JALジャンボ機、巨大UFOとアラスカ上空で遭遇1

         

UFOに日本航空の貨物機が実際に遭遇した時の新聞記事。寺内機長と同乗の目撃者 計3人

これら記事は1986年12月30日(火)に新聞に載ったものですので 大きな図書館で当時の新聞のバックナンバーを調べることができます。

実際のUFO遭遇事件が起きたのは1986年11月17日(月)午後5時5分のことであった。ワインを満載したパリ発東京行きの日本航空1628ジャンボ貨物機がアラスカ上空高度1万600メートルを時速910キロで飛行中、それを最初に見つけたのは機長の寺内謙寿であった。

「おい、あれを見ろ」
「−−−!あれは−−−!」
「UFOだ。間違いない」
「この機と平行して飛んでいますね」
寺内機長に言われて為藤隆憲副操縦士も、佃喜雄航空機関士も、思わず目を疑った。機は真っ暗な空を飛行中。

その暗闇の左前方、600メートルほど下に巨大な自動車のテールライトのように見える四角い明かりが二つ。どちらも四角のまんなか部分だけが暗いが、両脇が明るい。明るいのは、そこに無数のノズルのようなものがあって、そこから光を放っているからだ。

「エマージェンシー!エマージェンシー!未確認飛行物体と遭遇。レーダーを確認されたい」

寺内機長がアンカレッジ空港の管制塔を呼ぶ。UFOの接近で非常事態が生じる可能性が高い。なにしろこのときのスピードは時速は910キロ。

「こちらアンカレッジ。レーダーでは飛行物体、確認できず」

地上のレーダーでは確認できないらしい。と、UFOは突然、ジャンボ機のほんの150から300メートル前方に異常接近するではないか。

「逆噴射のようにUFOの噴出す光が増えた!あ、機の窓から光が差し込んだ」
「UFOの大きさはDC8機の胴体くらい。大きい−−−」
「無数のノズルから白色光を噴出しています」

このDC8の胴体ほどの飛行物体はまもなく左前方40度の方向に移動して姿をけした。ほっとしていると、間もなくやはり左前方に別のもっと大きな2つの光を発見した。そこで寺内機長は機の気象用レーダーによる確認を思いつき、

「この機の気象観測レーダーには映っているか」
「映っています。しかし、グリーンに反応。金属なら赤く反応しますから、金属製ではない物体です」

そして、この巨大UFOはジャンボ機が右旋回してフェアバンクス上空に達するまでの約50分間ほども、ぴったりとジャンボ機をマークして平行飛行。フェアバンクス地上の灯が見えたとき、なんと、もっと驚くべきことが起こった。

「おい、地上の明かりでUFOの全体がシルエットになって見えたぞ。シルエットの大きさは甲子園の100倍もあるタマゴ型で、両脇にジャンボ機の胴体くらいの光った部分が見える−−−−」

その後アンカレジ発フェアバンクス行きのユナイテッド航空機とJAL機がすれ違う寸前にその巨大な母艦はパッと消えた

「あれが、UFOの円盤だったのでしょうか−−−」

ついに、三人のプロの操縦士らの目の前に正体を現した史上最大のUFO母艦。このUFOは、UFOの乗員たちは、いったい何のためにどこからやってきたのだろう。

ただ、映画のインデペンデンスデイのようなら あれからすでに16年の月日が経っている現在なんの変化も起こってはいないことをどう考えればいいのだろうか。答えはこのHPで紹介している「アミ 小さな宇宙人」の中にある。


この日航貨物機UFO遭遇事件は1986年11月17日のことであり新聞報道は12月30日で1ヶ月以上も経ってからの共同通信のスクープである。
寺内機長ら3人は、はじめマスコミには知らせなかったのだが、機長がフライト先のヨーロッパで知り合いと酒を飲みながら11月17日のUFO遭遇事件を話していたら 同じ店に居た共同通信の記者に聞かれてしまったので発表せざる終えなくなって、12月30日のに記事に成ったものである。