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2011/08/11


寸劇:212

 

 結成十周年を超えたTYPE-MOONというブランド。

 その十年間は常にお祭り騒ぎのようなものだったと記憶している。

 

 同人作品である月姫の異例の大ヒット。続くPLUS-DISCや歌月十夜の盛り上がりは言うまでもなく、格闘ゲームMELTY BLOODも渡辺製作所との共同制作という大きな祭りだった。

 それは商業化しても変わらず、Fate/stay nightや、ファンディスクであるhollow ataraxiaの発売は月姫以上のお祭り騒ぎ。

 公式の人気投票もまた投票前のエントリーを見るだけで楽しく、毎年エイプリルフールで仕掛けてくる様々なネタはtwitterを24時間フル活用したキャラクターたちの日常風景など、常にどこかしらで大小さまざまな祭りを開いているようなものだ。

 

 無論、ここ最近の新作が発表されたまま延期を繰り返すという閉塞は否めない。

 

 楽しかった時間は終わり、祭りの後という言葉の意味が示すような寂寥感だけが漂う。あれだけ騒がしかった風景がそんな風に見えてしまうのは仕方がないとも言えよう。

 しかし、祭りとは何度となく繰り返されるものだ。

 祭りの後の静けさは、いつしか祭りを前にした――嵐の前の静けさへと移り変わっている。そうさせるだけのパワーがこのブランドにはあるのだと、かつて多くのお祭り騒ぎを遊びまわった者たちは知っている。

 新たなアニメ企画『カーニバル・ファンタズム』もまた、その「これからの祭り」の一つだ。今回の特集では、そんな祭りの準備に忙しい彼ら――この一時の為に集った、祭りの主役たちの姿に密着してみた。

 

 

■■

 

 

 2011年春。早朝。沿線各駅にひっそりと明かりが灯る。空は藍がかかるどころかまだ暗い。未だ街は深い眠りについているが、ゆっくりと胎動するように始発電車が動き始めていた。

 車内アナウンスだけが空虚に響く閑散としたホームに、二人。

「「あ、おはようございます」」

 衛宮士郎とセイバーだ。

 前者の少年/衛宮士郎は昼間は学校があり、放課後はバイトで生活費を稼いでいるため、こうして朝早くの時間を活用している。

 後者の少女/セイバーは特に学校に通ったり働いたりしてはいないが、曰く……

「練習時間が多いに越した事はありませんので。何事も取り組むのならば全力かつ真剣であるべきですから」

 とのこと。

 乗客の誰もいない電車に乗り、あくびを噛み殺しながら二人は座席で肩を並べる。お互いに寄りかかるような体勢。触れそうなほど近くで向き合う二人の耳が共有するのは――、一組のイヤホン。一つのプレーヤー。そして、一曲の音楽。

 二人だけの時間は短い。

 都心部に近付くにつれサラリーマンなどの姿が見え始め、老人に席を譲って吊革を掴む。そうして電車に揺られること数十分。少年と少女が目的地駅の改札をくぐったのは、遠い東の天幕に薄く陽射しがかかり始めた頃だった。

 ――毎朝、こんなに早いと大変じゃないですか?

「んー。まあ大変っちゃ大変だけど。慣れました。それに、一人の練習よりも誰かとやってる方がしっくりきますよね。誰かのためになってるー、って感じがして」

「シロウが常にこんな調子ですから、早朝とはいえ私が付いてなければ……」

「なんでさ。なんでそうなるのさ」

 という、やりとりをしながら向かう先は某スタジオビル。既にそこには先に到着していたセイバーとはまた別種の金髪美女――アルクェイド・ブリュンスタッドの姿があった。三咲町の方が冬木市よりも近いにしても、かなり早い到着だ。

「そうかしら? 吸血鬼だし、陽射しが出ない内の方が動きやすいと思うけど」

 ――貴女の場合それ当てはまらないですよね。

「まあね。でもほら、早い時間に来ると、こうしてセイバーたちにも会えるし。ここにいれば沢山の人と会えるから楽しいの。あてもなく街をぶらつくより、ずっとね」

 満面の笑顔。これぞアルクェイド・ブリュンスタッドと言わんばかりのそれは、黎明に沈む月ではなく、太陽の輝きを思わせるものだった。

 

 

■■

 

 

 各々、ジャージに着替えてダンススタジオへ。彼らが練習するのは『カーニバル・ファンタズム』のオープニングPVで披露するダンスだ。登場人物全員で披露するダンスは簡単な振り付けだが、士郎のように自主練にやって来るものも少なくない。そして、アルクェイドやセイバーらはメインヒロイン枠ということで、別個にダンスパートが用意されており、他の者とは別メニューの練習内容が渡されている。

 ――お二人ともダンスがお上手ですね。

「いえ、ここまでのものに仕上げるだけでも苦労しました。そもそも私のいた地では、ダンスとは民の粗野な娯楽で、王であった私には踊る機会そのものがありませんでした」

 ――それだけ練習を頑張った、と。

「幸いにも時間は余っていましたので。それにアルクェイドが色々と手伝ってくれたおかげです」

「こっちは割と早めに覚えちゃったからねー。まあ、言うても? 真祖ですから、真祖!」

 今度は満面のドヤ顔。どうやら覚えたての表情らしい。

 遅れて『月姫』『Fate』の残りのヒロイン勢もやって来る。ライダーの駆る自転車で運んでもらった間桐桜、車の送迎でのんびりと到着する遠野秋葉、入るなり真祖の姫と交戦一歩手前に突入するシエル、そして低血圧の影響を色濃く残した様子の遠坂凛、といった順番で。

 両作品のグループに分かれてダンスの練習。

 かつて一時代を築き上げたヒロインたちのことだ。練習一つとってもその結束の固さは、

「アルクェイドさんやシエルさん。ちょっとテンポ遅いんじゃないですか?」

「あー、それ多分こっちの胸が突っかかってるからそう感じるだけで」

「そうそう。実際には腕が突っかからない分、秋葉さんの方が振り付け早くなってるんですよ」

「――――」

 早くも崩れ去ろうとしているんですけど。

「ちょ、ちょっと! ねえ遠坂さんっ、あの先進国の横暴許せます!? ちょっと胸が大きいからって! ちょっと大きいからって! ちょっと!」

「いや、ちょっとを強調しなくて気持ちはお察しいたしますから。それと私たち巻き込まないで下さい、遠野さん。こっちは発展途上国が二人で勢力確保できてるんで……」

「ええ、姉さんの言うとおりです。私の胸が大きいばかりに迷惑をかけてしまって……胸の無い姉さんが、本当に……本っっっ当――――にっ、羨ましいです……」

「あぁ?」

 ――遠坂さん、カメラ回ってますよ。

「あ、え――んっ、んんっ。あら? 私がどうかいたしましたか?」

 ――桜さんに物凄い勢いでガンを

「わ・た・し・が、どうかしましたか?」

 ――いえ……はい、何も。ええと、遠坂さんは普段はダンスなどを踊る機会がありませんが、やはり大変ですか?

「そうですね。魔術師としての家系にはまず不必要な要素かもしれませんが、遠坂家には『何事にも優雅であれ』という家訓も残されていますし、嗜み程度には心得がありますので、そう難しいことでは――」

「遠坂ー、いまさらネコ被っても遅いぞー」

「こらーっ! そこの外野ー! 余計な茶々は入れないっ!」

 台本に目を通しながらの士郎に、遠坂が髪を逆立てんばかりの勢いで感情を露わにする。こちらの方がよっぽど彼女らしい。

 と。

 収拾の付かない事態を見兼ねたのか、シエルが教師ポジションのまとめ役らしく手を叩き、

「はいはいはい。これ以上は限られた時間を無駄にするだけですよ。グループを分けて問題が起きるなら、全員のパートを合わせましょう。29秒からの両手を胸の前で振るパートから、その後の何かアヘ顔ダブルピースした時の叫びみたいな感じのWowWow言いまくるパートまでの流れを……」

「そうですね、皆も揃っていることですし」

 委員長気質のセイバーも同意する。

 練習は六時から始まっており、各々が学校に行く時間を考慮すると、七時ぐらいまでが全員で合わせられる時間の猶予だった。それは皆が心得ているのか、スイッチが切り替わるように雑然とした雰囲気が張り詰めたものに変わる。

 ヒロインたちが肩を寄せ合い、鏡で自分たちの位置取りを確認。

 すっと深く息を吸い込んで、身体の内側を整える。

 そして、

「――ちょっとシエル、なんかカレー臭すごいんだけど……」

「んなっ! 何を言いますか、あと匂いを臭って言わない臭って!」

「確かに臭いますね……その、かれいしゅう?」

「そこ平仮名にしないっ! まるで私が加齢臭かもし出してるみたいじゃないですか! こういうのはスパイスの芳ばしい香りって言うんですよ! あと私、まだ若いんですからね!」

「えー、でもメインヒロインの中じゃ一番の年増でしょ?」

「―――――」

 その時、確かに世界は凍りついた。

「な、なな、何を言ってるのやら……真祖の方が大昔から稼動してるんですから、年増言うなら12世紀から生きてる貴女の方でしょうに」

「えー、だって私の場合は実動が一年にも満たないもの」

「じゃ、じゃあセイバーさん! セイバーさんは遥か昔の人ですし!」

「……その、申し訳ありませんが、私の場合は聖剣を引き抜いた段階で既に老いぬ身体となっておりまして」

「ほら。やっぱシエルが一番ババアじゃない。じゃなきゃ教師属性も加齢臭属性も付かないわよ」

「なんなんですか加齢臭属性って! 既に唯一無二のアイデンティティのカレーがどこかに消えてるでしょうにっ!」

「もー、じゃあ間を取って加齢先輩(カレーせんぱい)ってことで」

「ブチ殺されたいんですか貴女はっ!!」

 ――あのー、練習は。

「よかったですわね、間桐さん。私たち、真っ当な人間で」

「ええ、本当……真っ当な人間でよかったです。真っ当サイコーです」

 明らかに真っ当な人間ではない者たちの会話であった。というよりも、これまでTYPE-MOON作品に出演したメインヒロインに、混じり気無し、純度百パーセントの人間などという存在は一人としていなかった気がします。

 

 

■■

 

 

 通学時間に差し掛かって、士郎や多くのヒロインたちが学校へと向かう。スタジオに残されたのはアルクェイドとセイバーの金髪人外メインヒロインコンビという組み合わせだ。同一世界観ながら別作品ということで、珍しいツーショットではあったが、まるで旧知の間柄のように和気藹々とした雰囲気が彼女たちの間にはある。

 ――お二人が競演されたのはコミケ72の『アーネンエルベの一日』が初めてでしたっけ?

「厳密に言うともっと前ですよね」

「あれ? そうだったっけ?」

「ええ。2004年のカラフルピュアガールの表紙撮影が最初になります」

「あー! あったあった! いや、でもあの時はお互いに距離感が解らなくて、ロクに会話とかしてなかったのよ」

 ――そうだったんですか?

「ええ。他作品という事もありましたし、当時はFate発売後ですから私も忙しくて。撮影時間も短かったですし、終わったらそのまま次の現場やインタビューへ、というのも多かったですね」

「そうそう。だから二人とも表情が硬くってねー」

 ――その当時の表紙。アートマテリアルにも収録されてます。こちらですが。

「うっわー! 何これ! ほっぺたの辺りすっごく硬い!」

「いや、これはFateのシリアスな雰囲気に合わせてこうなっただけですから」

 ――しかし今からは想像も付かないですね。

「そうよねー。『アーネンエルベの一日』のジャケットとか、画集『CONCEPT』の表紙とか見てて思うけれど、やっぱりセイバーの表情が柔らかくなってるのよ。これって、やっぱりFateっていうシリアスな伝奇バトルものから、セイバーっていう女の子のキャラクター自身にイメージがシフトしていった、ってコトなんじゃないかな」

 ――作品として取り上げられていたものが、セイバーさん個人に焦点を当てるようになった、と?

「うんうん、そんな感じ」

「そ、そうでしょうか? アルクェイドも真面目な顔と表情豊かな顔というカタチに大別されてますが」

「んー、私の場合は二面性が月姫時代から備わってたものだし。やっぱ、そういう意味ではセイバーの方が表情に自由がきくようになったかなー。カーニバル・ファンタズムの広告だって楽しそうにしてるし」

「何だか昔が楽しくなかったみたいに聞こえてしまうのですが……。い、いえっ、昔からシロウや凛、桜たちと過ごすのは楽しかったですよっ?」

 ――ははは。知ってますから大丈夫です。先ほども話題に出ましたが、先日はカーニバル・ファンタズムの撮影で海外まで行ってきたとか?

「ええ。凛たちや秋葉の連休を利用して南の島まで――三日月のカタチをした個人所有なのですが、そこで水着を着せられて、こう……上空から、放り投げられまして……」

 ――上空から!?

「あれ何千メートルになるのかしら? メレムの左足を貸してもらって、皆で空を泳ぐエイみたいな悪魔の背中からポーンって。カメラマンさんも一緒だったけれど、まず全員がフレームに入るまでが苦労したわねー」

「いや、それ以前の問題では……高度六千メートル近いところから、パラシュートも無しに水着で身投げ状態でしたから」

 ――そんな状態でよく撮影できましたね?

「凛やシエルの魔術で重力軽減したり、体温が奪われないようにガードしたりしながら、ゆるやかに下降する感じでの撮影だったから。それでもやっぱ低重力が慣れなくてポジショニングが大変だったのよ。いい写真が取れても候補をいくつか残さなきゃいけないから、そうねえ……都合三回くらいはダイブしたかしら?」

「それで撮影が終わって、ようやく解放されたと思ったのですが……」

「私たち二人だけパッケージの別撮りが必要だから、もうひとっ飛び」

 ――うわあ(笑)。

「いやー『南の島でバカンス!』って気分が砕け散ったわね、あの瞬間」

「しかも、海外での撮影それだけでしたからね」

 あれこれと表情を変えて会話するアルクェイドとセイバー。かつて、どちらの少女も感情表現を良しとしていなかったとは思えない。二人は歳の近い姉妹のように、その後も練習しながらお喋りに花を咲かせるのであった。

 

 

■■

 

 

 スタジオも静かになったかと思いきや、新たな影が三つ。シオン、弓塚さつき、リーズバイフェの路地裏同盟がやって来た。

 ――弓塚さん、学校はいいんですか?

「えーっと、吸血鬼になっちゃいましたから昼間に外はしんどくて……ううう。ここでしたら、適度に日光も遮断できますし、それに練し――」

「エアコン使いたい放題!」

「リーズ……貴女という人は……いえ、まあ日中の陽射しを避けるには絶好の場所ですし、シャワー室も完備していますので、身体を休める拠点としては便利なことには違いありませんけれど……」

 ――路地裏同盟の皆さんといえば、やはり最後のポーズの練習ですか。

「ですかねー。一瞬で終わっちゃう場面なんですけれど、やっぱりオープニングの締めを飾る大事な場面ですから」

 答えながら、弓塚はシオンと肩を並べながら鏡を覗き込む。指先で細かく髪を梳かしたり、深夜徘徊でくたびれた肌のハリなどを確かめながら、むう、などと唸ったりしている。路地裏で生活していようと、彼女らはちゃんとした女の子なのだ。

 それを傍観しているリーズバイフェを除いて。

 ――いいんですか、練習に参加しなくて?

「ええ。面倒くさいので。それに、ああいう健気に練習を重ねる少女たちの姿を眺めるのが、ふ――、……うふふ、うふふふふ―――」

 路地裏同盟も一枚岩ではないらしい。

 ともあれ、彼女たちの練習――という名の休息は日が傾き始めた夕刻まで続くこととなる。

 

 

■■

 

 

 学業に励むキャラクターたちにも、また努力の影が垣間見える。冬木市深山。穂群原学園のとある教室では、授業を受けながら台本の内容確認をしている遠坂凛の姿があった。傍から見れば授業を真剣に受ける優等生の姿そのもの。周りの生徒も、よもや彼女がノートの間に台本を挟んでいるとは思うまい。

 途中、何度か教師に当てられていたが、いずれも遠坂凛は完璧に解答している。

 授業中にも関わらず、こちらがその様子を知ることが出来たのは、望遠から彼女の生活を覗き込む変質者――もとい弓兵のサーヴァントとの接触に成功したからだ。

「覗きとは人聞きが悪いな。忘れ物を届けるタイミングを窺っているだけだ。霊体化したままでは、それを渡すことも出来ないからね」

 ――忘れ物とは?

「これだよ、これ」

 ――カセットウォークマン、ですか。

 1979年に発売した携帯型カセットプレーヤー。今や名前だけそのままにデータ媒体を再生するものへと変わっているが、アーチャーの手にあったのはレトロと言っても差し支えないカセットタイプのものだ。

 スタジオに通うセイバーたちが聞いていたように、カセットには『カーニバル・ファンタズム』のOPテーマが練習用として収録されている。

 ――あれ? 個別に楽曲を入れたポータブルメディアプレーヤーを支給しましたよね?

「ああ、タッチパネル式だっただろ? 凛に使い方を教えてやったんだが……『画面を押せばいい』と言っただけなのに、どういう訳か液晶に亀裂が入ってな」

 ――どんだけ力いっぱい押してるんですか!?

「使う前に使い物にならなくなったので、カセットの方を調達して届けに来た、という訳だ。解ってくれたかね?」

 ――ご苦労痛み入ります。

 しかし凛の機械音痴をテーマとした話もあるようで、これからの彼の心労を思うと痛み入るだけでは済まないような気がするのであった。

 

 

■■

 

 

 夕刻を前にした時間帯。アルクェイドがスタジオを出て行くので同行する。どこへ行くのだろうか、と思っていると、そのまま居を構える三咲町へ。

 ――今日の練習はもう切り上げですか?

「ん? ああ、違う違う。これからオープニングの収録があるの」

 言いながら、持っていたピンク色の扇子を開いて見せる。そこには達筆な文字で『祭』と記されていた。タイトルである『カーニバル・ファンタズム』にもあるように、お祭りが今作のコンセプトの一つとなっている。どうやら、これからの収録もその一環らしく、

「これから志貴とシエルが門を出てくるから、そこのタイミングで私が志貴に抱き付いて、シエルをブチ切れさせようって内容なんだけど。しかも、この収録知らせてないからドッキリです」

 ――うわぁ。

「それだけリアルな反応が期待できるらしいわよ?」

 ――アルクェイドさんだけが演技をするという事ですけれど、大丈夫ですか?

「大丈夫! 私も演技を通り越して全力でやるから。志貴にも本気で抱き付くし、ブチ切れたシエルも本気で殺しにかかるから!」

 ――いやいやいやいや。その本気はダメな本気ですよ!

 こちらの制止も聞かず、アルクェイドは隠しカメラの位置を確認しながら準備運動を始めている。

 と、放課後のチャイムが鳴った。部活動の無い生徒たちが足早に帰路へ着く。そうしてしばらく経った頃だろうか、人通りの少なくなった校門にはたして遠野志貴とシエルの二人が現れた――同時にアルクェイドが物凄い勢いでスタートダッシュを決める。一歩の踏み込みが、水蒸気の破裂を生んでもおかしくない程の疾駆だ。

 そのままアルクェイドは一瞬でこちらの視界遠くに移動を果たし、

 

 ……………

 

「――ぬううわああにやってんですかあああっ! このアーパー吸血鬼があああああっ!」

 

 どうやら収録は成功のようだ。

 

 

■■

 

 

 夕刻。

 冬木市深山にある衛宮邸でオープニングの収録撮影が行われた。無論、先のようなドッキリまがいの撮影ではない。ちなみにあの後、ちゃんとドッキリであることをシエルにも説明したのだが、説明した上で彼女がブチ切れたので流血沙汰の殴り合いとなった。遠野志貴に言わせると「いつものこと」だそうで。

 ともあれ、衛宮邸である。

 今回の収録は衛宮士郎とセイバーの二人による撮影のみであるが、普段から多くのキャラクターが入り浸っているということもあり、遠坂凛や間桐桜、藤村大河やイリヤ、ライダーなどといったいつもの面子が揃っていた。皆で談笑しながら遠巻きに見学している。

 収録内容はいたって簡単。

 玄関先で靴を履いていた衛宮士郎が、セイバーの手を握って祭りへと連れ出す――というシチュエーションだ。オープニングでは歌が重なるので、台詞の必要もない。しかしそれを、台詞が無くて幸運だと楽観するか、所作だけで全てを表現せねばならないと悩むかは、演じる側の考え方次第だ。

「ううん……」

「―――むう」

 そして、二人はどうやら後者に属するらしい。

 自然な所作で手を握るのが一番なのだろうが、必ずしもそれでカメラ栄えするとは限らない。どちら側の立場でも納得できる部分を探すために、二人とも監督らと何度もやり取りを重ねていた。

 反映された意見を元に、士郎とセイバーは様々なカタチの手の握り方を二人で試している。差し出した手に指先を添えるように。両方同時に出した手を握るように。おずおずと差し出された手を強引に奪うように。

 あれこれ試した末――本番が始まる。

 証明が高い位置から灯りを照らし、同じ高度でマイクがカメラに移らぬ絶妙なポジションをキープ。慌しく動いていたスタッフたちが静寂を作り、話し込んでいた女衆が真剣な眸を玄関先へ向ける。そしてカメラが回ると同時に、監督の一声が撮影の開始を告げた。

 

 靴を掃く少年。

 少し小走りで彼の元へと向かう少女。

 団扇を片手に開いたもう一方の手を差し出すと。

 自然と応じるカタチで少女が小さく美しい手を出してきた。

 当たり前のように。

 いつものように。

 少年は少女の掌を包むように握り、やや強引に手を引っ張る。

 手の中から伝わる暖かさに、確かな熱が入ってゆく。

 

「――っはいオッケーイ!!」

 監督の声と同時に、緊迫していた撮影現場の空気が一気に弛緩するのを感じた。どこからともなく、誰となく、安堵の吐息があちこちから零れ落ちる。もちろん、それは中心にいた二人にも言える事だ。

「ははは……」

 どっと肩を落とし、士郎とセイバーは顔を見合わせて相好を崩す。

 撮影の緊張で身体が火照ってしまったのか、頬に赤みが差している。それを見た士郎は、撮影に使った『祭』の文字が入った団扇で、上気したセイバーを労うように扇いでやっていた。金細工を思わせる美しい前髪が、小さく揺れている。

 手を握ることなど周囲の話では日常茶飯事らしいが、いざ意識して行うとなると、やはり緊張してしまうものなのだろうか。

 ――撮影、お疲れ様でした。

「「お疲れ様です」」

 ――お二人とも、まだ手を握ったままですよ?

「「う、うわああっ!」」

 二人とも顔をさらに真っ赤にして、お互いに握っていた手を離す。それを見てようやく外野が彼らの元へと寄ってきた。口の端を緩めながらニヤニヤとからかっている。隙を見せた瞬間にこれだから彼らの日常は油断ならない。きっと『カーニバル・ファンタズム』本編もそうなのだろうな、と思わせる何かを感じさせた。

 

 

■■

 

 

 祭りに向かって着々と準備が進んでいる。

 取材を通して実感したことだが、彼らは実に祭りの準備を楽しんでいる。ともすれば本番以上に。今はそれでいいと思う。

 そもそも祭りというのは外から見て楽しげであって然るべきなのだから。聞こえてくる軽快な祭囃子や、笑い合う陽気なはしゃぎ声などに誘われ、自らの足で祭りの中へと飛び込むものなのだ。

 彼らや彼女たちが楽しめば楽しむほど、これから必ず、その雰囲気や空気を求め、一緒の時間を共有したいという者たちが増えていくのだろう、きっと。

 

 祭囃子/オープニングは既に聞こえている。

 カーニバル/祭りは既に始まろうとしている。

 

 ――あとは、アナタが飛び込むだけだ。

 

 

■おしまい