三井(みつい)農林(のうりん)斜里(しゃり)事務所(じむしょ)迎賓館(げいひんかん)

三井(みつい)農林(のうりん)旧従業員寮(きゅうじゅうぎょういんりょう)現北(げんきた)のアルプ美術館(びじゅつかん)

 

 

迎賓館               旧従業員寮

大正時代、斜里には会社(かいしゃ)経営(けいえい)していました大きな農場(のうじょう)がいくつかありました。なかでも三井農林は斜里だけではなく札鶴(さっつる)(今の清里町札弦(さっつる))など5,600ヘクタールという農地(のうち)山林(さんりん)などを()っている斜里町の中で1番大きな農場でした。

三井農林ははじめは山林の経営が中心でしたが、昭和のはじめころから畜産(ちくさん)羊毛(ようもう)生産(せいさん)酪農(らくのう)乳製品(にゅうせいひん)の生産をはじめました。また、昭和28年(1953年)には斜里町内に乳製品工場(こうじょう)()てられ、昭和40年代までバターやチーズをつくっていました。

現在(げんざい)、斜里には三井農林が(のこ)してくれた歴史のある建物(たてもの)が2つあります。そのひとつが「迎賓館」です。この建物は三井財閥(ざいばつ)のえらい人が斜里に来るということで、貴賓室(きひんしつ)身分(みぶん)の高い人のための部屋(へや)として昭和16年(1941年)に建てられました。この建物には水洗(すいせん)トイレやベット、テーブルなどがあり、このころとしてはとても近代的(きんだいてき)洋風(ようふう)の建物です。また、(まど)ガラスは東京から船で斜里の港まで(はこ)び、馬車(ばしゃ)で三井まで運んだそうです。今では三井農林の知床きずなの森というグループの会員(かいいん)の人の迎賓館[お客様のための建物]としてつかわれています。

もうひとつは「三井農林旧従業員寮」です。この建物は朝日町にあった乳製品工場の従業員の宿舎(しゅくしゃ)として使(つか)われていました。今では1(かい)部分(ぶぶん)食堂(しょくどう)を事務所にするなどの手直(てなお)しがありましたが、2階部分はそのままの姿(すがた)で「北のアルプ美術館」として使われています。

 

  

左 大正時代の三井農場(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

右 昭和11年(1936年)の三井農場(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

 

  

左 生糸の生産も試されました。(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

中 昭和49年(1974年)まで朝日町で操業を続けていたバター工場。

現在のアルプ美術館は従業員寮でした。(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

右 パッケージに斜里岳が描かれた製酪工場の乳製品(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

 

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