが、出ていく自由もあります。憲法で保障された職業選択の自由、どこに住むかという居所選択の自由があります。いままでは、この居所選択の自由が運動の中でまったく位置づけられてきませんでした。私はこの点が従来の運動にとって決定的な間違いだったと思っています。部落解放運動というのは、部落がなくなって地区住民が普通の市民になっていくということだから、そのルートが個人的であれ、また運動団体を通してであれ、部落から出たければ出る自由が保障されていなければならない。そしてその結果、部落がなくなっていけば結構なことではないかというごく当たり前のことが、これまでの解放運動のなかでは言えなかったのです。

関西のある全解連幹部が「私は出ていきたかったけれど歯を食いしばってここでがんばってきた」と言いました。それはそれでその人の言い分はわかりますが、しかしそのことをあまり強調し過ぎると、反面出ていった人は裏切り者であり脱落者であるといったことになりかねない。だから、そういう運動は間違っていたのではないかと今は思っています。それは行政側の属地属人主義とまさにリンクしていたわけで、両者が表裏一体となって同和地区や部落コミュニティを維持していく方向に作用した。そしてそこに法外な行政投資が何十年も続くことで腐敗が構造化していった。結果として、地区全体が利権コミュニティ化していったという流れです。こういった結果を客観的に見ないと、現在の不祥事の背景や原因は解明できません。私自身は反省も含めていま率直に話をしていますが、部落問題の研究機関、関連団体からはそういった声があまり聞こえてきませんね。

圧力を跳ね返すためには
トップの姿勢が不可欠

――そろそろまとめの発言に移りたいと思います。これではダメだといったお話から少し展望の見える話に移っていきたいと思います。
中村 まだ、どうすれば良いのか思案中といった段階ですが、一つはやはり透明性の問題が大きいと思います。特に部落問題ということになると一方でプライバシーの問題であるなどの理由から秘密の中でやられやすい面があります。行政にとっても明らかにしないことが許されるような対応がされてきました。運動体と一緒になって住民に隠すかたちで進めてきた経緯があります。それをできるだけ公開にする、利害関係にない第三者的な機関を置いて監視する。どうしても秘密にしないといけないことについてはそういった評価機関などで運用していくことが求められます。このような当事者ではないところがかかわるようなシステムづくりが一つあります。

行政だけではありませんが、私もよく建設業者から相談を受けますが同和団体から関連企業に下請けを寄こせ等々言われるわけです。「絶対にそういったことはするな、私どもは同和とか暴力団とは一切関係ないし関わり合わないという会社のイメージをつくれ」と言ってがんばらせるのですが、そうすると同和団体の人たちは行政に行くわけです。行政に行って「あそこはめちゃくちゃをしている。市が発注したのだから指導しろ」と言う。そうすると行政はがんばっている会社に「何とかしてくれ」と言ってくるわけです。ひどい話で、本来毅然として業者を守らないといけないところが、業者に対して「何とか雇ってやってほしい」といった圧力をかけてくるわけです。悪い循環になってきていますから住民を本当に守ろうという立場で行政がどれだけ動けるかが鋭く問われます。

市の職員を見ていても現場の一線の人たちは本当に大変です。毅然としてがんばろうと思っていても上司が守ってくれないと悲惨です。一生懸命やっている自分と同じ立場で上司がどれだけがんばってくれるか、これが京都市の場合は一番上のトップを含めた上司がまったく知らんぷりを決め込んできたわけです。末端の職員ががんばろうと思っても支えてくれる人がいなかったことが大きいと思います。そこを本当に作り替えられるか、京都市が一体になって、この問題については毅然とした態度で臨むことが重要だと思いますね。

京都市は自由法曹団や「市民ウォッチャー」の
おかげで破局を免れた?


寺園 この一年、大阪の同和行政の異常な実態が次々と暴かれていますが、それを目の当たりにして、つくづく感じることがあります。京都市は絶対認めたくないでしょうが、「市民ウォッチャー」という存在が京都市をずいぶん救ってきているのではないかということです。今から二〇年くらい前なら、京都市の実態も大阪市と似たようなものだったのではないかと思うんです。大阪の場合は今日まで不正が蓄積されてきたのにかかわらず、それに有効な方法で手をつけることができなかった。そしてついに臨界点を超えたマグマが地中から一挙に噴出したという状況ではないでしょうか。一方、京都市の場合、大阪と違い、一九八〇年代から自由法曹団京都支部の弁護士さんたちが先駆的に行政監視活動をやり住民訴訟に持ち込んで、行政の姿勢に影響を与えてきたと思うんです。その自由法曹団の活動を「市民ウォッチャー」が引き継いでいるわけですが、この二〇年間、少しずつ不正が明るみに出されてきたことによって、京都市にとってはそのつど手直しするチャンスが与えられてきた。そのことが、今なお多くの課題を抱えながらも、京都市が決定的な破局だけはかろうじて回避できている理由ではないかと感じています。

もう一つ、共産党市会議員団は議会内で絶えず同和行政の問題を取り上げてきました。ところが共産党に対する注文としてよく出される声が「共産党はもっと議会の外に出て、同和行政の実態をアピールする必要があるのではないか」という意見です。注文をつける人の気持ちはわからないでもありませんが、しかし、すべてのあれこれを共産党にやってもらおうというのは筋違いでしょう。不祥事問題、奨学金問題、これらはもう十数年来議会で問題になってきたことです。だれがやるかではなく、疑問に思った人が議会の外で問題化すべく、動くべきだと思います。

岡根 同和経営指導員の問題でもそうですが、問題のある制度は少しずつなくなってきてますので問題のあるところは直そうというところもあるのかなとも感じています。職員の多くはまじめな方だと思いますので、そういう方向性は歓迎されていると思います。問題点は同僚というか同じような立場の者だと「何とかしよう」と言っても問題の解決にはつながらないことです。トップなりがナタをふるうことをしないと大きくは変わらないのではないかと思います。トップを何とかそういった方向へ動かすのは、やはり市民の声でしょう。これは無視できませんからね。小さいことですが、いま問題になっている環境局など不祥事に関係する職員が多いところでも、「またやっている」で済ますのではなく、市役所内外から注意するなり、苦情を上げていくなりすることも大切だと思います。役所の上の方が、こんな市民の声があるからちゃんとしないといけないといった風潮をつくりあげていくことも重要ではないかと考えています。

プロジェクトチーム発足で
次の段階へ
――「市民ウォッチャー・京都」


村井 私は一九八〇年代から同和問題に絡む不正事件にかかわってきました。八〇年代から二〇〇〇年を迎えるまでは「二一世紀に同和問題を残さない」、「同和行政を終結させよう」といった運動を取り組んできましたが、残念ながら終結はされず二一世紀を迎えても同和施策・同和行政が残っています。行政は同和行政をただちにやめる、一切の同和対策をすべてやめる。これがいちばん大切なことです。いまでも典型的な同和奨学金はじめ同和施策は残っています。これはやめようと思えばやめられますがやめない。みかげ会館や解放センターの問題も残っています。同和だからというかたちの行政は一切やめるべきです。これが大前提になると思います。

もう一つは同和行政、同和対策が名前を変え、かたちを変えて残っているケースがあると言われています。地域住民運動団体をつくったり、同和の名称をはずして違う団体をつくったりしていますが、実態は以前からの同和運動団体の幹部が中心になって運動をしているケースがみられます。こういうところもきちんと見極めて、かたちを変えた同和の延長のような施策はやめるべきですね。中村先生が言ったようにどのような事業についてもできるだけ公開していくことが大切です。岡根先生も言っていましたが、下の人たちでいくらがんばっても、構造的な問題ですから直りません。やはりトップダウン方式でやらないといけないところがあります。もちろん市長自身の姿勢が変わるとか、市長自身が替わることも重要です。市長自身の姿勢が根本的に変わらないとだめですね。いままでは同和対策をやって、それなりに運動団体と上手くやってきた人は役所内で出世しています。同和対策室長、民生局長、場合によっては助役、副市長までのぼりつめています。選挙で選ばれた桝本市長も市教委で同和対策をやってきた経歴の持ち主で同様のタイプです。やはりトップダウン方式で毅然とした態度で変えていく。一切の優遇施策、優遇人事を認めない、選考採用のような同和枠は認めない。そういった姿勢で抜本的に改革していく必要があるだろうと思います。

あとすでに採用した現在の職員は何もなしに解雇はできませんが、一つは業務上の教育をしてダメであれば処分もせざるを得ないでしょう。同和選考採用された人たちは徹底的に再教育、再研修をしてそれでも直らない場合は排除せざるを得ないといった強い姿勢で上から臨まないと直らないのではないかと考えています。そういった方向できちんと取り組むことで時間はかかるかも知れませんが、京都市の市政は刷新されると思います。

「市民ウォッチャー」としては今後、調査プロジェクトチームをつくり、京都市の不祥事問題については現地、現場調査も含めて取り組みを進め、抜本対策の提案をしたいと考えています。京都市が発表した内輪だけの改革「大綱」では病根にメスを入れることは不可能ですし、外部発注など問題をすり変えた発想ではなく、市民に依拠しながら外からこうすべきだという提案をしたいと考えています。もちろん同和問題を含め、京都市が抱えているさまざまな不正な公金支出のあり方については、見つけ次第どんどん追及していきます。例えば同和奨学金などは止めるまで続けるつもりですし、京都市会議員の物見遊山のような海外旅行も止めるまで裁判を続けていきます。徹底的に追及する姿勢を保つこと、新しく発生した問題はもちろんですが京都市の不正を新たに掘り起こしていく、暴露していくことも今まで以上に取り組んでいきたいと考えています。
――長時間にわたって、本当にありがとうございました。


ホーム > ウォッチャーレポート