年  表

寛永12年 1635

松前家臣村上掃部左衛門広儀、島内を巡行し斜里に来る。

寛政2年 1790

村山伝兵衛、斜里場所運上屋差配人となる。

文化4年 1807

ロシア船樺太各地を襲う。蝦夷地(北海道)全島幕府直轄となる。択提島を荒らしたロシア船知床半島近くに現われる。津軽藩兵100名斜里警備のため派遺された最上徳内が指揮をとる。 宗谷・斜里警備の津軽藩兵水腫病にかかり翌春へかけて死亡者多数におよぶ。

文化5年 1808

柏屋喜兵衛(後の藤野)ほか、共同で宗谷・斜里場所の請負となる。

文化12年 1815

宗谷・斜里場所藤野喜兵衛の単独請負となる。

文化14年 1817

藤野喜兵衛千島国後場所を請負う。

弘化3年 1846

松浦武四郎樺太探険の帰途宗谷より枝幸・紋別・網走・斜里の各地に泊りを重ね知床半島突端に達し再び宗谷に戻る。

  松浦武四郎(「近世の斜里」より写真引用)

明治2年 1869

蝦夷を改めて北海道として11国86郡を定め、ここにはじめて北見国斜里郡となる。

明治5年 1872

斜里郡は根室支庁管轄となる。斜里郡の村名が定められアヲシマイ村ヤンベツ村、シヤリ村、シマトカリ村、ヲネベツ村の5村が誕生。

明治7年 1874

開拓使雇技師ライマン知床半島鉱物資源踏査を行なう。

  

 

 

 

 

米国人地質学者ライマンとその門下生・『来曼先生小伝』より

(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

明治8年 1875

斜里・網走・紋別・枝幸・宗谷に郵便局が設けらる。村名が漢字の斜里村・朱円村・遠昔別村・止別村・蒼環村となる。

 

 

 

 

大正時代の斜里郵便局

(「斜里-下町の歴史散歩-」より写真引用)

明治10年 1877

斜里浦役場設置。鈴木養太斜里赤上に入地、農業を始める。

  鈴木養太(「斜里町産業発達史」より写真引用)

明治12年 1879

斜里郡外四ヵ村戸長役場を設けた。知床硫黄積取りに蒸気船が来る。

明治13年 1880

北見国に網走郡役所が設けられる。知床硫黄山大爆発する。

明治18年 1885

越川山道を開さく、根室と斜里を結ぶ。斜里郡漁業組合の創立。

明治21年 1888

網走警察署斜星分署設置される。斜里駅逓官設となる。

明治23年 1890

斜里川に共同鮭漁場として漁業権を受ける。

明治24年 1891

斜里市街でランプを使用しはじめる。

明治25年 1892

藤野家、斜里川の両端をはじめ目ぼしい漁場を経営する。

明治27年 1894

官設越川駅逓所開設。

明治29年 1896

鈴木養太赤上で水稲札幌赤毛種を試作。

明治32年 1899

栗原佐吉赤上で手廻りによる澱粉工場はじめる。サラパ川上流に人工ふ化工場を設置。

明治34年 1901

斜里にはじめて定期船が寄港。

明治36年 1903

斜里川端に鮭、鱒の斜里共同缶詰所設立。

大正2年 1913

三井農場、内地府県から移民を入れて未開地3,000町歩の開墾に着手。

 

 

 

 

大正時代の三井農場

(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

大正3年 1914

村内各地に農業移民入地激増。

大正4年 1915

二級町村制を実施。斜里・朱円・遠音別・止別・蒼環の5ヵ村を合併して斜里村と改称し各村を大字と改める。吉田重静初代村長となる。

大正5年 1916

知床魚田注目されはじめる。澱粉・豆類など全農産物好況。木工場の創立目立ってくる。

 

 

 

 

 大正5年創業の有坂木工場

(「斜里-下町の歴史散歩-」より写真引用)

大正6年 1917

斜里市街地に電燈が灯る。このころ市街が山の上に発展しはじめる。

大正8年 1919

小清水村(現在小清水町)を分村。

大正14年 1925

釧網線 (現JR釧網本線) 網走・斜里間開通。大栄・朱円・以久科で甜菜耕作はじまる。

 

 

 

 

 

釧網線開通祝賀パレード

(「知床博物館 展示解説」より写真引用)

大正15年 1926

越川に水力発電所できる。商店街下町より上町に移る。

昭和3年 1928

斜里・札鶴間定期バス開業。

  最初の乗合バス(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

昭和4年 1929

釧網線 (現JR釧網本線) 斜里・札鶴間開通。普違選挙法による第1回国会議員選挙。

昭和6年 1931

釧網線 (現JR釧網本線) 斜里・釧路間全線間通。

昭和7年 1932

殖民軌道斜里・チプドマリ間開通。斜里商工会発足。

 

 

 

糠真布川を渡る殖民軌道

(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

昭和10年 1935

斜里村市街大火61戸焼失。

  斜里の大火(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

昭和11年 1936

オホーツク海岸通過の皆既日蝕観測のため東大田中務博士、英国ストラットン博士など各国視測隊来村する。斜里村経済五ヵ年計画樹立。

昭和12年 1937

秋の川水力発電所完成。

昭和13年 1938

国費による斜里川口改修導水提工事着工。根北線斜里・越川間工事竣工一部軌条敷設。
三井農場、養豚をはじめ食肉加工場を創設する。

昭和14年 1939

町制施行し斜里町となる。

昭和15年 1940

根北線工事中止。

昭和16年 1941

斜里実科高等女学校を創立。

昭和18年 1943

上斜里村(現在清里町)を分村。ウトロ幌別間道路完成。

昭和21年 1946

民選による町長誕生

昭和22年 1947

国民学校を小学校と改称。斜里・朱円・三井・東朱円・以久科・川上・宇登呂各中学校を開校。

昭和23年 1948

実科高等女学校が斜里高等学校となる。

昭和24年 1949

ウトロ漁港着工。斜里第一・ウトロ両漁業協同組合創立。越川・富士中学校開校。

昭和28年 1953

サルマ川を切替えて斜里川に合流。オホーツク災害により当町漁家大被害を受ける。冷害凶作。

昭和29年 1954

昭和天皇・皇后両陛下斜里町へ御巡幸。

 

 

 

 

人間宣言のあと、昭和天皇は全国を行幸。写真は、人々の歓声で沸き立つ斜里駅前。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

昭和30年 1955

斜里町史発刊。

昭和31年 1956

斜網集約酪農地域に指定される。

昭和32年 1957

根北線斜里・越川間開通。道道ウトロ・斜里線改修工事完成。

 

 

 

 

 

 

開通記念列車(以久科駅)

(「斜里・知床の近代化遺産」より写真引用)

昭和33年 1958

道道ウトロ・斜里線にバス開通。知布泊漁港工事着工。ホクレン中斜里製糖工場創業。斜里町80年・町制20年記念祭施行(町章制定)。

昭和34年 1959

ホクレン中斜里合理化澱粉工場創業。斜里漁港起工。斜里市街地内舗装整備。

 

 

 

 

ため池に姿を映すホクレン中斜里澱粉工場(現JA斜里町)。完成当時は木造だった。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

昭和35年 1960

ウトロ漁港修築工事第1期工事完了。

昭和36年 1961

町立国保病院落成。斜里大橋竣工。消防庁舎新築工事竣工。

昭和37年 1962

道立斜里馬鈴薯原種農場設置。上水道市街地竣工。

昭和38年 1963

開発道路ウトロ・ラウス道路工事着工。知床岬灯台完成。斜里川改修工事完成(17年着工)。

昭和39年 1964

知床半島23番目の国立公園に指定される。斜里高等学校体育館完成。農業構造改善事業開始。

   国立公園指定記念切手

昭和40年 1965

町内中学校統合事業開始。オホーツク霊園着工。中央公民館落成。中斜里市街舗装。 川上小学校移転新築校舎落成。

 

 

 

中央公民館落成記念祝賀会(7月)。商店街にはまだ歩道が見られない。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

昭和41年 1966

町民公園着工。国営土地改良事業斜里川左岸地区着工。学校給食センター落成し給食開始。町民水泳プール完成。

昭和42年 1967

斜里中学校体育館落成。じん芥処理場完成。土地改良左岸地区排水機場完成。

昭和43年 1968

斜里町90年・町制30年記念祭施行(町旗・町歌・町技・町花・町民憲章制定)。

昭和44年 1969

知床国立公園指定5周年記念行事実施。斜里町史第2巻完成。第1回斜里町民憲章推進大会開く。 総合庁舎完成。

昭和45年 1970

国鉄根北線廃止。青少年文化センター完成。しれとこ資料館、町立図書館オープン。

昭和46年 1971

地籍調査事業始まる。斜里町総合計画スタート。第1文光団地造成。

昭和47年 1972

三井小学校校舎全面改築し完成。斜里町自然保護条例制定。

昭和48年 1973

沖縄県竹富町と姉妹町盟約を結ぶ。津軽藩士慰霊碑建立。ウトロ香川台地に温泉湧出。

 

 

 

 

1月10日東京都内で盟約書に署名する藤谷町長(当時)(向って右から3番目) (「町勢要覧しゃり 開基100年記念号」より写真引用)

昭和49年 1974

特別養護老人ホーム「やすらきの苑」開苑。知床国立公園指定10周年記念行事を行う。全道自然公園大会ウトロで開く。ウトロ小中学校校舎改築完成。

昭和50年 1975

5・18道東地方集中豪雨により町内に大被害残す。道道知床公園線、国道334号線に昇格。ウトロ小中学校屋内体育館完成。斜里高等学校校舎改築完成。

 

 

 

 

 

斜里高等学校

(「斜里町の教育100年」より写真引用)

昭和51年 1976

老人福祉センター「ふれあいの家」オープン。大栄小学校全面改築。第2文光団地造成。

昭和52年 1977

しれとこ国立公園内100平方メートル運動スタート、全国に大きな反響を呼ぶ。勤労青少年室内温水プール開設。下水道施設整備事業に着手。

昭和53年 1978

斜里町100年・町制40年記念式典(知床博物館建設・記念植樹・全道展移動展・町民写真展・文化講演会・タイムカプセルの埋設・農業発祥の地記念碑建立・町勢要覧記念号発行・記録映画制作など)。斜里中学校校舎全面改築完成。3つ目の常設保育園「はまなす保育園」を開設。町民憩の家建設。

 

 

 

 

斜里中学校

(「斜里町の教育100年」より写真引用)

昭和54年 1979

2次斜里町総合計画策定。来運小学校校舎改築。三井・越川小学校体育館改築。新豊倉団地造成。

昭和55年 1980

国道334号線知床横断道路開通。しれとこ100平方メートル運動第1次目標(120へクタール)達成。斜里岳道立自然公園に指定(15番目)。峰浜小学校校舎改築。第1回しれとこ産業まつり開く。

昭和56年 1981

豊里小学校(開校昭和23年)閉校。斜里小学校創立90周年。台風12号(8月6日未明)により未曾有の大被害をうける。

 

 

 

未曾有の56災害。ウトロの中心を流れるペレケ川が氾濫、国道の橋が流された。岩尾別ふ化場も土砂に埋まった。被害総額80億円。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

昭和57年 1982

朱円小学校創立80周年。町内に国設鳥獣保護区が設定される。ウトロ地区消防庁舎落成。B&G斜里海洋センターオープン。知床100平方メートル運動5周年記念式典。あわせてシンポジウムを開催し、参加者全員でアピールを採択。日本のナショナル・トラスト運動に大きな影響を及ぼす。

昭和58年 1983

青森県弘前市と友好都市盟約を結ぶ。一般廃棄物処理施設(破砕埋立方式)完成。通産省による石油資源開発探査作業斜里沖で実施。

昭和59年 1984

以久料小学校新校舎落成。国立公園指定20周年。知床100平方メートル運動で環境保全功労団体として環境庁長官表彰を受ける。

昭和60年 1985

知床100平方メートル運動が緑化推進運動功労として内閣総理大臣表彰受ける。

昭和61年 1986

越川小学校開校70周年。国保病院新築第1期工事完成。公営住宅団地再生事業始まる。知床100平方メートル運動ハウス着工。国立公園内国有林択伐問題全国的に反響呼ぶ。

昭和62年 1987

富士小学校閉校。公共下水道終末処理場供用開始。国保病院新築完成。

昭和63年 1988

川上小学校開校80周年。朝日小学校校舎完成。朝日小学校新設開校。斜里営林署45年の歴史にピリオド。新たに斜里営林事務所、知床森林センターが開庁。知床自然センターオープン。10月30日低気圧による暴風、波浪、高潮にみまわれ水産関係を主に大きな被害うける。11月25日低気圧による暴風雨にみまわれ道路、河川、農地、漁具、建物等に被害うける。

 

 

 

朝日小学校

(「斜里町の教育100年」より写真引用)

平成 元 年 1989

斜里小学校校舎改築工事着手。精薄施設日の出学園開校。ウトロ地区字名改正。平成 2 年 1990 斜里市街地町名地番改正。林野庁が知床国立公園内を森林生態系保護地域に指定。

 

 

 

斜里小学校(平成4年落成)

(「斜里町の教育100年」より写真引用)

平成 3 年 1991

ウトロペレケ新港一部開港。

平成 4 年 1992

台風17号による大雨で市街地が浸水。

 

 

 

本州のはるか東の太平洋をまっすぐ北上した台風17号による大雨で市街地が水浸し。2,000世帯が浸水。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

平成 5 年 1993

沖縄県竹富町との姉妹町盟約20周年、青森県弘前市との友好都市盟約10周年を記念し、姉妹町友好都市交流記念館を開館。

 

 

知床博物館と姉妹町友好都市交流記念館(「知床博物館・姉妹町友好都市交流記念館 展示解説」より写真引用)

平成 6 年 1994

知床国立公園指定30周年記念式典開催。全町的なリサイクル事業がスタート。北海道東方沖地震により液状化現象が発生。農業施設、下水道に大きな被害をうける。皇太子来町。

 

 

 

 

北海道東方沖地震が発生。液化現象などにより農業施設、下水道などに大きな被害をだした。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羅臼岳登山のため皇太子御夫妻が来町した。

(「斜里・わが町の戦後50年」より写真引用)

平成 7 年 1995

知床100平方メートル運動が(財)石川記念財団の山本有三記念「郷土文化賞」を受ける。

平成 8 年 1996

5回環境自治体会議が斜里(ウトロ)で開催される。

平成 9 年 1997

しれとこ100平方メートル運動目標額達成。100平方メートル運動の森トラストを開始

平成10年 1998

斜里町120年・町制60年。JR釧網本線 斜里駅 から 知床斜里駅 に駅名改称。