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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない



大宰府界隈
Dazaihu, Japan







2005年夏、西日本鉄道(西鉄)の甘木線と
大宰府線に乗った際、太宰府天満宮と
その界隈を散策してきました。

西鉄大宰府駅で、レンタサイクルがあったので、
自転車に乗って、まずは大宰府天満宮を目指しました。
大宰府天満宮は、菅原道真を祀った神社です。

菅原道真は右大臣まで上りつめた後
大宰府政庁(都府楼)に左遷になったそうです。
左遷というよりも配流に近い扱いだったようで、
大宰府に来てわずか2年後に亡くなったそうです。

大宰府天満宮は、その道真の墓所に建てられているそうです。

西鉄大宰府駅からの参道を行くと
ほどなく石の鳥居が見えてきました。



境内は思いのほか狭く、
境内の心字池にかかる太鼓橋を渡ると
赤い楼門が見え、その先に
すぐに本殿が見えてきました。



強い日差しに、楼門の朱塗りが映えて鮮やかです。

楼門を抜けると、重要文化財の本殿です。
桧皮葺きの本殿の脇に、「飛梅」伝説で
知られる梅の木がありました。



"東風吹かば にほひおこせよ 梅の花
 あるじなきとて 春な忘れそ"

「飛梅」伝説は、道真が京都を去るにあたりこの歌を読んだ時、
道真の邸宅にあった梅が道真を慕い、京都から一夜で
この大宰府の地に辿り着いたというもので、
本殿脇の梅の木がこの伝説の梅ということです。

真夏のお昼時、一番暑い時ですが、
大宰府天満宮には多くの参拝客や観光客がいました。


次の目的地は、都府楼と呼ばれる大宰府政庁跡です。
大宰府天満宮の界隈には、光明禅寺、観世音寺、
そして戒壇院と古いお寺が点在しているので、
これらの古寺を巡りながら都府楼に向かいました。

まずは光明禅寺です。

大宰府天満宮から目と鼻の先にあるお寺ですが、
多くの人で賑わっていた大宰府天満宮とは
うってかわって、ひっそりとしています。



鎌倉時代に建立されたというお寺ですが、
ここは、庭園がとても美しいお寺です。



しっとりとした苔が見事で、
静かな境内にいるとまるで京都の
古寺にいるような錯覚を覚えます。


光明禅寺を出て向かったのは、観世音寺です。
746年建立の大寺で、崩御された斉明天皇の
御冥福を祈るために建てられたそうです。



最盛期には多くの伽藍を有し、
西の東大寺とよばれた大寺です。

今は講堂と、金堂が残るのみですが、寺の周囲には
礎石の跡が残り、楠の大木が何本もある広い境内からは
古の寺の様子がしのばれます。



そして、この観世音寺には、日本最古の梵鐘があります。
京都の妙心寺の梵鐘と同時に造られたそうです。


この観世音寺の隣には、戒壇院があります。
以前は観世音寺の伽藍の1つだったそうですが
今は、禅宗のお寺になっているようです。



僧になるための戒律を授けることが出来た
日本で3ヶ所の戒壇院の1つだそうです。



この戒壇院では、門の脇の大きな楠が印象的でした。



この観世音寺や戒壇院の辺りは、
奈良の法隆寺や薬師寺界隈の雰囲気に
よく似ているような気がしました。


そして、都府楼に向かいます。
都府楼跡は、戒壇院から500mほどのところです。
戒壇院を出ると、芝草に礎石の跡が点々とする
大宰府大学院跡があらわれ、
急に夏草の香りが漂ってきました。

やがて、広々とした都府楼跡が現れてきました。



岩尾山を背景に、広々とした大宰府政庁跡が広がっています。
当時はこの都府楼の周辺に、奈良の都の
1/3程の都が築かれていたそうです。



今、当時の様子を伝えるものは礎石だけです。

当時の栄華は偲ぶ由もありませんでしたが、
”まほろば”という言葉がふいに浮かんできました。

岩尾山を抱き、南に開けたこの土地は、
当時の人々にとっては、奈良の都を
思い起こさせる何かがあったんでしょうか。

由緒ある太宰府天満宮、そして古刹と遠の都。
古の日本を想う事が出来る、心の故郷という感じがしました。


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