「剣道時代2005年8月号」

■ヨーロッパで感じるGAISF問題

<最悪のシナリオを回避するために>
阿部哲史(ハンガリー剣道連盟技術局長)

あべ・てつし/1964年生まれ。埼玉出身。国際武道大学体育学部卒、筑波大学大学院体育研究科修了(武道論専攻)、青年海外協力隊第l号の剣道隊員として92年から2年半ハンガリー剣道連盟の専属コーチ。95年よりハンガリー国立ベスプレム大学助教授。98年より現在までタンカブヤ仏教短期大学助教授。ハンガリー剣道連盟では、95年より技術局長兼ナショナルチーム監督。ハンガリー日本剣道クラブ会長。剣道錬士七段(写真中央)。

<公式なIFとは呼べないIKF>
<国際社会では任意団体に過ぎない>

2005年4月、IKF(lnternatinal Kendo Federation/国際剣道連盟)はベルリンで開催されたG A I S F(General Association Of International Sports Federations/国際スポーツ連盟連合)の総会において、加盟申請のためのプレゼンテーションを行なった。しかし、直後に行なわれた投票で加盟申請は否認された。

日本の剣道関係者が、この結果にどれだけの関心を寄せているのかは知らないが、ヨーロッパの各連盟はショッキングな出来事として受け止めている。なぜならば、GAISFへの加盟否認がきっかけとなって、世界の剣道が予期せぬ方向へ動き出す可能性を敏感に感じているからだ。

現在、世界のスポーツ界を統括している国際組織はいくつかあるが、その中心的なものが以下である。

GAISFとは、国際サッカー連盟(FIFA)や国際水泳連盟(FINE)といった、ひとつのスポーツ種目を国際的なレベルで統括している国際連盟(lnternationalFederation/通称IF)の連合体である。

現在、IKFは世界の剣道界を実質上統括してはいるが、GAISFに加盟していないため公式にIFとは呼べず、国際社会のなかでは単なる任意団体に過ぎない。

IKFは元々、オリンピックをはじめとするスポーツ界に対して関心が薄く、GAISFへ加盟する考えすら当初は持っていなかった。しかし、2年ほど前から加盟にむけて動き出したのは、次のような事情があったためだ。

主にヨーロッパであるが、IKFがGAISFへ加盟することで政府から支援を受けやすくなる国がいくつかあり、その国々が加盟を提唱してきた。

IKF以外の国際組織に、剣道の名称を使ってGAISFへの加盟申請をする動きがみられた。 このためIKFは、2003年の総会で加盟申請を決定し、今年4月のGAISF総会に臨んだ。総会には、投票権を有するIFが66団体参加。加盟には4分の3以上の賛成が必要であったが、結果は賛成35、反対24、棄権7と否認に終わった。今回の加盟問題を通してIKFが、国際的なスポーツ界のなかで存在感のない団体であることが改めて証明されたといえよう。

GAISF加盟については当初より、メリットが不明瞭という理由でIKF内でも申請を見合わせる意見が少なくなかった。では、なぜ一部の国がそれほどまで加盟にこだわったのであろうか。

先述の通り、一部の国で政府支援が受けやすくなることも理由のひとつではあるが、もっとも重要なことは、世界のスポーツ界、とくに武道界においてIKFを防衛することに他ならない。海外事情に詳しい関係者のあいだでは、近い将来、IKFの剣道が崩壊の危機に瀕するといった意見は以前からある。しかし、IKFのみならず日本の剣道関係者には、そういった海外事情について無関心、無頓着過ぎるときがある。

<仮説であって仮説ではない>
<もしもIKF以外の団体が加盟したら>

では一体なにからIKFを守るのか。話をわかりやすくするため、以下のような仮説をたてて説明してみたい。

とある国にABC(仮称)という剣道の国際連盟が発足された。ABCに所属する会員数、国数、技術レベルは、いずれをとってもIKFの足元にも及ばない。しかし、ABCはスポーツ社会に精通しているばかりでなく、政治的なロビー活動を得意とし、バックにはスポンサー企業も控えている。意外なことに、IKFがGAISF加盟に失敗した。その間隙をぬってGAISF加盟申請したところ、ロビー活動が功を奏してABCの加盟が認可された。

■予想される事態 擲こ飴情】

ABCがGAISF加盟したことで、財政苦難を強いられてきた各国のABC支部は政府支援を受けるようになる。それに伴い組織運営、競技大会、指導者養成、末端クラブへの援助が充実する。各国IKFの支部はというと、従来通りに活動を継続はするが、活動の充実するABCに人気を取られ、会員は徐々にABC支部に移行登録を始める。なかには、国の連盟ごとABCに身売りする。海外でIKFを支持する勢力が一気に衰える。

■予想される事態◆撻リンピック問題】

ABCは、実現の可否に関わらず、世論の注目を浴びるためにオリンピックへの参加をアピールする。その一環として、剣道から日本の文化色を払拭するためにルールや慣習を大幅に改定する。オリンピックは元来、国境を越えた文明としてスポーツの平和利用を提唱しており、特定の国の文化色が強く現れることを好まないからである。

試合のルールが変わると、剣道のスタイルも変わる。当然、用具も合理性と商品性の追求で姿を変えていく。

■予想される事態【段位制度】

ABCは、国際的な勢力の安定を図り、IKFの勢力を抑制するために強力な国際段位制度を設ける。IKFがどんなに伝統性を主張しても、ABCがGAISFの承認IFである以上、国際社会ではABC発行する段位のほうが高い評価を受ける。次第にABCの剣道が世界の正統となり、現在のIKF(全日本剣道連盟)の段位は、偽段位のような扱いを受けることになる。

■予想される事態ぁ攅馥盪情】

日本国内では、従来通りIKFの勢力が強いため、上記のような急速な逆転現象は起きないが世界で孤立する。しかも、海外から逆輸入されるABC剣道の影響によって、次第に国内でもIKFからABCへ愛好者の移行が起こる。現在の剣道が完全に消滅するとは思えないが、衰退の一途を辿ることは免れない。

<∃ーロッパにおける武道の価値>
<アジア文化が日常生活に深く浸透>

上記の予測が、あまりにも強引な内容であるため、反論ばかりか、憤慨する方も多いであろう。しかし、決して起こり得ない話ではないことをできるだけ多くの愛好者に知って欲しい。また、この予測は「世界剣道連盟」を強く意識していると推測する方もいると思うが、もっと長い目で考えるならば、それ以上にヨーロッパの動きに注目すべきではないかと私は考えている。以下、少し説明する。

オリンピックに象徴されるよう、世界のスポーツは欧米、特にヨーロッパ主導型である。そして80年代、ロサンゼルスオリンピックによって、アマチュアスポーツは経済活動へと大きく変貌するに至った。しかし、その流れのなかで武道は例外であった。日本や韓国といったアジアの国が主導権を保持してきたためである。

また海外でも、競技スポーツとしてよりも伝統的な文化として愛好されるケースのほうが多く、それ以上に、武道界そのものがスポーツ界と一線を画する意思を持っていたことも理由のひとつといえよう。

ところが最近、この流れが大きく変わりつつある。武道を利用した経済活動が活発化するに伴い、武道界の内部にこれまでにはない変化が起こっているのである。

この変化は、欧米社会におけるアジアブームが強く影響している。アジア文化が欧米社会で注目されて久しいが、武道は、その最終節に登場した「横綱」のようなものだと私は思っている。どういうことかというと、衣食住の文化は基本的に物質文化であり、欧米人がアジアの衣食住を吸収することはさほど難しいことではない。しかし、物質だけで人間の生活が満たされるわけもなく、当然、次いで精神性が求められる。欧米人が最初に目をつけたアジアの精神文化は、禅、書、東洋音楽などの芸術であったが、欧米ではこれを消化しつつ新たな段階に入っている。それが武道を代表とするアジアの身体運動文化である。

人間は身体的な生き物である。すなわち、精神と身体を同時にコントロールする欲求が生来的に備わっている。したがって、稽古で精神的な世界を志向するうえに、身体の健康維持に効果が期待される武道は、まさにストレス社会に生きる現代人にとって一石二鳥の代物といえる。ことヨーロッパでは、伝統性はそれだけで人を魅了するし、アジア文化としてのエキゾチック感も加わり、武道は人々の日常生活に深く浸透しつつある。ヨーロッパ人の享受態度も、日本人が感心するほど多様で奥が深い。

<ヨーロッパでも武道が商品に>

このような流れをいち早く察知するのが経済界である。周知のように、コンピューターゲームやアニメの世界で武道は人気を博している。音楽界でもビデオクリップに剣道が登場する。CM界でも、最近ベッカムが面を被って登場して話題をよんだ。日系自動車のサロン開きに武道のデモンストレーションが行なわれる。映画の『キル・ビル』も『ラストサムライ』も、こういった一連の流れのなかで生まれたものだ。いまやヨーロッパにおける武道は、スポーツ界のみならず、多分野において経済効果を期待できる商品のひとつになったのである。日本が注意しなければならないのは、経済効果にあやかって台頭してくる新興勢力の存在である。

ヨーロッパでは現在、竹の子のように武道のクラブや連盟が創設されている。これらは互いの競争が激しく、組織分裂、金銭トラブル、政治力の悪用、詐欺行為なども絶えない。しかし、彼らは社会ニーズを熟知し、メディアを最大利用して世界規模で武道を操作して始めている‥私が懸念することは、この傾向が世界全体に広がり、その勢いにのって新興勢力が剣道界を仕切ることである。信じない方が多いとは思うが、経済効果を上手に利用すれば、世界の剣道界を支配することも決して不可能ではない。そう言い切る理由は以下である。

率直にいってしまえば、現在のIKFには他の団体が付け入る隙が限りなくあるということだ。これまで剣道は、「日本の伝統文化」という意味で外部が勝手に価値を高めてくれた。しかし、新興勢力があたかもオリジナルのような顔をして台頭してくる現在、自らの正統性と質の高さを積極的にアピールしなければ、生き残ることさえ難しい時代が訪れたのである。

話を元に戻すと、ヨーロッパの関係者は激しい抗争を身近で体験しているため、危険性に敏感だ。GAISF加盟を訴える国々の心底には、そんなテーマも隠されている。対して日本は、情報が少ないばかりか、世界の動向に無関心とすら思えるときがある。果たしてこのままで世界をリードできるのであろうか。

幸いなことに、IKFに所属するヨーロッパ剣道連盟の国々は、極めて日本の剣道に友好的で新興勢力の旗頭になるとは思えない。それは、全日本剣道連盟や、志あるボランティア剣士が長年、地道に普及に携わってきた成果だといえる。しかし、今後、海外が抱える問題にIKFが無関心であり過ぎたり、世界剣道の将来に向けて発展的なリーダーシップを示せないようであれば、彼らがIKF(日本の剣道)を見限るときが訪れるかもしれない。世界剣道の真のリーダーシップとは何かを真剣に考える時期が訪れたことを、GAISFの加盟問題を通じて考えるべきだと痛切に感じている。

<終わり>

注:2006年5月現在、IKFはGAISFに加盟しています。

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