ドイツ巡礼~パリ再訪

その1



我ながらいささか不純なモチベーションとしてマイレージの蓄積によるビジネスクラス利用限定、
という少々人間的には疑問の残る?きっかけではあるが、欧州には数年おきに出掛けている。

マイレージ研究はいずれ研究本を出版をする予定(←嘘)なのでここでは割愛するが、
エコノミーシートによる疲労は虚弱体質の私には即ち自律神経の崩壊と細胞崩壊を意味する
即身仏にならんとする修行になるため、どうしても快適に13時間のフライトを敢行したく、
日々努力を惜しまない。

その結果としてそこそこ快適にヨーロッパに到達し、快適に時間を過ごすことが可能になる。
目的がはっきりしていてタイトに移動をするため、風邪などはご法度であり、勿論お腹の具合の
調整にも余念がない。

リゾートに行くのとは大違いで、なかなかの緊張感を伴いつつ快適に研鑽を積んで行くのだ。
(因みに南国に行くと開放されるがあまり発熱や下痢、胃痙攣に余念がない・・・)

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関西空港からルフトハンザドイツ航空LH741便、比較的珍しい機種であるエアバスA340の
600という胴長タイプに搭乗。当然シートはビジネスクラスなために快適。
12時間半ほどでフランクフルトに到着。

*** ここで、もし蓄積マイレージを行使してご旅行をされる方がおられれば参考にして頂きたいが、
何せ無料で搭乗しており、それは乗務員にもわかっているのだが、今までの実体験で「和食はもう
ございませんので~」とか、今回は初めから(抜群に美味しくない)洋食を配膳する、などの
なかなかな待遇を受ける。

特に(二回目中二回とも)ルフトの日本人乗務員は喜ばしくない態度がプンプン。
私は当然のこと性格上偉そうにすることも無く、無理なお願いすらしないがそれなりに差別を受けるのだ。

本来マイレージでの搭乗客というのはその航空会社ならびにアライアンス内の会社に頻繁に搭乗し沢山の
金額を払ったお得意様なはずだがなぁ・・・と、思いつつもシートの広さで相殺かな・・・と考えることに
している。十分だ。

しかし以前にマイレージで利用したオーストリア航空やマレーシア航空では何ら差別は受けなかったので、
結局は企業体質なのだろうとも思う(因みに帰国便の全日空のクルーは素晴らしかった)。

あくまでもご参考に。それと、予約は350日前などならとれますよ、多分。

その2

さて、フランクフルトは実に19年ぶりだ。ここで高校~大学を共に過ごし現在は現地で
リューティスト、通奏低音弾きとして大活躍している尾崎君と数年振りに再会。

それこそ彼が留学でこの町にやって来た時に私は手助けと手伝いがてらにロンドンから
駆けつけたのだが、それが既に19年前とは時間が経つのは早いと感じる。

今では彼に続き若きリュート奏者、高柳君(右)、太田君(左)が勉強中とのことで、
様々なビジョンを話し合い、大いに刺激的な一時を過ごす事も出来たのは幸いだった。

私個人は通奏低音がチェンバロとテオルボ(←リュートの大きいもの)のダブル編成で
支えてくれるという留学時に一般的であった演奏形式を好むため一気に将来性が増した感じだ。

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 私    尾崎君    高柳君    太田君


到着翌日は時差調整のため、だらだらと過ごした。第二次大戦時、連合軍の報復によって
ことごとく破壊されたため建造物に魅力はないため街中散策と美術館、そして地元音楽家との
夜の宴会という流れ。

その翌日は世界最大規模のミュージック・メッセ、いわゆる音楽見本市に出掛けた。
あまりにも大きい見本市なためヘトヘトになってしまう。

楽譜の会場だけで室内野球場かと思うくらいだ。ここでも知っている方々のブース出向いて
挨拶したり、ドイツに住む音楽家とバッタリ出会ったりした。
しかしながらこの見本市は基本的には業者間のトレードが基本になっているため、例えば
個人的に楽譜や楽器を購入することは不可。やはり古楽祭などで実際に購入可能なシステム
の方がテンションが上がるかと思う。

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その3

翌日から移動が始まった。
ドイツ国鉄でフランクフルトからニュルンベルグに移動。

↓ゲルマン国立博物館へ。
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翌日はローカル線に乗り、日帰りでローテンブルグの町↓を散策。
あいにくの雨かつ寒くていささか参りました。

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あとは一日ごとにドレスデン、ライプツィヒに滞在し、ドイツ最終目的地はベルリン。

ドレスデンでは土曜にあたったため、聖十字架教会で「夕べの祈り」の機会を得た。
オルガン、チェンバロ、ガンバとソプラノによるクープランやマラン・マレのプログラム。
地元の音楽家なのだろうが特に歌は声からしてヨーロッパの人は当然だが、古楽唱法といい
声量といい音色といい、とにかくレベルが高い。


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その4

翌日ライプツィヒに移動。
ドイツ国内の都市間移動はドイツ国鉄の誇るICE(インター・シティ・エクスプレス)の
1等車で移動する。今回はホテルが一つ星や二つ星なのでここは贅沢だ・・・。

この列車では日本から仕事で来ているという男性に声をかけられた。
そういえばライプツィヒの教会内でも話しかけられたけれど何でだろう。
どちらかというと自身はビシビシに緊張感をかもし出しているタイプだと思ったが
意外と親しみやすいのかしらん。外国では頻繁に道を聞かれたり会話を望まれたりする。

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ライプツィヒには午前中に到着。今回の旅の唯一の五つ星、ウエスティンに宿泊する手筈だ。
一旦荷物を預けに出向くとそのままチェックインをさせてくれた。
欧米では結構当然の如くしてくれる。ささやかかどうかは知らないが疲労の相当溜まって来た
旅行者にはとても嬉しい出来事だ。日本の高級ホテルではチェックインは3時でございまぷ~
とつっけんどんな場合がほとんどだ。
(因みにこのウエスティン・ホテルの価格は、フランクフルトの一つ星と同価格。)

荷物を置いて主要ポイントを巡る。
日曜であったためミサに遭遇したりする反面ほとんどのお店は休んでいて活気がない。
この町にも新しい楽器博物館があり、リコーダーでは彫刻入りのオーバーレンダー、
デンナーやガーンの総象牙の作品などが展示されている。デンナーのバスリコーダーの状態
などはとても良いので必見かもしれない。そういえばニュルンベルグの博物館も上記の製作家
と全く同じ展示であった。全く同じ上記三名の名工の楽器なのだ。

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バッハの活躍した聖トーマス教会↑の墓に参ったり、メンデルスゾーンが活躍したゲヴァント
ハウスで準・メルクル指揮のMDR(中部ドイツ放送)オーケストラのコンサートを聴いたり、
となかなか刺激的な時間を過ごした。
このホールでは一番後ろのシートで聴いたのだが、そのサウンドの良さには驚きを
禁じえなかった。
世界有数のホールというのはわかってはいるが、耳元に集まる音色の感触は日本では体験
出来ないものだった。(演奏はそれほどでもぉ~)

この夜は快適な部屋で実に一週間振りにバスタブに浸かり(他ホテルはシャワーのみ)
心地良く就寝した。

翌日はまずは一旦エアフルトに向かい、散策。この町はパッヘルベルやバッハが活躍した
ところで数時間で歩いて周った。
寒いものの途中から天候が回復。素敵な風景が多い印象の残る町だ。

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その後ベルリンに向かう。今まで乗ってきた最新型ICEのタイプではなく、コンパートメント
タイプの古い形式だったが、貸切個室感覚でくつろいだ。

天候だが今までのほとんどが雨だったのが今日になってようやく晴れて来た感じだ。
これは列車内で記しているが、どんどん天気が変化していく。

午前中に比べて爽やかこの上ない。数日前のローテンブルグなんて最悪な天候だった。
晴れると疲れ方も異なるし、何より気分が優れてくる。残念なのはこの時期、緑が少ない
という点か。
やはり良い季節に訪れたいものですね。

もうしばらくしたらベルリンに到着だ。以前訪問した折には東西に分かれていたが、
恐らく隔世の感があるのだろう。



いきなり象徴的出来事に出会った。
なんてことは無い中央駅は2年程前に完成したところだそうで、大げさに言えば近未来というか
宇宙ステーションのような様子。

ここからSバーン(近郊型列車)に乗り換えて中心地のツォーなる地区に予約を入れたホテルに
向かう。
さすがに大都会で、かつ洗練されて合理的なインフラ整備は快適な移動をさせてくれた。
ホテルに入り早速近辺を散策する。それこそ昔宿泊したホテルやら、変わらない風景の地区やら
を懐かしく思いつつ見て周った。

その5

翌朝だが久しぶりの都市滞在日なのでゆっくり眠った後にベルリン楽器博物館に向かう。
嬉しいことに今日は快晴。この一週間で初めてかも知れない。しかし風がきつく物凄く寒い。

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ところで、このような博物館はたいていは国立である。
そしてそれ故かチケット売り場の美しくない中年のおばちゃんの愛想が相当悪い。

黙っていても金が入る公務員だからかどうかは知らないが一応番頭さんなのだから
何とかしなさいと言いたい。その点学芸員は丁寧に話しかけて来てくれたりするのだが…。

また、売店で主要な資料を切らしているとか、19年前と全く同じ絵葉書だらけ等というのには
恐れ入る。極東から訪ねて来たとかいうのはこちらの勝手とは重々承知しているが、結構
腑に落ちない出来事には遭遇することがある。
特別に思っているのはこちらだけで逆に言えばこちらでは当たり前の物が展示してある
という事になるのかしらん。

ベルリンはブランデンブルグ門から旧東地区を歩いて周ったが観光客の多さには驚いた。
東時代に東ベルリンに入った折にも同じ場所を歩いたのだが、その時は恐ろしいくらい人の
気配が気味悪く思ったものだ。

その6

翌日はパリに向かう。
この移動にはプチ航空ファンの私ならでは、と思うが、いわゆる欧州格安航空会社の火付け役に
なった「easy jet 」を使う。
かなり以前に予約をしておいたのだ。要するに早期予約はベルリンからパリまでの料金が
大阪市営地下鉄の初乗り料金以下の一人160円になる。
勿論空港税や荷物運搬料金等は加算されていく。

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空港ではまずネット予約してプリントアウトしておいた確認書を提出。
少し問答をしてとても小さなチケットをもらう。

驚く無かれ自由席!で(私の八百回位の航空機搭乗史以来)最高に狭い。
当然飲み物は有料、大空港ではなく小空港のしかも端っこを使うため、歩く歩く歩く。

受け取る荷物は雨でビショビショ~など割り切り大賞。
しかしドイツ、英、フランス語の案内はあり、きっちり飛んできっちり着きましたから
面白い体験になりました。 

パリの空港は古い方のオルリー空港に到着。
安全第一に思ってエールフランスバスと地下鉄を使って北駅付近の二つ星のホテルに到着。
天井が高く暗く少し傾いた部屋で傾きながらこれを記している。
現在トラブルなく無事です。


ドイツに九泊程滞在して英語を使いつつも少しドイツ語に慣れて来たかと思った頃に、
フランスに来るとダンケ・シェーンと言っていたフレーズがメルシィになるわけです。
とっさに出ない出ない。しかもフランス人は所々でとても親切でお礼を言いたくなるのに
サンキュウならまでしもダンケ!ではいかんし・・・

残すところあと三泊になった朝は良く晴れていて、様々な教会を巡り、古楽の楽譜専門店に
買い出しに向かう。さすがはパリで楽譜屋通りというのもあるのだが、また違う地区に
古楽専門の楽譜屋があるのだ。しかもこの店、リコーダーが百本弱リュートが五本程、
展示され売られている。五年ぶりだが何ら変わっていなかった。

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Maison de la Musique Ancienne

余談だが、考えられない出来事も起こった。
地下鉄でシテ駅に下車。改札を抜けると警官が立っていて地上に出るのを制してもう一度
地下鉄に戻れという。

ならば仕方が無い、次の駅で降りて戻ろうというわけでホームに戻る。
列車が来る。通過して行く・・・また通過・・・。というか、どうしろというのか。

三本目の列車は停まったので事なきを得たが、駅に缶詰めにされた人達で一時は騒然としたのだ。
動揺する日本人の奥様二人に事情を説明し、なぜかこちらが落ち着いたりする。

しかし、まず警官は制する理由を言わないし、そもそも駅に降りたその時点で教えろ!
また主目的の教会は閉鎖。理由を言わない。仕方が無いので中世美術館に向かい受付に向かう。
「今日は入れないから~」・・・理由は言わない。
ったく、先祖の遺産で食ってるからこのように高飛車なのだろうな。
ふん。(後日、美術館員によるストライキとわかった)

ひと休みしようと部屋に戻って珍しくウトウトした刹那にクラクション・カーニバルで
起こされた。要するに車がブーブークラクションを鳴らしまくる。

基本的に石の構造の建物の間に道があるため反響する。たたき起こされる・・・。
警察車輌の警笛が日本より音程が広くとられており、とっても危険な感じがひとときの休みを
見事に破壊した!(怒)

その7

さて、今宵はパリ在住の長い友人と会いバリバリのフランス料理に連れて行ってもらう
手筈なのだ。高級なおフランスの料理は興味ないものの、地元の人が通うような店には
やはり現地に長い人にお願いするのが良いかと。

因みに私が住んでいたロンドンに親族やら友人やらが訪れた折、私はもっぱら中国料理に
連行していました。
だってイギリス料理って高い、まずい、思いつかないの三拍子なんですもん。
ローストビーフなんて牛の焼き豚だし・・・。

何としゃれているではないか。南フランスのバスク地方料理のお店に連れていってもらった。
詳細は私にはお伝え出来る能力に欠けるが、ビーフシチューみたいな品と鴨の何とかと
チョコレートと・・・・しかし素敵な体験をした~そもそもフランス料理って知識が無い
ものですから・・・。
日本で言う「フランスパン」[フレンチフライ」っていったい何?



残り二泊となった朝、再度シテ島のサント・シャペルにステンドグラスを見学に出掛けた。
一時間ほど根気良く並んで入場。

とにかく13世紀に完成したというこの教会の千以上の情景を現すステンドグラスは圧巻
なのだ。以前も訪れたが何度鑑賞してもその細かさと美しさには圧倒されてしまう。
因みに首は痛くなります。

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その後はこれまた夢のある若い友人に御一緒して頂き、郊外のシャルトルという小さな町に
出掛ける事にした。
ここには中世の町並みと大聖堂が残り、四世紀半ばから聖地として栄えたという。

モンパルナス駅から国鉄で一時間程南なのだが、のどかな地帯を走って行く。
ドイツとはかなり異なる風景だった。フランス国鉄の乗り心地は上々。
ドイツは結構酔いましたから。

ところで、不思議なのだが切符には何時何分初の列車に乗り、同じく指定された列車で
帰るように切符に書いてある。
ならば指定席かというと自由席だ。他の列車に乗っても良いじゃん・・・。
何ではっきりとチケット列車指定がしてあるのかという概念がわからないねん。

まぁ小さいことはよろしい。
その聖堂はノートルダム大聖堂という(パリ市内シテ島内の有名なものはノートルダム寺院)。
12世紀に作られたという美しい絵ガラスの↓聖母マリアのステンドグラス↓は圧巻。

入った時間は3時10分前だったのだが、3時からミサがある旨アナウンス。
ミサが始まったら大掛かりなもので、復活祭直前の儀式のようで、最後には大きな扉が開いて
二百人ほどの子供達が大きな十字架を支えて入場し祭壇に向かうというシーンもあった。

どうやらイエスがゴルゴダの丘に向かうシーンのようだったが偶然で大変貴重な体験を
したようだ。
聖堂に入る前の悪天候は出た時には一変し快晴!
これも極端な変化で少々驚きを禁じえなかった。

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5時過ぎの列車でパリ市内に戻る。
その後、在住の友人のお宅にお呼ばれに授かり楽しいひとときを過ごした。
こういう場合は主に比較文化論や恋愛感になる傾向。日本ではまずしない内容でしょうね。

友人は大変な努力家で頭が下がる思い。我々は音楽なので少々語学力が劣っていたとしても
外国で生きてはいけるが彼女の分野はそうでは無いわけで、日々勉強と努力を惜しまない
のだから見習わなくてはならないか。

その8

フルに使える最終日がやってきた。
最後はおのぼりさんをしようという事で、丘の上、いわゆるモンマルトルの丘に上がり
テアトル広場でクロワッサンでもかじりながらお茶でもしばこうか・・・と、優れない
天候の中向かった。

こちらの連休が始まったようで、物凄い人の波に圧倒されつつも徐々に回復して行く天候に
気分は悪くない。
丘の上のサクレ・クール聖堂では修道女によるミサの最中。これまた貴重な機会を得た。

テアトル広場の賑わいをよそに昼食を食べにホテルに戻った。と、言うのも今回は現在の安定
したユーロ高に抵抗し、日本からスーツケースに八割位の食品を持ち込んだため、それを
それなりに消費しなくてはならないためだ。

例えば1ユーロが165円位。自動販売機のコーラ500mlが2ユーロ、即ち330円!!
日本の例えば薬局やスーパーでは105円の品であるから3倍。さすがに悔しい気がして色々と
持参したのだ。既に欧州仕様の湯沸しなどは所持しているため、湯で戻す五目御飯なぞを
食せるわけだ。詳しくは別の機会にしよう。   

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おのぼりの行程はオペラ座からコンコルド広場、凱旋門へと続いた。
この辺りも凄まじい人の波で、パリに於ける観光産業の重要性が身に沁みて感じられた。

最後はオランジェリー美術館でモネやセザンヌやモジリアーニに触れた来たのだが、
この美術館は珍しく受付の女性が若くて愛想が良かったのには驚いた。感想がそれかいっ、
と呆れられそうだが、とにかく地下鉄の切符売り場などを含め、特に努力しなくても稼げる
職業の方々はいたって無愛想。
何せ日本のガイドブックに「~は、いたって無愛想である」という表記がはっきり書かれている
ほどなのだから・・・・

しかし人間、日々動き続けていると疲労も蓄積しているのか、と実感した体験だが、
パリの地下鉄の発進、停止に伴う重力は相当なもので、健康な状態でもかなり危険なのだが、
昨日なんて降車寸前に席から立ち上がった折に物凄いGによりひっくり返りかけて周りの失笑を
かってしまい悔しい思いをした・・・。

今日なんて逆に勢い良すぎる扉で黄金のお手手を挟まれんとして、乗り損なうという事態まで
体験したし。駄目だ・・・畳が恋しい・・・。
だいたい旅行期間中に休日がありませんから疲れますわね。

その9

最終日は快晴。おまけに暖かい。
午前中に週末に行われるいわゆるクーニャンクールの「市場」に行ってみた。
衣服の類や骨董品の店が三千近くあるそうだ。ある店で160万円というフルートを発見したが、
質を見ればそんなアホな・・・という価格。家具や古書の類はなかなかおもしろかった。

空港に向かい、ビジネスラウンジに入る。
そこそこ広い空間の目立たぬ端の方を陣取りゆっくりしようと試みるものの、何かの力で若き
夫婦の構成するKYな五人家族を引き寄せてしまった。

物凄く静かで凛とした雰囲気のラウンジにはむしろその幼児達の方が気の毒のように思う。
案の定退屈なため奇声が始まったので、私は自律神経が崩壊する前に場所を移動した。

そしたら、今度はソファの後ろに若いお兄さんが(ずらしてくれれば良いのに)真後ろに
ドカッと座り、下手をすれば後頭部がガチンとぶつかるかという緊張感が生まれる。

この変に人を引き寄せれしまう力は何だ・・・。ガラガラなのに。
しかし、この便(ANA206)のビジネスクラスには何と子供の多いことか!
さてはパパの会社のおかげだな。ラウンジは退屈だろうしシートが大き過ぎてかわいそうだと
思っちゃう。

搭乗は出発の半時間前に始まり、私のシートはビジネスクラスの最前列に配置された。
それはファーストクラスからギャレーを挟んで次の列に位置しているという事だ。

蓄積しているマイルのその会社以外のフライトの場合は事前座席指定が不可能なため、
当日にわかるのだが、だいたいは後方にアサインされるもの。先のルフトは後方であった。

また、最後列ではないのでエンジンから遠くて静かだ。
幸い私のゾーンは大人ばかりで静寂。素晴らしいではないか。

帰国便はボーイング747のダッシュ400といういわゆるジャンボ機だ。
全日空はこの機材をどんどん退役させて燃費効率の良いB777にスイッチを早めているため、
長距離国際線で使用されている路線は既に二つほどしかない。

このパリ線も近日中に機材が変わる筈で、恐らく国際線ジャンボ機に搭乗するのはこれが最後
になるのは間違いない。


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 退役が近いB747-400 に乗り込む。これが最後になる筈。 快適過ぎるCLUB-ANA の室内 ↑窓3個分のスペース


さすが全日空。
至れり尽くせりだ。搭乗したらすぐに挨拶に来てくれてコートを預かってくれる。

しかも完璧な(営業だろうけど)スマイルの凛とした美しいクルー。
他の夫婦が離れ離れになったのでシートを変わってあげたりしたが、変わった後にも間違う事は
無く「秋山様、お飲み物のリクエストをお伺い致します」となる。

食事は和食をチョイス出来た。まわりの数名の隣のお二人は断られていたので、
何かパーソナルなデータで差別をしているように思う。
我々だってユナイテッド航空に貯めたマイルのもので全日空を使用しているわけで、全日空に
貯めて搭乗しているわけではないのに。

そういえばチェックインカウンターでなぜか「ANAのカードは持っているか?」と聞かれ、
持っているので差し出したのだが、私は少し上級会員なのでそれで何らかの待遇が変わったのかも
しれない、と考えてみた。

要するに例えば偶然グレードアップで乗せてもらった客は食事は選べないよ~等。
一見どうでも良いかもしれないが、二週間の非日本食生活の後の機内の和食はそれこそ感激で
癒されるという重要なファクターとなる。
メインなどは良いのだが、日本のお米、味噌汁、シバ漬けに緑茶なんてのが配膳されるだけで
感涙ものだ。
食後はペットボトルの水をどうぞ、だもん。行きと大違いだ!

しかし全日空は大いに上質である。

クルーの態度、容姿から機内空間の質感から食器やお客に至るまで。
以前アメリカに行った帰りにも搭乗する折りに「おかえりなさいませ」なんて言われて、
その時はエコノミーだったけれどやはりさりげなく上質で疲れ方が全然異なった覚えが
鮮明である。凛として働く人達はあくまでも美しい。

いずれにせよ、私自身はバリバリの日本人で、恥ずかしながらロンドン留学の折りの人種差別や
食の貧相さ、悪天気等に悩まされてつくづく自分は日本が好きなのだと既に若かりし頃に確信して
いるため、欧米などの旅行が好きな方とは異なり、私にはあくまでも修行の域になる。

この二週間でシャワーの日が13日・・・
それはまるで修行僧が滝に打たれるが如くなのである(←大袈裟)。

さって、段々ホッとして眠くなって来た。
ここら辺でシートをフラットにして睡眠しようと思う。
長らくお読み頂いてありがとうございました。