[Clash on the dead end line.]

 

 

■■

 

 

 夜という時間は陽射し届かぬ闇の一時のことを言う。

 しかし、実を言うならばそれは完全な闇の世界などではなく、天を仰げば白く光を放つ星や月が見えることだろう。微細な輝きではあるが、それらは大地を余すことなく穏やかに照らしてゆく。

 薄ら薄らと浮き彫りにされていくのは、本来ならば闇の中に沈むはずであった街の輪郭だ。開発が進んでいる冬木市の新都。立ち並ぶ建造物は光に浮き出される影でもって、その悠然とした姿を見せていた。

 だが、それよりも遥か下。

 大地と呼ばれる最下層。

 そこに月明かり星明りは一筋たりとも届いていない。

 否、届いていないわけではない。届いてはいる。だが、その輝きすら吸収して無かったことにしてしまう闇があるのだ。光と相反する黒いそれがうねるように蠢く。その中に点在する赤い輝きは、夜天から降り注ぐものとは決して相容れぬ光を放っている。

 街の一角に存在していたのなら、別にどうとも思わぬものであっただろう。

 

 だがそれは、街全体を包み込もうとしているものであった。

 

 蠢く群の姿は、さながら蟲の大群か。獣の形をしていながら、冬木全体を埋め尽くさんとする圧倒的な質量は、獣を逸脱した何かを思わせる。群と言うよりも、一つの洪水と呼ぶべきか。

 止め処無く溢れる獣の奔流。一見、ただ冬木を埋め尽くそうとしているだけに見えるその動きだが―――よくよく注視すれば、一つの目的地を目指しているのが見て取れた。高い建造物立ち並ぶ新都の中でもとりわけ高い一つの建造物。その巨大なビルに向かって、深い闇色をした獣は渦を巻く。

 だが。

 だが、その目的地を目前として奇妙な光景が展開されていた。

 一つは獣の動きがそこで止まっていること。都市一つを飲み込むほどのうねりだというのに、どうしてか、目的地の一点を直前に奔流が断たれている。

 二つ目は音も無いのに、そこに疾風が吹き荒れていること。不可思議なことに、その疾風は獣を寄せ付けんとする意思が具現されているように思えた。

 そして。

 三つ目は―――夜空の淡い輝きが届かぬ闇に包まれた大地で。

 光が。

 世界を白色に染める絶対的な輝きが。全ての闇を押し返し、滅し潰し、切り裂き、消し飛ばしてゆく。

 闇を討ち払う力でもって。破壊の力でもって。打倒する。破砕する。粉砕する。爆砕する。斬砕する。

 勢い余って夜闇に剣戟を叩き込んだのではないかと思うほど、圧倒的に。

 その一撃は、一瞬にして数千の敵を薙ぎ払い光爆させ、漆黒の夜空に無数の輝きを彩らせてゆく。

 しかし。

 全てを討ち払った巨大な輝きの中、それでもまだ大地に立つ影がある。

 

 未だ輝きを放ち続ける聖剣を掲げ、甲冑に身を包む少女―――騎士王の名を冠する剣の英霊、セイバーだ。

 

 暴れ狂う風の中心にいながら、彼女は悠然と大地を踏み締め剣を構え直す。視線の先には討ち払い切れなかった闇があり、それをさながら剣の切っ先の如き鋭さで見据える。背には一つ―――淡い輝きと疾風に護られたビルを佇ませて。

 直後。光爆によって生み出された隙間を埋め尽くさんと、獣の奔流が殺到する。

 それを前にしても、少女は一瞬たりとも怯むことなく闇の洪水を迎え撃った。踏み込む脚甲は大地に亀裂を走らせ、振り抜く聖剣の刃は獣の身を両断する。

 獣の一つ一つはセイバーを押し潰せるほどの巨躯であり、彼女一人に対し敵群は無限と見て取ってよい質量で押し寄せてくきている。だというのに、光り輝く聖剣の一太刀は獣の爪を弾き飛ばし、返しながら放つ刃は巨躯を軽々吹き飛ばし、更に続く剣戟は獣の数を物ともしない。

 圧倒的な質量を前にして。

 延々と増殖する獣を前にして。

 セイバーはたった一人で背後のビルを守り抜いていた。

 一見すればそれはただ街一番高いビルに過ぎない。だが、よくよくその頂上に目を凝らしてみれば、一つの糸の様なものが伸びているのが解る。意識を集中させなければ気付けない程度の、この世の天蓋と繋がった細い細い糸。セイバーがこの建造物を護る理由はまさに其処にあった。遠目には糸にしか見えないだろうが、あれは夜空を越えた先へと続く一筋の路である。その果てに何があるのかセイバーは知らない。ただ、何となく何があるのかは解る気がしていた。

 

 ……あれは、きっと明日へと続く路なのだろう。

 

 未来を重んじるものが至る梯子―――か細い硝子細工の階段を彼女はそう評した。まさに今、あの一段一段を踏み締める彼は、この永劫に続く四日間を終えようとしている。繰り返す日々に幕を下ろし、果てしなく続く明日へと踏み出そうとしている。例え、自分自身がその未来を目にすることが出来ないとしても。

 私にも貴様等にも踏み入れる余地は無い―――未来へと続く階段を背に、セイバーはそう叫んだ。それは真実によって紡がれた言葉だった。繰り返す四日間を望む者に、あの路を進む資格など無い。奔流となった、獣の群にも。聖剣を振り抜き、この場を死守するセイバーにも。等しくそんなものは存在していない。

 悔やむ気持ちは無かった。未練も、悲しみすらも無かったと思う。ただ心にあるのはこの場を剣として護り抜くという静かな決意と、空虚に感じてしまうほどの胸を通り抜ける清々しさ。

 おかしな話だった。今まで生きてきた中で本当に愛おしいと思えた人と別離するというのに、こんなにもあっさりとした感情を抱いているのだから。自分はこんなにも淡白な性格をしていただろうか? セイバーは自問する。いや、これは自分の感情が冷然としているのではなく、全てにおいて納得して、受け入れているからなのだ。

 別離に納得するにしても。

 では、何を理由にして納得しているのだろうか。

 再び自問が脳裏を渦巻く。だが、その最中にありながら決してセイバーの剣戟は鈍ることは無かった。振り抜く刃が疾風ならば、返す一振りは迅雷。裂帛の気合も猛々しく、夜闇の街に闇色の獣の残骸が飛び散る。

 戦いの最中、自問の最中―――ふとセイバーは懐かしい感情を思い出す。

 それはこの四日間の話ではない。それはこの時代に召喚されてからの話ではない。それよりも遥か昔。まだ彼女が英霊の座につかなかった時代の話。まだ騎士王として戦場を駆け抜けていた時の話だ。今のように、数限りない敵を相手に立ち回ったことがある。敵軍の侵攻を迎え撃つ為、最前線の先端を突き進み剣を振るった。鎧ごと相手を切り伏せ、自分よりも一回りも二回りも大きい体躯の騎士を一歩退くこともなく相手にした。

 一騎当千となり、国を守る為だけに剣戟を重ね続けたあの日々。今のこの状況は、あの頃とひどく似通っている。ただ護る為だけに己を剣とする戦い―――あの頃は国の為に、民の為に。そして今は彼の為に、未来を進む者の為に。

 と、そこで自問が自答に辿り着く。

 背後に聳え立つ建造物。此処より先は未来を重んじる者の領域。その言葉を逆転させれば、それ即ち、此処に留まる者は皆未来へと進む者ではないということだ。

 

 ……ああ、つまり。私は自分が未来へと進めないことに納得しているのか。

 

 聖杯戦争が終結を迎えた、あの黎明に包まれた一時。今でもはっきり思い出すことが出来る。士郎は言峰綺礼を打ち倒し、セイバーは英雄王ギルガメッシュを切り伏せ、そして聖杯は凛の令呪を使って完全に破壊したはずだ。そうでないと自分が現界している理由にならない。

 だというのに、どうしてだろう。衛宮士郎に現界の経緯を告げたときは何とも思わなかったのに、今になって心臓が底冷えするほどの違和感を覚えるのは。ああ、剣の英霊よ―――だがしかし、その結末はあまりにも都合が良すぎるとは思わないのか? 胸の奥底から呼びかけてくる声と、落ち着けとそれを抑えようとする理性がぐるぐると頭の中を廻り廻る。勝利を約束してくれる聖剣はこんなにも重かっただろうか、そんなことを不意に思ってしまい、途端、指先が震えだしたような気がした。

 何を今更―――そう思いながら剣を振るう。今この瞬間になってどうしてそれを意識するというのだ。理解していたのだろう。納得したのだろう。自分は、衛宮士郎と離別することに。

 そう、都合のいい結末だった。

 士郎に告げた結末は何から何まで都合が良すぎた。

 

 自分が未だ現界しているなんて、楽観するにも程がある。

 

 だってそうだろう。この身体とこの意思は、衛宮士郎が心情を吐き出したあの瞬間に立ち会ったのだから。劫火に燃え盛る己の過去を切開され、その傷跡を無かったことに出来る可能性を目の前に突き出され、それでいて尚“無かったことにしてはいけない”と言い切った彼の力強い決意をセイバーは感じ取ったのだから。この世界に自分が現界するはずが無い。再び戻らなくてはいけないのだ、かつて剣の英霊が王と呼ばれていたあの時代に。

 王としての責務を、剣を引き抜いた時のあの決意を、セイバーは放ったまま生きてゆけるか―――否。断じて、否。ありえない。そのようなことは決して在り得ない。騎士として、剣としての誇りを持つ彼女は、絶対に己の責務を果たす道を選択するだろう。

 ……私は別離をして、王としての責務に殉じた!!

 故に、セイバーは未来へと進むことが出来ない。そんな解りきったことを改めて今更に実感する。その一方で、彼女の思考とは裏腹に身体は冷静に動いていた。軽いステップで四方八方から降り注ぐ獣の爪を躱し、しっかりとした踏み込みで騎士剣を横一閃。無骨な獣の肉体はハムでも切り分けるみたいにあっさりと上下に両断され、泣き喚くような断末魔を残して倒れ伏す。

 無限に増殖する獣に放つ剣戟だけが夜空に音を響かせる。騎士と獣の実力差は明白に前者へと傾いていた。五指を曲げて繰り出される爪など止まって見える、刃を振るったと思った瞬間には相手の五体は既に砕けている。だがそれでも増殖は留まることを知らない。口の端で軽い苦悶の声が零れるが、強引にセイバーはそれを抑えつけた。この程度の敵群―――王であった頃に何度も相手をしたではないか。

 剣戟はさらに加速する。敵が無限に増殖を繰り返すのであれば、こちらはそれに応じて速度を重ねてゆけばいい。英霊の肉体は至極あっさりと加速に順応し、無駄を削ぎ落とした必要最小限の動きへと純化してゆく。

 そして同時にセイバーの思考も加速していた。脳裏を駆け巡るのは自分が下した決断のこと。決断した。王としての責務を果たす為に別離を選択することを。別離を選ぶということは、衛宮士郎がもう彼女を抱き締めてくれることもなくなり、あの心温まる食事も二度と口にすることが出来ないということである。共に日課となった剣の鍛錬もしなくなり、彼の日進月歩の成長に感心することもなくなる。照れた顔でデートに誘うこともなければ、夕食の買出しで一緒に商店街へ向かうこともなくなる。何も無くなってしまう。何もかもが無くなってしまう。この四日間で得たことが全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て無くなってしまうということだ。

 甲高い音を立てて剣が獣の五指を受け止める。

 耳朶を響きに震わせながら、セイバーは胸中から様々な思い出が浮かび上がってくるのを実感した。たった四日間の記憶のはずなのに、何ヶ月も士郎と過ごしていたような錯覚を覚える。それが一つの夢のようなものだとは理解していた、誰かが見ている幻に過ぎないことは承知していた―――だけど、その日々で得た感情は、それだけは疑いようの無い本物だから、セイバーの全身には熱が宿り、翠色の眸には涙が溜まり、剣となった筈の心は強く強く締め付けられた。

 剣の加速が、落ちた。

 だが、それは決して相手に反撃の隙を与えるようなものではない。ただただ獣達を切り伏せることに純化しつつあった意識を落ち着ける為の緩みだ。速度を重ねて真っ白になりかけた思考が余裕を取り戻す。だけどその余裕は、戦いには必要の無い余計な思考が入り込む余地を与えることも同時に意味している。止め処なく、それこそ眼前の獣達のように溢れ出てくる。止まらない、止まろうとしてくれない、閃光の瞬きのように頭の裏に焼き付いて離れない。

 不意に―――記憶の一つが、そのまま脳裏を過ぎるのではなく、克明な映像としてセイバーの中で蘇った。不思議な感覚。身体はしっかりと剣戟を放っているのに、意識は過去へと舞い戻ってゆく。精神と肉体が乖離してゆく。

 

 そして、セイバーは一つの光景を思い出す。

 

 

■■

 

 

 ―――ええ、その誇りを守り続ける。

 ―――この身は最後まで貴方の剣としてありましょう。

 

 緩やかな風が吹き上げ、きめ細やかなセイバーの金の髪が微かに揺れる。穂群原学園からの帰り道、坂を下るところから見た深山の街並みは黄金色の夕焼けに彩られていた。

 茜色が燃える……というよりも鮮やかに輝き、急な角度から光を差し込ませて大地を照らす。くっきり浮き彫りになるはずの陰影もその夕射しによって塗り替えられ、平穏な日常の象徴である深山町が幻のように光に霞む。

 蜃気楼が揺らめくように、幻がうっすらと消えていくように、穏やかな日々を過ごしたこの慣れ親しむ町が朧さを表層化してゆく。それはまるで、風が吹けば崩れてしまう儚い虚像に過ぎないと知らせるかのよう。

 もしかしたら、本当に虚像が揺らめいたのかもしれない。

 この世界は全て一人の存在によって作り上げられた虚構の世界だ。泥を被り、人々の嫌悪、侮蔑、憎悪、敵意、害意、恨み、辛み、悲しみ、苦しみなどといった全ての悪意を一身に受け止めた男が、刃金の荊で出来た籠の中で渇望した一つの世界。

 そこには特別なものなんか何も無い。つまらないものしか存在していない。何気ないものしか存在していない。だけどその世界は、穏やかで、暖かで、優しくて、慌しくて、目まぐるしくて―――そして何よりも、どうしようもなく楽しい、そんな日常で満ち満ちていた。

 平穏な日常。それが、その男の願いだった。目の前の少年が心の底から望んだものだった。この世界の全てだった。

 連鎖する緩やかな毎日、それは四日目を迎えたところで一日目に鎖を繋げ、かくして一つの輪が完成する。後はそれの繰り返し。どんどんどんどん四日間を描く鎖の輪は広がってゆき、その中を少年は円環し続ける。際限なくループする日常の中に終わりはなく、それに結末を迎えさせるには、延々に続く四日間という演目―――その主役である少年自身が日常から外れなくてはいけない。

 だがそれは、同時に一つのことを意味していた。

 あまりにも冷然としていて、静謐で、無機質な一つの事実。

 

 失われてしまうということ。

 

 この夢の中の日常に存在している大切なものが失われてしまうということ。もしそれを失ってしまったら、取り戻すことは二度と出来ないだろう。だけど、この四日間の中だけでならそれは例外だ。何も失われることはない。ただただ繰り返す日々に失うものなど何も無い。

 けれど、彼は―――衛宮士郎はそれを良しとはしない。

 彼は失われたものに価値を見出す者だから。失われたことに意味を見出す者だから。失われたものを無視することなど出来ない人間だから。

 だから、衛宮士郎は―――彼はそれを赦さない。

 

 正直な話をすれば。

 セイバーはもっとこの日常に浸り続けていたいと思っていた。

 

 たとえそれが誰かの見ている夢だと解っていても。その夢は彼女にとっても渇望していた光景であって、その幻に陽射しを浴びたような心地よさを覚えてしまう。

 たとえその誰かが彼女の想うたった一人の存在でなかったとしても。その知らぬ誰かに投影された彼の姿を目にするたびに、彼女はどうしようもなく喜びの感情を得てしまう。

 まやかしだと知っていた。

 想い人でないと知っていた。

 だけど、それでも、彼女は此処での日常を尊く思っていた。それだけは決して間違いなんかじゃない。たとえこの世界が夢だとしても、たとえ彼が彼でなくても、彼女が得たその感情だけは、嘘偽りの無い確かな本物なのだから。

 ならば、この世界に心地よさを覚えるのならば、此処に留まり続けていればいいではないか。都合のいい夢を甘受して、浸り続けていればいいではないか。愛しい人との日常を望んだ、あの魔術師のサーヴァントのように、平穏を突き崩してしまう異変になど不干渉を決め込んでしまえばいいではないか。―――そう思ったことも、無かったと言えば嘘になる。だが、セイバーにはその決断は下すことは出来なかった。もし失われぬ世界を認めてしまえば、失われぬものに価値を見出す少年を穢してしまうことになってしまうから。彼の剣である身として、それだけは絶対にしてはいけないことだった。

 そして何よりも、この夕焼けに似た朝焼けの中で交わした別離を―――己の責務を果たすという騎士としての誓約を、それを見届けてくれた彼の優しさと誇りの尊さを、彼女は無為になどしたくはなかった。

 だから、セイバーは後ろ髪を引かれる思いを振り切って、告げる。

 眼前の少年に。

 既に外殻に亀裂を走らせて、破片の向こうには彼ではない誰かの姿を映している―――衛宮士郎を投影させた彼に向けて。

 

「ええ―――私たちはそれぞれ、望んだ未来に還るのです」

 

 

■■

 

 

 意識を包み込んでいた閃光が一気に通り抜け、眼前を映し出す視界が晴れる。剣戟を振り抜こうとする久しい感覚に、乖離した精神が肉体と再び合一していることを実感した。時間にしてはほんの一瞬か。剣を掲げた瞬間に乖離した意識が戻った時には、まだ剣を振り抜いてもいない。

 獣を容赦無く切り伏せる。そこには一片の慈悲も存在していなかった。日常に浸っていた少女としての自身の姿など必要無い、この場に存在するのは刃金で出来た意思を持つ剣の英霊としてのセイバーだけだ。

 小さな、だが鋭い呼気が冷えた夜気に零れる。甲高い獣の鳴き声の隙間を縫って聞こえた己の声は、何だか久々に聞いたような気がした。戦いが始まってからは一度も言葉らしい言葉を呟いていない。剣戟を繰り出す効率を優先する余り、口が呼吸するだけのものに成り下がっていた。短く、シロウ、とだけセイバーは呟いた。彼を呼ぶ言葉ではない。それは自分自身に言い聞かせる言葉だった。これが彼の誇りを守る為の戦いだということを忘れないようにする為の。

 そんな彼女の言葉に応える様に、獣が叫び声を上げる。勢い任せの咆哮とは違う、何かに訴えかけるような怨嗟の叫び。一体がそれを放ったかと思うと、波紋の如くそれが群全体に伝播して巨大な反響となった。

 一つの指向性を持った叫びが連続してセイバーに押し寄せる。

 

“ドウシテ―――ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ………”

 

 自分たちの邪魔をするのか。このまま全てが終わるのを待てば、また変わらぬ一日目が始まるというのに、それを心なしか望んでいたというのに、どうして立ちはだかるのか。と、獣が騎士に問い掛けを叩き付ける。

 先刻の、蘇った記憶の光景を胸に刻みつけながら、セイバーは剣を力強く掲げ上げた。

 どうして邪魔をするのか? 簡単なことだ、それは眼前に群れる獣たちが自分と同じだからだ。未来を重んじることなく、此処に居座り続けようと望む―――明日へと進むことを止めた、終えてしまった存在だからだ。

 

「終わった者が、未来へ進む者を何時までも縛り付けていいものではないだろう?」

 

 思い出す。夕焼けの中、一緒の学園に通ってみたい、という願いが話題になったことを。だけどそれは、あくまでも“願い”に過ぎない。約束に成り得る可能性が充分にあった願いだったけれど、それを約束にしてしまったら彼を此処に留め続けることになってしまう。

 見据えた視線の先、獣の群がさらに密集し、一段とその密度を押し上げた。

 断ち切らなくては。未来へと進む者を停滞させようとする全てを。守る為に。あの少年を。あの少年の抱いた誇りを。騎士として。剣として。

 押し寄せる。未来を蹂躙しようとする濁流が。

 その収束された悪意は、圧倒的な質量と圧倒的な速度と圧倒的な攻撃と圧倒的な何もかもで、セイバーを飲み込もうとする。漆黒の群が渦を巻く中、白銀の輝きは消えてしまいそうなほど微かなもの。

 だが、内包された力は全てにおいて相手を圧倒していた。

 たとえ獣達がどれだけ圧倒的だろうとも。

 それ以上の圧倒が、彼女の剣戟には込められている。

 

「―――剣よ、全力を解放せよ」

 

 セイバーのその言葉に応じ、風が弾け飛ぶ音が甲高く響いた。押さえ込んでいた力が溢れ出し、周囲を行き場の無い暴風が渦を巻き始める。

 次に来るのは夜闇を塗り替える程の閃光。

 その輝きは鋭い形をしていた。闇も音も大気も全て切り裂かんとする意思に満ちた刃の形に。掲げたセイバーの剣が陽光を解き放っている。獣の雪崩に飲み込まれそうになっていた淡い輝きはもう其処には存在していない。

 約束された勝利の剣。人の想念によって星製された“最強の幻想”。

 聖杯戦争の最中には全力を出し切れなかった刃だが、今や何に縛られることなく、その全力を振り抜くことが出来る。

 完全解放された聖剣が、セイバーの魔力を装填し力強い震動を一段。

 その余波が美しい星月を瞬かせている夜天を揺らした。

 同時。セイバーの脚甲がアスファルトに亀裂を走らせめり込む。久方ぶりの全力、この身体全体にかかる重みが何だか懐かしい。

 全長一メートル程度の神造兵器。その全力の剣戟を、セイバーは全身全霊を込めて悪意の群へと激突させた。

 

「―――約束された、勝利の剣!!」

 

 吼える。

 騎士王が咆哮し、聖剣が呼応した。

 夜が割れる。

 振り抜いた一閃はそのまま全てを飲み込む光となって獣達を捉える。その超過した剣戟に回避出来た者は一匹たりとも存在していない。

 突っ走る光の刃が大気を撃ち砕き、音を圧倒し、闇を輝きで塗り替える。爆発なんて無粋なものは一発も生じない。全てが光の剣戟に切り裂かれ、飲み込まれ、消失してゆくだけだ。

 一振り。

 ほんの一振り。

 それだけで剣戟が振り抜かれた軌道上の全ては消え去った。獣も、大気も、闇も、全てが勝利を約束した剣の前に消滅という形で平伏し、あれだけ騒がしかった新都につかの間の静寂が訪れる。圧倒的。獣の数などものともしない、一撃。

 一拍。

 それだけの間を置いた後、思い出したように音と大気が夜空を駆け巡った。天上を震わせる轟音と、消失の静けさと冷たさを吹き飛ばす熱風。夜空へと吹きぬけるそれを追いかけるように、セイバーは視線を仰がせる。

 全力で聖剣を放った為、身体の魔力が一気に削ぎ落とされていた。身体の熱が異様に上昇し、視界も朧がかかったみたいに霞んでいる。少し気を抜いてしまえば、そのまま倒れてもおかしくなかった。

 夜空の果てまで伸びる、長い長い階段。獣の群が発する惰気によって視認することが出来なくなっていたそれが、今ではくっきりと夜空に刻んで見える。

 硝子細工の階段が月光を浴び、幻想的な印象を感じさせる白銀の色に輝く。

 セイバーは目を凝らす。ぼやけた視界で、何とかその階段を進む人影を探そうと。荒く吐き出される吐息が、白く視界に覆い被さり邪魔で仕方が無い。落ち着けと何度も自分自身の身体に言い聞かせるが、聖剣解放の影響は強く、元通りには戻ってくれない。

 

「――――っ」

 

 それでも、何とかして彼女は目的の人影を見つけ出した。

 未来へと進む為に四日間の平穏と訣別した少年の姿がある。階段を踏み外さぬように慎重に、かつ手遅れにならない程度に急ぎながら、一歩一歩を踏み締めていた。己を偽る必要性が無くなって来たからか、その衛宮士郎を投影した身体は卵の殻が割れるみたいに皹を走らせ、ぼろぼろと破片を零す。

 夜空の闇に飲み込まれ、落ちる破片は上手く確認出来ない。

 視認出来る程の量でもないし、降り注ぎ始めた先は遥かな天上だ、小さな破片が大地にいつ落ちてくるのかなど解るはずが無かった。

 だがそれでも、セイバーは剣を握っていない掌を宙に差し出す。

 夜空に吸い込まれるように。雪華を待ち望む少女のように。

 視線の先、最早見知った少年とは呼べぬ誰かが階段を上ってゆく。少し足元が覚束ないけれど、あの調子だったら果てまで辿り着くことが出来るだろう。何故だか知らないが、しっかりとした確信があった。きっと今夜で全てに幕が下りる。この奇妙で、滑稽で、騒々しくて、それでいて穏やかで、心地よさを覚える日々は終わりを迎える。

 悔やむ気持ちはもう何処にも存在していなかった。彼の剣として今宵の戦いに身を投じると決断してからは、この世界に対する未練は綺麗さっぱり無くなっている。冬の渇いた空のように、どこか遠くまで突き抜けてしまったような感慨が胸中を包み込んでいた。

 

「…………あ」

 

 なのにどうしてだろう。心は枷を外したみたいに軽いのに、夜天を仰ぐ眸からは涙が止まることなく溢れ出ている。自分でも理由が解らず、必死に止めようとするのだけれど、意識しても意識しても雫は頬を濡らしてゆく。

 声を上げているわけではない。身体が震えているわけでもない。自分でもいつの間に起きた出来事なのか解らない―――それほどの静けさでセイバーは泣いていた。

 涙で視界が歪む。

 しっかりと彼の後姿を見据えていたいのに、しっかりと見据えることが出来ない。止めたいのに、止められない、止まってくれない。泣いていることを意識したら今更になって胸がきつく締め付けられる感覚を覚えた。喉が渇く。夜気程度を吸い込んだんじゃあどうにもならない。身体が熱い。聖剣を放った時の熱がまだ残っているのだろうか。渇きと熱が相乗して、全身が内側から圧壊するような軋みを感じる。

 際限なく零れ落ちる涙を、空いた片手で力任せに拭い取った。改めて夜空に彩られた天蓋を見据える。

 クリアになった視界で見上げた夜空。

 その先に垂れ下がる硝子細工の階段。

 

 そこに、外殻を全て剥ぎ取った彼の姿は何処にも無かった。

 

 落ちたのではない。それだけは確かなものとして実感出来ている。根拠の無い確信ではあったが、同時に彼女の中で何よりも確かなものだった。ならば、おそらくはもう自分の見えないところまで上っていったのだろう。もし視認出来る範囲にいたとしても、夜闇に紛れた姿は潤んだ視界では見つけることは出来まい。

 いつしか聖剣の剣戟が通り抜けた跡も穏やかさを取り戻していた。高層建築物の間を反響していた音も収まって、聞こえるのは風の音だけだ。その風も光の刃によって巻き起こった熱風ではなく、未遠川方面から吹き抜けてくる肌寒い夜風。元に戻っていないのは己の身体の感覚だけで、それが逆に外界との温度差を強く実感させる。―――その格差が、セイバーに一つのことを気付かせた。

 ……ああ、そういうことなのですね。

 納得を得て潤んだ夜空を改めて見上げる。どこまでも透き通ったまやかしの空。そこに伸びた硝子細工の階段にはもう誰もいない。もうこの世界には失うものに価値を見出す者は何処にもいない。ただ、おそろしいほど克明に再現された幻だけが残るのみだ。それに混ざって、少女は一人で佇みながら、納得を噛み締めた。何のことは無い、自分は泣いていた理由はただ単に―――

 

“――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!”

 

 不意に。

 聴覚では捉えきれない領域に達しようかというほどの甲高い声が四方八方から響き渡った。静けさを取り戻していた大気が再び震え、夜気が薄暗い惰気に侵食されてゆく。それから数刻もしないで、周囲は獣の大群で満たされてしまった。まるで蛆が沸くみたいな光景。ただそれはゆっくりと相手に不快感を与えるものではなく、驚愕を与える為の瞬間的なものだったが。

 何かが爆破した、とセイバーは思った。

 だが、冷静に判断すればそれは密集した獣達が雪崩となって押し寄せてくる様だった。近場の相手と身体がぶつかりあっているが、そんなことはお構いなし―――それどころか、絡まり合い、一つの存在となってまでして、こちらへと肉薄しようとしている。

 飛び掛るそれは最早郡体ではなく一つの固体と化していた。いや、その波打つ動きは郡体固体といった分類などではなく、もっと単純に“混沌”と表現した方がいいかもしれない。

 

「――――っ、く!」

 

 タイミングが悪かった。騎士としてありながら気を緩めてしまっていたところを狙われた。時間にすればそれは、ほんの一瞬のことに過ぎない。だが、相手にはその一瞬で充分であり、彼女にとってはその一瞬が致命的だった。

 混沌と化した獣が剣戟を受けながらも、強引に身体に割り込んでくる。苦悶の呻きすら零す暇無く小柄な身体は吹っ飛ばされた。くの字に折れ曲がった体勢を立て直す。片手に力を込め、手放しかけていた剣にすがり付く。

 しかし相手もそれを赦さない。先刻の全力解放が強い警戒心を与えたのか、混沌の塊は迷わずセイバーの腕へと濁流をぶち当てた。―――打撃を受けたというよりも、泥の雪崩に飲み込まれたような、持っていかれた感覚。掌を力強く握ることで何とか剣を手放していないことを確かめる。

 だが次の瞬間、セイバーの掌だけに収まらず、その腕全体に引き裂くような激痛が弾け飛んだ。

 

「あ、ああああああああっ、―――ぐッ、ぁ…………っ、っ!!」

 

 噛まれた。

 瞬間的にそう判断する。混沌の塊は元をただせば無限に増殖し続けていた獣達だ。濁流でセイバーの腕を飲み込んだ後、混沌は内側から顎を開き、邪魔な片腕を噛み砕いた。一匹や二匹ではない、それこそ無数の、混沌の元となった獣の数が騎士の細い腕を蹂躙する。

 濁流が通り抜け、セイバーの腕が宵闇の下、露になる。

 噛み砕かれた腕は襤褸屑を思わせるほどに無残なものだった。一見して使い物にならなくなったと理解出来る有様。朱に染まった腕は、それだけではまだ足りぬとばかりに止め処無く血液を吐き零している。いくら手甲を装備しているとはいえ、その上から牙を喰い込まされたせいでひしゃげた部分が腕にめり込んでしまい、セイバーは剣を握るのがやっとという状態だった。

 再び、混沌の濁流が強襲を仕掛けてきた。それをセイバーは強引に迎え撃つ。全力を搾り出して身体を捻り、遠心力で弧を描く剣戟を振り放つ。あちこちの傷から悲鳴が上がるみたいに血と痛みが噴出す。腕が引き千切れてしまいそうだった。だけど、振り抜く動きは止めない。むしろ、まだ速度が足りないと全体重をさらに重ねる。さらに加速した剣戟が、濁流に一撃を叩き付けてその軌道を逸らすことに成功する。

 だが、敵はそれだけではない。周囲は未だ獣の群が増殖を繰り返しており、戦いに幕が下りる様子はどこにも見られなかった。一匹の爪が背中を抉る。倒れそうになる身体を、強引に地面に靴底を叩き込んで踏み止まらせる。皮膚がずたずたになり、肉まで抉れた腕をそのまま振り回し一閃。崩れかけた体勢で打ち込んだにしては上出来だった。セイバーを囲んでいた三匹の獣の胴体が斬撃を受けながら吹っ飛ぶ。

 

“コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ………ッ!!”

 

 獣の怨嗟も数も際限というものがまるで存在していない。

 だがそれも仕方が無いかもしれない、とセイバーは剣戟を振り回しながら思考した。あれだけの都合のいい幸福に浸っていたのだ。その裏側にあるものが、これだけ際限無いのも当然のことだろう。

 次の瞬間、渦を巻いていた混沌の濁流が一気に夜天を覆い隠した。水風船が破裂したみたいな光景。捲れ上がった内側は一面、開かれた顎で埋め尽くされており、今度は腕だけではなく身体ごと持っていこうという算段らしい。苦虫を噛み潰した表情で混沌を睨み上げた。ここぞとばかりに獣の群が間断与えず襲い掛かってくる為、剣を空いた片手に持ち替えている暇が無い。

 

 

 濁流が大地に激突する。

 

 

 新都が無数の顎に飲み込まれる。

 

 

 だが―――それよりも速く。

 

 

「っ!?」

 

 振り仰ぐセイバーの目蓋を見開いた驚愕の表情。

 その視線の先、押し寄せる混沌で濁った夜空の向こう側から、輝く何かが来た。

 夜気を切り裂く疾風。混沌の濁流をぶち抜き破裂させ、その光は落下速度を超過して飛来してくる。

 剣の英霊の危機を察して駆け付けてきたのか。

 衛宮士郎という少年を投影していた、彼の外殻―――その剥がれ落ちた無数の眩い輝きの破片が、セイバーを守るように獣達へと衝突し、穿ち、彼女の周囲を円環しながら取り囲む。

 セイバーはただただ驚きの表情そのままに見入っていた。

 今一度夜空を仰ぐと、そこには夜闇には眩過ぎる光が生まれていた。

 箒星のように帯をたなびかせ、螺旋を描きながら大地へと舞い降りる軌跡を描いた光が。

 

「―――ああ」

 

 一つの理解を覚える。

 

「………ああ、シロウ―――シロウシロウシロウシロウシロウ、シロウッ!!」

 

 欠けていた何かを取り戻すように、セイバーは自分の周囲を廻る破片たちに感情をぶつけた。先刻と同じように身体が熱くなり胸が締め付けられる軋みを覚えるが、それは先刻のものとは明らかに違う感情によるものだった。止め処なく零れる涙のようにこみ上げてくるその気持ちは、紛れもなく歓喜そのもの。

 今やセイバーの意識は完全に破片に向けられている。だというのに、新都を埋め尽くしている漆黒の混沌と獣の群は、窺うようにその周囲を旋回することしか出来ない。邪魔をする騎士王を排除し、彼女の背後に聳え立つビルを越え、硝子の階段を落す―――その意思しか彼らには無いというのにだ。

 その膠着を打ち破る声が、響く。

 

 ―――投影開始。

 ―――基本骨子、解明。構成材質、解明。

 ―――令呪同調、共感終了。重装作業、終了。

 ―――全投影工程完了。連続層写………!!

 

 風に舞い上がった花びらが中空で纏まるように、破片が二つに分かれて集結する。左右それぞれ別々の工程で、輝きを放つ衛宮士郎の外殻が刃金を縫い合わせるように各々の形を作り上げてゆく。

 身体は剣で出来ている。ならばその破片は刃金に他ならない。破片である刃金が合致してゆくのならば。即ち其処に展開するものは自ずと限られる。

 それは、砕け散った剣が再生してゆくような光景だった。

 最後の破片が欠損部分を穿つように組み込まれ、完成するのは蒼穹と黄金という二つの色合いをした一対の武具の姿。

 全工程が終了し、完全合致の響きが騎士王の周囲に疾風を生み出す。

 一つは、黎明の蒼穹と陽射しの色に彩られ、幾何学的な紋様を表面に描いた騎士剣用の鞘。―――その名を“全て遠き理想郷”と言う。

 放つ輝きはどこか穏やかさを感じさせる力強さで、その身を眩い微粒子で包み込まれたセイバーは、ずたずたに噛み砕かれた片腕のみならず受けた傷全てを癒してゆく。

 そしてもう一つは、絢爛な装飾を柄と鍔の部分に拵えた一振りの騎士剣。見る者を圧巻させる美しさのその剣―――名を“勝利すべき黄金の剣”と言う。

 放つ輝きは全てを切り裂かんとする力強さで、燃え盛る恒星を刃の形に束ねたかのような幻想を見る者に与えた。

 セイバーは空いている方の手で、選定の剣を握り締める。左右に構えるはどちらも聖剣。この世に同一に存在することなどありえないとされていた、神秘の結晶が一騎当千以上の役割を果たす為、今此処に集う。

 聖鞘は、騎士を守るように背後に回りこむ。宙に浮かぶそれには破片に込められていた衛宮士郎の意思があるのか、自動的にこちらを守ってくれる仕組みらしい。

 

 いないと思っていた。

 彼女が求めていた少年は、この世界には存在していないと思っていた。

 

 だけど、この光り輝く騎士剣と鞘の姿を見てみよ。此処に彼は存在している。他人はこれすらも夢の中だけのご都合主義だろうと笑うかもしれない。だが、セイバーはそこに彼の存在がいることを信じている。実感している。揺るぎようの無い本物だと認識している。

 この偽りの世界で、自分が得た感情だけは真実だったように。

 この剣と鞘に込められた、彼の感情もまた真実であるのだから。

 

「―――――」

 

 セイバーは膠着時間の間にさらに密度を増した獣の群を一瞥した。左右の腕に握られた二つの聖剣を構え、背中を鞘の身に投影した頼れる存在に任せ。

 

「―――行くぞ、未来を重んじぬ獣達よ。シロウと共に戦う今の私は……」

 

 きっと。

 

「―――無敵だ」

 

 宣告した瞬間、戦いの幕が再び切って落とされた。

 漆黒の雪崩と化した獣の群目掛けて、セイバーは身体を疾走させる。

 一歩目から全力の速度。

 一撃目から全力の剣戟。

 止まらない、彼女の全力が止まらない。

 

 この夜が、この四日間の日々が、聖杯戦争が終わるまで。

 彼が明日へと続く一歩を、踏み出すその瞬間まで。

 

 

『Clash on the dead end line.』is the end.■ 

 

 

   

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